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第四話:告白クエスト

(1)


「おっはよー!」

「あ、ソニア。おはようございます」

 朝っぱらから大きな声を張り上げるあたしを、メリーは穏やかな笑顔で迎えた。

 外は快晴。窓から差し込む日光が食卓に黄金色の陽だまりを作っている。二月とは思えないほど暖かい朝。窓を大きく開け放つと、さすがに少し冷たい風が頬をかすめて吹き込んできた。

「では、私はもう出かけますので。留守はよろしくお願いしますね」

 そう言いながらメリーは鏡の前で身支度を整える。服はすでに外出用の修道服に着替えていた。

 彼女は今教会で働いているのだ。働いているといってもほとんどボランティア。それで家事も完璧にこなしてるんだから偉いよなぁ。

 最後に襟元を正すと「よしっ」と小さく気合を入れて玄関に向かう。ドアを開けながら、

「何か困ったことがあったら来てください。今日は一日、教会にいますから」

「大丈夫だって。子どもじゃないんだから。泥棒だろうと押し売りだろうと、攻撃魔法で一網打尽にしてやるわよ!」

 グッと親指を立てるあたしを見て、メリーはクスクスと笑った。

「はいはい、頑張ってくださいね」

 そう言い残し、メリーは出かけてゆく。

 パタンと小さく音を立てて閉じられるドア。

 それはいつもと変わらないとても平和な朝の風景で、だけど、

「……ソニア?」

 ドアの向こう側から、メリーの声だけが聞こえてきた。

 姿は見えなくても、その真剣な響きからどんな表情をしているかが分かる。

 ……ちぇっ。お見通しだったか。

 あたしはドアに近づきながら、すぐ向こうにいるであろう親友に答える。

「ん、聞こえてる。何?」

 ドアを開けたりはしない。

 直接顔をあわせたら、きっとさっきのようにくだらない虚勢をはってしまうだろうから。

 メリーもそれを分かっている。

 だから、そのまま。

 そのまま、さっきのセリフをもう一度繰り返した。

「本当に……何かあったら来てくださいね。私はいつでも待ってますから」

 一枚の板越しに伝わってくるメリーの心配そうな声。

 あたしはドアにそっと寄り添うように背中をあずける。小さなつぶやきでも、ちゃんと相手に届くように。

「……ありがと」

 そのまま床に座り込み目を閉じてみた。ドアの向こうからかすかに朝の喧騒が聞こえる。道行く人々の足音。行商人の声。小鳥のさえずり。

 昨日から動き出せずにいるあたしの時間を取り残して、

 世界はちゃんと二月十五日の朝を迎えているようだ。


(2)


「あの、もう一度言っていただけますか?」

 私は混乱する頭を抑えながら、カーテンの向こう側にいる男性に問いかけました。

「何度も言わせるな」

 不機嫌そうな、それでいて緊張を帯びた魔王さんの声。

「だから、余は貴様に告白しにきたのだ」


 私の名前はメリー。

 悩むソニアを心配しながら教会に来たのが数時間前。

 どうも急転直下、とんでもない事態に巻き込まれているようです。


「正直に言おう。余は……」

「ス、ストーップ!」

 私は慌てて魔王さんの言葉をせき止めます。

「だ、ダメです! そんなの私に言われても困ります!」

「……迷惑なのか?」

「迷惑ってわけじゃなくて、気持ちは嬉しいですけど、でも、そんなの、ちょっと、やっぱり……!」

 だって……だって、私はソニアの親友なのに!

「もうよい」

 今度は逆に魔王さんが私の言葉を止めます。

「もう分かった。急に変なことを言い出した余が悪かった」

 少し悲しそうな魔王さんの声。そして部屋に訪れる重苦しい沈黙。

「……ごめんなさい」

 目を合わせることができないので、私は顔を伏せて魔王さんの足元を見つめながら、つぶやきました。

 ごめんなさい。魔王さんはいい人だとは思いますけど、でも私は……ソニアを裏切ることはできませんから……

「気にするな。では、余は帰るとしよう」

 魔王さんの足がくるっと反対を向きます。

「ま、待って!」

 私は思わず立ち上がり、呼び止めました。ガタッと音を立てて椅子が倒れます。

「待ってください、その……」

 バカな。何を言おうというのでしょう。

 あなたを本当に好きなのはソニアなんです。だから、どうかソニアの側にいてあげて。

 それは本当に心からの願い。でも、私から伝えることは決してできません。私が言えるのはせいぜい……

「私よりいい人はきっといます。だから……」

 そんな偽善者のようなセリフだけでした。

「……そうだな」

 しばらく考えた後、あてもない中空に向かってポツリとつぶやきます。


「では、神父にでも告白するか」


「…………はい?」

「だから神父だ。この教会にはいないのか?」

「そりゃいますけど……神父さんは男性ですよ?」

「余は誰でも構わんが?」

 ……落ち着いて。落ち着いて、私。

「もう一度訊きます。あなたは何しに来たんですか?」

「だから、何度も言わせるな。罪を告白しにきたと言ってるだろう。懺悔室とはそういう場所じゃないのか?」


 懺悔室。

 それは迷える子羊が己の罪と向き合う場所。誰にも言えない秘密を抱え込んだ人が、その重さで心が張り裂けてしまう前に、自分の正体を隠しながら秘密を明かすことのできる場所。

 教会の隅に作られた小部屋は、中央を黒いカーテンで仕切られさらに狭くなってます。カーテンの長さは上から膝丈まで。床とカーテンの間には低い長机が置かれていました。これにより、お互い顔をあわせることも正体を知ってしまうこともありません。

 本来なら告白する側への配慮ですが……今助かってるのは私のほうですね。まさにあわせる顔がない、穴があったら入りたいという心境でしたから。


 はぅあ~、なんかホッとしたやら恥ずかしいやらで、涙が! 私としたことがなんて勘違いをー! 自分ではけっこう冷静沈着常識人のつもりだったんですけど……ソニアと一緒に暮らしてきて彼女の思考形態がうつってきちゃったのかもしれません。うん、きっとそうです。

「おい、大丈夫か?」

 魔王さんがカーテン越しに心配そうな声を投げかけてきます。

「だ、大丈夫です! もう全然問題はないです! えっと、罪の告白でしたね、さぁ、どうぞ!」

「どうぞって……さっき『そんなこと私に言われても困る』と、」

「さっきのことは忘れてください! もう全部なかったことに!」

 私が叫ぶと、魔王さんは急に黙り込みました。再び沈黙が訪れます。どうしたんでしょう。おそらく何か考えてるのでしょうけど、表情を見ることはできません。こういうときはカーテンが邪魔です。

「貴様、もしかして余の知人か?」

「はい?」

「どうも声に聞き覚えのあるような……」

 あ、気づいてなかったんですね。私はすぐ魔王さんだって分かったのに。

 魔王さんは魔族特有の左右にとんがった目立つ耳をしています。その大きさのわりに機能はよくないみたい。

「気のせいですよ。私はあなたの声に全く聞き覚えがありませんから」

「そうか? ふむ、いまいち釈然とせぬが……いや、気のせいなのだろうな。シスターが教会で嘘をつくはずもあるまい」

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あとで私も懺悔します。だから神様、今は許してください。人間に愛を説くあなたのことはとても尊敬しておりますが、今は恋! 愛よりも恋の問題が最優先なのです。

「さぁ、それではどうぞ懺悔を。正直に告白すれば神は全ての罪を許します」

 正直、ラッキーと思いました。

 ソニアは昨日からあきらかに変です。見た目は元気ですが、空元気なのは一目瞭然。詳しく聞きたかったけど、意地っ張りで見栄っ張りなソニア。どうにも素直に話してはくれません。

 今ここで魔王さんのほうから話が聞ければ……

「実はな……」

 魔王さんはどこから話したものかと悩みながら、話しはじめます。

「懺悔したいことというのは、余の仕事のことなのだ」

「……仕事?」

「詳しくは言えぬが、余は昔ある仕事に就いていてな。そのとき色々と人道に反した所業を……」

「あー、もう! そっちですか!」

 私は大声をあげて話を中断させました。カーテンの向こうで魔王さんがきょとんとしてるのが分かります。

「そんなのは、この際どうでもいいんです!」

「ど、どうでもいいことないだろう。信じないかもしれぬが、結構な大仕事でそりゃもう世界中の人間を恐怖に、」

「どーでもいーですよ、そんなつまらない話は!」

「懺悔って面白くないといけないのか?」

「それよりも、もっと最近の話はないんですか? たとえば、昨日……とか」

 そう、昨日。バレンタインデーに何があったか……いえ、あのソニアのことです。『何もなかった』からこそ落ち込んでるのかもしれませんが。

「昨日か。たしかバレンタインとかいう人間の行事があったな」

 我ながらかなり強引な誘導尋問だと思ったのですが、魔王さんは律儀に昨日のことを話しはじめました。この素直さが十分の一でもソニアにあるといいんですけど。

「しかし、面白いことも懺悔するようなこともなかったぞ? 確かにちょっとした喧嘩はあったが、余は何も悪いことはしておらんし」

「……詳しく話してください。その、ちょっとした喧嘩を」

「ああ、えーと、まずいつもの喫茶店で働いていたのだが、そこに――」


(3)


 メリーの用意していってくれた朝食を食べる。

 こんなときでもちゃんと食事はおいしいから不思議だ。むしろ頭使いすぎてお腹すいた。おかわりまでしてしまった。

 食事が終わり、あたしは空になった食器を前に手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

 教会の方角へぺこりとお辞儀。メリーは今ごろ何をしてるだろうか。きっと善良な信者さんのために一生懸命働いてるに違いない。

 立派だよなぁ。その才能を分けてほしい。あたしももう少し料理がうまければ……

「……関係ないか」

 そう、自分でも分かってる。味の問題じゃない。食べてもらう以前に、渡すことすらできなかったんだから。

『おお、ソニア。ちょうどいいところに来たな』

 昨日、喫茶店まで出向いたあたしを待っていたのは、そう言って微笑む魔王の姿だった。あの時はドキドキして混乱してたはずなのに、なぜかそのときの情景をはっきりと思い出せる。

 あの時のあいつの笑顔。あの時、あいつがあたしに差し出してきたもの。それの色、形、大きさまで。脳裏に焼きついてしまい、忘れようとしても忘れられない。

『これを貴様にやろう。なんか知らんが、たくさんもらってしまって困っていたのだ』

 それは透明なセロファンできれいにラッピングされたチョコレート。あたしのよりずっとかわいくて、ずっと大きくて、ずっとおいしそうだった。

 背中に隠したあたしの手作りチョコが居づらそうにしてるのが分かった。もしもこれに翼があったら、一目散に逃げ出しているだろう。

『なに、遠慮するな。いくら余でもこんなに甘いものばかり食えんからな』

 認めないわけにはいかない。確かにあいつは外見のみで判断するならかっこいい。あの喫茶店の客層は若い女の子が多いし、そのうちの何人かが魔王を気にしだしたとしても不思議じゃない。

 でも……でもみんな、あいつの中身を知らないから!

 そりゃー、黙ってりゃかっこいいけど、その実バカだし無神経だし非常識だしデリカシーもないし……!

「……なんてね」

 分かってる。一番バカなのはあたしだ。

 そこまで分かってて、なんで……なんで、あいつのことが……!


(4)


「で、ソニ、あ、いえ、その娘はどうしたんですか?」

「走って帰っていった。『あんたがもらったんだから、あんたが食べればいいでしょう!』と、なんか知らんが怒ってるようだったな」

 私は魔王さんに聞こえないように、そっとため息をつきました。

 なるほど、そういうことだったのですか……ようやく事情が把握できました。

「おかしなものよ。普段は遠慮なんかしないやつなのだぞ。てっきり『もらったチョコ全部よこせ』くらい言われると思ってた」

 ソニア、そんなイメージだったのですか……

「うーん、とりあえず私からあなたに渡したい物があります。手を出してくれますか?」

「ん? ああ、何だ?」

 カーテンと机のすき間から差し出された魔王さんの右手。私は近くにあった聖書を取りました。片手では持てないほど分厚くて重いので、私は両手でよいしょっと頭の上に抱え上げます。

「はい、歯を食いしばってくださいね~」

「……歯?」

「えいやっ」

 かけ声とともに私は聖書を振り下ろしました。ゴヅンと小気味のいい音をたてて、本の角が魔王さんの手のひらに命中です。

「いだあっ!」

 悲鳴をあげて飛び上がる魔王さん。よし。クリティカルヒット。

「な、何をする、貴様!」

「天罰です! まったく女の子を悲しませるなんて。男として最低ですよ!」

「待て待て! 貴様、最初に『正直に告白すれば神はすべてを許す』と言ってなかったか?」

「神様が許しても私が許さないんです!」

 魔王さんはグッと言葉を詰まらせ、すねたように鼻を鳴らしました。どかっと椅子に座り込むと、

「貴様らの思考は訳が分からん。食べ物をくれてやれば喜ぶと思ったのに」

「そんな、子供じゃないんですから」

 魔族と人間の壁か、男と女の壁か。両者の間には考え方に大きな隔たりがあるようです。だからすれ違ってばかり。お互い好意を持ってるのは確かだと思うのですが……

「そもそもバレンタインデーってどういう日か理解してます?」

「ああ、愛する相手にチョコレートを贈る日なのだろう?」

 魔王さんは不機嫌そうにそっぽを向いたまま、暗く沈んだ声で小さくつぶやきます。

「だから余もそいつにチョコをくれてやったのに……」

 う~ん。確かに方向性としては間違っていませんが。でも、他の女性からもらったものをそのまま贈っても怒らせるに決まって……

「………………あれ?」

 ちょ、ちょっと待ってください? 今、なんかとんでもないセリフを聞いたような?

「あの……今、何て言いました?」

「…………」

「愛する人って、つまり……その娘のことですか?」

「…………」

 長い長い沈黙。言うか言わないか悩んでいる様子です。

 私はぎゅっと両手を握り、次の言葉を待ちました。

 やがて魔王さんは諦めたように息を吐き出すと、

「初めの頃は……ただの愚者だと思っていた。王たる余に恐怖することもなく怒ったり殴ったり。それほどの強さを持ちながら、ときどき消えてしまいそうなどか弱くも見えて……いつの頃からか、そばでずっと守っていてやりたいと思うようになっていた」

 そして、覚悟をこめた力強い声で告げました。

「ああ。余はあいつのことが好きだ」

 懺悔室。

 はるか昔からずっと、何百という罪人が、何千という罪を告白してきたことでしょう。ここは人間の暗部を象徴する場所。歴史の裏側。呪われた黒い小部屋。

 そんな場所が……今は世界中のどこよりも暖かい空気に満ちていて。

「……よかった」

 そっと目じりをぬぐいます。安心したせいで涙が出てきました。

 二人を幸せにしたい、手伝いたいなんて、私のおごりだったのかもしれません。ただ二人を信じて見守っていれば十分だったのですね。

「それで……いつ告白するとか考えてますか?」

「告白? 告白なら今してるだろう」

「そっちの告白じゃなくて、恋! 恋の告白です! その娘にいつ好きだと伝えるのですか?」

「ああ、それか。そっちの告白なら一生するつもりはないぞ」

 さっき『好きだ』と宣言したときと同じ、力強い声で自信満々に、

「だって、ふられるのは怖いだろ」

 一瞬にして、私の笑顔が凍りつきます。

 え~と、さっき使った聖書は……あ、ありました。よいしょっと。もう一度頭の上に抱え上げます。

「さてと……では、渡すものがあるので手を出してください」

「断る」

「今度は左手でいきましょう」

「だから断る」

「ちゃんと手加減しますから」

「……お前、本当にシスターか? 怖いぞ?」

 怒りに任せて、ばあんっと聖書を机にたたきつけました。魔王さんはびくりと体を震わせます。

「そりゃこっちのセリフです! あなた、本当に男ですか! なっさけない!」

 仮にも魔王ともあろう人が! 世界中を敵に回したくせに、女の子一人を怖がっててどうしますか!

「そうは言うけどな……失恋って悲惨なものだぞ」

「何か苦い思い出でもあるんですか?」

「うむ、余ではなく知人の話なのだが……その男、人間にしてはなかなか見所のあるやつだったのに、失恋したとたん見るも無残に落ち込んでな。あれから三ヶ月たった今もなお立ち直れておらん」

 魔王さんの『知人の話』に、私は頭を抱えました。

 忘れてました……そういえば、いましたね、そんなのが。

「お前もその男と知り合いだったら、余の恐怖を分かってもらえると思うのだが……」

「いえ……分かりましたよ。そりゃもう、すごく」

 なるほど、そういうことですか……

 ソニアから聞いた話では、『彼』は最終決戦の前に倒れてしまったとか。だから魔王さんとは戦っていないそうです。

 一度も剣を交えることなく、それでも地味にダメージを与えていたなんて。さすが勇者……余計なことを!

 


(5)


 あたしはそっとラッピングをはずし箱のふたを開いた。

 箱の中には、いびつに歪んだ褐色のハート型がポツンと寂しそうに座り込んでいる。

 あたしなりに一生懸命作ったつもりだった。昨日完成したときには、まるで宝石のように光り輝いても見えた。奇跡も起こせる魔法のアイテムみたいだった。

 一日たって冷めた気持ちで見下ろしてみると、それは目をそらしたくなるほど不恰好で下手くそで……それに、まずそう。

 衝動的に箱をつかみあげ、勢いよく壁に投げつける。箱はクシャンと小さな音をたて壁にぶつかり、力尽きたように床へ落ちた。

「あー、もう!」

 なんかだんだん腹立ってきた! なんであたしがあいつなんかのために、こんなに頭悩ませなきゃいけないのよ!

 そもそもバレンタインって何? どうして女から男って限定されてるわけ? 不公平じゃん! 男のほうから女の子にあげてもいいってルールなら、もっと、こう……あったかもしれないのに!

「……んなわけないか」

 今度は急に落ち込んできた。ベッドに横たわり、枕に顔をうずめる。

 結局のところ、あいつはあたしのことをどう思っているんだろ? 決して嫌われてはいないと思う。でも……

 トントンという控えめなノックの音があたしの思考を中断させた。

「は~い、どなたですか~?」

 メリーならノックなんてしないはずだし、誰だろう。この機嫌の悪いときに。もし押し売りかなんかだったら、火炎呪文でも食らわしてやる。

「……ソニアか?」

 その声にあたしはガバッと跳ね起きた。もうすっかり慣れ親しんだ声。

「ちょ、な、なんであんたがここにっ?」

「ああ、やっぱり一言謝りたくてな」

「そんなの……いいのに、別に……むしろ謝るのはあたしのほうだし……」

 ドアに近づき、そっとノブを回す。

 気まずそうに目をそらしながら『彼』は立っていた。

 あたしに向かい、深く頭を下げる。

「俺、やっと立ち直ったよ! ごめん、待たせちゃって!」

「だ、だから、謝らなくていいってば」

 心の中で、逆にあたしが謝った。

 ごめんね、ぶっちゃけ待ってなかった。ていうか……

 勇者ロン。

 九割がた忘れてたわ、あんたのこと。



「紅茶でいい?」

「おう、サンキュー」

 ポットにお湯を注ぎながら、ちらりとテーブルを盗み見る。

 本当に懐かしい。変わってないなぁ、ロン。

 あのときと同じ無骨な鎧姿。腰には長剣をさし、いつでも戦える格好。あたしの布の服と比べると、ずいぶんアンバランスだ。

 あの最終決戦からまだ三ヶ月しかたっていないのか。はるか昔のような気がする。

失恋し戦闘意欲をなくしてしまったロン。あのときは「このダメ人間!」とか思ってたけど……もう馬鹿にできないわよね。あたしも似たようなもんだし。海で一人うちひしがれるのも、明日は我が身っていうか……

「……あ」

 そうだ、これはちょうどいい機会かもしれない。彼は人生の先輩。少なくともあたしより経験値が上なんだから。

「ん、どうした?」

「ロン、いいときに帰ってきてくれたわ。グッドタイミング」

「……なに?」

「実はあんたに訊きたいことが……って、うわあっ! 何やってんの!」

 ロンは……泣いていた。

 表情は笑顔のまま、両目からボタボタと滝のような涙が流れている。

「い、いや、気にすんな。嬉しくてさ……グッドタイミングとか初めて言われたから」

 ロン……そりゃ確かに間の悪いあんただけど、何も泣くほど喜ばなくても。

 腕でゴシゴシ涙をぬぐうと、ロンは力強くうなづいた。

「よっしゃ! 何でも訊いてくれ! 俺でよければ、何でも答えるぞ!」

「あ、うん、あのさ、」

 あたしは咳払いをすると、声をひそめて、

「好きな人にふられるって、どんな気持ち?」



 ぱりん。



「えっと……ロン?」

 床に倒れこみ、肩をふるわせるロン。

 あの、あたし……またやっちゃった?

「お前なぁ……せっかく忘れてたのに思い出させんなよ……」

「だ、だってもう立ち直ったって言うから!」

 ぜんっぜん進歩してないじゃない! 三ヶ月間、何やってたのよ?

 ロンはそのままゴロンと仰向けに寝転がると天井を遠い目で見つめながら、

「失恋したときの気持ちか……言葉にするのは難しいな」

「あ、ごめん。もういいわ、それ」

 今のあんたの反応が、千の言葉より雄弁に答えを物語っている。

 なるほど……そうなるってことか。

「やっぱ怖いものなのね……」

 思わずそんな呟きがもれる。その言葉にロンが反応した。顔だけあたしのほうに向けて、

「何だ? もしかしてソニアも好きな人ができたのか?」

「す、好きなんかじゃないわよ!」

 ぐっ、しまった、過剰に反応しすぎた。ロンはゆっくり立ち上がると、手で体のほこりを払いながら、あたしを微笑ましそうに眺める。

「変わってないな。ソニアのそういうところ」

「ど、どういうところよ?」

「意地張って、見栄張って、弱い自分を他人に見せないところ」

 胸の奥でギクリという大きな音が鳴る。

「そんなこと……ないわよ……」

「俺らが冒険してたころから、どんなときも強くあろうとしてたよな。魔力も体力も空っぽなのに、空元気出してモンスターに立ち向かっていったり」

 そうだ、すっかり忘れてたけど、ロンは勇者なんだ。十人近くいた仲間を引っ張っていた、あたしたちのリーダーだったんだ。

 ロンが倒れた椅子を起こし、座りなおす。

「話してみろよ。俺でも聞くくらいならできる。俺にまで虚勢をはる必要はないだろ?」

「ロン……」

 両手を胸の前で握りしめ、瞳をぎゅっと閉じる。

「……ありがとう。そう、そうだよね。あんたの前でかっこつけてもしょうがないよね」

「お、分かってくれたか?」

「うんっ」

 あたしはニッコリと微笑み返した。

「勇者のくせに失恋して落ち込んで逃げ出して三ヶ月も傷心旅行しながらいまだに立ち直れていない男の前で、かっこつけてもしょうがないよね」

「……いや、そういう意味じゃなくてな? 気心知れた仲間として、」

「じゃあ話すから、しっかり聞きなさいよ! 昨日のことなんだけど――」


 


(6)


「とにかく、そんな失恋男のことは忘れてください! それはかなり特殊な例ですよ。普通はそこまでいきません」

「うむ、分かっている。分かってはいるのだが……」

 ごにょごにょと語尾をにごらせる魔王さん。ああ、もう何て煮え切らない! 私が聖職者じゃなかったら、とっくにひっぱたいてるところですよ!

「そもそも、なんでふられるって決めつけるんですか? その娘とは結構仲がいいんでしょう?」

「だからこそだ。ふられて気まずくなるよりは、今のままの平和な関係も悪くはあるまい」

 世界中の平和を乱したあなたが、いまさら平和がいいとか言いますか……

 私は一度大きく深呼吸をして、劣等生を諭すように、

「気持ちは分かります。でも、あなたが動かなくても時は流れ続けるんですよ? もしもその娘が彼氏を作っちゃったらどうします?」

 そう言った瞬間、カーテンの向こう側で椅子がガタンと大きく音をたてて倒れました。

「そ、それはいかん! それだけは駄目だ!」

 たちまち恐慌状態です。へぇ、これ系の攻撃には弱いんですね~。じゃあ、駄目押しです。

「もしかしたら、もう今ごろ他の男性と部屋で愛を語らってるかも~」

 ま、ぶっちゃけソニアに限ってそれだけはないと思いますけど。

「うおおっ、いかん! 急がなくては!」

 魔王さんだって冷静に考えれば気づくはずなのに……ま、動機付けは何でもいいのです。

「ね? これはもう告白するしかないでしょう?」

「ああ、そのようだな」

 ぜぇぜぇと興奮して荒くなった息を抑えながら、ふと思い出したように、

「しかし、余は告白なんてやったことないぞ。やり方がわからん」

 いばることでもないのに、堂々と胸をはります。魔王さんって確か転生を繰り返して何万年も生きているはずじゃ……それで、この経験値ですか。小学生並ですね。

「そんなに深く考えなくても。正解も不正解もありません。自分の言葉で正直に気持ちを伝えればいいんですよ」

「ふむ……」

 魔王さんはしばらく考え込むと、突然がばっと立ち上がりました。そして、高らかに叫びます。

「余の仲間になれ。世界の半分をやろう!」

「0点」

「なぜ!」

「それのどこが告白ですか」

「余が人を誘うときはいつもこれだったのだ! まぁ確かに……成功したことは一度もないが」

 神代の時代から魔王さんはそうやって最終決戦のたびに歴代の勇者を誘い、そして断られつづけてきたのですね……途中で気づきましょうよ! もしかしてこのセリフは駄目なんじゃないかって。

「大体、世界半分って何ですか? いりませんよ、そんなの」

「そ、そんなのって……!」

「どうせプレゼントするなら、もっと……お花とかアクセサリーとか」

「そこらへんは世界半分に付属してるんじゃないのか?」

 なんか……どうして人と魔族が何千年も争い続けてきたか、分かってきちゃいました。一因はあなたの会話力不足ですよ。

「もう、ただ相手の目を見つめて『好きです』と。それで大丈夫です。ちゃんと通じるはずですから」

 シンプルすぎとも思いますが、相手も相手ですしね。レベル1同士ならちょうどいいでしょう。

「分かった……好きです、だな。好きです、好きです、好きです……」

 真剣にブツブツと復唱する魔王さん。忘れるような文字数じゃないと思いますけど。

 やがて、「よし!」と気合を入れて、立ち上がりました。

「では、行ってくる! 世話になったな!」

 元気はいいけど、少し緊張で声が震えています。私は思わずクスッと苦笑して、

「はい、頑張ってくださいね。まぁそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。失敗したって死ぬわけじゃないんですから」

 そうです。今まで何度も最終決戦をくぐりぬけてきた魔王さん。本来なら怖がるような戦いじゃないはずです。

 今回の対戦相手は女の子一人。

 別に完全武装した勇者が待ち構えてるわけじゃないんですから。



(7)


「なるほど……つまりソニアは好きな人にバレンタインチョコをあげようと張り切って出かけたのはいいものの、その男はすでに他の女の子たちからもチョコをもらってて、嫉妬やら苛立ちやらでパニックになって思わずその場から逃げ出してしまったわけだ」

「そんなみもふたもない言い方しないでよ!」

 確かにその通りではあるけど!

「で、素直になれない自分を嘆きそんな自分が嫌いで、海岸で一人体育すわりをしながら花占いとかしてたわけだ」

「そこまでしてない! っていうか、それはあんたでしょ!」

 あたしの反論には耳を貸さず、ロンは落ち着き払って紅茶を飲みながら、

「まぁ頭にくるのも分かるけどさ、チョコはチョコであげてくりゃよかったと思うぞ」

 ずいぶんと簡単に言ってくれる。あたしは目をそらしながら口ごもる。

「だ、だって、そんな甘いものばっかもらっても嬉しくないでしょ?」

「心のこもったプレゼントなら何だって嬉しいに決まってる」

 きっぱりと断言するロン。それはセリフだけ聞くと、とてもいいことを言っているのだけど……

「ロンに言われても説得力が……」

「ど、どういう意味だよ!」

「だって、あんた女の子からプレゼントもらったことなんてないでしょ?」

「ば、ばかにすんなー! それくらいある!」

 ロンはいきりたつと、自信満々に胸を張って、

「冒険に出るとき、王女から200ゴールドもらったぞ」

「……それ、プレゼントとは呼ばないわよ」

 こいつ、そんな王族の公式行事に愛を感じていたのか。哀れすぎる……

「そもそも200ゴールドって何? 安すぎない? 子どものおつかいじゃないんだから」

「いいんだよ、心がこもってれば!」

 そうかなぁ。心がこもってたら、もうちょっと値上げしてくれると思うけど。

 ふいにロンが「ふん」と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「そういうソニアこそ何かプレゼントもらったことあるのかよ」

 ふっ……待っていたわよ、その質問! このソニア様も甘く見られたものね。くらえ!

 あたしはさながら魔力を込め呪文を放つときのように、人差し指をびしっと顔の前に突き出した。

「じゃーん!」

 その指にはめられた青い石を見て、さすがの勇者も顔色を変える。

「そ、それまさか……!」

「そう、守りの指輪よ!」

「すっげえ! 実在したのか!」

 驚くのも無理はない。時空を歪める力を持つ究極の自衛道具。この世に二つとないレアアイテムだ。売れば億という金額がつくだろう。もちろん百億万でも売る気はないけど。

 ぽかんと口を開け、羨望のまなざしを注ぎこんでくるロン。ふふふ、これはなかなかいい気分ね~。

「どう? まいった?」

「ああ、まいった……俺の200ゴールドよりすげぇ」

 当たり前でしょ。っていうか、比べるな。

 そこでロンは、はたと正気に戻り、

「ちょっと待て。そんなすごい物もらっておいて、ソニアはチョコひとつすらお返ししてないのか?」

 ……ぎくり。

 そうだ、忘れてた。そういやそれが悩みのおおもとだったっけ。こんな男に勝ってちっぽけな優越感を感じてる場合じゃない。

「いや、でもね、お返しはしたのよ、クリスマスに。この指輪に見合うくらいの、そりゃもうすごいのを」

「へぇ、何だ?」

「……手作りクッキー」

 さっきまでの憧れのまなざしが一転、ロンの目線は冷ややかなものへと変わった。

「なんだよ、その不等価交換は……」

「い、いいのよ、心がこもってれば!」

 気がついたら、さっきのロンと同じセリフを口にしちゃってるし。

「大体、単純な価値だけでいったら守りの指輪と釣り合うものなんて、そうそうあるわけないでしょ!」

「まぁ、たしかに。俺のアレくらいのもんだよな」

 ロンは後ろを向きながら、壁に立てかけられた一本の長刀を指さした。

「ああ、覇者の剣か……」

 はるか昔に神が人間に与えたという伝説の武器。歴代の勇者が使い、勝利を呼んだという由緒正しい剣だ。

 確かにあれなら、守りの指輪と比べても遜色ないだろう。

 それに……食べ物なんかより、あいつは喜ぶかもしれない。うん、実用的なプレゼントってポイント高いって本に書いてあったし。

 ……って、あれ? ちょっと待って。これはもしかして……有りじゃない?

「お、おい。ソニア?」

 目の色が変わったあたしに気づいたのだろう。ロンが横から不安げに声をかける。

「お前、まさか……馬鹿なこと考えてるわけじゃないよな?」

 馬鹿なこと? 馬鹿なことじゃない。現在の閉塞的状況を打ち砕く唯一無二の打開策だもの。

 あたしはゆらりとロンのほうを振り向いた。

「ソニア……ちょっと、おい、冗談が過ぎるぜ?」

 あたしの体から放たれる無言のオーラが、勇者である彼にすらプレッシャーを与えた。ロンは無理やり笑おうとするが、その笑顔は凍りついている。

「ロン……あなた、なんでも協力してくれるって言ってたわよね……?」

「い、言ったっけ? あー、でも、それは俺にできることならって意味で、」

 じりじりと後ずさろうとするロン。その襟元に、あたしは両手で掴みかかった。

「ロン!」

「断る!」

「お願い! あれ、ちょうだい!」

「ちょ、落ち着け、バカ! あげられるわけないだろ!」

「あれならあいつも喜ぶだろうし、ライバルの女の子たちにも楽勝だと思うのよ!」

「楽勝ってどっちの意味だっ? 本当にバトルするつもりじゃないだろうな!」

「じゃあ、あたしに売って! 200ゴールド払うから!」

「俺は200ゴールドなら何でもいいわけじゃねえっ!」

「特別にあたしのチョコもつけるわ! 女の子から手作りチョコなんてもらったことないでしょ?」

「お前、俺のことを何だと思ってるんだー!」




(8)


 支配すること。それだけが余の喜びだった。

 魔王の間に大きな世界地図を飾り、征服地を黒く塗りつぶしていった。少しでも広く。少しでも早く。黒に染まりゆく世界。その頂点で至上の達成感に打ち震えていた。

 ソニアと出会うまでは。

 結局……余は何も手に入れてなどいなかったのだ。

 多くの部下がいた。多くの敵がいた。従うものが部下で、従わぬものは敵だった。そのどちらにも属さぬものなど、初めてだった。

 この気持ちをソニアに打ち明けたら、あいつはどんな顔をするだろう。いったい何と答えるのだろう。

 ソニアの家が近づいてくる。一歩ごとに。一歩ごとに。逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、だからこそ足は止めない。一度でも立ち止まってしまったら、もう再び歩き出せる自信がない。

 今はただ機械的に、ただ歩くことのみに専念し、失恋のことなど考えず……

「魔王―!」

「……あ?」

 突然、肩をがしっと掴まれ立ち止まらされた。後ろを振り向くとそこには、今だけは最も会いたくない人物……

「ゆ、勇者! 貴様、勇者か!」

 そうだ、間違いない。その泣き顔、よく覚えている。そもそも恥も外聞もなく泣きじゃくる鎧を装備した大の男なんて、こいつくらいしかいないはずだ。

 勇者は腕で乱暴に涙をぬぐうと、なぜか嬉しそうに笑った。

「よかったぜ、魔王! ちょうどいいときに来た! グッドタイミングだ」

 貴様のほうは……あいかわらずタイミングが悪いな。

 余は勇者の手を振り払い、再びソニアの家を目指すことにする。

「悪いが余は大切な用事があるのだ。話は後にしてくれ」

「ちょっと待てよ、おい!」

 しつこく食い下がる勇者。ええい、余に触れるな、縁起でもない。恋愛運が落ちたらどうする。

「魔王! お前、俺に世界の半分やるから仲間になれって言ってたよな。あの話ってまだ間に合うか?」

「……いや、悪いが、それは他のやつに譲ることにしたのだ」

 もっともあいつがそれを受け取ってくれたら、だが。

 余の答えを聞いて、勇者はガクリと膝を折る。道の砂をがりがりと爪でひっかいた。

「またか……また俺は出遅れたのか……」

 さすがに哀れになってきたな。そうだ、冷たくしたものでもない。明日は我が身。もう他人事ではないのだから。

「あー、勇者? 貴様の気持ちも分からんでもないが……しかし、あれから三ヶ月だぞ。そろそろ立ち直ってもいいころではないか?」

「違う! 一度復活したんだ! 今、落ち込んでるのは別件で……」

「別件とは?」

 勇者は気まずそうに目をそらしながら、ぽつりと呟く。

「……覇者の剣、とられた」

「な……ッ!」

 何をやっておるのだ、こいつ! いや、余が責める筋合いでもあるまいが、しかし!人間側、最後の切り札を!

「なぜ、そんなことに?」

「うん、どうしても欲しいって言うから、つい迫力負けして……」

 そんなのでよかったのか。なら、余も欲しいとお願いしてみればよかったな。

「それで武器を失った貴様はここで落ち込んでいたというわけか?」

「いや、落ち込んでたのはもうひとつ理由があって……」

「まだあるのか!」

 こやつ、呪われているのか? 余はそんな呪いかけた覚えないぞ。

 勇者は道具袋からそっと静かに箱を取り出した。小さな紙製の箱。

「それは何だ?」

「覇者の剣と引き換えに、そいつから手作りチョコをもらったんだけどさ……見てくれよ、これ」

 そう言って、ふたを開ける。中身を覗き込み、さすがの余も絶句した。

「これは……ッ!」

「な? ひどいだろ?」

「うむ、これはちょっと……人間のすることとは思えん」

 箱の中には褐色のチョコレートが鎮座していた。形はハート型。多少いびつではあるが、丁寧に作られたのが感じられる。と、そこまではいいのだが……

 そのハート型は、真ん中でまっぷたつに割れていた。

「いやみにも、ほどがあるな……」

 勇者だって好きで失恋したわけではあるまいに。こんな傷口をえぐるような真似をしなくとも! いったいどこの冷血漢がこんなことをしたのだろう。

「はは……そうだ、二つに割れてるし、ちょうどいいな。魔王、半分食べるか?」

 自嘲気味に笑う勇者。もう笑うしかないのだろう。見ていて痛々しい。

「い、いや、結構だ。貴様がもらったんだから、貴様が食べればいいだろう」

 何か最近誰かに言われたような気がするセリフを口にして断る。大体余はこれから告白しにいくのだ。こんな縁起でもない失恋チョコなど食べられるか。

「遠慮するなって。ほら」

「いらんと言うのに。余も昨日たくさんもらって、チョコは食い飽きておるしな」

 その瞬間、勇者の表情から笑顔が消えた。そして徐々に戦士の顔へと変わっていく。

「ゆ……勇者?」

 殺気。かつて余を打ち倒してきた歴代の勇者と比べても遜色ない……いや、それ以上の闘志が勇者の体から立ち昇っている。

「残念だ……やっぱり俺とお前は戦う運命にあったんだな……」

「待て、謝る! 失言だった! もらったと言っても、あれだぞ、義理だぞ? それに本当に欲しかった相手からはもらえなかったし、そういう意味では貴様と同じ……!」

「さぁ、覚悟はできてるか? 俺はできている」

 聞いちゃいないぞ、こやつ! 冗談ではない! 八つ当たりでやられてたまるか! そもそも余はこんなことをしている場合ではないのだ!

「待て。貴様の真の敵は、そのわけの分からん手作り嫌がらせチョコを贈った相手ではないのか? そいつから先に倒せばいいだろう! 誰なんだ、そいつは?」

 余の問いに、勇者は唇を噛みながらポツリと答える。

「……ソニア」

「ああ、ソニアか。なら、ちょうどいい。余もこれからソニアの家に行くところだから……」

 そこまでしゃべって、ようやく勇者の言葉が脳に届いた。

「……ソニアだと?」

 そのチョコの作り手が……ソニア?

 今度は余の表情から笑顔が消える。

 ああ、久しぶりであるな、この感覚……この、心がどす黒い邪悪で満たされていく感覚は。

「つまり貴様は……」

 殺気がみなぎるにつれ、余の体は戦闘用へと変貌を始めた。筋肉が脈打ち、腕は太く膨れあがり、爪がギチギチと音をたてて尖っていく。

「ソニアから手作りチョコをもらったと言うのだな?」

 伸びきった犬歯でギリッと歯ぎしりした。

 余も……余ももらっていないのに!

「残念だ……やはり余と貴様は戦う運命にあったのだな……」


 


(9)


「う~ん……!」

 あたしは覇者の剣を前にうなり声を上げた。

 このまま渡すのもかわいくないよね、とリボンやら花やらで飾りつけてはみるが、どうラッピングしても剣は剣だ。乙女チックさのかけらもない。

 さっきはこれしかない!と思ったプレゼントだったけど、こうして冷静に見返してみると間違いだった気がしてきた。

 心がこもってれば何でもいい、か……考えてみたら、この剣って歴代勇者の闘志とか殺意とかの心がこもってるのよね。そんなもん、魔王に渡すのもどうなのかな……

 と、そのときトントンと弱々しくドアがノックされる。

 またロンが戻ってきたか……ま、ちょうどよかったわ。この剣を返そう。やっぱ使えないわ、これ。

「は~い、ちょっと待ってて~」

 ドアを開ける。

「え……?」

 驚く暇さえなかった。

 そこに立っていた人物を認識するより前に、彼の体温があたしの体を包み込む。

「ソニア……」

 すがるように、求めるように、魔王があたしに抱きついてきた……



「いだだ、痛いぞ!」

「ほら、おとなしくしなさい!」

 消毒薬をぐりぐりと魔王の顔に塗りつけていく。必要以上に乱暴になってしまうのは、やっぱりがっかりした気持ちがあるからだろうか。ちくしょう、また騙された……これで何度目よ、ドキドキ損は!

 治療の仕方なんてよく分からないから自己流。とりあえず応急手当さえしとけば、あとはメリーが何とかしてくれるだろう。

 それにしても……

「いったい何があったっていうの? あんた仮にも魔王でしょ?」

 あざやら傷やらタンコブやらで満身創痍といった感じ。かつて頂点に君臨していたもののプライドなどそこにはない。相手が誰だか知らないけど、人間とのけんかでこんなボロボロになるなんて!

「仕方あるまい。今の余は角をはずしているのだから」

「つの?」

 そういえば初めて魔王に会ったとき、こいつのこめかみからは大きな角がにょっきりと飛び出していた。どうやら取り外しがきくらしく、今は人間と同じ外見をしている。単なる飾りだったと思っていたけど、何か役に立ってたのかな?

「あれがないと余の魔力はゼロになるのだ」

「大問題じゃない! そんな大事なもん、なんではずしちゃうのよ!」

「だって、バイト先の店長が『そんなのつけてたら雇えないよ』と……」

「あほかー!」

 そんな理由で魔王としての権威を捨てたのか……時給数百ゴールドのために。

「……はぁ」

 あたしの口から諦めの吐息が漏れる。

 ま、いっか……こういうやつだってのは前から分かってたし。魔王のくせに能天気でお気楽で、どっか子どものように危なっかしくて。

「まったく……あんた見てると、悩んでる自分がバカバカしくなるわ」

「おい、それはどういう意味……いででっ!」

「ほら、動かない!」

 魔王の顔を無理やり正面に向け、あたしは横から頭に包帯を巻く作業に入った。

 うう~ん、やっぱり何をどうすればいいかさっぱりね。冒険してたときは怪我なんて日常茶飯事だったけど、治療回復はメリーの役だったから。

 もういいや。とにかく巻いときゃいいのよ、巻いときゃ。

 なんなら今からメリーのとこに連れてってもいいけど……ま、いいでしょ、急ぎじゃないし。それに教会なんかに魔王が足を踏み入れたら、さすがに神様からバチがあたるかもしれない。

「……余にも、あるぞ」

「は?」

 突然、魔王がなにやら呟いた。何のことだか分からない。魔王はそのまま不機嫌そうに前を見つめながら、

「余にも悩みくらいある、と言ったのだ」

 あぁ、その話か。悩みねぇ……どうせ世界をどう征服するかとかくだらない悩みに決まってる。それをくだらないと言っちゃ世界に申し訳ないけど。

「で、悩みって何よ?」

 包帯を巻く片手間に訊いてみた。

 魔王はいつになく真剣な表情で言葉を選んでいる。とうとう思い切ったというように、それを打ち明けた。

「ソニア……どうして昨日、余にチョコレートをくれなかったのだ?」

「……え?」

 包帯を巻く手がピタリと止まる。こいつ、今……何て言った?

 心の問いに答えるように、魔王はもう一度繰り返した。

「どうして余にくれなかった? 余は……待っていたのに」

 なに、それ、やだ、どういう意味?

 そんな真面目な顔で、変な冗談言わないでよ……

 本気に、しちゃうじゃない……

「だ、だって、あんたは……他の人からもうもらってたから……」

 目を合わせないように気をつけながら、再び包帯を巻きはじめる。気まずさをごまかすように。

「余は、ソニアのが欲しかったのだ」

 逃げ道を、ふさいだ。

 その言葉を魔王がどんな表情で言ってるか知らない。

 その言葉を魔王がどんな真意で言ってるか分からない。

 恥ずかしくて、怖くて、気まずくて、あたしは魔王の顔を見ることができず、ただじっと顔を伏せていた。

「それは……」

 あたしもだよ。

 そう言いたいのに。

「だって……」

 あたしも、本当はあなたにあげたかったよ。

 そう言わなきゃいけないのに。

 口から飛び出てきたのは、全く違うセリフだった。 

「だ、だって、ほら! あんまり上手にできなったし、そんな失敗作渡すのもどうかなって思ったし、別に……」

 お願い、黙って、止まって、それ以上余計なことを口にしないで。

「別に……どうしても、あげたかったわけじゃないし」

 稀代の天才魔道少女と謳われていた。

 言葉に魔力を込めるだけで、破壊も消滅も思いのままだった。

 それが今はどうだろう。言いたい言葉の一つも言えない。

 なんて……情けない。

「そうか……」

 寂しそうな声があたしの胸に突き刺さる。

 何やってんのよ、バカ! 消えちゃえ、あたしなんか!

「前が見えん」

「え?」

 あ……いつの間にやら包帯を一本使い切ってしまっていた。魔王の顔上半分はグルグルにされ、何も見えない目隠し状態になっている。

「ご、ごめん! すぐにはずすから……!」

 慌ててほどこうとして……やめた。

 そう、はずしちゃいけない。きっと、これが最後のチャンス。

 自分が自分に素直になれる最後の機会。

 きっと目を合わせたら、もう言えないから。

「ちょっと待って……そのまま、静かに聞いてて……」

「ん? ああ。何だ?」

 静かに聞いてて。半分は魔王に、もう半分は高鳴る心臓に言いきかせた。

 聞いてて、とは言ったものの、あたしはもう何もしゃべるつもりはない。

 もう自分の口は信用しない。

 どうせ口を開けば、また思ってもいないことを言ってしまうに決まってる。

 だから……

 ごくり、と息を飲み、呼吸を止めた。

 だから……このまま伝えよう。

 閉じた口で。

 閉じた……唇で……

「………………」

 聞こえるのは鼓動音だけ。

 そんな無音の世界の中。

 魔王の唇に向かって、そっと。

 想いを、重ねた。




(10)


「ふぅ……」

 頬杖をついて天井を見上げながら、物思いにふけります。

 ソニアと魔王さんは大丈夫でしょうか。意地っ張りと見栄っ張りのコンビですからねぇ。どちらかが素直になれば、うまくいくとは思うのですけど。

 唐突に、ドアが開く音が私の思考を中断させます。あら、またお客さんですか。今日は多いですね~。

「こんにちは、今日はどうしました?」

 私が呼びかけると、カーテンの向こう側でビクリと身を震わせる気配。

「あ~、うん、ちょっと、まぁ懺悔したいことあるんだけど、いいかな?」

「ええ、どうぞどうぞ。そのための懺悔室ですから」

「そうか、助かるぜ、あ、ちょっとその前に座らせてくれな」

 男性は荒い息を抑えながら、どかっと椅子に座り込みました。

 疲れているようです。よっぽど急いできたのでしょうか?

「大丈夫ですか? 私、回復魔法も使えますけど」

「いや、大丈夫。たいした怪我じゃないんだ。ちょっと殴り合いしただけだから」

「まぁ。喧嘩ですか?」

「うん、喧嘩っていうか……最終決戦なんだけど」

 最終決戦? そう聞き返そうとした私を、彼がさえぎります。

「そんなことよりさ、懺悔したいのは仕事のことなんだ」

 そして沈みきった暗い声で、

「俺さ、やんなきゃいけない仕事あったんだけど、ある事情で完遂できずに終わっちゃってさ……でも、これじゃ駄目だと思って戻ってきたけど、やっぱりまた駄目でさ……」

 仕事の悩みですか。何か魔王さんも似たようなこと言ってましたね~。最近流行ってるんでしょうか?

「そんな落ち込まなくても。次頑張ればいいじゃないですか」

「でも今日仕事に使う大事な道具をなくしちゃったし、もう自信が……」

 う~ん、何の仕事かは知りませんが、ずいぶんと深刻そうですね。ここは一つ、ばしっと励ましてみますか!

「そんなことじゃ駄目です!」

 私はバンと机を叩き、きっぱり断言しました。

「大事な道具をなくしてしまったのなら、なおのこと! あなたが頑張って代わりにフォローすればいいじゃないですか! 失敗から立ち上がることのできた強いあなたならきっとできます!」

「そう……かな?」

 彼の声に少しだけ力が宿ります。よし、この調子! がんばれ、私!

「そうです! ポジティブにこれを神様の試練と考えるんです。もし一度目で成功していたら、あなたは逆境から立ち上がれる強さは手に入れられなかったのですよ?」

「そう、だよな……うん、そうだ!」

 彼は勢いよく立ち上がると、力強い声で、

「そのとおりだよ! 確かに今の俺はどん底だ。でも、もしここから立ち上がれたとしたら……もう怖いものはないな!」

「その意気です!」

「ありがとう! 正直、懺悔なんて恥ずかしいと思ってたけど……来てよかったよ!」

 もしかして私、懺悔係とか向いてるんでしょうか? 今日は二人、いえ、うまくいってたらソニアも含めて三人の悩める子羊を救っちゃいましたよ?

「よし、こうしちゃいられねえ。すぐ代わりのアイテム探さないと」

 床を踏みしめるパワフルな彼の足音が聞こえます。うんうん、頑張ってくださいね。

 最後に彼の背中に向かって、私はなんとなく気になっていた疑問を投げかけました。

「あ、ちなみにそれってどんな仕事なんですか?」

「……魔王を倒すことだ」

 その言葉を最後にバタンとドアが閉められました。

 へぇ~、魔王を倒す、ですか~。そりゃ確かに難しい大仕事です。魔王さんはああ見えてなかなか強いですからね~。でも頑張って……

「……あれ?」

 ガバッと身を起こし慌ててカーテンを開きますが、もうそこには誰もいません。

「い、今の人って、まさか……!」

 あの、もしかして私……すごく余計なことしちゃいました?



(エピローグ)


 どうしても重くなる足を引きずって、私は家へと向かいます。

 う~ん、どうしたもんでしょう。なんとも気まずいです。魔王さんを応援するようなことを言っといて、その宿敵を復活させてしまったのですから。

 はぁ……せめて声を聞いたときに勇者さんだと気づければよかったのですけど。何しろほとんど忘れていましたから……こうして目を閉じてみても、いまいち顔がうろ覚えですし。

 そんなことを考えてるうちに、いつの間にやら家のドアの前でした。すぅ……と深呼吸し、自分に言い聞かせます。

「ま、しょうがなかったですよね!」

 うん、不可抗力。事故のようなものです。正直に話せば二人も許してくれるでしょう。きっちり対策を練れば、魔王さんが倒されてしまうこともないでしょうし!

 そして、ドアノブに手をかけ……そこで、はたと止まりました。

 そうでした……こっちもこっちで大変なのでした。結局、どうなったのかしら?

 もしうまくいってたら「よかったですね~」と喜びを分かち合いますし、うまくいってなかったら「元気出して」と慰めます。

 問題は……『うまくいきすぎて、二人きりの家、他に誰もいない中、のっぴきならない状況になっている』ですが……そんなことになってたら、どうしましょう! やっぱりシスターとしては止めなくちゃ……

 おそるおそるノブを回しドアを開いて、隙間からそっと中を覗き込みました。

「な……っ!」

 椅子に座る魔王さんの姿を見て、私は思わず息を飲みました。

 その気配に魔王さんが気づき、何事もなかったように声をかけてきます。

「おお、シスター。よく帰ったな」

「はい、ただいま……って、魔王さん! なんで、そんなボロボロなんですか!」

 魔王さんの顔はあざやらタンコブやらで傷だらけです。頭にはグルグルと乱暴に包帯が巻かれていました。

「ああ、これか? たいしたことはないのだ。ちょっと殴り合いをしただけでな」

「な、殴り合いっ?」

 素直じゃない二人だとは思ってましたが、まさかそこまで大喧嘩になってしまうとは! っていうか、ソニアもやりすぎです! 何もここまでボコボコにしなくても!

 そんな自分の惨状には全くかまわず、魔王さんはニコニコと笑いながら、

「ありがとう。おかげでうまくいったぞ」

「う、うまくいったんですかっ?」

 とてもそうは見えませんけど……やっぱり恋愛問題って当人同士にしか分かりえないのですね。この殴り合いも二人にとっては愛を確かめる儀式か何かだったのでしょう。

「あ、メリー、おかえりなさ~い」

「ソ、ソニア!」

 台所から紅茶のカップを持って呑気にソニアが歩いてきました。

「ソ、ソニアは無傷なんですね?」

「は? 当たり前でしょ」

 いえ、魔王と殴り合いして無傷って当たり前でもないですよ……あなたは本当に魔法使いですか? 本職は武闘家か狂戦士なんじゃ……

「あー、メリー、その、なんつぅかさ、もう魔王から聞いたかもしれないけど、その……そういうことに、なったから」

 顔を赤らめ、気恥ずかしそうに、でもやっぱり嬉しそうに照れ笑いを浮かべるソニア。あぁ、なんかもう細かいことはどうでもよくなりました。とにかくうまくいったのなら、それが何より!

「おめでとうございます! お似合いの二人だと思いますよ!」

「う、うん……ありがと……」

 もじもじと指を動かすソニアに、私は身を乗り出して、

「で? で? 告白はいったいどっちから?」

「そ、そりゃもちろん、こいつからよ! どうしてもって頭を下げてくるから、まぁあたしも仕方なしにね?」

「おい、違うぞ」

 魔王さんが憮然とした様子で口を挟みます。

「ソニアのほうが先だろう。お前が余を包帯でぐるぐる巻きにして動けなくなったところで無理やり余の唇を……」

「わあああああっ!」

 慌てて魔王さんの口をふさぐソニア。

 思わず一歩後ずさってしまいました。さ、最初からそんなハードなことを……

「ソニア……シスターとして、あまりそういう方法は感心できませんが……」

「ち、違うのよ! これは、その、他に方法が思いつかなかったっていうか……!」

「ちょっと見ていないうちに……『女の子』から『女』にジョブチェンジしてしまったのですね……」

「やめてよ、その言い方!」

 ま、方法はどうあれ、終わりよければ、ですね。これでもう何も心配事も……

「……あ」

 いえ、ありました。命にかかわる重大な問題が。放っておいたらソニアはあっという間に未亡人です。

「あの、幸せなところに水を差すようで悪いのですけど……実はさっき懺悔室で勇、」

「おお、そういえば、余が懺悔室で相談していたシスターはメリーだったのだな。ソニアに聞いて驚いたぞ」

 あ、そういえば魔王さんには私の正体を隠してましたっけ。ソニアが、教会にいるシスターは私しかいないとか言ったのでしょう。

「まったく、それならそうと教えてくれればよいものを。お前が余と一緒についてきて手伝ってくれれば、話はもっと早かったのだ」

「え~っと、ごめんなさい、でも、今はそんなことよりですね……」

「無理言っちゃダメよ。そんなことできるわけないでしょ~」

 ソニアが横から魔王さんをたしなめました。

「シスターは懺悔室で告白されたことを絶対に誰にも言っちゃいけないって、そう決まってるんだから」

「ほほぅ、そんな決まりがあるのか。絶対になのか?」

「そうよ~、絶対に、どんな理由があろうと! 神様が決めた規則だから決して破ることは許されないのよ。そうなんでしょ、メリー?」

 笑顔で問いかけてくるソニア。その無垢な瞳が私を硬直させます。

「メリー? どうしたの?」

「いえ、なんでも……そうです、絶対に、誰にも、言えないんです……」

 じっと固まる私を横目に、魔王さんとソニアは感心したようにうなづきあいました。

「立派だな。さすがはシスターだ」

「それにあたしの親友だもの!」

「あ、あの、二人とも……?」

 私は二人に声をかけ、言葉を選びながら言いました。精一杯、言える範囲で。

「これからいろいろあるでしょうけど、二人で力をあわせて……どうかご無事で」

 それを聞くと、二人はきょとんとした顔を向き合わせ、やがて声高らかに笑い出しました。

「おいおい、そこは『ご無事で』ではなく、『お幸せに』だろう」

「そうよ~、縁起でもない、そんな命の危険がすぐそこまで迫ってるような言い方。あはは、もう。変なメリーね~」

「あはは……」

 力なく作り笑いをしながら、私は心のスケジュール帳に明日の予定を書き入れました。

 明日はまた懺悔室に行きましょう。

 今度は、懺悔する側で――


<第四話 終>

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