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第三話:聖夜クエスト

「よくぞ、ここまで来たな、魔法使いソニアよ!」

 扉を開けてすぐに、魔王があたしを出迎えた。

 部屋の中央に仁王立ちになりながら、不敵に笑っている。

「さあ、貴様の願いを叶えてやろう。望みの物を言うがいい!」

「……ふぅ」

 あたしは手をひらひらと振りながら、いつもの窓際の席に座った。

「んじゃ、ミルクティー」

「承知した」

 そして魔王は後ろを振り向く。身につけた白いエプロンがひるがえった。

「店長、またいつもの来訪者だ。さぁ、ミルクティーを用意せよ!」

 カウンター奥のおじさんに向かって、声たかだかに命じる魔王。

 本当に……よくクビにならないものね。


 喫茶店のピカピカに磨かれた窓から、見るとはなしに外を眺める。

 寒さに身を震わせながら家路を急ぐ人々。ケーキの箱を抱える人、大きなプレゼントの包みを持った人。モミの木を肩にかついでる人。

どこからかジングルベルの歌が聴こえてくる。街全体がそわそわと浮き足立ってる気がした。

 もう明日か……魔王との最終決戦が十一月だったから、あれから一ヶ月以上がたつんだ。早いものねぇ……

 そう、あれは一ヶ月前。いろいろあってあたしと魔王は、この喫茶店で皿洗いのバイトをさせられた。それは一日で終わったのだけど、何をどう考えたのか魔王は店長に『明日からもここで働かせてくれ』と持ちかけたのだ。

「何を呆けている?」

 気がつくと魔王が横に立っていた。テーブルにティーカップを置くと、そのまま前の席に座り込む。

「ちょっと、勝手に座らないでよ! っていうか、仕事中じゃないの?」

「店長が休憩をとっていいと言ったのでな」

 カウンターに横目をやると、喫茶店の店長さんがニコニコ笑いながら手を振っていた。あたしは軽く会釈で返す。

 あのおじさんもアバウトというか気前がいいというか……きっと、そうじゃなきゃ魔王を雇うなんてできないのだろう。

 魔王は紅茶に砂糖を二つ入れ、おいしそうに口をつけた。まだエプロンをつけたまま。アンバランスだけど、慣れると似合って見えるから不思議だ。

「あんたさ、いつまでこのバイト続けるつもり?」

「ふむ。まぁ飽きるまでだな」

「ずいぶん続いてるわよね。すぐ辞めるもんだと思ってた」

「やってみたら意外に面白かったのでな。ソニアもやってみたらどうだ?」

 それも考えなかったわけじゃないけど……

 一ヶ月前、手際よく皿を洗っていく魔王の横で、あたしは食器を三つも割ってしまった。ちなみに三つめは皿ではなく鉄鍋だ。割ろうと思っても簡単には割れないだろうに。我ながら自分の不器用さに驚いてしまった。

 もしも喫茶店に勤めたら、皿の弁償代で給料が全額とんでいくだろう。

「バイトは無理かな。あたしも、ほら、いろいろ忙しいし」

 軽くごまかしたつもりだったのに、魔王は身を乗り出して、

「ほほう。何をやっているのだ?」

「それは、その、散歩とか、買い物とか……」

 もごもごと口にするあたしを、魔王が冷ややかに見下ろす。

「ソニア……若いうちはそうやってフラフラするのもいいが、将来のことはしっかり考えておいたほうがいいぞ?」

 魔王に説教されてる! しかも人生設計のことで!

「余計なお世話よ! 変なこと言うと、明日誘ってあげないわよ!」

「明日?」

「あ……」

 しまった。つい勢いに任せて言ってしまった。いや、今日はそれを伝えに来たんだからいいんだけど……

 コホンと咳払いして一呼吸つく。

 さて、何から聞こう。普通は、もう予定が入ってるかとか訊くもんだろうけど、こいつの場合はまず……

「一応訊いとくけどさ……あんた、クリスマスイブって知ってる?」

「馬鹿にするな。それくらい知ってる」

 魔王は自慢げに腕を組み、

「夜中にサンタだかサタンだかが家へ侵入してくるから、家族が集まりそれを撃退するという日だろう」

 全然違う。

 やっぱり、そこから説明しなきゃいけないのか……いや、待って。これはこれで使えるかもしれない。

「そう! その通り、サタンと戦う日なの。よく知ってたわね!」

「ふはは! 腐っても全知全能の魔王であるからな!」

 腐ってるっていうのは自覚してたのね……

「で、それが余にどういう関係があるのだ?」

「それがさ~、明日はあたしとメリーの二人で頑張ろうと思ってたんだけど、メリーが心配しちゃってね。いや、あたしは二人だけで平気なのよ、別に。でも、メリーが、魔王もいてくれたほうが心強いって」

「ふむ……確かに魔法使いと僧侶では攻撃力に不安があるな」

 魔王はしばらく考え込み、そしてガバッと立ち上がった。

「よかろう! そのサタンに教え込んでやろうではないか! 真の闇の支配者は誰かということを!」

「よっ! 期待してるわよ!」

 よし、何とか自然な流れで約束はとりつけた、と。

 ただ……サンタさん、本当にごめんなさい。

 あたしは心の中で謝った。もうプレゼントは望めないわね。


* * * * * * *


「おかえりなさ~い」

 家に帰るとメリーがいつもの穏やかな声で出迎えた。彼女も帰ってきたばかりなのだろうか。外出用の黒い修道服を着こんでいる。

 あたしとメリーは今、一緒に暮らしていた。そのほうが家賃も家事も分担できるから都合がいいのだ。といっても、あたしの担当はゴミ捨てとゴキブリ退治くらいだけど……

「ねぇ、メリー、ちょっといい?」

 さて、さっそく今日のことを伝えないと。

 魔王をイブに招待するというのは、あたしの中では前々からあった計画だ。けどメリーにはまだ話してない。まぁ、博愛的なメリーのことだ。パーティーが二人になろうが三人になろうが、大して気にはしないだろう。

 じゃあ、なぜ今まで黙っていたかというと……冷やかされそうで言いづらかったというか……いや、実際には冷やかされるような要素は一つだってないんだけどさ。

 でも、変に誤解されたら困るからね。魔王のほうから来たいと言ってきた、ということにしておこう。

「明日なんだけどさ、実はさっき……」

「ええ、明日はとうとうイブですね。留守は頼みましたよ、ソニア」

「……留守?」

「私は今日から徹夜で準備してきますから。それじゃ」

 そう言い残して外へ出ようとするメリーを、慌てて引き止める。

「ちょっと待って! どこに行くって?」

「どこって……教会ですよ。言ってませんでした? 明日はクリスマス会があるから、帰るのは遅くなるって」

 忘れてた……そういえば、メリーは僧侶だっけ。イブに予定がないはずがない。クリスマス会のことも聞いた気もするけど、魔王をどう誘うかで悩んでたから頭に入ってなかったのだろう。

「で、でも困るよ! 明日は……!」

「明日は?」

「明日は……その、魔王が、うちに遊びに来るって……」

「……へえぇ」

 う……照れるけれど、もう恥も外聞もない。ニコニコと微笑みメリーから目をそらしつつ、あたしはゴニョゴニョとしゃべった。

「もちろん、あたしはあいつなんてどうでもいいし、あいつだって同じようなもんだろうけど、ほら、やっぱイブに男女二人きりっていうのはアレだし、メリーには悪いけど……ね、お願いだからさ、」

「はいはい。みなまで言わなくても分かりましたよ」

「ほ、本当? それじゃ、明日は……!」

 メリーはニッコリ笑ってうなづく。

「はい。あたしは明日の夜も教会に泊まってきますから」

「違うっ!」


* * * * * * *


「はぁ……」

 眠れない。真っ暗な部屋で一人、あたしはゴロゴロと寝返りをうちつづけた。

『魔王さんなら大丈夫ですよ。彼はいい人ですから、ソニアを傷つけるようなことはしません』

 そう言い残してメリーは行ってしまった。いい人っていうのは、そりゃあたしも認めてやってもいいけど……

『それに、ソニアは強いから、いざとなったら撃退できるでしょう?』

 メリーの言う『いざとなったら』が、どういう事態なのか気になるけど。

 どっちの意味にしろ、魔王が本気になったら、あたしでも太刀打ちできない。

「本気、か……」

 あたしは右手を眺めた。人差し指にはめた青い指輪が、暗闇の中で静かに輝いている。魔王から……というか、男の人から初めてもらったプレゼント。

 でも、あいつにプレゼントを贈ったなんて意識はないのだろう。

 ただアイテムを渡したというだけ。そして、それがたまたま指輪の形をしてたというだけ。

「はぁ……」

 本気も何も……それ以前の問題だ。


* * * * * * *


 そして迎えた十二月二十四日の朝。

 あたしは起きて、すぐに準備にとりかかった。うじうじ悩むのはあたしらしくないしね!

「……よし!」

 料理オッケー。飲み物オッケー。部屋の片付けもオッケー。

 ワンルームしかない狭い家だから、こういうときの準備は助かるわね。

 手作りのクッキーもあたしにしてはうまくいったと思うし。

 いつの間にやら外はもう暗い。そろそろ来るころか。

 その前に、と……

 あたしはポケットの中から一枚のメモ用紙を取り出した。箇条書きにして十個ほど話のネタが書かれている。だって会話が弾まなくて途切れてしまったらと思うと、ちょっと怖いし……どうせなら『話の合う娘だ』って思われたいし……

 一番上からざっと復習してみた。

 最近買った服の話。でも、これは魔王的に興味ないかもしれない。

 おいしい紅茶の話。あいつは喫茶店に勤めてるんだし、これなら……でも、あたしがついていけるかな。

 効率のいい経験値の稼ぎ方。盛り上がるかもしれないけど、イブの会話としてはちょっとなぁ……

 勇者の近況。どうでもいいからパス。

 人間界の王国の動き。これは魔王的にかなり興味のあるところだろう。でも、そんな軍事機密をしゃべっていいのかな。しかも魔王相手に。まぁ、最後の手段ということで……

 あたしはメモ用紙をたたむと、ポケットの奥深くにしまいこんだ。万が一、魔王に見られたら大変だ。変に張りきってるなんて思われたくない。

 これで準備は万端、かな。最後に部屋をぐるっと見回してみる。黄色いテーブルクロスと手作りのクッキー。整頓した本棚と赤い花をさした花瓶。あたしとメリーが使っている二段ベッド……

「……ベッド、か」

 いや、しょうがない。ワンルームしかない狭い家なんだから。

 でも……見えるところに、こんなのがあるのは、ちょっとマズイような……


 とんとん。


「はいっ!」

 唐突にドアがノックされた。

 とうとう……来たわね、このときが。

 大丈夫、大丈夫よ。変に意識さえしなければ。

 ある意味では魔王なんてもっとも安全とすら言える。そ~ゆ~ことはするわけないって分かってるし。

「待ってて。今、開けるから」

 ドアを開ける。

 外の冷気が吹き込むよりも早く、

 魔王の体温があたしの体を包み込む。

「え……?」

「ソニア……」

 すがるように、求めるように、魔王があたしに抱きついてきた……


* * * * * * *


 とりあえず布団に寝かしてやる。彼の荒い息が部屋に響く。

「まさか、ベッドをこんな形で使うことになるとはね……」

「何か言ったか……?」

「何でもない!」

 あたしは半分投げつけるように、水で濡らしたタオルを魔王のおでこに乗せてやった。

「で、どういうことなの? 魔王ともあろう者が風邪?」

「違う……」

 魔王は普段よりさらに青ざめた顔をしながら、弱々しく首を振った。

「今日の町の空気のせいだ。どうなっているのだ。ここまで光のエネルギーが高まっているのは見たことがないぞ……」

 ……そういうことか。また忘れてたけど、こいつは魔王、魔族なのよね。

 あたしも黒魔術を使う身だから分かる。魔力と日付や季節は密接な関係があるのだ。満月の夜は魔力が上昇するとか。夏は火炎属性が強化されるとか。

 今夜は一年で最も聖なる夜、クリスマスイブだ。純粋な闇そのものである魔王には、さぞかし辛いものがあるのだろう。

 あ~あ、計画が台無しだわ……せっかくのイブを看病で過ごすなんて。

 そういえば王女と商人のロマンスは看病から始まったって言ってたっけ。どうやってだろう? もっと詳しく聞いておけばよかったな……

「ソニア……」

 魔王が枕に頭をうずめながら、ポツリとつぶやく。

「いい匂いがするな……」

「……ッ!」

 あたしは慌てて布団をひっぱがした。頬が赤くなってるのが自分でも分かる。

「か、か、勝手に人の布団の匂い、かがないでよ!」

「何を言っている。食べ物の匂いだ」

「変なこと言うと追い出して……え?」

「テーブルのほうから、うまそうな匂いがただよってくる。何かあるのか?」

「…………」

 無言で布団をかけなおした。ま、まぁ勘違いなんて誰にでもあるものよね。

「どうした? 顔が赤いぞ。お前も聖なる空気に弱いのか?」

「あんたと一緒にするな!」

 顔を隠すように振り向いて、クッキーの皿をベッド脇に置いた。

「く、食いたきゃ食ってもいいわよ。あたしが作ったやつだから……あんまりおいしくないかもだけど……」

 魔王はクッキーを一枚手にとって、しげしげと見つめる。

「これは何だ?」

「クッキーよ」

「クッキーなら、うちの店にもあるが……あっちはもっと茶色かったぞ。これはどうしてこんなに黒く焦げているのだ?」

 く……どうしてこいつは変なとこは細かいのよ!

「食っても大丈夫なのだろうな?」

「大丈夫に決まってるでしょ! 念のために毒消し草も入れておいたし」

「もっと違う努力をしろ……」

 そう言いながら、おそるおそると口に運んだ。

 口に入れた瞬間、かっと目を見開く。

「ど……どう?」

「うまい!」

「ほ、本当!」

 やった! 大成功!

「弱まっていた暗黒の力がよみがえっていく!」

 やった……って、それはちょっと微妙だけど、喜ばれたら何でもいいや!

 本当に魔王は復活してきたようだ。身を起こし、二枚目を食べながら、

「見直したぞ、ソニア! お前にこんな才能があったとはな! 意外にいい妻になるかもしれん」

 意外にってのが気になるけど、まぁ褒め言葉として受け取っておこう。

「でも、自分で言うのもなんだけどさ……あたしの料理を喜ぶのなんて魔族くらいのもんじゃないの?」

「では、魔族の妻になればよい」

「魔族なんて、あんたしか知らな……」

 言いかけた言葉を止めた。それを口にしたら最後……とんでもない答えが返ってきそうで……

「ん? 何か言ったか?」

 魔王がクッキーを口いっぱいに頬張りながら、きょとんとした顔を向ける。

「な、何でもないわよ! あ~、それよりもそんなに慌てないで。のどに突っかかるわよ」

 あたしは逃げるように戸棚に走ると、酒瓶を持って帰ってきた。

「はい、どうぞ」

「おお、気がきくな」

 うまそうにゴクゴクと赤ワインを飲み干していく魔王。

「ちょっと、もっと味わって飲みなさいよ。高価なお酒なんだから。メリーが神父さんにもらってきたんだけど、洗礼とか儀式にも使われる神の祝福を受けた神聖なお酒で、」

「がふあっ!」


 その夜、魔王の断末魔が街に響き渡った。


* * * * * * *


「そりゃそうなりますよ……効果は聖水と同じなんですから」

「……ごめんなさい」

 メリーは呆れたようにベッドを見下ろす。

 クリスマスの朝日に照らされて、魔王の体が横たわっていた。

 白目をむき、ひくひくと体をけいれんさせながら。

「幸いソニアの料理には闇の力を増幅させる効果がるようですから……責任もって看病してあげれば回復はするでしょう」

 そりゃあたしも責任感じてるし、やれと言われればやるけど……

「あたし的には、普通のクッキーを作ったつもりだったんだけどなあ……」


 こうして対魔王戦、第三ラウンドは終わりを迎えた。

 魔王を討ち倒すという最悪のバッドエンドとともに。



<第三話 終>

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