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第一話:失恋クエスト

「勇者と、その仲間よ。戦う前に言っておきたいことがある」

 魔王の低い声が、暗い王室に響きわたった。

 玉座に座り不敵な笑みを浮かべる魔王。こめかみから二本の角がはえてるけど、それ以外は人間に近い。ちょっと背が高くて、肌が青白いというだけで。

「余の仲間になれ。世界の半分をやろう」

 魔王は手にしたワイングラスを傾けながら言った。

 アバウトかつオーソドックスな提案に、あたしは呆れてため息をつく。

 魔王の思考回路というやつは、どうしてこう大ざっぱなのかしら。スイカを分けるのとは訳が違うのに。「境界線をどこに引く?」とか「勇者の仲間であるあたしの取り分は?」とか、全く考えていないらしい。

 まぁ、どうでもいっか。どうせ勇者が魔王の提案を受けるはずがないんだし。

 あたしはちらりと隣を見る。

 勇者はじっと魔王を見つめながら何か考え込んでいた。

「半分か……」

「え?」

 どうせ勇者が魔王の提案を受けるはずがない……よね?

 難しい顔をしたまま、勇者は剣を鞘におさめる。

「ちょっと考えさせてくれるか?」

「ええええっ?」

 こうしてあたしたちと魔王の最終決戦は幕を開けた。

 想定していたバトルとは全く違う、しかし想像以上に過酷な戦いが。



 あたしの名前はソニア。職業は魔法使い。一応、伝説の勇者の仲間をやっている。

 黒くて長い髪がチャームポイントのつもりだけど、戦闘では邪魔になるので三つ編みにしていた。かわいく着飾ったところで、モンスター相手じゃ意味ないし。

 最初は仲間も十人近くいたのだが、魔王の間までたどりつけたのはあたし一人。でも、くじけない。一人でも全力で勇者をサポートするんだ。

 今の今までは、そう思ってた。

「待ちなさーい!」

 あたしは叫ぶと勇者のむなぐらにつかみかかった。

「ちょっと! あんた、何考えてんのよ! 大丈夫? 正気? 『冷静』って文字を書いてみて、百回くらい!」

「ソ、ソニア、落ち着け!」

「その言葉、そっくりそのままリフレクション!」

 彼の名前はロン。こんな状況じゃ信じたくないけど、伝説の勇者だ。

 つんつんと立てられた髪の毛と、きりっと太い眉毛。中身もまあ外見の通りで、単純で無鉄砲。けど、それだけに正義感にあふれ、間違っても人間を裏切るようなやつじゃなかった。それなのに……

「どういうことなの? なんで、あんな悪の誘惑にひっかかるのよ!」

「ひっかかってねえよ、まだ!」

「まだ? まだって何! これから、ひっかかるってこと?」

「もちろん断るって! ただちょっと、ゆっくり考えたいかなぁと……」

「断るんなら考える必要ないでしょうが!」

 もめるあたしたちを見下ろしながら、魔王は高笑いをする。

「嬉しいぞ、勇者よ! 余の仲間になるというのだな」

「いや、だから決めたわけじゃ」

「む。世界半分では不服というのか? 商売上手なやつめ。よし。ではいまならサービス期間中で同じものをもう一つお付けしよう。もちろんお値段はそのままだ」

 世界半分をもう一つつけたら全部じゃないの? あ、それならそれで世界は平和に……って、量の問題じゃない!

 あたしはロンの顔を無理やり振り向かせると、真正面に語りかける。

「ロン、どういうことよ? あんたは馬鹿で単純だけど、正義感だけは人一倍だったはずなのに。そのあんたが……」

 彼の深く沈む表情に気づき、言葉を止めた。

 交錯する視線を通して、悲しみの波動が伝わってくる。何を考えているのか、何を思い出しているのか、あたしには理解できた。あたしとロンは、この冒険の最初からずっと苦楽をともにしてきた仲間なのだから。

「ロン……僧侶のことを気にしてるのね。確かにショックを受けるのも分かる。あいつが実は魔王軍から送り込まれていたスパイだったなんて。でも……」

「いや、関係ないよ」

 ……あれ?

「じゃ、じゃあ、ロンのお父様のことね! あたしは信じてる。お父様は必ずどこかで生きてるはずよ。火山口に落ちたくらいで、あの人が死ぬはずが……」

「いや、それも関係ない」

 あれれ?

「天才占い師ネロが『どんな道を歩もうと死と破滅は避けられない』って言ってたこと?」

「あんま気にしてない」

「龍神王シャイザードが『人間はきわめて愚かで迷惑で、この星にとっての害虫である』って言ってたこと?」

「あれは難しくてよく分かんなかったな」

「え~っと、それじゃあ」

 必死に記憶の糸をたぐり寄せる。裏切り、失踪、死の予言。この冒険ではいろいろなことがあった。

 でも、ロンは全然気にしてないと言う。

 そんな彼のアイデンティティを揺るがす出来事って、一体……?

「実はさ」

 ロンは涙がこぼれないように上を向きながら、弱々しく告げた。

「俺……好きな娘にふられたんだよ」



 * * * * *


 あれは三日前のことだったな。

 俺は魔王の城へと旅立つ前に、王女に会いにいった。

 王女の顔をよく目に焼きつけておきたかったんだ。もしかしたら最後になるかもしれないんだから。

 プロポーズはできない。告白した相手が死んでしまったら、王女は傷つくだろう。まずは魔王を倒さなくては。全てはそれからだ。

 王女の部屋のドアをノックしようとして、中から聞き覚えのある声が聞こえた。

「本当に……勇者は大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫さ。勇者の力は俺が一番よく知っている。魔王になんか負けるはずがない」

 王女を安心させようとする野太い声。それは俺の仲間の一人、商人のものだった。

「それに、もしも勇者が倒れたとしても……そのときは俺が代わりに魔王を倒してきてやる。そう、君のために」

「ああ、嬉しい……」

 俺は勇者だ。

 勇者が盗み聞きなんかしてはいけない。

 ましてや王女の部屋を覗き込むなんて、

 絶対に、

 しちゃ、

 いけない。

 鍵穴から見えた光景。

 それは固く抱き合う王女と商人の姿だった。



 * * * * *


「えええっ! あの二人って付き合ってたの?」

「だろ! ありえねえだろ?」

「ひゃあぁ~」

 あたしは空気が抜けるような声を漏らした。ロンがショックを受けるのも分かる。確かにちょっとありえない組み合わせだ。

「あー、ちょっと待ってくれるか」

 呼びかけられて振り向くと、魔王が気まずそうに立ちつくしている。いつの間にか玉座を立ち、近くまで来ていた。会話に入るタイミングをうかがっていたらしい。

「話が見えぬのだが……その、商人とやらは何者なのだ?」

「えっと、あたしたちの仲間よ。まあ、一応は」

 あたしが答えると、魔王は首をひねった。

「しかし余は知らんぞ。貴様らの戦いはときどき見ていたが、一度も見たことがない」

「うん、まあ……ねえ?」

 魔王が目を通すのなんて、どうせ中ボスクラスのバトルだろう。それなら商人のことは知らなくても仕方ない。彼は重要な戦いに参加したことなんてないんだから。

 仲間だから言いにくいけど、商人は……

「弱いんだよ!」

 ロンは遠慮なく答えた。

 あ~あ、言っちゃった。確かに本当のことではあるけど。

 商人ゆえにアイテムの知識は一番あった。でも、それだけだ。強くもないし、魔法も使えない。ある日のバトルで怪我をして(そのときの敵だって、あたしやロンなら目をつぶってても勝てる相手だ)とうとう城に帰されてしまった。表向きの理由は療養のためだったけど、実質的には戦力外通告だった。

 それを聞いて、魔王はますます首をひねる。

「分からぬな。そんな弱いやつになぜ王女が惚れる? 勇者のほうが強いのなら、当然勇者を選ぶべきではないのか?」

「それが……」

 ロンはうつむいて、声をしぼりだした。握った拳はわなわなと震えている。

「城に帰したのが悪かったんだ。怪我した商人を王女が看病してたらしくて、そうこうするうちに仲良くなって、それで……」

「あちゃあ~!」

 あたしと魔王は同時に天を仰いだ。




「強いやつより弱いやつのほうがもてるとは……人間は難しいものだな」

「う~ん、まあ女の子によると思うけどね」

 モンスターの世界は力が全てらしいから、そこらへんの機微は理解できないんだろう。

「ほら、強い男が好きって娘もいるけどさ。中には『私がついてないと、この人はダメになる』ってタイプを好きになる娘もいるのよ。ほっとけなくて」

「それなら、勇者もさっさと倒れて入院してしまえばよかったではないか。そうすれば王女の心を射止めることもできたし、余の仕事も大いに助かったのだ」

 あまりにも身勝手な魔王の言葉に、ロンは弱々しく首を横に振る。

「無茶言うなよ。俺は勇者なんだし、倒れるわけにはいかないと頑張って……」

「お前がそうやって頑張ってるあいだに、頑張らずに倒れてしまった男のほうは、ずっと王女に看病してもらってたわけだ」

「ぐっ!」

 その言葉は相当効いたようだ。ロンはガクリとひざをつく。とどめとばかりに、魔王は続けた。

「看病というからにはリンゴを切ってやって、あ~んとか言って食べさせてあげたりもしてただろうな」

「がはぁ……ッ!」


 かいしんのいちげき。ゆうしゃは100のダメージをうけた。


 崩れるように床へ倒れこむロン。持っていた盾がカランカランと音を立てて転がる。歴代の勇者が使ってきた伝説の盾だそうだが、この攻撃の前にはただの重い板切れだった。

「ちょっと! かわいそうでしょうが!」

 あたしはロンに駆け寄ると、体を支えてやる。回復魔法……は、意味ないわよね、やっぱ。

「余は真実を口にしているだけだ」

 魔王はニヤニヤと笑いながら、ロンの肩に優しく手を置く。

「勇者よ、話を戻そう。余の仲間になれ。今さら人間に義理立てする理由もあるまい。世界の半分をやる。いや、お前は何かかわいそうだから、六割をやろう」

 魔王に同情される勇者って……

「……それもいいかもな」

「ロンー!」

 ほっといたらフラフラと魔王の元へ行ってしまいそうなロン。あたしは胸元をつかみあげた。生気のない顔、焦点の定まらない瞳。ちょっと涙でにじんでいる。千匹以上のモンスター軍団に囲まれたときだって、決して絶望しなかったくせに。なんだって失恋くらいで!

 待って、落ち着いて。あたしが興奮したら負けだ。とにかくロンには立ち直ってもらわないと。世界の平和がかかってるんだから!

「ねえ、ロン。あんたが王女を愛してる気持ちは分かった。でも、それなら好きな人の幸せを祈ってやるべきじゃないの? 世界を平和にして王女の笑顔を守ってやりたいとは思わないの?」

「それは……」

 ロンの瞳にかすかに光が宿った。よし、いける!

「真実の愛は見返りを求めないことでしょう! あんたの愛は嘘だったの?」

「嘘なもんか!」

 大きく叫んで、ガバッと立ち上がる。一瞬その背中に燃え上がる炎の幻影が見えた。やった! さすがは腐っても勇者!

「そうだよ! 俺は王女を守る! たとえ、この身が朽ち果てようとも!」

「愚かな……」

 闘志を取り戻したロンを、魔王は冷ややかな瞳で見つめる。

「勇者よ、考え直せ。たとえ余を倒しても、お前に幸福などは訪れぬのだぞ」

「構わない。王女が喜んでくれるのなら、それだけでいい」

「確かに喜ぶであろうが、しかし……」

 魔王は頭をポリポリとかきながら、ポツリと告げる。

「隣にいる商人と抱き合って喜ぶのだぞ?」

「ぐはあっ!」


 クリティカルヒット。ゆうしゃは200のダメージをうけた。


「ロンー!」

 ロンが音をたてて床に倒れこむ。あたしは慌てて駆け寄った。

「ソニア……この身は朽ち果てたみたいだ……」

 早っ!

 ロンは最後の力を振り絞るようにあたしの手を握る。

「村の人たちに伝えてくれ。ロンは最後まで立派に戦ったと……」

「あんた、まだ一秒も戦ってないでしょうが!」

 哀れみを通り越して、だんだん腹が立ってきた。なんで、こんなのが勇者になっちゃったんだか!

「ああ、もう! 男のくせにウジウジすんな!」

 我慢も限界だ。

 世界の平和? 知ったことか!

 言っちゃうからね!

 気をつかって、言わないでおいたけど!

 もう知らないんだから!

 あたしは叫ぶ。


「そんなんだから、ふられるのよッ!」

 

 かいしんのいちげき。ゆうしゃは999のダメージをうけた。


 ゆうしゃは しんでしまった。



 あたしは魔法と呪文を一人の師匠から教わった。

 師匠は言っていた。

 言葉には力がある。だから呪文は注意深く扱わなくてはいけない。正しい使い道をすれば役に立つけれど、一歩間違えると大惨事を引き起こす。

 師匠はそう教えてくれたっけ……

 師匠、お元気ですか。

 あたしは今、三歩くらい間違えたみたいです。



「ロ……ロン?」

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

「お前な……仲間がトドメを刺してどうするのだ」

「う、うるさいわね!」

 呆れる魔王を横目に、あたしはロンの体をゆさぶる。

 精神的負荷が大きすぎたらしい。気絶したまま、しばらくは目覚めそうにない。

 魔王は哀れみを込めて、あたしたちを見下ろしている。

「余は転生を繰り返し、何人もの勇者と戦ってきたが……貴様らのようなのは初めてだ」

 そりゃそうだろう。あたしも歴代の勇者のことは古文書で読んだ。王女を助け出してそのままゴールインした人もいるし、ともに戦った仲間と結ばれた人もいる。魔王と戦うときにはすでに結婚していたという人だっていた。

 失恋した勇者なんて聞いたことがない。

 深いため息をついてから、手をひらひらと振る魔王。

「もういい。行け。決着はまた今度にしよう」

「いいの?」

「今の貴様らに勝っても嬉しくない。万が一にも負けたら、それこそ最悪だ」

 同感だ。この状況でロンが魔王に勝っても、失恋の腹いせに八つ当たりしたみたいで面白くない。

「んじゃ、今回は引き分けということで。えっと、なんていうか……ごめんね」

 なんであたしが謝ってるんだか。でも、やっぱ申し訳なかったんだ。魔王だって色々な対抗手段を用意して勇者を待ってただろうに、全部無駄になっちゃったんだから。

「気にするな。余も言いすぎた。勇者が目覚めたら謝っておいてくれ」

「あはは、ありがと」

 こうして勇者一行と魔王の戦いは引き分けで終わった。

 実際には全く戦っていない。でも今までのどの戦いよりも、つらかったし傷ついたし、それに……

「疲れた……」



「よくぞ無事に戻ってきてくれました、ソニア」

「ええ、まあ……無事でもないんすけど」

 あたしは戦いの報告をもって、王女の前に一人でやってきた。

 ちょっと後ろめたいから、どうにも落ち着かない。

「あの、でも、結局魔王は倒しきれなかったんですけど」

 おずおずと申し出ると、王女は優しい微笑で返してきた。

「分かっております。ですが、復活は先のことになるのでしょう?」

 あたしはロンの泣き顔を目に浮かべながら、力いっぱいうなづく。

「はい。そりゃもう、かなり先のことになると思いますね!」

「それなら、よいではありませんか。今はこの平和を楽しみましょう」

 王女はそう言ってから、首をかしげた。

「して、勇者様は?」

「ええっと、そうですね。あいつは……今ごろは海で夕陽に向かってバカヤローとか叫んでるあたりでしょうか」

「はい?」

「えっと、つまり、魔王との再戦に向けて修行の旅に出てる、って感じです」

「なんと、まあ。さすがは勇者様です」

 ひとしきり感心して、王女は遠くを見つめた。

「いつごろ戻られるのでしょうか……実は、もうすぐ私の結婚式があるのです」

「そ、そうなんですか~」

「勇者様にもぜひ式に立ち会ってほしいと思ってます。いえ、立ち会うだけでは役不足でしょうか。仲人か、司会か……友人代表のスピーチもいいですね」

「そ、そうっすね~。たぶん泣いて喜ぶと思いますよ~」

 無邪気に笑う王女を見ながら、あたしは思う。

 もしかしたら、ラスボスはこの人なのかもしれない、と。



 次の日、どこだかの砂浜で一人ぽつんと体育座りしている男が目撃された。

 手紙を燃やして灰を海に流したり、花占いをしたり、砂浜に相合傘を書いたりしてたそうだ。もちろん泣きながら。

 おそらくは誰も気づかないだろう。

 それは勇者が世界平和のために戦っているところなのだ。

 彼の生涯で、最大最強の敵と。

 頑張って!

 王女も魔王も全世界も、あんたの復活を待ってるんだから!

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