とある本
1981年……モーコは仮想の物語を書いていた。
物語が書ける喜びはモーコにとって三度の飯より必要なものだった。
誰に見せるわけでもない。
ただ物語を書き続けた。
1985年、父と母が自殺した。
モーコは施設に引き取られ、そこでも物語を書いた
1988年、施設が全焼した。
モーコ以外は子供たちも職員も全員死亡。
モーコは別の施設へとうつった。
そこでも物語を書いた。
1990年、施設に強盗が入り、職員と子供たちを銃殺した。
1992年長い昏睡からモーコは目覚めた。
あの事件で生きていたのはモーコだけらしい。
その後モーコは親戚の叔父の家へ引き取られた。
そこでは毎日のように虐待をされた。
それでもモーコは物語を書き続けた。
1996年、親戚の家が地震にて倒壊。
家族3人は全員死亡。
モーコはいく宛がなくなり、路地裏で段ボール生活をはじめた。
ペンとノートを盗み、物語を書いた。
食事をしようとネズミを取り食べた。
食べ終わると物語を書いた。
2009年、路地裏生活をしているとき一人の男にレイプをされた。
とても痛かった。だが物語を書く手は止まらなかった。
2014年、肺炎にかかった。
町行く人に助けを求めたが助けてはくれなかった。
そこでモーコは理解した。
「……そうか。私はもう死ぬんだ。死ぬまで物語を書き続けろということなんだ。だから誰も助けてはくれないのか……」
2015年、アメリカから来た留学生のジェニファーは大学のサークルで日本語研究に没頭していた。
ボロボロになった教室。チョークも置いてない黒板に古い教卓。
そこにはほとんど日本人はおらず、アメリカやイギリス、フランスからの留学生ばかり。
外国の人は侍や忍者がすきだなぁとバカにする人がいる。
ああ、大好きだよ。三度のめしよりね。
そして日本映画を見ていたとき思う。
「拙者ってなに?」
ジェニファーの質問にフランスのダビッドがどこからか持ってきた辞書で調べはじめた。
「私は、て意味みたい。」
「でも普段友達の日本人で使ってる人聞いたことある?」
「ないね?オレとかワタシとかジブンとかワシって何個あるんだよって思ってる。拙者も同じなら日本語の勉強って嫌になるよ。」
「んじゃ今度は文法勉強してみようか。英語は多少違ってもわかるし、あんまり発音も気にしないけど、日本語は大きく変わるらしいから。」
「例えば?」
「ワタシはあなたがすきです は ワタシがあなたはすきです だとただの自惚れになるんだって。」
日本語は難しい。
図書館で日本の小説を読むものの、漢字も多いし、妙な比喩表現が多い。
〈その女はまるで、顔が焦げたタコのようだった〉
……タコ食ったことねえんだよ。
〈犯人は動揺した。相手が敵わないほどの侍とわかった野武士のように〉
……のぶしってなに?
ばかな屁理屈をこねていたとき、同郷のシンディがある提案を出した。
「じゃあ、簡単な本から挑戦しようよ。これ見てよ。私図書館で見つけたんだ☆」
その本の名前は(日本に来ればわかるのに)という名前だった。
全部で30冊ある。こんなに借りてくるなんて。
「なんか……図書館にあったからなんの本か尋ねたら、うちの本じゃないって言われて。よかったらもらってって言われたの」
へえ……作者は……何て読むの?
「図書館の人に聞いたら、(じんくうじもーこ)だって。」
「ふーん。でこれでなにするつもり?」
「今ここに10人いるでしょ。みんなで手分けして読んでこよう。そんなに難しい漢字もないし、文法も簡単のしかなさそうだよ。」
「あんた文法わかんないでしょ。まあいいわ。面白そうじゃない。」
「じゃあ来週までに読んできて、それぞれ感想を言い合いましょ。」
ところでさ……
「だれか黒板使った?なんか、書いてあるけど」
黒板を見ると、(友達のマナは)と書かれている。
何のために書いたかは不明。
黒板を消そうとしたが消えなかった。
よく見るとその字は何か黒いもので書かれている。
「墨……」
フランス人のエリーはルームメイトのチェリーにあの本を見せた。
「日本に来ればわかるのに……何これ?」
「同じサークルのシンディがもらってきたの。」
「へえ……私にも読ませてよ。」
「いいわよ」
エリーが入浴している間にチェリーは一冊の本を開いた。
(友達のフレディは殺された。フレディはアフリカ人。なぜ殺されたかわからない。フレディの近くにはラジカセがあった。そこからある音楽が流れた。ラジオ体操だ。警察はその音楽を知らない。事件は迷宮入。日本に来ればわかるのに。)
ちょっとしたブラックユーモアだった。
大笑いはしないがフフフという感じか。
だがその後もページを捲ると白紙だった。
どこをめくっても続きはない。
(……続き読みたい……)
ん……妙な声が聞こえたような……
その時エリーが部屋へ入ってきた。
「なんだ!エリーか!」
「なにが?」
「さっきなんか囁いたろ?よくわからないけど」
「何いってんの?お風呂どうぞ。」
チェリーは入浴しに行った。
バスタオルのままその本を取った。
なぜか1ページ目は白紙だった。
2ページ目を開くと書いてある。
(友達のフェデラーは行方不明になった。フェデラーの家にはパチンコの玉があった。警察はそれが何かわからない。そのままフェデラーは見つからなかった。日本に来ればわかるのに)
なんとも外国人好みにシュールに作ってくれている。
しかし……3ページ目は白紙だった。
その次もその次と全て白紙だった。
残りの2冊を開くも全て白紙。
「何これ……どうなってんの」
(……続き読みたい?)
エリーはビクッと後ろを振り向くが誰もいない。
どうなってるんだ。
そういえばチェリーも何かを囁かれたとかいっていた。
(続きよみたい……)
まただ……何か聞こえる。
よく聞こえないけど……続きよみたいかと聞いてる。
「ええ……読みたいわ……」
……わかった……
エリーは壁に黒いカビのようなものがあることに気づく。
そのカビはどんどん大きくなってきた
それは……日本の字……
字だ……字がどんどん壁へ書かれている……
天井も…… 床も………カーペットも…
「なによこれ……辞めてよ……」
…真っ黒になっていく……真っ黒に……
「お願い!もう辞めて!もう辞めてよ!もう知りたくない!」
(全部埋め尽くすくらい……書いてあげるから)
エリーは自分の指の爪の黒さに気づく。
爪から腕へ、腕から肩へ……肩から体や顔へ……
「辞めて!辞めてよ!私に書かないで!?」
まだまだ書いてあげるから……まだ白いとこあるよ…
「キャーーーーー!!」
チェリーは叫び声を聞き、エリーのいる部屋へ向かった。
部屋を開けるとエリーがうつ伏せに倒れている。
「エリー!どうしたのよ!」
チェリーがエリーの体を反転した。
「キャーーーーー!!」
エリーは白目をむき死んでいた……
そしてその顔を覆うように細かい字があちこちに書かれている。
頬、鼻、顎、額、目の中にまで……
あまりの恐怖に声がでないチェリー。
そして何かが腕に握らされている。
「…なにこれ…ワサビ……」
だがその字はよく見ると顔を白い一枚の紙のように、右上のこめかみのところから縦書きで書かれている。
(友達のエリーは殺された。エリーの近くにはワサビがあった。警察はそれが何か知らない。結局事件は迷宮入りした。日本に来ればわかるのに)