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走れ、下僕

作者: 勝哉

 リーダー格の人間が、僕は大嫌いだ。

 

奴等のように、最初から上に立つことを当たり前とする人種が、僕は昔から大嫌いだった。けど、幼稚園に学校に会社に社会に――人が集団として生きていく為には、必ずそれをまとめるリーダーが必要であることも確かで、彼らが必要不可欠な存在だということはしっかりと理解していた。それでも、大嫌いなものは大嫌いだった。

 そもそも、奴等は自分の立場上から見たものしか言わない。だから上の気分はわかっても下の気分はわからない。下の奴等の行動を理解するのではなく、見下ろし見下すのだ。そうして自分の意見をぶつけてくる。通らないとわかると、なにかとイチャもんをつけ自分の意見を通す。しかも、こういう奴に限り頭がキレる奴が多いものだから、困ったことに一見しただけじゃちゃんと筋が通ったイチャもんのように聞こえてくるのだ。しかも傲慢に自分の意見こそが正しいと言わんばかりの態度で力押ししてくる為、下の連中はなんにも言えず黙ってそれを聞くことしか出来ない。


 けど、だからって僕は下の人間が好きなわけじゃない。僕は下の人間も嫌いだ。

 直接言う勇気もないくせに、上の姿が見えなくなった途端にコソコソと文句を言う奴等程、卑怯でせこく最悪な生き物はいない。自分の力じゃ上に敵わないと知っているから、影でコソコソとささやきあっては他人に同意を得、それだけで内心上に勝った気分に浸る。個の力じゃ無理だから、数の力で当たろうとしてるわけだ。なんという美学だろう。弱者ならではの素敵な策だ。


 あぁ、反吐が出る。


 どうせ上が変わったところで、下の奴等は文句しか言わない。しかもそれを本人に言わないんだから本人は一生気づかない。一生上で人を見下し、下はそれに文句を言い続ける。なんて美しき悪循環。

 そうじゃない奴等もいる?

 もっとしっかりとしたリーダーや、周りを見るリーダーもいる?

 もっとリーダーへ本音をぶつける下や、リーダーのことを支えようと奮闘する下もいる?

 あぁ、そうだろうとも。こんな奴等がいるんだから、その逆が世の中にいたって別におかしくないさ。

 まさに表裏一体。表と裏。有と無。上と下。

 そう、つまりはリーダーと部下。

 けど、嫌いなものは嫌いだ。


 上に立つ人間も、下に立つ人間も、


 下に立つことしか出来ない自分も、


ぶん殴ってしまいたいぐらい、大っ嫌いだ。


全部なくなれ、ばぁか。





              *





(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉっっっっ!!!!)


走る走る走る走る走る――……とにかく、走れ、僕の足。


僕は今、ある人の為に足を動かし続けていた。僕が帰らなければ、ソイツには大惨事が待ち受けている。

 僕が走らなくて、誰が走る。

 後ろから「廊下を走るなぁっ!」という声が聞こえたが、気にしている暇なんかない。

 たまに、僕と同じ服に身を包んだ僕と同じぐらいの年齢の人間の姿とすれ違った。不思議そうな目で見られるが、それだって気にしてる暇はない。

 僕は走らなくてはいけない。故になにも聞いていないし、なにも気にしない。

 かの文豪が書いた本に、友人の為に走る男の話があった。

 あの話では、主人公は友の命の為に走った。どんな障害があれど、どんな苦難があれど、例えその心折れそうになろうとも、主人公は走り続けた。

 だから、僕も走る。アイツの為に。

 けど、僕とあの本の主人公では、決定的に違うところがあった。

 あの本の主人公は、大事な友人の為に走った。


 僕は今、


 大嫌いな魔王(リーダー)の為に、走っていた。


『おい、お前。俺様の下僕やれ』

 そういう言葉を普通に投げかけてくる痛い奴が、この世にはまだいたのかと、そのとき驚いたのを僕は未だに覚えている。

 僕のクラスには、魔王がいる。

 別に、本当に魔王だなんてわけじゃない。ただ、僕がそう心の中で呼んでいるだけだ。

 魔王の名前は『浅野一』。僕が嫌いなリーダー格に属するタイプの人間である。

 浅野は自分を推し進めるタイプのリーダーだ。自分の意見こそが正しく、自分の意見こそが唯一だと、そう胸を誇り、絶対にそれ以外を認めないタイプだ。

 絶対的に、自分こそが至上であるのだと、それはもう吐き気を催す程の古典的自己中型リーダータイプである。しかも、それを威張るだけの実力や、喧嘩に強い確かな腕っ節まであるもんだから、誰もなにも言わないし言えない。

 自己中、わがまま、傲慢――浅野を表すには、これらの単語が必要不可欠だろう。

 対し僕は、完全に浅野とは真逆のタイプだ。

 自分の意見には言う程の自信はないし、推し進めるどころか推し進められる側だし、本当にそれが正しいのかと言及されてしまえばどれだけ頑張って出した末の成果であれど一気に心配になりその場で土下座して平謝りし始めたくなるようなタイプの人間だ。

 故に、僕は下側の人間。僕のようなタイプに上を任せれば、日本の政治はきっと全て狂ってしまうだろう。というか、政治崩壊とか起きて、日本滅びそう。

 浅野は上、僕は下。

 本来ならばここで、僕は浅野の下側に着く側に回っている筈の人間だろう。が、僕は絶対浅野の下なんかにならない。浅野の周りをウロつく、清々しいまでの営業スマイルで心の底より楽しんでいるようなフリをしている金魚のフンの奴等みたいになんてならない。

 僕は、上も下も嫌いなんだ。

 だから、上にも下にも関わらない。自分がどちら側であろうとも、それこそがお前の役目だと言われても、絶対に関わらない。

 その所為で、『ぼっち』になろうとも、だ。

 けど、ここが現実のままならないところなわけだが、ここまでの意見は全て単なる僕個人が思っているだけの事柄だってこと。

 例えば、好きな相手がいて、自分がその相手をものすごく思っていて、好きで好きで好きで仕方なくって、だから告白して絶対的に付き合える確率など、この世の中にどれだけあろう。

 感情ってのは、いつだって勝手に向こうがぶん投げてくる。

 だからこそ、

 どれだけ僕が嫌がろうと、

 どれだけ僕が拒否ろうと、

 どれだけ僕が逃げようと、

 傲慢な魔王様は、それを許さなかった。

『お前さ、いつも本ばっか読んでてつまんなくないわけ?』

 話かけてきたのは、浅野の方からだった。

 朝の教室というのは、本当に誰もいない。そもそも生徒がやってくる時間ってのは、大抵は登校時間十分前ぐらいから本当にギリギリの時間の間だ。登校時間三十分前の時間なんて、生徒がいることなどほとんど皆無だ。

 僕は誰もいないこの時間が一番好きで、だから朝は用もないのに家を早く出ていく。静寂で誰のことも考えずに自分のことだけに没頭する為、学校へ登校する。

 浅野が僕のところにやってきたのは、そんな時間帯のことだ。僕以外誰もいない教室で、僕以外に話しかける相手など皆無な空間で、完全に僕だけに狙いを定め獲物を逃がさないように、彼は僕に話しかけてきたのだ。

『……』

『おーい、無視すんなしー』

 そっちがその気ならばと、僕は持っていた本だけに目をやり、断固として無視を決め込む態勢で臨んだ。

『なーあ、お前友達いねぇんだろー』

『……』

『あー、図星だなぁ、図星だろう! うわぁ、友達いねぇとかダッセェ!』

『……っ』

 なぜ、人間といのは周りに集う人間の数をその人間のステータスとして捉えるのか。僕に友達がいなかろうがいようがいなかろうがいなかろうが、あ、浅野に言われる筋合いは全くもってない筈だ。


 別っ、にっ! 泣いてっ、なんてっ、ねぇっ、しっ!!

 ケラケラと笑い声をあげる魔王に内心怒りを携えながらも僕は本だけに集中し続けた。が、そんな僕の態度にももう慣れたのか、構うことなく浅野は言葉を続けた。

『お前友達いねぇんならさ、暇だろ? ぼっちだから、どうせやることねぇだろ?』

『な? な?』と、顔を覗き込まれても無視。が、次の瞬間、『おらっ!』という声と共に唯一僕と浅野を遮っていた本がアイツに奪われた。突然のことに一瞬反応が遅れながらも驚いて顔を浅野に向けると、奴は言った。


『おい、暇人(お前)。俺様の下僕やれ』


魔王(浅野)が、下僕(僕)の頭上に降臨なさった瞬間だった。


 以来、どこに行こうとも僕は浅野に付き纏われ、下僕扱いをされ続けてきた。

 といっても、僕本人は下僕になることを了承した覚えはないし、アイツに従うつもりも一切なかった。

 が、そんなの僕の意思の話だ。浅野には下々の者の意思など、そこら辺の空気中に浮かぶ目に見えない塵同然のもの、または以下でしかない。現実の僕は浅野に反抗精神向き出しの態度をすれど、結局はいつだって浅野の傲慢で自信の塊の意見に負けてしまう。

 負け犬の遠吠えさえ出来ない。だって、下僕は負け犬以下なんだ。負け犬は戦って負けたけど、下僕は戦わずして負ける。

 いつか浅野に下剋上をしてやる。そんな意思はあれど、実行に移せない。

 だから僕は、いつだって浅野に見下されることしか出来ない。


あぁ、嫌だ、嫌だ。


だから嫌いなんだ。


上も下も、それを気にする僕も。


事件が起きたのはそれからしばらくしてからの、夏のことだった。

『アイスが食いたい』と、浅野は言った。

『アイスな、アイス。チョコのがいい。あ、パピコにしようぜっ、パピコ買って来いよ、一陣(いちじん)

 その日は本来ならば夏休み中ではあったが、登校日であった為に昼まで学校があった。浅野がそれを言ったのは、本日の予定を全て終え、僕ら以外誰もいなくなった教室でのことだった。

 ゴミ捨てを担任に頼まれた僕は、ゴミ箱から袋を回収している最中だった。それでもお構いなしに人の後ろで『パピコ、パピコ~っ、なぁパピコ~』と、ガッタンガッタンと座っている椅子を揺らす浅野に青筋を立てながらも、結局僕は財布を持ってゴミ捨て場にまで向かう羽目になった。ありがたいことに、僕らの学校の前には一軒のコンビニが存在していた。

 校舎の裏にある焼却炉にゴミを捨て、さぁコンビニへ向かおうとしたそのときだった。

 僕は人とぶつかった。それは、校内でも有名なガラの悪い先輩達の集団だった。

『ってぇなぁ』

『んだぁ、この一年』

『うひっ……』

 下僕根性丸出しな僕に、先輩達に対等にやりあえって方が無理難題なわけで。

 ただでさえ人が少なかったというのに、場所は階段の踊り場と、更に人がいない場所。僕は踊り場の隅に先輩達に囲まれる形で追いやられ、しかも財布を持っていることに気付いた先輩に財布まで奪われ、内心でオワタと遠い目をした。

 そのときだった。


『おい、一陣。なに油うってんだよ?』


階段の一番上から、先輩の頭の上に向かって浅野が華麗に着地しながら現れたのは。


『あぁ!?』

『なんだお前っ!』

『一陣、パピコ待ってんだけどぉー』

 突然の浅野の登場に騒然とする先輩達もお構いなしに、浅野が俺に言ってきた。

『パーピーコー』

『え、あ、で、でも、』

 あの、先輩が、というか財布が……

『んあ? なに、お前財布ないわけ? は? バッカじゃねぇのー? 万引きするつもりだったわけー?』

『いや、違、』

『仕方ねぇなぁ、俺の財布やるからさっさと買って来いよなー』

 ポイッと、僕の方に財布が投げられる。あわてて反射的に僕はそれを受け取った。

『一陣』

 手に取ったそれに目を丸めていると、浅野が僕の名を呼んだ。

『下僕が主人待たせてんじゃねぇよ』


 ほぼ、反射的な行動だった。


 浅野の台詞を聞くや否や、僕はその場から走り出した。それは、完全に体に染みついてしまった下僕としての習性だった。

 後ろから先輩達の怒声のようなものに付け足し、別の物音が聞こえた。なんとなく、なにをやっているのかは簡単に想像出来た。

 僕は走った。走って走って――……走りながらどこに向かうかを考えた。

 僕は、あそこから逃げれた。

 僕は助かった。

 今なら一人逃げて帰ることが出来る。

 例えこれで浅野がしばらくの間学校に来れなくなったとしても、僕としては万々歳の筈だ。

 浅野のことを考えるな。

 上の人間は下の奴の気持ちなどわかりゃしない。

 僕が浅野のことを考えないで逃げてなにが悪い。

 けど、もしあそこに浅野が来ていなかったら、

 けど、けど、けど、けど、けど、


 ――けど、


僕は走る先を決めた。動かしていた足の方向を急停止して向かいたかった方向と逆方向に進む。


手の中の、『僕の』財布を強く握りなおして。





               *






 無我夢中だった。

 急いでコンビニに向かい、カチコチに凍っているパピコを買った(お釣りはいりません! なんて台詞初めて使ったわ)僕は全速力であの場所へと戻った。

 ……ときにはすでに全部が終わっていた。

「……」

「ふぃー」

 息をつきながら額の汗を腕で拭う浅野の下には、先輩方の屍の山。

(決着つけるの早くね!?)

 僕が学校を出るまでここまで、三十分も経っていない筈だった。

 魔王は先輩相手にも魔王だったということだろう――と、いらない心配をするのではなかったと影に隠れながらため息を零しているとき、視界の端に動くものが見えた。

「なっ!」

 倒れていた筈の先輩が立ち上がり、浅野に襲いかかろうとしていたのだ。しかも、手にはカッターのようなものが――……!

「こんの……っ、クソガキがぁっ!」

「!」

 ハッとした顔で浅野が先輩の方に振り向くが、それよりも先輩の動きの方が早かった。

 そして、


「うおりゃあああああああああああっ!!」


それよりも、僕の方が動くのは早かった。


 ――ドゴンッ!!!!


 僕は手にしていたコンビニ袋を中身ごと先輩の頭に向かって振り回した。

 鈍い音が辺りに響き、僕の前にいた先輩が地面に向かって倒れていく。

 その光景を呆気に取られて見ている浅野と目を合わせながら、僕はパピコが鈍器にもなることを知ったのだった。





                *





「ん」

「は?」

「……パピコは二人分だろうが」

 浅野に差し出されたのはパピコの片割れだった。困惑し、受け取りを悩んでいると、汗でベッチョリしている頬にパピコをグリグリとされた為、慌てて受け取った。

(一人で食べるのかと思った)

 こういうことされたのは、初めてだ。

 浅野は僕にパピコを渡すや否や、顔を僕から背けてさっさと先を歩き始めたのだった。

 あの後、騒ぎに気付いた先生が駆けつけてくる足音を聞いた僕と浅野は、急いで教室に戻り学校を後にした。パピコを渡されたのはその最中のことである。


やっぱりリーダー格の人間は嫌いだ。――食べながら、僕はそう考える。

浅野は自分より下の人間の意見は聞かない。自分の意見こそが至上だからだ。

 傲慢に、強引に、自分の意見を突き通す――さっき僕をあの場から逃がしたように。

 意見は聞かずとも、

 周りを考えた上で意見を出す。

(……上の人間が下の人間のこと考えるなよ)


 下の人間のやること(悪口)がねぇだろうが。


パピコを食べながら、僕は前を歩く浅野を見る。

 薄らと赤くなっている耳が目に入り、僕はさっき浅野が顔を反らした理由を悟って口の端を持ち上げた。


 僕は大嫌いだ。


 上に立つ人間も、下に立つ人間も。


 下に立つことしか出来ない自分も。


 だから、全部なくなれ。


 ――……ばぁか。







――END

昨年の学校の学園祭用に書いた作品なのですが、ある意味、当時の苛々が全て詰まってる気します。

たまたま当たったクラスリーダーという役割に、リーダーなんてもうこりごりだってなった結果の思いと、ホモが読みたいというストレスがぶつかりあった結果ですね。

財布を登場させたのも、多分学祭準備中に発生したお金問題で苛々した結果かもしれませんねぇ、と今更考えます。

世の中金って本当ですね。苛々するの要因も金、ホッとする要因も金、ギクリとする要因も金、全て終わってうおっしゃあってなった瞬間を壊すのも金、とりあえず金金金金金、もう金うざい。

でも、諭吉さんイケメンですね。媚びります。

とまぁ、そんな感じの思いが全部詰まった結果の作品でした。ちなみに、凍ってるパピコは本当に凶器でした。机を全力で殴っても折れないって言うこのレベル、最強です。そのあと、パピコは美味しく友人と食べさせて貰いました。

こんな経緯からの作品ですが、読んで頂き、ありがとうございました。

今度はちゃんとしたホモ作りたいです。

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