↑の続き
「勇者様、メアリーです」
メアリーは、勇者が宿泊している宿に居た。
勇者が寝起きしている部屋の扉を、軽く叩く。
「勇者様? 勇者様、おりますか?」
数日間、勇者の姿が見えないので心配になったメアリーは、彼の元を訪ねたのだった。
もう一度ノックしたメアリーだが、やはり応答はない。
何気なしにノブを回すと、がちゃりと開く。
「え、鍵が……」
扉がひとりでに、ゆっくりと開く。
と、その時。扉の隙間から何かがこぼれ落ちた。
「これは、角?」
メアリーが屈んで、牛のものらしき角を拾おうとした瞬間、
扉がいきおいよく開き、角の山がメアリーに襲いかかった。
「きゃあ!?」
メアリーは角に埋もれる。
重みで身動きが取れなくなったが、勇者の安否を心配して、必死に角をかき分けた。
「勇者様! ご無事ですか!?」
角で通路は埋め尽くされ、これだけ吐き出したというのに、部屋にはまだ角がうず高く積まれている。
「メ、アリー……?」
「勇者様!?」
角の山の後ろから、勇者の声がした。
メアリーは焦りながら、角の山を懸命に越える。
角の先端が当たって痛かったが、我慢して部屋に体を滑り込んだ。
「勇者様……?」
部屋の中は暗かった。
窓にはカーテンがしめられ、その上天井近くまで角が積み重なり、わずかな光さえふさいでいるのだ。
「う、ぐ……」
「勇者様!」
メアリーは角の中に倒れている勇者を発見し、一目散に助け出した。
「勇者様! ご無事ですか勇者様!?」
「ああ……やっぱりメアリーか……」
「なぜこんなことに!?」
「いやその……」
勇者はふらふらしながら、メアリーから離れる。
目をさまよわせつつ、
「集めてたら、こんなにたまっちゃって……」
「数日の間にこれだけ集めたんですか!?」
「この地を留守にするのは最小限にとどめようと、不眠不休で頑張った……」
「そんな頑張りはいりません! というよりなぜ訓練に使わないのですか!?」
角はかすり傷一つ、ついていなかった。
勇者は頭をかく。
「それはその……魔王(を倒そうとする気持ち)をずっと忘れたくないから……」
「勇者様!?」
「角と一緒にこうして暮らしていると……どきどきするんだ」
「それって生命の危機だから心臓が悲鳴を上げているだけですって!」
「いや違う! 俺の魔王に対する思い(闘志)が高まっているんだ!」
「もうやめてください勇者様! それ以上話さないで!」
メアリーは耳をふさぐ。
居心地が悪そうにしている勇者は、ふと角を二本手にとり、
そっと自分の頭に近づける。
ぽっと頬を赤らめた。
「勇者様ああああ!?」
「な、なんだ!?」
「なんだじゃありません! 今のどこに赤面する要素があったんですか!?」
「ちょっと魔王のことを思い出しただけだ!」
「だからなんで!?」
「(魔王との来るべき決戦を思い起こして)興奮したからだ!」
「もういやー!」
メアリーは絶叫する。
ふわふわの茶髪をかきむしった。
「メ、メアリー……」
メアリーの叫びにとまどった様子を見せた勇者だが、
ぽん、と彼女の頭に手を置く。
「大丈夫だメアリー、魔王は俺が絶対に倒すから」
「勇者様……」
メアリーと勇者は見つめ合う。
そう、二人の思いは同じなのだ。
魔王を倒し、平和な世界が訪れることを願っている。
ただ、多少勇者が魔王に対して心を乱しているだけなのだ。
「わ、分かりました勇者様……お騒がせして申し訳ありません」
「メアリーが謝るようなことじゃないだろ? 魔王を押し倒せない俺が悪いんだ」
「押し倒す!?」
「あ、間違えた。打ち倒すだ」
「言い間違えただけですよね勇者様!? 本音がもれ出したわけではありませんよね!?」
「あっ当たり前だろ!? 俺は本当に魔王を押し倒したく――あっまた間違えた! 違うんだメアリー! 焦って言っちゃうだけなんだ! 俺は打ち倒したくなんてな……逆だ!」
「もういやー!」
◇
「あ、勇者様! 訓練ですか?」
宿の庭の前を通りかかったメアリーが、手を振る。
俺も剣で角を叩き切るのをやめ、手を振りかえす。
メアリーはお使いでもしてきたのか、かごに酒瓶のようなものが入っている。
「ああ、さっさと消費しないとな」
地面にはどっさりと角の山があった。
さっさと切ったほうがいいとメアリーに助言されて、それに従うことにしたのだ。
魔王のことは、あの雪山を見るだけでも思い出せるしな!
「頑張ってくださいね勇者様」
メアリーはほほえみながら去っていく。
彼女は角の首飾りをぶらさげていた。
俺が切った小さな角を欲しがったので、首飾りにして贈ったのだ。
想像以上に喜んでくれて、恥ずかしくなるほどだった。
「さて、もう百個くらいやるとするか」
俺は角をつるす。
少し距離をとって剣を振り上げる。
「勇者様!」
と、その時。庭に村人らしき男が入ってくる。
男は俺に駆け寄った。
「どうしたんだ?」
俺は首を傾げる。
「聞いてください勇者様! 魔王の情報を入手したんです!」
「なんだって!?」
俺は剣をさやに戻す。
「ぜひ教えてくれ! 魔王のことならなんでも知りたいんだ!」
戦う時に役に立つかもしれないからな!
男は嬉しそうに笑う。
「はい! 実はですね! 魔王は形態を変えることができるらしいのです!」
「形態? 姿が変わるってことか?」
「よく分かりませんが、戦いに適した姿になれるのではないでしょうか?」
「なるほどな……それで、どんな感じになるのかは知っているか?」
「なんでも、八枚の翼が生えるとか……」
「翼が……」
俺は魔王の背に神々しい翼が生えるさまを想像した。
ごくりとなまつばをのむ。
なんて強そうなんだ……! 今でさえ角が生えていたり、目が血のように赤かったり、銀髪だったり長髪だったりして耐えがたいというのに、ぱたぱた飛ぶなんて攻守ともに最強じゃないか! 早く見てみたい!
もちろん、見てみたいっていうのは、魔王を本気にさせるくらい追いつめたいってことだ!
考え込む俺を見て不安になったのか、男は口を開く。
「とある地方の伝説に、魔王の姿かたちの話があったのです……ですが、やはりただの伝説にすぎないのかもしれません……」
「いや、ありがとう。すごく参考になったよ。俺に知らせるために、走って来てくれたんだろ? ありがとな」
俺は男に礼をする。
男は笑顔で帰っていった。
男の姿が見えなくなると、俺はふたたび考え込む。
そうか、翼か……
「翼……」
俺は木の枝にとまっている鳥を見上げる。
翼、か……
俺は訓練をやめて、宿に戻る。
自分の部屋についた俺は、ふとベッドに視線を向ける。
「翼……」
俺は枕をじっと見る。
ほとんど無意識に、枕を引き裂いた。
枕につまっていた白い羽根が舞う。
「あとで……弁償しなきゃな……」
そう言いながら、俺は羽根のかたまりをすくいあげる。
窓の外を鳥が飛んだ。
「……鳥形の魔物も、いるよな……」
後日、ふたたび姿が見えなくなった勇者を、メアリーは訪ねるのであった……
次回は魔王の犬の話