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あたたか魔王  作者: 石山
8/20

5 闘志を燃やせ!

「これはこれは勇者様! ぜひ、見ていってください!」


 俺は行商のところにいた。


 店には村の人達が集まって、賑わいを見せている。


「勇者様、何か欲しいものがあるんですか? 俺に買える金額なら出させてください!」


 隣にいた村人が、俺にきらきらした眼差しを向ける。


 俺は笑いながら首を横に振った。


「いや、ちょっと見に来ただけだ。それに村人達を助け出した礼にって、村長さんが無理やり持たせてくれたやつも残っているから、俺の懐事情は心配するな」


 俺は村人と笑い合う。



 ふと、村人の隣にいる男に、優しい目を向けた。


 容姿がいいその男は小首を傾げつつも、俺に礼をする。



 村人たちは、俺にできる限り協力すると言ってくれた。


 寝食忘れて考えた結果、俺は体勢を立て直すことにした。


 やみくもに魔王の元へ行っても、なぜかいつも心を乱されてしまう。


 今一度、初心に帰るべきだ。


 俺は魔王を倒す。そのための旅だ。冷静になれ。魔王の顔を一旦頭から締め出すんだ。


「勇者様! 気になったものがあったら、ぜひ手にとってみてくださいね! 勇者様なら特別に値下げしてもいいですよ!」


 行商は、雪国には似合わない脂の乗った笑顔を浮かべる。


「あはは、特別扱いなんてしなくていいんだぞ?」

「いえいえ! 勇者様が商品を買ってくれたというだけで、ほまれ高いというものです! なにか欲しいものはありませんか?」

「んー……そうだなあ……」


 俺は並べられている商品に視線を走らせた。


 食べ物から装飾品まで、持ち運びできるものなら何でもそろっている。


 そのごちゃごちゃさが、なんとなく気に入った。


「ん? これは……?」


 俺はある物を手にとる。


 行商が目ざとくそれを見つけ、手をもんだ。


「おお! さすがは勇者様! お目が高い! それは魔牛の角でございます!」

「なんでこんな物が……?」


 角を二本つなぎ合わせてできた置物は、見ただけでそこそこ高い値段がすると分かる。


 変にでかいから場所を取りそうだし、こんな物、買うやつなんているのだろうか?


 俺の疑問を見透かしたのか、行商は口を開く。


「ここら一帯では、角がとても人気なんですよ。今は持ってきていませんが、枝分かれした角の壁飾りなんて、この村にたどりつく前に売れてしまうほどです」

「へえ……そうなのか」


 俺は角の置物に視線を落とす。


 雪国特有の文化みたいなやつがあるのだろう。


「それ、俺の家にもありますよ!」

「へえ……」


 うわの空である俺は、村人に生返事をする。

 角の置物から目を離せない。まるで吸い寄せられるようだ。


 俺は、魔王の頭にある二本の角を頭に浮かべていた。


 魔王の角も、こんな手触りなのだろうか。


 いや、魔王の角はこれよりもっと立派で、つややかであった。

 きっと、これよりずっとさわり心地がいいのだろう。魔王の角は……



「……これ、いくらだ?」


 行商と村人は目を輝かせた。



          ◇



 俺は宿の主人に断りを入れ、宿の裏にある小さな庭に足を向けた。

 

 つもっている雪を魔法でとかすと、木の枝にひもをくくりつける。

 角の置物を木につるした。

 

 俺は角から少し距離をとる。


 

 と、その時。


「なにをしているのですか、勇者様?」


 通りかかったらしいメアリーが、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


 俺は剣を抜く。


「初心に帰ろうと思ってな。これを魔王に見立てて、訓練をするんだ」

「魔王に……?」

「メアリー、大丈夫だろうけど、ちょっと下がっててくれ。剣を振るから」

「はい」


 メアリーが後ろに下がったのを確認し、俺は加減しつつ剣を振るう。


 空気が引き裂かれた音とともに、角が真っ二つになる。


「まあ! すごいです勇者様! いつ剣を振るったのか分かりませんでした!」

「あはは、そうか?」


 ほめてくれたメアリーに、俺は照れ笑いする。



 ふと、地面に転がっている斬られた角を見やった。


 あと何回この角で訓練できるだろうか? あっという間にこっぱみじんになってしまうだろう。


 角が原型をとどめなくなったら、もう魔王を思い起こせない。


 本番前に、俺は魔王に慣れておいたほうがいい。


「……もっと訓練しなきゃな」



          ◇



 俺はそれから、角を買いあさった。


 ただの角ではだめだ。魔王のあの角に似ていなければならない。


 あらかた買い占めると、俺はみずから狩りに出た。


 魔牛の王と言われる古牛と戦い、角を切り取る!


 それが終われば、次の標的を竜に定める。


 魔竜から聖竜まで角を切っては保管し、切っては大切に保管する。


「うおおおおおおおっ!」


 俺は世界中を駆け抜けた。

盛大な前フリ

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