↑の続き
一方その頃、
「ふっふっふのふ~ん……♪」
四天王の一人、スリープケインは雪山にいた。
青年の姿をした魔物である彼は、ぐるぐる模様がある髪に、うずまきの目をしている。
彼は魔法で、国一つを支配していたこともあった強大な魔物だ。
「ぐふふふふ……いってきます」
スリープケインは、にたにた笑いながらそりに腰を下ろす。
彼の背後には、魔王城があった。
勇者に倒されたはずの彼が、なぜこんなところでそり遊びをしているのか。
それはともかく、スリープケインはそりで雪山を滑る。
その途中、巨大な雪玉が立ちふさがっていたが、気にせず乗り上げて通過した。
ジャンプ台っぽくてスリープケインは楽しそうだった。
◇
「のわああああ!?」
なぜか雪玉に衝撃が走る。
俺は避ける暇もなく押しつぶされた。
誰が押しやがったのか分からないまま、俺は雪玉に巻き込まれる。
回転する視界の中、何かが前を走っている気がした。
……少しして、雪玉は魔王城に激突した。
見張りの魔物の減少が招いた、悲しい事件であった……
◇
「ん……」
俺は薄目を開ける。天井が見えた。
「ここは……魔王城か?」
魔王城のどこかの一室で、ご丁寧に俺はベッドに寝かされていた。
どうやら俺はあのまま気絶したらしい。
「手錠は……されてないな」
俺はみずからの両手を見る。
雪玉を魔王城にぶつけた犯人にはされていないようだ。
胸を撫で下ろしたその時、部屋の扉が開く。
「あ……起きてたんだ……」
「!? ス、スリープケイン様!?」
俺は上半身を起こす。
中に入ってきたのは、四天王の一人であるスリープケインだった。
死んだはずの彼がなぜ、という疑問があるが、それよりも、
「どうされたのですかその傷は!」
スリープケインは頭から血を流していた。
かなりの量で、顔が真っ赤に染まっている。
「あ……これ? たいしたことじゃないよ……魔王様に、雪玉を直撃させちゃったばつを受けただけだから……ぐふふ……」
スリープケインは暗い笑みを浮かべる。
そうか、雪玉に巻き込まれた時にちらっと見たのは、こいつか。
「君はえらいね……雪玉を押しとどめていたんでしょ……? 忠臣って、君みたいなやつのことを言うんだね……」
「は、はあ……」
忠臣と言われると微妙な気持ちになるが、魔王を油断させられると思えばいいだろう。
開け放たれた扉から、魔物達の騒ぎ声が聞こえてくる。ずいぶんとうるさい。
スリープケインはにたりと笑う。
「ああ……四天王が二人も帰ってきて、お祭り騒ぎになんだよ……これ、飲む……?」
スリープケインは小さな酒瓶を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
俺は受け取って、礼儀として少し飲んだ。
「! う、うまい!」
あまりのおいしさに、つい俺はごくごく飲む。身に染みた。
スリープケインはその間、ずっとにたにた笑っていた。
ツーリアゲイトと仲がいいから俺も面識があるが、気味が悪くて、こいつ苦手なんだよな……
「といっても……魔物たちが勝手に興奮しているだけで、宴とかがおこなわれているわけではないけどね……まだ魔王様の目的は達成されていないから、そういうことは控えているんだ……だから、あんまり酔っ払ったらだめだよ……」
「は、はい。そ、それよりもスリープケイン様。勇者に倒されたのではなかったのですか?」
俺は元上司に言ったのと、同じ質問をする。
スリープケインはどんよりとした渦巻き模様の瞳で、ちらちらと俺のほうを見る。
「ああ……命乞いしたら見逃してくれて……別にボク、魔王様が怖いから渋々従ってただけだし……実は、今までずっと遊んでたんだ……」
「なら、なぜ今になって……」
「そろそろ最強の勇者が魔王様の元に来る頃かな……と。さすがにそろそろ戻ったほうがいいと思って……義務感っていうか、生き延びているのをばれたらまずいって現実が襲いかかってきて……」
「そうだったのですか……」
俺はひらめいたことがあった。
こいつ、使えるかもしれない。
彼は、ツーリアゲイトのように、魔王へ絶対の忠誠を誓っているわけではない。
それに、魔王にあんな目にあわされ、心の中では怒りがあるはず。
そこをうまくつけば、味方に引きずり込める。
しかもスリープケインが得意なのは、催眠魔法。
相手を意のままに操ることができるといわれている恐ろしい術だ。
使えるぞ。
俺は提案を持ちかけようと口を開ける。
だが、思うように舌が回らない。
もう酔ったのか? いやまさか。あんな少量で酔うはずがない。
ぎし、とベッドにスリープケインが手をつく。
「でも、戻らなきゃよかったかな……? この後、ロッゼに呼ばれてるんだ……魔王様は肉体的にきついお仕置きだけど、ロッゼって精神的にいたぶってくるから、嫌なんだよね……」
スリープケインは俺の顔を覗き込む。
嫌な笑顔が目の前に広がる。
背筋に悪寒が走った。
「だから、お願いがあるんだ……君が雪玉をぶつけたってことに……してくれない?」
こいつ、俺に罪を着せる気だ……!
魔法をかけられる前に逃げなくては……
「ぐ……う……」
だが、体が思うように動かない。
しびれている……? 一体どういうことだ!?
「あはは……別にさっさと魔法をかけることもできるんだけど、ほら……ボクって用心深いから……もしもの可能性はすべてつぶさなきゃ安心できないんだよね……」
「く、そ……っ!」
酒に何か入れやがったな!
俺は力を振り絞って、酒瓶をスリープケインの顔めがけて放り投げる。
だがあっさりと彼はかわす。
酒瓶は、酒をこぼしながら部屋を横切って飛んでいき、
こつん、とちょうど部屋に入ってきた者の頭に落ちる。
「なっ……」
俺は思わず絶句した。
「どうしたの……って、え……?」
俺の驚いた表情に、スリープケインは振り返る。
そして、固まった。
銀色の長髪に、ぽたぽた酒がたれている。
「…………」
真っ赤な瞳が俺達を見た。
スリープケインの全身が震える。
「まままま魔王様が、お酒をををををを」
絶望的な状況の中、ふと俺は首を傾げた。
なぜスリープケインは、魔王に酒をぶちまけたことよりも、魔王が酒を浴びたことを恐れているのだろう?
そういえば、魔王の目が心なしか据わっている気が……
魔王は足を一歩踏み出した。
そこからの記憶はない。
だが、俺は地道に魔王の下で頑張ろうと決めた。