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あたたか魔王  作者: 石山
6/20

↑の続き

 数日後、


 俺は真面目に仕事をするふりをしながら、魔王の様子をうかがっていた。


 魔王が外出したとの情報を得て、俺は魔王城周辺の見回りというていで後を追う。


「ちっ……どこにいやがる……」


 魔王城がある山の後ろには、広大な山脈地帯が広がっている。


 だいぶ奥まで足を伸ばしたというのに、魔王は見つからない。

 ふもとの村に魔王が行っていたら騒ぎが起きるだろうから、こっちに魔王がいることは間違いないのだが。


 俺は舌打ちをする。


 もう少しで、日が暮れてしまう。

 それに、寒さもこたえてきた。

 これ以上捜索を続ければ、俺の身がもたない。


 仕方ない、あと少しだけこの一帯を調べたら戻ろう。


 俺は銀世界を見渡す。


「……ん?」


 その時、視界の端でありえないものが動いた気がした。


 見間違えかと思いつつも、違和感があった山の上のほうに視線を移す。


「――なっ!」


 俺は目を疑った。


 小さな雪山が、針葉樹の木々の間を巨大な生き物のように、悠々と進んでいる。


 ここからではかなり遠いので、何か別のものと勘違いしているのかとも思った。


 だが、どんなに目をこらしても、山の上に、山がもう一つたんこぶのように引っ付いているようにしか見えない。


 そんなことありえないので、幻覚でも見ているのだろう。


「もうだめだ疲れすぎている。帰ろう……」


 俺は雪山に背を向けて歩く。


 魔王城がある山に行くには、ここから一度下り、もう一度登って、また降りて、さらに登らなければいけないのだ。



 かすかに、雪と雪がこすれあう音が聞こえてくる。


 幻聴までとは。

 本格的にまずいかもしれない。


 音はどんどん大きくなる。雪崩の音に似てきた。


 どんだけ疲れてんだよ俺……


 突然、周囲が暗くなる。


「ん?」


 振り返ると、



 小山と同じくらい巨大な雪玉がものすごい速さでこちらに向かってきていた。



「なあっ!? どういうことだよ!?」


 俺は混乱しながらも、逃げようと前を向きなおす。


 全速力で走った。


 雪山を駆け下り、必死になって駆け上り、ふたたび転がるように降りて、やっとのことで、魔王城がある雪山を無我夢中で登る。


「なんかまだ後ろにいるんだけど!」


 だが何度も上り下りしたというのに、雪玉が転がる音は止まず、それどころか近づいてくる一方だ。


 振り返ると、


 雪玉が山をごろごろと登ってきていた。


「んなあ!?」


 俺は思わず絶叫する。


 山を転がり落ちた勢いそのまま、雪玉は山を登っているのだ。


 雪玉が転がっていく先には、魔王城がある。


 このいきおいでは激突する!


「っ――くそおおおおお!」


 俺は雪玉に向かっていく。


 魔王城は俺が今まで見たどんな建造物よりも大きく、美しい。

 数日の間に、俺はとりこになっていた。


 俺が魔王になったあかつきには、ここをもっとでかく改築しようとか、ここは

内装だけ変えようだとか、そういった楽しい想像をしていたのだ。


 それなのに、雪玉なんかに俺の魔王城が壊されてたまるか!


「おおおおおおっ!」


 俺は雪玉を押さえつける。


「ぐおおおおお!」


 すさまじい速さで俺は雪玉とともに斜面を上っていく。雪煙が舞う。


 俺は足を踏ん張った。


 とまれ! とまってくれ!


 だが俺の努力もむなしく、あっという間に高度は伸びていく。

 人間なら一気に空気が薄まって、具合が悪くなることだろう。腕がじんじんと痛む。限界が近い。


 が、スピードはゆるみ、そして――


「と、とまった……」


 雪玉は一瞬だけ停止すると、山をごろごろ転がり落ちていく。


 俺は胸を撫で下ろした。


 一件落着だ。


 疲労のあまり積雪に座り込んだ俺は、どんどん離れていく雪玉を眺めていた。


 雪玉が通ったところは、道ができている。

 雪玉に降り積もっていた雪がひっついて、元々小山に見間違えるほどだった雪玉がさらに大きくなっていく。


 雪玉は大きくなっていく……


「ち、近づいてきてる!?」


 俺は跳ね起きた。


 雪玉は向こうの山の頂上付近までごろごろ転がると、ふりこのように戻ってきたのだ。


 俺は背後にある魔王城をちらと見る。


 魔王城の外壁の一部分が見えるだけで、ここからではまだ遠い。俺の姿は見えないだろう。雪玉は山に同化して、これまた見えづらいだろうし。


 声が届く距離に見回りの魔物もいなさそうだ。


「く、来るなあ!」


 俺は迫りくる雪玉に叫ぶ。


 二度も雪玉を受け止めるなんて無理だ!


 だが魔王城が破壊されるのも嫌だ!


「う……」


 俺は目をぎゅっとつむり、こぶしを握りしめると、雪玉に向かって駆けだした。


 もうどうにでもなれ!


 俺は雪玉に抱きつく。


 押しつぶされそうになりながらも、必死に足腰を踏ん張って耐える。

 目はつぶっていたが、恐ろしいほどのスピードで山を駆け上がっていくのを感じた。


 しばらくして、雪玉は止まる。


 二の舞になる前に、転がり落ちていく雪玉の後ろに回り、全身で押さえる。


「よ、よし……」


 俺は雪玉に抱きつきながら一息つく。

 心臓がばくばく鳴っていた。


 雪玉の重量が俺にのしかかってくるが、魔王城を救った今となってはその重ささえ心地いい。


 これで戻ってくる心配をもうしなくていいのだ。



 俺はふと気づく。


「……あれ? これ俺雪玉から離れられなくね?」


 留め具になっている俺が離れたら、雪玉はまた転がっていく。当たり前のことだ。


 いや、それ以前にどうやって雪玉の後ろから抜け出すんだ。


 少しでも力を抜いたら、押しつぶされるぞ。


 雪玉をとめるためのとっさの行動だったが、完全に裏目に出た。


「…………誰かあああああ! 誰かいないのか! 助けてくれ! 身動きが取れないんだ!」


 俺は力いっぱい叫ぶ。


 なんで俺がこんな目に!


 つーかそもそもなんで山に見間違うくらいの雪玉が転がっていたんだよ! 雪合戦にも雪だるまにも使えねーぞこんな大物デカブツ! あ、だから捨てたのか!?



「――そこにいるのはラッディジェムか?」


 遠くで、雪を踏みしめる音が聞こえた。


 俺は鳥肌が立つ。

 他者を威圧させるこの声色、忘れるはずがない。


 俺は顔だけでもなんとか動かして、音がしたほうを見る。


「ま、魔王様!」


 やはり、魔王が雪面にたたずんでいた。


 真っ黒い鎧が、真っ白な雪山によく映えている。


 俺は胸を撫で下ろした。


 いくら魔王が人間ゆうしゃを倒せないほど弱くとも、雪玉程度ならなんとかするだろう。


 期待を込めて魔王を見つめると、違和感を覚えた。

 魔王の両手はかさなり合い、不自然にうごめいている。


「魔王様それは――?」


 手の間からちらりと見えるのは、真っ白くて冷たそうな、俺が今一番憎いもの。


 なぜか、魔王は雪玉をつくっていた。


 魔王は俺の声が耳に届いていないのか、ぼんやりとあさっての方向を見る。


「ただひたすらに雪玉を丸めながら考え事をするのはいい……よい策が浮かぶ。孤独に雪玉と向き合う。王は孤高でなければならない。ラッディジェムよ、それは今まで向き合っていた相棒だ。突然の別れで名残惜しいが仲良くしてやれ」


 そう言うと、


 魔王は瞬間移動し、俺の前から去る。


 俺は一人残された。



「…………助けろよおおおおおおお!」


 俺はあらん限り絶叫した。


 終わった! 完全に魔王は、俺が雪玉に押しつぶされかけているって分かってなかった!

 つーかあいつ、涼しい顔をしてたが、結局のところ手でも滑らして雪玉を落っことしただけじゃねーか! おっちょこちょいかよ!


「くそが……!」


 俺がいないと騒がれ、捜索隊が組まれるのはいつになるんだ……


 誰か助けてくれ……


 俺は助けを求めて大声を出したかったが、体力が少なくなってきたのでそれすらできず、黙っていた。


 雪玉を押さえることだけに集中する。



 どれくらい経ったか。


「さすがに……限界だぞ……」


 すでに空は真っ赤に染まっている。


 手足の感覚はない。

 体の芯から冷えて、全身のふるえが止まらない。雪玉が重い。転がってきたのを止めた時よりも、ずっと重くなった気がした。


「くっ……」


 雪玉がわずかに動く。ずしんと雪玉の重さが体に響く。


 俺は体を雪玉に押し当てて踏ん張るが、止まらない。


 雪玉は俺にのしかかってきて、そして――



「そこにいるのはラッディジェムなの!?」


 俺は聞きなれた声に、驚く。


 なんとか力を入れて、雪玉をとめた。


「その声は、ツーリアゲイト様!?」

「久しぶりだね! 元気にしてた?」


 雪玉の上に、真っ青な髪をした少年が飛び乗る。

 可愛らしい顔立ちをしているが、その青い髪は、よく見れば無数の蛇である。


 まさしく、勇者に敗れて、住みかとしていた水晶洞窟と共に埋もれたはずの主がいた。


「わあ! これラッディジェムがつくったの? 遠くで見た時は小山かと思ったよ!」


 ツーリアゲイトは能天気に笑う。

 俺は雪玉の重さも忘れ、あっけにとられる。


「ツーリアゲイト様がなぜここに!? 失礼ながら、お亡くなりになられたと……」

「ごめんね、誤解してもしょうがないよ。今の今まで行方不明だったんだから。実はね、記憶喪失になっていたんだ。早く魔王様のところに行って、この非礼をおわびしなきゃ」

「ま、待ってくださいツーリアゲイト様! これをどかしてください!」

「え? ……もしかして、雪玉につぶされかけてるの?」

「はい! 魔王城を守ろうとして! このままではふりこの原理で魔王城に激突するのです!」

「わあ偉いねえラッディジェム! 待ってて、雪玉なんて吹き飛ばしてあげるから」


 俺はほくそ笑む。


 ツーリアゲイトの水晶攻撃は、すさまじい貫通力を秘めている。

 雪玉程度、一ころだ。


「それにしても大きな雪玉だね。これ、誰が作ったんだろう?」

「ああ、それは魔王様が……」

「え?」


 空中につくり出された巨大水晶に、ひびが入る。


 しまった。安心してつい口が滑ってしまった。


「あ、魔王様がつくったんだこれ。ふーん……」


 水晶が砕け散った。


 ツーリアゲイトは雪玉から降りる。


「ツ、ツーリアゲイト様……?」

「ごめーん! 用事思い出しちゃった! あ、その雪玉壊したら不敬罪で死刑だぞっ」


 ツーリアゲイトはにこにこ笑いながら手を振り、

 魔王城に飛んでいった。


「…………」


 あっという間にツーリアゲイトの姿が見えなくなる。


「……ち、ちくしょおおおおお!」


 あの蛇頭俺のこと見殺しにしやがった!


 俺が魔王になったら覚えていろよ! ハゲにしてやるからな!


 怒りに燃え上がる俺だが、まずはともかくこの窮地から脱出しなければ、どうすることもできない。


「くそっ!」


 俺は雪玉に力を入れる。


 こんなもの、頂上まで運んで反対側に捨ててやる。

 魔王城くらい、よければいい話だ。

 怒りにふるえる俺に不可能なんてない!


「ぐぬうっ!」


 雪玉がわずかに動く。

 この調子だ。いけるぞ!

量が多くなってしまったので分割

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