3 三角関係
「くそっ……くそっ……」
「泣かないでください勇者様……わたしは勇者様が帰って来てくれただけで嬉しいですよ?」
「違う……違うんだメアリー……」
俺は下宿先の待合室で、メアリーになぐさめられていた。
ソファに座りながら、罪悪感にさいなまれる。
俺は戦うこともなく逃げ帰ってきたのだ。
本来なら、メアリーに合わす顔なんてない。
俺は弱いから、メアリーの優しさに甘えてしまっているんだ。
「メアリー、俺は魔王を倒せなかった……」
「何かわけがあるのでしょう勇者様? 勇者様のご活躍は、この村に知れ渡っております。勇者様が魔王の力を恐れたから逃げたのではないと、みんな分かっておりますよ」
「メアリー……」
俺は隣に座るメアリーを見やる。
目を真っ赤にはらしている俺は世界で一番なさけないが、それでもメアリーは、みんなは俺を信じてくれる。
……いつまでも、くよくよしてられないな。
「ありがとうメアリー、俺今から魔王城に行くよ!」
「えっ、ですが、帰ってきたばかりだというのに……」
「大丈夫だ、全然戦い足りないからな。待ってろよ銀髪の魔王! その長い髪を首ごと叩き斬ってやる!」
「銀髪……? 長い……?」
「ん? どうしたんだメアリー?」
「い、いえなんでもありません」
「そうか? なら行ってくる!」
俺は意気揚々と立ち上がる。
「今度は、胸が高鳴って顔に血がのぼっても逃げないぞ!」
「ちょっと待ってください!」
メアリーは俺の服のすそを掴んだ。
俺は彼女のほうを見て、首を傾げる。
「どうしたんだメアリー?」
「ああああの! 勇者様は魔王のことをどう思っているんですか!?」
「え? なんだいきなり?」
「だって胸がドキドキするのでしょう!?」
「そりゃあ、人生かけて追い求めた敵が目の前にいたら、多少は興奮するだろ?」
「そ、そうかもしれませんが……」
「まあ、魔王に色々されるんじゃないかとびびったり、サクロ先輩と同じ銀色の長髪だったから変に意識したりしたけど大丈夫だ!」
「致命傷負わされているじゃありませんか!」
「いや? 魔王と一緒の空間にいることがどうしようもなく恥ずかしくなって逃げてきたから、戦ってもいないぞ?」
「完璧にやられちゃってますよ!?」
「やられる!? なななな何を言っているんだメアリー!? お、俺は何もされてないぞ!?」
「思考がやられています勇者様!」
メアリーは顔を真っ赤にしながら、俺のすそを引っ張る。
「今日はお休みになってください! 頭が冷えてから行きましょう、ね!?」
「嫌だ! 俺は魔王のところへ行くんだ! 魔王のところに行きたいんだ!」
「だだをこねないでください勇者様! 宿にいる人たちが勇者様を疑いの眼差しで見ています!」
俺は周囲を見回す。
たしかに疑惑の目で俺を見ている!
「みんな誤解なんだ! 俺は何もされていない!」
「そこは疑っていません! 魔王に惑わされたのではないかと心配しているだけです!」
「そんな訳ないだろ! …………ちょっと誘惑はされたけど」
「今何か言いましたよね!?」
「よよよよーし……魔王を倒しに行くぞー」
「目が泳いでいます勇者様!」
メアリーの言うとおり、汗をだらだら流している俺は怪しすぎる。まるでなにかを隠しているみたいだ。
俺にやましいところはなに一つ……たぶんないのに。
これではいけない。俺はせきばらいを一つすると、メアリーに向き直る。
「つまるところ、魔王を倒しちゃえばいいんだろメアリー?」
「勇者様……」
俺はメアリーの頭をなぜる。
少しだけ安心したような顔をするメアリーを見てから、宿を出ようとする。
仲間割れなんて、まっぴらごめんだ。もしかしたら、魔王は最初からこれが狙いだったのかもしれない。なんて恐ろしいやつだ。
扉に手をかけた俺は、ふと思いついたことがあって振り返る。
「飛び出してきたのに、またのこのこやってきたら、魔王に引かれないかな……?」
「なんでそんなこと気にするんですか!?」
「そ、それもそうだな! 魔王と俺の(敵という)仲だしな!」
「ええっ!?」
俺はなぜか目をぱちくりさせているメアリーを置いて、魔王城へ走った。
通行人が驚きながら俺を見る。
いや、全速力の俺の姿をとられられるとは考えづらいので、彼らは突風が吹いたとしか思っていないだろう。
「魔王……」
俺は、走りながら魔王の顔を思い浮かべる。
俺は、たくさんの人が魔物に苦しめられているのを見てきた。
そして、その親玉である魔王に怒りを覚えた。
その怒りが、消えるはずない。
むしろ、ふつふつとあふれ出してくる。
「魔王……!」
先程の俺はどうかしていたのだ。
メアリーには申し訳ないが、相打ちになってでも魔王を倒す!
俺は険しい雪山を一直線に進んだ。
今の俺はだれにも止められなかった。
むちゃくちゃな登山により、俺は日が暮れる前に魔王城へ着いた。
俺は魔王城に入り、玉座の間の扉を開ける!
魔王が浅黒い肌をした男を抱きかかえていた。
「のああああ!? とっ、とりあえず魔王から離れろ!」
俺は絶叫する。
抜刀した剣を振り下ろし、魔王と男の間に光の衝撃波を放つ。
衝撃波は床を削りながら、一直線に魔王とその男に飛んでいく。
土煙が舞い、視界がさえぎられる。
「ど、どうなった……?」
「勇者か……」
土煙が消え去ると、魔王の凍えるような瞳と目が合う。
魔王と男は、玉座のそばまで瞬時に退避していたようだった。
「帰ったと見せかけて私達を油断させ、奇襲をしかけてきたのですね……大変申し訳ありません魔王様……まんまと勇者の策にはまってしまいました……」
顔に文様がある男は、息が荒い。
土煙をもろに受けたのか、頭部がほこりまみれだ。
「お前は何をしていた!?」
俺は文様の男に問うた。
ふいに、文様の男は目をさまよわせる。
「お、お答えする義務はありません」
はぐらかされた。
一気に怒りがわき起こった。
なにをしていたのかなんて、わかりきっているのだろう!? なぜ隠す!?
魔物が魔王とその……いろいろしていただけだろう!
「まずはお前から相手だ!」
「それは望むところですが……なぜそんなに顔が赤いのです?」
「なっ!? そりゃあ現場を――いやなんでもない! ただの風邪だ!」
「風邪って……言っておきますが私は相手が不調でも、容赦しませんよ?」
「そ、それはこっちの台詞だ!」
文様の男はあごに手を当て、小さく首を傾ける。
「というより、なぜ攻撃した時、魔王様から離れろとおっしゃったのです? 考えても理由が分からなくて……教えてくださいません?」
「っ――!? おおおお俺はただ、お前を人間だと見間違いしただけだ! 人間が襲われていると思ったから助けようとした、ただそれだけだ!」
「ああ、なるほど。そうでしたか。『危ないから魔王から離れろそこの人間』って意味だったわけですね」
「そのとおりだ! いくぞ!」
俺は腰を落とし、剣を構える。
これ以上追及されてはいけない気がする!
文様の男も、細身の剣を宙から出現させる。
「魔王様……」
「貴様の力を勇者に見せつけよ、ロッゼ」
「は……」
文様の男の名は、ロッゼというのか。
俺は、魔王に名前を呼ばれたことがないのに、あいつは呼ばれているのか。そうか……いや別にそんなものどうでもいいが。
というより、そういえば俺の名前、魔王に教えてないな……あ、よく考えれば俺、魔王の名前知らない……そもそも名前って、あるのだろうか? あるなら、どんな名前なんだろう? きっと魔王らしいかっこいい名前なんだろうな……
「なに考え事をしているのです?」
ロッゼは剣を振る。
と、剣が蛇腹状に分割し、ムチのようにしなる。
「魔王様の御前で戦えるなど、夢のようです……」
ロッゼはうっとりとほほえむ。
俺はあわてて剣を握りしめた。こいつは危険なにおいがする!
「来いロッゼ!」
「八つ裂きにして差し上げますよ!」
ロッゼは足を踏み出す。来る!
「俺だってお前の体調が万全でなくても手加減しないぞロッゼー!」
「え!? まさか見てたんですか!?」
ロッゼは急停止し、光の衝撃波で破壊された床をちらりと見た。
かなり動揺しているようだった。
俺は目を細める。
悪いがこれはチャンスだ! 嘘を言うのは忍びないが、さらに動揺を誘って、隙を突こう!
「ああ見てたぜ! お前のあられもない姿をな!」
「う、嘘だ……そんな……今までこんなに余裕に満ちあふれた態度をとったのに、見られてたって……私、完全な道化じゃないですか……」
ロッゼは顔を真っ青にしながら、首を左右に振る。
現実を認めたくないのだろう。
「こっちも恥ずかしくて穴があったら入りたくなったぞロッゼ!」
「いやあああああ! 思い出させないでくださいよおおおお!」
「人を襲う魔物に、俺は容赦しない! ふもとの村で誘拐した者達にも、あんなことをしているのか!」
「え? それは――」
ロッゼはびくりと体を強ばらせる。
浅黒い顔に、一筋の汗が流れた。
魔王が射抜くような視線をロッゼに送ったのだ。
ロッゼは目をさまよわせる。
「な、なんのことですか? 知りませんね?」
「とぼけるのか! ふもとの村の人達はどこにいる!」
「ななななんで処分されたと考えないのですか? 魔王様がおわす魔王城ですよ? 真っ先にそう考えるべきでしょう?」
「殺すために連れてきたんじゃないんだろ! 俺はすべてお見通しだ!」
「うぐう!? な、なんで知って……う、後ろから殺気が……振り向けないんですけど……」
「……?」
なんか様子がおかしい。
ロッゼの動揺ぶり、魔王の焼き切れんばかりの眼差し。
あきらかに魔王は、ロッゼに怒りを向けている。
「……まさかお前、独断で村の人達を連れてきたのか!?」
「じ、事後報告はしました!」
「そんなこと言ったって魔王めちゃくちゃ怒ってるぞ!」
「蒸し返さないでくださいよ! それで今日もお叱りを受けたんですから!」
「お、お前! 魔王が嫌がってるんだからやめろよ!」
俺の頬が熱くなる。
魔王は誘拐に関わっていなかったのか……勘違いしていた。恥ずかしい。
ロッゼは蛇腹剣で床を打ち鳴らす。
「ごちゃごちゃうるさいですよ! 魔王様の威厳を踏みにじる発言をする貴方のほうが、よっぽど魔王様は嫌悪なされるでしょう!」
「そんなことない! やったのはお前だろ! 魔王の気持ち考えろよ!」
「魔王様と私は何百年も前からこんな感じなんです! 私達は深いところでつながっているんです! 関係ない者は黙りなさい!」
「関係ないわけないだろ! だって俺は魔王に会うためにここまで来たんだから!」
「それがなんだといぎゃああああ!?」
紫の雷がロッゼの頭上に落ちた。
俺は突然のことに呆然とする。
ロッゼは黒こげになって倒れた。
「……くだらん」
顔を上げると、魔王が矛をかかげていた。
中心部にある水晶が、邪悪な輝きを発している。
息を呑んだ俺を、魔王はつまらなさそうに見やる。
「勇者よ、地下に行け。家畜にしかならない弱者がのさばっている。目ざわりだ。欲しいならくれてやる」
「……! いいのか?」
「貴様が先程逃げ、出鼻をくじかれたせいで、今の我は戦う気が失せておる。我の気が変わらぬうちに去れ。さもないと、貴様を倒し家畜も殺す」
「……分かった」
俺は剣をおさめると、警戒しつつ玉座の間をあとにする。
まずは村の皆を救い出そう。
俺は地下に行き、なぜだか驚くほど清潔な暮らしをしている彼らを助けて、村へ連れて帰った。
魔王は倒せなかったが、村の人達は大喜びしてくれた。
魔王城で何をされたのかは、男達に気をつかってみんな聞かなかった。
ふもとの村は寒いけど、人の心はあったかいな!