2 魔王と側近
「何だったのだ一体……」
魔王は矛を持ったまま、呆然としていた。
開け放たれた扉を見つめながら、今しがた起きた出来事を、なんとか理解しようとする。
だが考えれば考えるほど、分からなくなってくるのであった。
「魔王様……」
側近――ロッゼが入室してきたため、魔王は玉座に腰を下ろし、邪魔な矛を消失させた。
ロッゼは浅黒い肌をしており、整った顔には刺青のような文様がある。
黒髪に緑色の瞳をした優男、といった風貌だ。
「勇者は驚くべき速さで村に戻っていきました。追撃したのですが、討ち取ることができず申し訳ございません……」
「まんまと逃げられたわけか」
「は……重ねておわび申し上げます」
「ふん……なぜか勇者は我と戦うことなく逃げた。最強の勇者ともてはやされておるようだが、しょせんはうわさだったな」
「そのようですね。魔王様が出るまでもないかと。次は私めにお任せいただけないでしょうか?」
「よかろう。それにしても暇だ。何か面白いことはないか、ロッゼ」
「では……こっそりと人間の村に行き、雪像を見て回りましょうか? ふもとの村の雪像の技術はなかなかのものですし」
「雪のかたまりを愛でる趣味はない」
「でしたら、絵画をお描きになったり、楽器を弾いたりなどはいかがでしょうか?」
「……ロッゼ、貴様が芸術に通じているのは分かる。だが我は貴様の趣味を理解できぬ」
「たしかに絵画や楽器は人が生み出したものですが――」
「そうではない!」
魔王は肘掛けにこぶしを下ろす。
ロッゼは身をすくめた。
「なぜ貴様は絵や楽器なんぞをする時に、人間をそばに置くのだ! 魔王城の地下にかような弱き生き物が住んでおるなど、気色が悪い!」
「でっ、ですが魔王様! 見目麗しい男性がそばにいなければ、私の創作意欲がなえるのです!」
「一生なえていろ!」
怒鳴り声を上げる魔王であったが、ロッゼはどこかうっとりと遠くを見ていた。
「見目麗しい男性……それはすでに完成された芸術品……それを見ると、私も頑張ろうって思えてくるんです!」
「芸術家肌の思考など知るか! なぜ人間を魔王たるこの我が養わねばならぬ!」
「そんな! 必要最低限のことしかしておりません! どうかお見逃しください!」
「貴様の必要最低限というのは、豪華な食事をとらせ、体をいつも清潔にし、こぎれいな服を着させることを言うのか!」
「そうでなければ美しくないではありませんか!」
言い切ったロッゼに魔王は美貌を歪めたが、どうやら怒りを通り越して呆れてきたらしい。時間の無駄だと思ってきたというべきか。
「……我も百歩譲って、魔物ならば飼ってやろう。姿かたちのよい者を、貴様が連れて来い」
「何言っているんですか! 私は異種族特有の美しさにおぶっ!?」
寛大な処置を拒んだ側近は吹っ飛んだ。
魔王が矛を出現させ、彼をなぎ払ったのだ。
「明日からそうしろ。分かったな?」
起き上ったロッゼは、魔王の前にひざまずく。
「しかしなが痛っ!?」
反逆罪の道を着々と歩むロッゼは、柄の部分でいきおいよく殴られ、ばたりと倒れる。
魔王が矛を離すと、側近は痛みにふるえながらも、いそいそと再びひざまずく。
死ぬまで続きそうな気配だ。
「……ロッゼ。貴様の奇行は目に余る」
魔王はため息を吐いた。
「これ以上人を増やそうものなら、貴様もろとも粛清するぞ」
魔王は仕方なしに、ロッゼに譲歩したようであった。
彼の性格上、ここでロッゼを粛清することもありえたのだが、昔なじみということで見逃したのだろう。
ロッゼは深々と礼をする。
「かしこまりました……まああらかた集めたので、言われなくても増やしませんでしぐああああ!?」
粛清一直線なロッゼは、矛の平らな面で打ちつけられ、床にめり込んだ。
彼は魔王の側近として、この芸術趣味をのぞいて完璧であった。
このようなロッゼの奇行により、勇者が盛大に勘違いをしたのだが、主従は知るよしもない。
オチがついたので続きは次回