↑の続き
「どうしてこうなるの……」
勇者の家に、一同が勢ぞろいしていた。
部屋のすみに突っ立っている僕は、同じようにしているスリープケインとメアリー見やる。
魔王様はソファでくつろいでいた。
居心地悪いよー……
「お前ら、座っていいんだぞ?」
勇者が椅子に座って、お茶を飲みながら言う。
テーブルに置かれている四つのティーカップを、苦笑いしながら見た。
人数分いれたのに、自分しか手をつけなくて、少し落ち込んでいるようだ。
ここまで、おいしそうなお茶の匂いがただよってくる。
僕、お茶にはけっこううるさいんだけど、勇者のお茶は無駄に完璧な仕上がりをしている。
勇者がいれたのでなければ、嬉しがって飲んでいただろう。むかつくやつだ。
「勇者よ、そういえば、面白きことはまだなのか? そろそろ日が暮れるぞ」
魔王様は、ソファの肘掛けに頬杖をつけながら言う。
なにも衝撃的なことがなく、僕たちの粛清も先延ばしにされ、だいぶ怒りがたまっているようだ。
「ちょ、ちょっとまだ……」
勇者は歯切れ悪く言った。
少し考え込む素振りを見せた魔王様は、唐突に立ち上がる。
部屋の中を物珍しそうに見て回った。
城とは比べ物にならないくらいせまい家が新鮮なのかもしれない。
「お、面白いか魔王?」
「ふむ……」
一階をあらかた見物し終わった魔王様は、おもむろに階段を上る。
……ん? なぜだか嫌な感じがしたんだけど、気のせいかな?
勇者は口を手で押さえる。
「ベ、ベッドイン!?」
そうだよどうして気づかなかったんだろう! 一階にベッドがないってことは二階が寝室じゃん!
魔王様が危ない!
「まままま待ってくれ魔王! も、物事には順序ってものがな!」
顔をゆでだこのように赤くしている勇者が、慌てふためきながら階段を駆け上がる。
物事うんぬん言うなら行くなー!
「勇者様!?」
メアリーが勇者を追いかけようとする。
だめだ! この先は子供が見ちゃいけない!
「スリープケイン! メアリーを取り押さえてて!」
「えー……ボク、力ないし……」
「いいから!」
メアリーはスリープケインに任せて、僕は階段を駆け上がる。
後ろでメアリーの悲鳴が聞こえたが無視だ。
「早まらないで勇者!」
僕が二階に向かうとそこには、
「なんだこの鎧は?」
「うわあああ見るなああああ!」
惨状が広がっていた。
ベッドの近くにある漆黒の鎧の前に、魔王様はいる。
不思議そうに鎧を触っていた。
対して勇者は、汗をだらだら流しながら鎧を隠そうとしているのだが、そのたびに魔王様にはばまれている。
いたたまれない。
「我の鎧とうり二つ……」
「違う! これは違うんだ魔王! 誤解だ!」
「……? なにを慌てふためいて……いい趣味ではないか」
「それはほめているのかけなしているのかはっきりしろ!」
「? 部屋の飾りではないのか? 俊敏な貴様がこんな鎧を着るとは思えないから、そうだと思ったのだが」
「飾り!? そ、そうだ飾りだ! 決して変な思いを抱いているわけじゃない!」
変な思いってなに!?
魔王様は鎧をしげしげと眺める。
「それにしてもこれはなかなか……勇者よ、この鎧を我によこせ」
「え、でも使うんだよなそれ……色々と……」
つ、使う? 色々と?
なにに使っているのかは、聞いちゃいけない気がする。
「我が身に着けている鎧は、すでに古くなっている。満足とは言い難いが、こちらのほうがまだましだ。貴様と対峙するときは、これを着よう」
「なん……だと」
勇者はごくりと生唾を飲む。
僕、二階に来たはいいものの、どうすればいいんだろう……
魔王様と勇者の世界に入れないんだけれど。
「与えるのが嫌であれば、返そう。貴様のなきがらに漆黒の鎧をたむけてやろう」
「魔王が一度着たものだと!?」
後半部分! 魔王様の話聞いて勇者! 魔王様かなり物騒なこと言ったよ!
「構わぬな、勇者」
「…………」
「明後日、決着をつけようではないか。貴様とはなぜか深い付き合いになってしまったが、そろそろ我も我慢できぬ。……勇者?」
「……はっ。わ、わかった。ちゃんと返してもらうからな! また飾らなきゃ!」
「ほう、我に勝つ気でいるか。ふん、面白い」
「あっ違うんだ飾るっていうのは! ほらそれ、村人にもらったやつだから! 魔王が着たとかそういうのはないからな! 誤解されたら困るから言っておくが!」
「そうか、いくら大切だからといっても、手加減をすれば許さぬぞ」
「大切ってそんなっ。俺達は敵同士だろう!?」
「ふっ、闘志はなえていないようだな」
魔王様気づいて! 勇者今勘違いしたよ! とりあえず勇者から離れてください!
切実に、そう言いたかった。
けれども、今の機嫌のいい魔王様の水を差すようなことを口にしたら、激怒するのは明白。
意見を聞き入れてくれることはないだろう。
「ところでツーリアゲイトよ、貴様はそこで突っ立って、何をしている?」
魔王様がこちらに視線を向ける。
僕は後ずさりしかけて、階段から落ちそうになった。
あの真っ赤な瞳と目が合い、全身に恐怖が駆けめぐったのだ。
「ま、魔王様。そろそろお帰りになられてはいかがでしょうか……? もう遅いですし……」
魔王城のある山が日をさえぎり、急速に空は橙色に染まっていっていた。
窓の外を見やると、雪がやんだことで人々が外に出てきている。
「我に指図する気か」
魔王様は低い声で言う。
帰ったら絶対に粛清されるな……ロッゼが計画したってばらそう。
何の前触れもなしに、魔王様は横目で勇者を見る。
勇者は目を見開き、頬を赤くさせる。
「な、なんだ魔王?」
「……まあよい。ツーリアゲイトに指図されたわけではないが、ここにとどまっても、やることはなさそうだ」
「帰るのか?」
残念そうな顔しないでよ勇者。
「ああ、鎧はもらっていく。明々後日を楽しみにしているぞ、勇者よ。貴様を殺す」
魔王様は楽しそうに口の端をつり上げた。
勇者としての心がふるえたのか、勇者はいつになく真剣な顔をする。
◇
魔王は瞬間移動の魔法を使う。
幻のように、主従は姿を消した。
「勇者様……」
後ろで、メアリーが階段を上ってきた音がした。
俺は振り返らず、窓を眺める。
夕焼けが、ひどく美しい。
こんな綺麗な夕日は初めて見た。
敵の親玉と一日の大半をすごしたなんて、夢ではないかと思ってくる。
俺は魔王の言葉を思い出す。
彼は本気だった。もう待てないのだ。逃げることはもうできない。
明々後日、俺は彼と決着をつけるのか。
俺はしばらく夕焼けを見つめていたが、はっとする。
「なに普通に帰しているんだ俺は!?」
俺が魔王と戦えない理由の一端に、ロッゼの存在がある。
どうしても、口論してしまうのだ。
だから、彼がいないところなら、魔王と戦えると思った。
昔の俺なら無理だったが、みんなに支えられている今なら戦えると。
もし仮に魔王が油断したら、卑怯だと言われても、だまし討ちするほどの覚悟だったのに。
そのはずなのに、あっさり帰してしまった!
本当に俺はなにをしているんだ!?
魔王が意外とあっさり帰ってくれたからよかったものの、
「楽しきことなどないではないか!」
と怒られ、村を危機にさらすようなことになったかもしれないのだ。
日が沈み夜になるまで、俺はベッドに突っ伏して落ち込んでいた。
「やりたいことがあったのに」
と呟いたら、メアリーがなにか誤解したらしく大騒ぎしていた。
ちゃんと前に説明したのにどうしてだ……
次で一段落つきます




