↑の続き
僕は雪山を下りて、ふもとの村へ向かう。
僕達の容姿は目立つため、変化魔法で姿を変えた。
蛇が普通の髪の毛に変わり、スリープケインのぐるぐる模様がなくなる。かなり落ち着いた感じになったと思う。
「さて……勇者はどこにいるのかな?」
ロッゼは勇者の居場所を把握していたようだけれど、聞かずに飛び出してしまった。
僕は雪降る村を見回す。
しんしんと、大ぶりの雪が音もなく振っている。
昼だというのに薄暗いが、それが逆に雪の白さを際立たせていた。
雪が降っている光景は見慣れているはずなのに、つい見とれてしまうほど、幻想的な景色だった。
僕は路地裏から顔を出しながら、
「うーん……見通しが悪いなあ。スリープケイン、君の催眠魔法で村人に勇者の居場所を聞こうよ」
村人に聞かれないよう、小声で話す。まあ、こんな雪の日だから、人はあまりいないけれど。
スリープケインはいつもぼそぼそ喋っているため、注意しなくてもいいだろう。
「ツーリアゲイト……本当に勇者を抹殺するの……?」
「嫌なの?」
僕はスリープケインをにらみつける。
勇者の怖さを分かってないんだから!
「だって……魔王様怖いし……」
「う……」
たしかに怒った魔王様は、思い出したくないほど怖い。
お気に入りの勇者を横取りされたとわかったら、殺される気がする。
分かっていなかったのは、僕のほうかもしれない。
「……でも、それでも勇者は危険なんだ。僕一人でも彼を討ち取る!」
「ふうん、勇者ならあそこにいるけど……」
「えっ!?」
僕はスリープケインが指さす方向を見やる。
勇者の後ろ姿が目に飛び込んできた。
勇者は、村の中心であろう広場にいた。
僕が見つけられなかったのは、彼が巨大な雪像を背に立っていたからだ。
僕の位置からでは、勇者の体の半分も見えない。
「勇者……! スリープケイン、気配を消して」
「はーい……ねえツーリアゲイト、勇者抹殺の作戦とかあるの……? 魔王様から逃げ切ったやつだよ……? 正面から行ったら……返り討ちにあうんじゃ……」
「僕が考えていた作戦としては、スリープケインが手頃な人間に催眠魔法をかけて、勇者の警戒心がないところに特攻させる。それと同時に、僕が水晶を飛ばして、勇者が混乱している中攻撃……って感じなんだけど」
「別にいいんじゃない……ボクが勇者に倒された原因は、ボク自身が弱かったからって感じだし……ツーリアゲイトと一緒ならいけるんじゃない……?」
「それって、やってくれるってこと?」
「うん……」
「本当!? ありがとうスリープケイン。じゃあ僕はできるだけ勇者の近くまで移動するよ」
僕は足を踏み出した。
その瞬間、後ろから手が伸びてきて、僕はふたたび路地裏に引っ張りかえされる。
「なっ、なにするのスリ――」
僕の目の前を横切った人影があった。
僕は目を見開く。
その人物は、少し長い銀髪を後ろでくくっており、あまり隠す気がないのか紅の瞳をしている。
死人のように白い肌に、真っ黒なコートがよく映えていた。
「なっ、なっ……」
僕は言葉を失う。
そんなまさか。
いや、角がなくなっているだけで、あの見目麗しい横顔はそのままだった。
「待たせたな、勇者よ」
魔王様のお言葉に、勇者は振り返る。
五時間は待ったのではないかというほど、勇者の顔は真っ赤だった。
勇者は魔王様に駆け寄る。
「いいいいいや別に今来たところだし!?」
嘘吐くな!
というよりその顔で嘘がつけると思っているのか!
「そうか」
あっさり流した! さすがは魔王様!
「そ、それにしても、のこのこ本当にやって来るとは思わなかったぞ魔王……」
「貴様が、面白いものを見せると手紙に書いたのだろうが」
魔王様は懐から紙を取り出す。
ロッゼが回収したもののほかにも、ラブレターを出してたのかあの男色勇者。
勇者は、はた目から見てもがちがちに緊張しながらも、頷く。
「あ、ああ! 戦いよりもずっと面白いものを見せてやるよ!」
「そんなものがあるとは思えんが。というよりその言葉、手紙にも書いてあったが、意味が分からなかったぞ」
「ななななな何がだよ!」
「戦うことより面白いものという一文はよいのだが『戦いよりも、ロッゼと一緒にいるよりも面白いことを見せます』とは――」
「た、ただの比較に決まってるだろ! 他意はない!」
「なぜロッゼなぞと比較をするのかということが……まあいい、さっさと面白いものとやらを見せよ」
そこは流さないで魔王様! あの勇者確実にロッゼに対抗意識燃やしているから!
「我がつまらぬと判断したら、即刻戦え。逃げようとしようものならば、村人の命はない」
「そんなことはさせない」
勇者は魔王をにらみつける。
僕はぞくりとした。
目を合わせているわけでもないのに、心臓をわし掴みにされたかのような威圧感。
最強の勇者という彼の二つ名が、頭に浮かぶ。
僕が全力を出しても、勝てなかったあの勇者……
魔王様は少しだけ目を見開く。
強敵と対峙して、とても嬉しそうだ。
と、その時。勇者はなぜか目を逸らす。
「い、いくら魔王でも……」
あ、やっぱりだめだこの勇者。完全にホモだ。
僕は口の中で、乾いた笑いを発する。
「じゃ、じゃあ魔王どこ行く? 行きたい場所とかあるか?」
「は?」
「あっ……いやもちろん行く場所は事前に入念に調べ済みだ! 行くぞ魔王……いや待て、魔王って呼ぶのはまずいか……? 偽名で……ま……ま……」
「ふん、そのままでいいだろう。ばれたら少し面倒だが、隠すこともない」
「いや隠したほうがいいと思うぞ……目とか赤いまんまだし……遠くから見れば人間に見えるが……」
「あのような弱き生き物に似ているのは、あまり気持ちがよいものではないがな」
勇者はむっとする。
やっぱり勇者だけあって、そこらへんの感性はまともなのか。
「まあ、たかが人間など、この程度の変装でだまし通せる」
「……なあ魔王」
「なんだ」
甘いな勇者は。魔王様に説教をたれる気なら、無駄なのに。
魔王様がそんな言葉に揺れるわけないじゃん。
「その銀髪、なんで短くしたんだ?」
なに言ってるの勇者は。
「……? 別に、我は昔から変装する時はこの姿だと決めている」
「そ、そうか」
勇者は魔王様の髪をちらちら見る。
あきらかに、魔王様のちょっと短くなった髪が気になっていた。
「なんだ? 普段の長い髪のほうがよいのか?」
「い、いや!? そっちも似合ってると思う!」
頬を赤らめるな!
「ふっ、ならいい」
魔王様は薄く笑みをこぼした。
魔王様って強者にはちょっと心許す感じありますよね! そういうのいけないと思うんですよ! 特にこの勇者の場合は!
「それにしても、なんだこの雪像は?」
魔王様は勇者の横を通り過ぎ、広場中央へ向かう。
見上げるほど大きな雪像は、男女が抱き合っている姿になっている。
うんデートの待ち合わせ場所で人気そうだね! どうして魔王様との待ち合わせもここにしたのかな!?
「この雪像、毎年村人たちが協力してつくってるんだってさ。あんな近くにいるのに、知らなかったのか?」
勇者は魔王様の背中を見ながら、山を指さす。
魔王様のところに行きたいようでもじもじしているが、行く勇気がないらしい。
勇者って、勇気がある者のことだと僕はてっきり思っていたよ! 思い違いだったみたいだね!
「弱き者が何をしようが、興味はない」
と、その時。
「ああああ!?」
一人の村人が、広場にやって来るなり叫んだ。
魔王様は目だけ動かして、そちらを見やる。
「なんだ人間?」
突風が吹いた。雪が舞いあがる。
村人の少女は、こわばった顔をして魔王様を見続けていた。
どうやら目が離せないらしい。
まさか、あんな子供が魔王様の正体を見破ったのか? あれくらい遠くからでは、瞳の色は分からないだろうに。
それとも何か別の理由が……
「メ、メアリー!?」
勇者は上ずった声を出す。
メアリーと呼ばれた少女は、ぎぎぎ、と勇者のほうへ顔を向ける。
怒ってるみたいだった。
メアリーは、ずんずんと無言で勇者に近づくと、むんずと勇者の腕を掴む。
そのまま、勇者を引き連れて、僕たちが隠れているところの近くにやってきた。
僕は壁からほんの少しだけ顔を出して、二人の様子をうかがう。
「どういうことですか勇者様!?」
メアリーは小声で、激怒していた。
魔王様に聞こえないよう離れたようだったが、ここからはしっかりと耳に届く。
魔王様も聞こうと思えば聞けるだろうけれど、あんなか弱そうな女の子に興味はないだろうから、そんなことわざわざしないだろう。
僕がしっかり聞いておかなくてはいけない。
「あれ絶対魔王じゃないですか!? どうして魔王がここに!?」
「や、やっぱり分かるか?」
「銀髪ですし明らかに雰囲気が異質ですもの!」
「たしかに魔王ってその……人を踏むのとか好きそうな感じするよな……っ」
「違います!」
「え、ち、違う?」
いや違わないよお嬢ちゃん? 被害者がここにいるよ? 目に見えない速さで足を振り下ろされたことあるよ僕?
「雰囲気が異質なのは勇者様です!」
「お、俺?」
「勇者様のお姿しか目に入っていなかったのですから、当たり前でしょう!」
「えっ、そ、そうか……可愛いなメアリーは」
あのホモが女の子にも頬を染めた!? ロリコンホモ!?
「どうしてそういう台詞を今行っちゃうのですか勇者様! ちょっと前まで魔王相手にでれでれしていたというのに!」
「で、でれでれなんかしてないって!」
「嘘です! 勇者様の周りだけ春みたいにぽかぽかしていたんですよ! 恋する乙女みたくなってしまわれて!」
「なあっ!? 誤解だってメアリー! 俺が魔王にほだされているわけないだろ!?」
勇者は目を逸らす。
「たしかに……魔王の髪、短くても似合ってたけど……」
やっぱりこんな感じになるって、僕はわかっていたよ。
メアリーは夢心地の勇者を揺さぶる。
「そんなことはどうでもいいんです! 答えてください勇者様! どうして魔王が勇者様と一緒にいるんですか!?」
メアリーは魔王様を指さす。
魔王様は雪像を見上げている。
二人の会話なんて眼中にないようだ。
「い、いや誤解なんだメアリー。俺は村に危機を訪れさせようとしているわけじゃ……」
「そんなことは知っています! いいから魔王を村に連れてきた理由を説明してください!」
「あ、ああ……」
勇者はかがみこみ、メアリーの耳の近くに顔を近づける。
突然のことに、ぽっとメアリーは赤面した。
勇者は手を口の横に持っていき、魔王から口の動きを見えないようにしたようだが、
「スリープケイン、君って読唇術できるよね? 場所代わって」
僕は急いでスリープケインを前に押し出す。彼なら、口の動きで相手が言っているのか分かる。
スリープケインは面倒臭そうにする。
「ええ……口の動き追うの面倒臭い……心も読めるから、そっちでもいい……?」
「だめだって! 魔法を使ったら勇者に感づかれる!」
「はあ、来なきゃよかった…………えっと……なんか……魔王様は戦うのが大好きだって今までの経験で分かったから、戦えるって言っておびき出したんだって……ああ、なんでも……機会をうかがいたいから、面白いことがなければ戦うってことにして、すぐに事が起きることは避けたらしいよ……」
と小声で言った。
僕は怒りで思わず勇者に飛びかかってしまいそうになった。
正々堂々勝負を挑めばいいだけなのに、なんでそんなまどろっこしいことをするんだ!
スリープケインが口を開く。
「あ……なんか……これで魔王と二人っきりになれる。あの側近に心を乱されないって勇者が喜んでる……」
「やっぱりそっち方面の理由か!」
僕はつい声を荒げてしまう。
慌てて口を押えたが、メアリーが大騒ぎしているおかげでかき消されたようだ。
「……スリープケイン、ありがとう。場所戻って」
「分かった……」
僕達は元の位置に戻る。
顔を出して様子をうかがうと、勇者とメアリーはすでにいなくなっていた。
「ま、待たせたなま……ま……」
魔王様のところへ、二人仲良く並んで歩いていっていたのだ。
勇者はともかく、魔王様に近づくなんて勇気あるなあの女の子。
「構わぬ。早く楽しきこととやらをしようではないか」
「あ、ああ……」
「勇者よ、我を満足させなければ、文の通り戦うぞ。まあ、我が戦い以外の快楽に身をゆだねるなど、ありえんがな」
「満足……快楽……」
メアリーが苦々しく言う。
僕も、魔王様のその発言はちょっと危ない気がするよ。
「じゃ、じゃあそろそろ行くか」
勇者と魔王様と少女は、広場の外へ足を運んだ。
続きます




