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あたたか魔王  作者: 石山
16/20

↑の続き

 僕は雪山を下りて、ふもとの村へ向かう。


 僕達の容姿は目立つため、変化魔法で姿を変えた。

 蛇が普通の髪の毛に変わり、スリープケインのぐるぐる模様がなくなる。かなり落ち着いた感じになったと思う。


「さて……勇者はどこにいるのかな?」


 ロッゼは勇者の居場所を把握していたようだけれど、聞かずに飛び出してしまった。


 僕は雪降る村を見回す。


 しんしんと、大ぶりの雪が音もなく振っている。

 昼だというのに薄暗いが、それが逆に雪の白さを際立たせていた。


 雪が降っている光景は見慣れているはずなのに、つい見とれてしまうほど、幻想的な景色だった。


 僕は路地裏から顔を出しながら、


「うーん……見通しが悪いなあ。スリープケイン、君の催眠魔法で村人に勇者の居場所を聞こうよ」


 村人に聞かれないよう、小声で話す。まあ、こんな雪の日だから、人はあまりいないけれど。


 スリープケインはいつもぼそぼそ喋っているため、注意しなくてもいいだろう。


「ツーリアゲイト……本当に勇者を抹殺するの……?」

「嫌なの?」


 僕はスリープケインをにらみつける。


 勇者の怖さを分かってないんだから!


「だって……魔王様怖いし……」

「う……」


 たしかに怒った魔王様は、思い出したくないほど怖い。

 お気に入りの勇者を横取りされたとわかったら、殺される気がする。


 分かっていなかったのは、僕のほうかもしれない。


「……でも、それでも勇者は危険なんだ。僕一人でも彼を討ち取る!」

「ふうん、勇者ならあそこにいるけど……」

「えっ!?」


 僕はスリープケインが指さす方向を見やる。



 勇者の後ろ姿が目に飛び込んできた。


 勇者は、村の中心であろう広場にいた。


 僕が見つけられなかったのは、彼が巨大な雪像を背に立っていたからだ。

 僕の位置からでは、勇者の体の半分も見えない。


「勇者……! スリープケイン、気配を消して」

「はーい……ねえツーリアゲイト、勇者抹殺の作戦とかあるの……? 魔王様から逃げ切ったやつだよ……? 正面から行ったら……返り討ちにあうんじゃ……」

「僕が考えていた作戦としては、スリープケインが手頃な人間に催眠魔法をかけて、勇者の警戒心がないところに特攻させる。それと同時に、僕が水晶を飛ばして、勇者が混乱している中攻撃……って感じなんだけど」

「別にいいんじゃない……ボクが勇者に倒された原因は、ボク自身が弱かったからって感じだし……ツーリアゲイトと一緒ならいけるんじゃない……?」

「それって、やってくれるってこと?」

「うん……」

「本当!? ありがとうスリープケイン。じゃあ僕はできるだけ勇者の近くまで移動するよ」


 僕は足を踏み出した。



 その瞬間、後ろから手が伸びてきて、僕はふたたび路地裏に引っ張りかえされる。


「なっ、なにするのスリ――」


 僕の目の前を横切った人影があった。



 僕は目を見開く。



 その人物は、少し長い銀髪を後ろでくくっており、あまり隠す気がないのか紅の瞳をしている。


 死人のように白い肌に、真っ黒なコートがよく映えていた。


「なっ、なっ……」


 僕は言葉を失う。

 そんなまさか。


 いや、角がなくなっているだけで、あの見目麗しい横顔はそのままだった。


「待たせたな、勇者よ」


 魔王様のお言葉に、勇者は振り返る。

 五時間は待ったのではないかというほど、勇者の顔は真っ赤だった。


 勇者は魔王様に駆け寄る。


「いいいいいや別に今来たところだし!?」


 嘘吐くな!

 というよりその顔で嘘がつけると思っているのか!


「そうか」


 あっさり流した! さすがは魔王様!


「そ、それにしても、のこのこ本当にやって来るとは思わなかったぞ魔王……」

「貴様が、面白いものを見せると手紙に書いたのだろうが」


 魔王様は懐から紙を取り出す。

 ロッゼが回収したもののほかにも、ラブレターを出してたのかあの男色勇者。


 勇者は、はた目から見てもがちがちに緊張しながらも、頷く。


「あ、ああ! 戦いよりもずっと面白いものを見せてやるよ!」

「そんなものがあるとは思えんが。というよりその言葉、手紙にも書いてあったが、意味が分からなかったぞ」

「ななななな何がだよ!」

「戦うことより面白いものという一文はよいのだが『戦いよりも、ロッゼと一緒にいるよりも面白いことを見せます』とは――」

「た、ただの比較に決まってるだろ! 他意はない!」

「なぜロッゼなぞと比較をするのかということが……まあいい、さっさと面白いものとやらを見せよ」


 そこは流さないで魔王様! あの勇者確実にロッゼに対抗意識燃やしているから!


「我がつまらぬと判断したら、即刻戦え。逃げようとしようものならば、村人の命はない」

「そんなことはさせない」


 勇者は魔王をにらみつける。


 僕はぞくりとした。


 目を合わせているわけでもないのに、心臓をわし掴みにされたかのような威圧感。


 最強の勇者という彼の二つ名が、頭に浮かぶ。


 僕が全力を出しても、勝てなかったあの勇者……


 魔王様は少しだけ目を見開く。

 強敵と対峙して、とても嬉しそうだ。


 と、その時。勇者はなぜか目を逸らす。


「い、いくら魔王でも……」


 あ、やっぱりだめだこの勇者。完全にホモだ。


 僕は口の中で、乾いた笑いを発する。


「じゃ、じゃあ魔王どこ行く? 行きたい場所とかあるか?」

「は?」

「あっ……いやもちろん行く場所は事前に入念に調べ済みだ! 行くぞ魔王……いや待て、魔王って呼ぶのはまずいか……? 偽名で……ま……ま……」

「ふん、そのままでいいだろう。ばれたら少し面倒だが、隠すこともない」

「いや隠したほうがいいと思うぞ……目とか赤いまんまだし……遠くから見れば人間に見えるが……」

「あのような弱き生き物に似ているのは、あまり気持ちがよいものではないがな」


 勇者はむっとする。


 やっぱり勇者だけあって、そこらへんの感性はまともなのか。


「まあ、たかが人間など、この程度の変装でだまし通せる」

「……なあ魔王」

「なんだ」


 甘いな勇者は。魔王様に説教をたれる気なら、無駄なのに。


 魔王様がそんな言葉に揺れるわけないじゃん。


「その銀髪、なんで短くしたんだ?」


 なに言ってるの勇者は。


「……? 別に、我は昔から変装する時はこの姿だと決めている」

「そ、そうか」


 勇者は魔王様の髪をちらちら見る。


 あきらかに、魔王様のちょっと短くなった髪が気になっていた。


「なんだ? 普段の長い髪のほうがよいのか?」

「い、いや!? そっちも似合ってると思う!」


 頬を赤らめるな!


「ふっ、ならいい」


 魔王様は薄く笑みをこぼした。


 魔王様って強者にはちょっと心許す感じありますよね! そういうのいけないと思うんですよ! 特にこの勇者の場合は!


「それにしても、なんだこの雪像は?」


 魔王様は勇者の横を通り過ぎ、広場中央へ向かう。

 見上げるほど大きな雪像は、男女が抱き合っている姿になっている。


 うんデートの待ち合わせ場所で人気そうだね! どうして魔王様との待ち合わせもここにしたのかな!?


「この雪像、毎年村人たちが協力してつくってるんだってさ。あんな近くにいるのに、知らなかったのか?」


 勇者は魔王様の背中を見ながら、山を指さす。


 魔王様のところに行きたいようでもじもじしているが、行く勇気がないらしい。


 勇者って、勇気がある者のことだと僕はてっきり思っていたよ! 思い違いだったみたいだね!


「弱き者が何をしようが、興味はない」


 と、その時。


「ああああ!?」


 一人の村人が、広場にやって来るなり叫んだ。


 魔王様は目だけ動かして、そちらを見やる。


「なんだ人間?」


 突風が吹いた。雪が舞いあがる。


 村人の少女は、こわばった顔をして魔王様を見続けていた。


 どうやら目が離せないらしい。


 まさか、あんな子供が魔王様の正体を見破ったのか? あれくらい遠くからでは、瞳の色は分からないだろうに。


 それとも何か別の理由が……


「メ、メアリー!?」


 勇者は上ずった声を出す。


 メアリーと呼ばれた少女は、ぎぎぎ、と勇者のほうへ顔を向ける。

 怒ってるみたいだった。


 メアリーは、ずんずんと無言で勇者に近づくと、むんずと勇者の腕を掴む。


 そのまま、勇者を引き連れて、僕たちが隠れているところの近くにやってきた。


 僕は壁からほんの少しだけ顔を出して、二人の様子をうかがう。


「どういうことですか勇者様!?」


 メアリーは小声で、激怒していた。


 魔王様に聞こえないよう離れたようだったが、ここからはしっかりと耳に届く。


 魔王様も聞こうと思えば聞けるだろうけれど、あんなか弱そうな女の子に興味はないだろうから、そんなことわざわざしないだろう。


 僕がしっかり聞いておかなくてはいけない。


「あれ絶対魔王じゃないですか!? どうして魔王がここに!?」

「や、やっぱり分かるか?」

「銀髪ですし明らかに雰囲気が異質ですもの!」

「たしかに魔王ってその……人を踏むのとか好きそうな感じするよな……っ」

「違います!」

「え、ち、違う?」


 いや違わないよお嬢ちゃん? 被害者がここにいるよ? 目に見えない速さで足を振り下ろされたことあるよ僕?


「雰囲気が異質なのは勇者様です!」

「お、俺?」

「勇者様のお姿しか目に入っていなかったのですから、当たり前でしょう!」

「えっ、そ、そうか……可愛いなメアリーは」


 あのホモが女の子にも頬を染めた!? ロリコンホモ!?


「どうしてそういう台詞を今行っちゃうのですか勇者様! ちょっと前まで魔王相手にでれでれしていたというのに!」

「で、でれでれなんかしてないって!」

「嘘です! 勇者様の周りだけ春みたいにぽかぽかしていたんですよ! 恋する乙女みたくなってしまわれて!」

「なあっ!? 誤解だってメアリー! 俺が魔王にほだされているわけないだろ!?」


 勇者は目を逸らす。


「たしかに……魔王の髪、短くても似合ってたけど……」


 やっぱりこんな感じになるって、僕はわかっていたよ。



 メアリーは夢心地の勇者を揺さぶる。


「そんなことはどうでもいいんです! 答えてください勇者様! どうして魔王が勇者様と一緒にいるんですか!?」


 メアリーは魔王様を指さす。


 魔王様は雪像を見上げている。


 二人の会話なんて眼中にないようだ。


「い、いや誤解なんだメアリー。俺は村に危機を訪れさせようとしているわけじゃ……」

「そんなことは知っています! いいから魔王を村に連れてきた理由を説明してください!」

「あ、ああ……」


 勇者はかがみこみ、メアリーの耳の近くに顔を近づける。

 突然のことに、ぽっとメアリーは赤面した。


 勇者は手を口の横に持っていき、魔王から口の動きを見えないようにしたようだが、


「スリープケイン、君って読唇術できるよね? 場所代わって」


 僕は急いでスリープケインを前に押し出す。彼なら、口の動きで相手が言っているのか分かる。


 スリープケインは面倒臭そうにする。


「ええ……口の動き追うの面倒臭い……心も読めるから、そっちでもいい……?」

「だめだって! 魔法を使ったら勇者に感づかれる!」

「はあ、来なきゃよかった…………えっと……なんか……魔王様は戦うのが大好きだって今までの経験で分かったから、戦えるって言っておびき出したんだって……ああ、なんでも……機会をうかがいたいから、面白いことがなければ戦うってことにして、すぐに事が起きることは避けたらしいよ……」


 と小声で言った。


 僕は怒りで思わず勇者に飛びかかってしまいそうになった。


 正々堂々勝負を挑めばいいだけなのに、なんでそんなまどろっこしいことをするんだ!



 スリープケインが口を開く。


「あ……なんか……これで魔王と二人っきりになれる。あの側近に心を乱されないって勇者が喜んでる……」

「やっぱりそっち方面の理由か!」


 僕はつい声を荒げてしまう。


 慌てて口を押えたが、メアリーが大騒ぎしているおかげでかき消されたようだ。


「……スリープケイン、ありがとう。場所戻って」

「分かった……」


 僕達は元の位置に戻る。


 顔を出して様子をうかがうと、勇者とメアリーはすでにいなくなっていた。


「ま、待たせたなま……ま……」


 魔王様のところへ、二人仲良く並んで歩いていっていたのだ。


 勇者はともかく、魔王様に近づくなんて勇気あるなあの女の子。


「構わぬ。早く楽しきこととやらをしようではないか」

「あ、ああ……」

「勇者よ、我を満足させなければ、文の通り戦うぞ。まあ、我が戦い以外の快楽に身をゆだねるなど、ありえんがな」

「満足……快楽……」


 メアリーが苦々しく言う。


 僕も、魔王様のその発言はちょっと危ない気がするよ。


「じゃ、じゃあそろそろ行くか」


 勇者と魔王様と少女は、広場の外へ足を運んだ。

続きます

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