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あたたか魔王  作者: 石山
14/20

↑の続き

「俺ってやつは……」

「そんなに落ち込まないでください勇者様! 暗い顔をしていると幸せが逃げていってしまいますよ!」


 俺は勇者のあとをつけていた。


 勇者は少女と並んで歩いている。


 こんなふうに物陰に隠れて、尾行なんてしないで、堂々と勝負を挑めばいい。


「いいんだが……」


 だが、正直言って俺はびびっていた。


 あれほどの力を見せつけられたことはもちろんのこと、勇者のあの精神――魔王に対する異常なまでの執着――に恐れを抱いたのだった。


 外堀から埋めるって、勇者は第二の魔王にでもなるつもりなのだろうか……


 それとも……


「入りましょう! 面白い本がいっぱいですよ!」

「メ、メアリー!?」


 考えている間に、勇者たちが本屋に入っていく。俺は追いかけるかどうか迷ったが、結局入店した。



 しばらく様子をうかがっていると、



「魔王がいいんだ! 魔王じゃなきゃだめなんだ! 魔王に会いたい!」



 こいつやっぱりあっちの気があるんじゃ……


 勇者は店のど真ん中で叫んだ。


 本屋の店主が驚いた顔で勇者を見ている。

 首を傾げながら「近頃は耳が遠くなっていかん」と呟いた。


 あまりの衝撃に耐え切れず、店主が現実から目を背けているではないか。


「おのれ魔王!」


 勇者は取ってつけたように言いながら、本の山を店主のところに持っていく。一番上の表紙には『気になるあの人を射止める999の方法』と書いてあった気がする。



 この勇者は本気だ。



 俺はがくがくふるえながら、その場に突っ立っているほかなかった。




 その夜、俺はまた勇者の家を訪ねたのだが、彼が『自分に対して恋心を抱かせる勘違い魔法の極意』を読んでいるところに出くわし、逃げ帰ったのであった。



          ◇



「はあ……はあ……」


 一晩考えた結果、俺は勇者のことを忘れることにした。あれは悪い夢だった。


 初心に戻るんだ。


 勇者は、魔王を倒すために存在している。


 勇者候補リースから、勇者リースになるには、魔王を倒すのみだ。


 俺は雪山を進む。


 吹雪が俺を押し返そうと荒れ狂う。

 前が見えない。体温が失われていく。


 だが、俺は一歩一歩着実に山を登っていった。


 目指すは頂上、魔王の城。


 足を前に出していれば、いつかは着くんだ。



 その時、後ろから風が吹いた。


 目をやると、


「っ――!?」


 勇者が真横を通りすぎたと思ったら、すぐに見えなくなる。


「な、なんていう速度だ……」


 目で追うのがやっとであった。



 俺は少しの間呆然と雪山に突っ立っていたが、



 ふと、ある重大なことに気がつく。


「勇者が、魔王に会いに行った!?」


 俺は目を見開く。


 勇者が見た魔王の夢、数々の危ない本、勇者の魂の叫び――最強の勇者。


「魔王がやられる!」


 俺は思わず悪の親玉である魔王の身を案じた。


 事の次第を知るため、俺は走った。

 心臓が悲鳴を上げ、目の前が一瞬真っ黒になりながらも、俺は山を登り終える。



 空気をむさぼり食うひまもなく、魔王城に突入した。


 魔物はあらかた勇者が倒したようで、襲撃はない。


 奥へ奥へ進むと、巨大な扉が目に入る。すでに開け放たれていた。



 俺はこっそり部屋の中を見ると、



「お前らが変にそういう関係だから俺が意識しちゃうんだよ!」

「変な関係ってなんですか変な関係って! この(主従)関係のどこにやましいところがあるというのですか!」

「……戦わんのか?」



 勇者が浅黒い肌をした、人型の魔物と口論している。


 玉座に、まさに魔王というべき容姿の青年が座っていた。


 魔王は頬杖をついて、眉間にしわを寄せている。



「言っておきますけど! あなたに何と言われようがこの(主従)関係は壊せませんからね!」

「なっ! こ、壊すとか壊さないとか、そういう問題じゃないだろ!」

「ではどういう問題なんですか!」

「そ、それは……っ!」

「……戦わんのか?」



 なんだこの痴情のもつれは。


 後ろ姿だから分からないが、絶対に勇者は頬を赤らめている気がする。


 というより魔王は単純に戦いたがっているようだが、彼は勇者の本性を知っているのだろうか?



「と、とにかくだ! ロッゼ! まずはお前から倒してやる!」

「望むところですとも!」



 じゃ、邪魔者を排除……


 勇者怖い。


 俺は鳥肌が立った。


 魔王がつまらなさそうに、小さくため息を吐く。



 その瞬間、魔王と目が合った。


「っ!」


 俺は思わず身を引く。


 あの血のように赤い瞳に、射すくめられそうになった。


 俺の存在がばれただろうか。

 そうなったら腹をくくり、戦うしかない。



 ……できれば、玉座の間以外の場所で戦いたかった。


 あの空間に、入りたくない。偶然だと思いたかった。



 扉が吹っ飛ぶ。



「ぐああっ!?」


 俺は爆風に飲み込まれる。風にあおられ転ぶ。


 土煙が消えると、赤い瞳に貫かれた。


「やはりいたか」


 魔王は玉座に座ったまま、俺を見つめている。


 いつの間にか、手に大きな杖のような武器を持っていた。



 勇者と側近らしき魔物が、俺のほうを見る。


「俺以外の勇者が来ていたのか……」

「立ち聞きですか? 趣味がいいとは言えませんね」


 三者に注目され、俺は固まる。


 この状態で、どうするのが正解なんだ。


 なんだか、全員が敵に見えるぞ……


「暇だ。相手をしろ」

「え」


 魔王は立ち上がり、杖を構える。


「貴様は、我を楽しませてくれるだろうな?」


 なぜだろう、側近と勇者ににらみつけられたような気がした。


 俺は冷や汗を流す。


 魔王がとがった歯を見せて笑った。


 俺、終わったかもしれない。



「避けられるか?」


 魔王は、大杖を振り下ろした。

 一体なにを――


「危ない!」

「へっ……?」


 気づいた時には、俺は勇者に抱きかかえられ、宙を飛んでいた。


 下を見ると、床がかちんこちんに固まっている。


 いつの間に氷の魔法を打ったんだ……?


 まったく見えなかった。


 床が一面氷に覆われるほど強大な魔法であるというのに。


「おい」


 勇者が俺をゆする。


 顔を上げると、勇者は人なつっこい笑みを浮かべた。

 そして、



「無事か?」



 こくり、と首を傾げた。


 勇者になら抱かれてもいいと思った。



          ◇



「あの勇者……強いですね」

「ああ」


 地上で、魔王と側近は勇者の意外な強さに驚いていた。


 勇者候補のところまで舞い戻り、さらに天高く跳ぶなど、常人では不可能である。


「ふっ……やはり最強というのは、間違いではなかったか」


 魔王は、楽しげに笑う。


 天井付近の壁に足を引っかけている勇者を、じっと見つめた。

デレる魔王様

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