↑の続き
「俺ってやつは……」
「そんなに落ち込まないでください勇者様! 暗い顔をしていると幸せが逃げていってしまいますよ!」
俺は勇者のあとをつけていた。
勇者は少女と並んで歩いている。
こんなふうに物陰に隠れて、尾行なんてしないで、堂々と勝負を挑めばいい。
「いいんだが……」
だが、正直言って俺はびびっていた。
あれほどの力を見せつけられたことはもちろんのこと、勇者のあの精神――魔王に対する異常なまでの執着――に恐れを抱いたのだった。
外堀から埋めるって、勇者は第二の魔王にでもなるつもりなのだろうか……
それとも……
「入りましょう! 面白い本がいっぱいですよ!」
「メ、メアリー!?」
考えている間に、勇者たちが本屋に入っていく。俺は追いかけるかどうか迷ったが、結局入店した。
しばらく様子をうかがっていると、
「魔王がいいんだ! 魔王じゃなきゃだめなんだ! 魔王に会いたい!」
こいつやっぱりあっちの気があるんじゃ……
勇者は店のど真ん中で叫んだ。
本屋の店主が驚いた顔で勇者を見ている。
首を傾げながら「近頃は耳が遠くなっていかん」と呟いた。
あまりの衝撃に耐え切れず、店主が現実から目を背けているではないか。
「おのれ魔王!」
勇者は取ってつけたように言いながら、本の山を店主のところに持っていく。一番上の表紙には『気になるあの人を射止める999の方法』と書いてあった気がする。
この勇者は本気だ。
俺はがくがくふるえながら、その場に突っ立っているほかなかった。
その夜、俺はまた勇者の家を訪ねたのだが、彼が『自分に対して恋心を抱かせる勘違い魔法の極意』を読んでいるところに出くわし、逃げ帰ったのであった。
◇
「はあ……はあ……」
一晩考えた結果、俺は勇者のことを忘れることにした。あれは悪い夢だった。
初心に戻るんだ。
勇者は、魔王を倒すために存在している。
勇者候補リースから、勇者リースになるには、魔王を倒すのみだ。
俺は雪山を進む。
吹雪が俺を押し返そうと荒れ狂う。
前が見えない。体温が失われていく。
だが、俺は一歩一歩着実に山を登っていった。
目指すは頂上、魔王の城。
足を前に出していれば、いつかは着くんだ。
その時、後ろから風が吹いた。
目をやると、
「っ――!?」
勇者が真横を通りすぎたと思ったら、すぐに見えなくなる。
「な、なんていう速度だ……」
目で追うのがやっとであった。
俺は少しの間呆然と雪山に突っ立っていたが、
ふと、ある重大なことに気がつく。
「勇者が、魔王に会いに行った!?」
俺は目を見開く。
勇者が見た魔王の夢、数々の危ない本、勇者の魂の叫び――最強の勇者。
「魔王がやられる!」
俺は思わず悪の親玉である魔王の身を案じた。
事の次第を知るため、俺は走った。
心臓が悲鳴を上げ、目の前が一瞬真っ黒になりながらも、俺は山を登り終える。
空気をむさぼり食うひまもなく、魔王城に突入した。
魔物はあらかた勇者が倒したようで、襲撃はない。
奥へ奥へ進むと、巨大な扉が目に入る。すでに開け放たれていた。
俺はこっそり部屋の中を見ると、
「お前らが変にそういう関係だから俺が意識しちゃうんだよ!」
「変な関係ってなんですか変な関係って! この(主従)関係のどこにやましいところがあるというのですか!」
「……戦わんのか?」
勇者が浅黒い肌をした、人型の魔物と口論している。
玉座に、まさに魔王というべき容姿の青年が座っていた。
魔王は頬杖をついて、眉間にしわを寄せている。
「言っておきますけど! あなたに何と言われようがこの(主従)関係は壊せませんからね!」
「なっ! こ、壊すとか壊さないとか、そういう問題じゃないだろ!」
「ではどういう問題なんですか!」
「そ、それは……っ!」
「……戦わんのか?」
なんだこの痴情のもつれは。
後ろ姿だから分からないが、絶対に勇者は頬を赤らめている気がする。
というより魔王は単純に戦いたがっているようだが、彼は勇者の本性を知っているのだろうか?
「と、とにかくだ! ロッゼ! まずはお前から倒してやる!」
「望むところですとも!」
じゃ、邪魔者を排除……
勇者怖い。
俺は鳥肌が立った。
魔王がつまらなさそうに、小さくため息を吐く。
その瞬間、魔王と目が合った。
「っ!」
俺は思わず身を引く。
あの血のように赤い瞳に、射すくめられそうになった。
俺の存在がばれただろうか。
そうなったら腹をくくり、戦うしかない。
……できれば、玉座の間以外の場所で戦いたかった。
あの空間に、入りたくない。偶然だと思いたかった。
扉が吹っ飛ぶ。
「ぐああっ!?」
俺は爆風に飲み込まれる。風にあおられ転ぶ。
土煙が消えると、赤い瞳に貫かれた。
「やはりいたか」
魔王は玉座に座ったまま、俺を見つめている。
いつの間にか、手に大きな杖のような武器を持っていた。
勇者と側近らしき魔物が、俺のほうを見る。
「俺以外の勇者が来ていたのか……」
「立ち聞きですか? 趣味がいいとは言えませんね」
三者に注目され、俺は固まる。
この状態で、どうするのが正解なんだ。
なんだか、全員が敵に見えるぞ……
「暇だ。相手をしろ」
「え」
魔王は立ち上がり、杖を構える。
「貴様は、我を楽しませてくれるだろうな?」
なぜだろう、側近と勇者ににらみつけられたような気がした。
俺は冷や汗を流す。
魔王がとがった歯を見せて笑った。
俺、終わったかもしれない。
「避けられるか?」
魔王は、大杖を振り下ろした。
一体なにを――
「危ない!」
「へっ……?」
気づいた時には、俺は勇者に抱きかかえられ、宙を飛んでいた。
下を見ると、床がかちんこちんに固まっている。
いつの間に氷の魔法を打ったんだ……?
まったく見えなかった。
床が一面氷に覆われるほど強大な魔法であるというのに。
「おい」
勇者が俺をゆする。
顔を上げると、勇者は人なつっこい笑みを浮かべた。
そして、
「無事か?」
こくり、と首を傾げた。
勇者になら抱かれてもいいと思った。
◇
「あの勇者……強いですね」
「ああ」
地上で、魔王と側近は勇者の意外な強さに驚いていた。
勇者候補のところまで舞い戻り、さらに天高く跳ぶなど、常人では不可能である。
「ふっ……やはり最強というのは、間違いではなかったか」
魔王は、楽しげに笑う。
天井付近の壁に足を引っかけている勇者を、じっと見つめた。
デレる魔王様