8 勇者候補リース
勇者、それは魔王を倒した者にのみ与えられる称号。
魔王を倒さんがために旅を決意した時点で勇者と呼ばれるが、本当の勇者はただ一人。巨悪をうち滅ぼした者だけだ。
「ここが、もっとも魔王に近い村……」
俺は白い息を吐く。
ついにここまで来た。
この村を抜けた先にそびえる山。
その頂に、魔王はいる。
「おや、どうされましたか旅のお方?」
村の入り口に突っ立っている俺を不審に思ったらしく、一人の女性が近づいてきた。
「ああいえ、お気になさらず。あの山を見ていただけですから」
「まあ、もしかして勇者候補の方ですか?」
「そんなところですかね」
俺は笑みをつくる。
羨望の眼差しを待ちかまえた。
だが、女性は優しく笑うと、
「あらあら、ですがその必要はありませんよ。なんたって、今この村にはあの最強の勇者様がいらっしゃいますからね」
「なっ!」
俺は後ずさりする。
不要なんて言われたのは、旅をしてきて初めてだった。
俺は苦虫を噛み潰したかのような表情をする。
「最強の勇者……」
そいつは、いつも俺の一歩前を行く人物だった。
俺が四天王の元に行けば、すでに最強の勇者によって倒されたあと。
俺の行くところすべてに、あいつが先回りしていた。
面識こそないが、因縁の相手だった。
「そういえば勇者候補様、お名前はなんていいますの?」
女性は何の気なしに言ったようだが、俺の心に突き刺さる。
「名前……ですか? リースですが、勇者ではだめですか?」
「それでは勇者様とかぶってしまうではありませんか、リース様」
俺の心はえぐりとられる。
「……そんなに、その勇者は特別なんですか?」
「え、ええ。勇者様は本当に素晴らしいお方です……」
女性は頬を赤らめた。
くっ……恋してやがる。
女性は夢見心地のまま、口を開いた。
「四天王をばったばったと倒していく最強の勇者のうわさは、ここまで広がっておりました! 四天王を避けて通って、ここまでやってきたほかの勇者候補様とは違います!」
「そうですか……」
四天王に挑んだ奴は、全員負けた。
唯一勝ったのが、最強の勇者だ。
ほとんどの者は四天王に会わないように息をひそめながら旅をしていた。名目上は、魔王を倒す体力を温存するためだ。
この女の目には、俺も同類にしか見えないのだろうが、違う。
俺だって、四天王を倒せたのだ。
最強の勇者だかなんだかに、先を越されてしまっただけだ。
「その……最強の勇者は、どこにいるんですか?」
俺は魔王城へ行く前に、最強の勇者と決着をつけることに決めた。
本当の最強はどちらなのか、はっきりさせてやろうじゃないか!
「勇者様ですか? 宿にいると思いますが……この村に宿は一つしかないので、たぶん行けば分かると思いますよ」
俺は女性に礼をすると、村の中へ歩みを進めた。
すぐに宿を見つけたのだが、すでに勇者は引き払ったあとだった。
宿の主人が言うには、新しく家を買ったらしい。
俺はふらふらと勝手の分からない村の中を歩き回って、勇者を探す。
やっとのことで勇者の新居を見つけた時には、すでに夜になっていた。
「ここか……」
出直そうか迷ったが、二階へ続く階段を発見し、とりあえず上ってみる。
「!」
二階の窓から、勇者が寝ているベッドが見えた。
暗くてよく分からないが、髪の色は金だろう。そこそこ整った顔立ちをしている。強そうには見えないが。
と、その時。勇者が寝返りをうつ。
勇者の足が敷布団から飛び出したと思えば、
「ん? あんなところに鎧が――」
漆黒の鎧ごと壁が吹っ飛ぶ。
「なあ!?」
勇者の蹴りにより、新居がいきなりぶっ壊れた。
俺は呆然と、ぽっかり空いた穴を見つめる。
そんなに力をこめているようには見えなかったのに……
「ん……むにゃ……」
壁が壊れたせいで、勇者の寝言が聞こえてくる。
こいつ今まで宿暮らししていたんだよな……?
ベッドを真ん中に置いて寝てたのか?
――って、宿の心配なんて、今はどうでもいい。
俺は勇者の名をかけて、こいつと決着をつけにきたんだ。
「おいお前!」
「むにゃむにゃ……」
こいつどんだけ眠りが深いんだ。
俺がもう一度呼びかけようとした時、勇者は幸せそうな顔をしながら、
「魔王……」
寝言を呟く。
「!?」
夢を見ているのか?
だがなぜ、幸せそうな顔をして、魔王の夢を……?
「まさか……」
俺は電流が走ったかのような感覚がした。
おかしいと思っていたのだ。
村人に勇者の行方をたずねていた際、なぜか勇者が魔王討伐スランプに陥っていることを耳にした。
だから、ずっと村にいるのだと。
その時は聞き流したが、もし勇者が魔王とつながっていたとしたら……?
すべてのつじつまが合う。
「な、なんてやつ!」
俺は心地よさげに眠りこけている勇者――いや、ただの金髪をにらみつける。
四天王を倒したのだって、嘘に決まっている! なにか魔物側に計画があるから、四天王たちは倒されたふりをしたのだ!
そして今も、魔王に挑むふりだけして、帰ってきている。
「本当に、なんてやつだ!」
俺は怒りにふるえた。
いつも自分の一歩前を行くこいつに、反発こそ覚えていたが、それと同じくらいあこがれていたというのに。
「化けの皮をはいでやる!」
俺は穴が開いている壁のほうへ向かうと、跳ぶ。
部屋の中に転がり込んだ。
剣を抜こうとしたその瞬間、
「魔王に……勝ったぞ……」
はっとする。
剣を握ろうとした手をとめる。
「俺は……もしかしたら早とちりしていたのか……?」
勇者はにこりと笑う。
「魔王……負けたらどうなるか……分かっているだろうな……勝者は敗者の命令に従うって言ったのは……魔王のほうだぞ……」
あれなんか様子がおかしいような。
い、いやこれも早とちりに決まっている。
「逃げるな魔王……」
勇者の手から金色の光がはじけ飛ぶ。
波紋のように広がっていく光が、半壊している壁に触れた瞬間。
「しゅ、修復魔法だと!?」
壁が元どおりに戻っていく。
小さくなっていく穴から、黒い破片がなだれ込んできたかと思えば、漆黒の鎧が形作られた。どうやら壁際に置いてあったらしい。
ただ、鎧は吹っ飛んだ衝撃が後を引いたようで、バランスを崩して倒れる。
勇者におおいかぶさった。
眠りながらにして、こんな高位魔法を放つなんて。
なんてやつだ。
「もう行き止まりだぞ……魔王……」
勇者の夢の中で、魔王が追い詰められているようだ。
なぜだかこっちまではらはらする。
「俺はただ魔王と手を取り合って平和な世を……こうなったら外堀を埋めてから……」
勇者が不穏なことを言っている。
俺は怖くなってきて、一旦外に出ようとした。
「あれ……これどうやって出るんだ……?」
壁はふさがっている。
扉から出ようとすれば、鍵を閉められない。
窓をぶち破るなんて問題外だ。
どっちに転んでも、侵入したことがばれてしまう。
「……し、しまった」
俺は、夢の中の魔王と同じ心境だったことだろう。
家の中をうろうろする。
空が白んできても、打開策は見つからない。
だが、勇者が何の前触れもなく鎧に抱きついたことに驚き、慌てて裏口から脱出した。
鍵なんてかけられないが、もう無理だった。
これ以上、この場に居られない!
「うわあああああ!」
俺は叫びながら早朝の村を走った。
本屋さんに続きます