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あたたか魔王  作者: 石山
11/20

7-1 勇者、家を買う

「いってきまーす……」


 俺は宿を出る。


 今日は天気がいい。

 積雪が太陽に反射して、きらきら輝いていた。


「はあ……」


 だが俺の心はどんよりと沈んでいる。


 南の国で魔王と出会った時、俺は突然のことにパニックになって逃げだしてしまったのだ。


 勇者失格だ。


「どうされたのですかな、勇者様?」


 俺が村を歩いていると、一人の村人が寄ってくる。恰幅のいい男だ。


 俺はつとめてにこりと笑う。


「ああ……これから魔王を倒しに行こうと思ってな」

「魔王を!?」


 俺は何度も魔王と戦う機会があったのに、すべて自分から逃している。


 このままではだめだ。

 なにがなんでも、魔王を倒さなくては。


 俺はうつむき、手のひらを握りしめる。


「……勇者様、ご無理をなさっていませんか?」

「え?」


 俺は男に向き直る。


 男は心配そうな顔をしていた。


「いえ、ずいぶんと険しい顔をしていたので……」

「ああ、不安にさせちゃったか? でも大丈夫だ。俺は魔王を倒す」

「たしかに魔王は倒してほしいです。ですが、今の勇者様は私達のせいで追いつめられているような気がして……」

「追いつめられる?」

「はい、ご無理をさせているのではないかと思って。ですが勇者様。私どもは勇者様に万全の態勢で戦ってほしいのです。それまでずっといてくださってけっこうですよ。あ、もちろん魔王を倒しても、ここで暮らしてくれるなら大歓迎です!」

「…………」


 言われてみれば、俺は功を焦っていたかもしれない。


 こんな状態で魔王に戦いを挑んでも、負けるだけだろう。


 助けられてしまったな、と俺は笑う。


「ありがとう、目が覚めたよ。今日のところは出直してくる」


 俺が宿に帰ろうとすると、


「あ、ちょっと待ってください勇者様!」

「ん? なんだ?」


 俺を呼び止めた男は、照れくさそうに笑った。


「勇者様、家を買ってはいかがですか?」

「家?」

「滞在期間も長くなってきたことですし……宿暮らしでは何かと不自由だと思いまして……」

「家か……いいかもしれないな」


 角と翼でかなり散財してしまったが、旅の最中にお礼でもらったお金はまだまだありあまっている。


 そこそこの家なら買えるだろう。


「家ってどこで売ってるのか教えてくれないか?」


 俺は男に問いかける。


「それでしたら……」


 男に連れられて、俺はある一軒の家の前にやってきた。


 二階建てで、普通に家族で暮らせるくらい大きい家だった。


 外観もかなり新しく、住み心地はよさそうだ。


「こ、これか?」

「はい、勇者様」

「こんなに立派じゃなくてもいいんだけどなあ……金も足りるかな?」


 俺が渋い顔をすると、


「それでしたら、ご安心ください!」


 男は得意げに笑う。


「勇者様にこれはプレゼントします!」

「なっ……!? どういう意味だ?」

「そのままの意味です。実は自分、勇者様に何かお役に立ちたくて、これをご用意したんです!」

「用意って、家だぞこれ!?」

「はい、自分にはそれくらいしかできませんので……」


 そういえば、この男が着ている服はかなり質がよさそうだ。

 金持ちだったのか。


「お前、最初からこれが目的だったのか?」

「まわりくどいやり方で申し訳ありません。きちんと言うべきだったのでしょうが、勇者様の顔を見ていると居てもたってもいられず……」

「で、でもさすがに家をもらうなんて悪いし……」

「そんなことを言わずにぜひ! ぜひもらってください勇者様! お願いします!」

「いやいや、そんなことをお願いされても……」


 俺が困り果てていると、男の声を聞きつけたらしい別の村人が近寄ってくる。


 腰が曲がったおばあちゃんだ。


「あんれま! これはこれは勇者様! ちょっとお前、勇者様を困らせちゃいけないよ!」


 男は優しげに笑う。


「困らせている訳じゃないよおばあちゃん。勇者様に、家をプレゼントしようとしているだけさ」


 そ、それが困っているんだが……


「家って、この家をかい!? 勇者様があたしのご近所さんになるなんてめでたいねえ!」

「あ、いやまだ決まったわけじゃ……」


 俺はあわてて現状を説明しようとするが、


「それなら勇者様! あたしの家具を使ってくださいよ! あ、あたしのお古ってわけじゃないよ! あたしは家具屋だからねえ!」

「ちょっと待ってく――」


 おばあちゃんは俺を無視してまくしたてる。


 そのままおばあちゃんの家具屋まで引っ張っていかれた。


「さあ勇者様! 持ってってくださいませ! 遠慮はいらないよ! お代なんてけっこうですからね!」

「お、おばあちゃん落ち着いてくれ」

「お前達、勇者様に売り物をあげておやり! けちけちするんじゃないよ! 一番高いものを持ってくるんだ!」


 おばあちゃんの息子らしき男達が、俺にベッドやソファを押しつける。


「ちょ、ま――」

「勇者様は力持ちですねえ! さすがは勇者様!」


 俺は家具をいくつも抱える。前が見えない。


 重くはないが、気持ちが重い。


「あれ、勇者様じゃないですか?」


 前が見えないが、また村人が寄ってきたようだ。


 おばあちゃんが俺の引っ越しを説明している。


「それでしたらぜひ私も力になります!」



 俺はさとった。

 もう遠慮できる空気じゃなくなっていると。


「みんなで集まってなにをしているんですか?」


 また誰かがやってきた。


 俺は村の人の優しさに涙が出てきた。


 明日、新居でぐっすりと眠ったら、万全の態勢で魔王を倒そう!


 すべてが終わったら、ここで暮らすのもいいかもしれない。



          ◇



「よし!」


 俺は新居の扉の前に立っていた。


 あれから、みんなが家具の配置までしてくれた。


 自分でできるから、と断わったのだが、むしろ完成するまで家に入ることを禁じられてしまったのだ。完璧な状態で見せたいそうだ。


 みんないい人すぎる。


 俺の喜んだ顔が見たかったようだが、終わった頃には日もかげってきていたため、帰るように頼み込んだ。


 明日、感想を言う約束だ。


「ただいま!」


 俺はいきおいよく扉を開ける。


 灯りをともした。


 木の香りを目一杯吸い込む。


 新品の家具たちが俺を出迎えた。


「おお!」


 くつろげる大きなソファに、雪国では必須であろう暖炉。


 丁度いい大きさのテーブルには、椅子が二つある。


 戸棚にも二つづつ食器があるということは、俺とお客さん用だろう。村人たちの気配りを感じた。



 俺は二階へ続く階段を駆け上がる。


 二人一緒に寝られるくらい広いベッドに飛び乗り、ごろごろする。


「気持ちいいなあ……」


 俺は仰向けになる。


 ふと、階段からでは死角になって見えなかった壁際に、真っ黒い鎧が鎮座していることに気づく。


「あ……」


 防具屋が、持ってきたものだ。


 魔王の姿を俺から聞いた防具屋は、俺が角や羽根を収集していたことを覚えていて、これを引っ張ってきてくれた。


 これで魔王を倒す訓練をしてほしい、と。



 俺は部屋をぐるりと見回す。


 二人用のベッドや、一階の内装に思いをはせた。


「なんか……よく見れば、新婚さんの部屋みたいだな……」


 自分で言って恥ずかしくなる。


 全部二人用だからそう見えてしまうだけだ。


 そう自分で言い聞かせても、なんだかむずむずする。


 鎧を見たせいだろう。


「――って、なんで鎧を見て意識するんだよ!」


 俺は恥ずかしくなって、ベッドの上でじたばた暴れた。


 村の人達の好意を俺は……!


 違うんだみんな! 魔王に似ている鎧だから意識しているんじゃなくて、鎧ってほら、人型だからむずむずするんだって!


「こ、これが目に入るから変に意識してしまうんだ。別のところに移動させよう!」


 俺は鎧の前におもむく。


 衣装箪笥の奥にでもしまおうと、鎧に手を伸ばす。


「……だが、いいのか。こんなことをして……」


 防具屋のご主人の顔が頭に浮かぶ。


 俺は人の親切を無駄にするのか?


 いや、それ以前に、鎧ごときで心を乱されては、村の人々の好意に砂をかけるようなものじゃないか。


 自分を追い込むな、と村の人々は言っていたが、これは追い込んでいるわけではない。


「逃げないだけだ!」


 俺は鎧を掴む。


 もっと目立つところに置いてやる!


 俺は負けない!


 この試練を乗り越えてみせる!



         ◇



「ここが勇者様の家……」


 翌朝、メアリーは勇者の新居の前にいた。


 昨日、勇者が引っ越したと聞いた彼女は、さっそく彼を訪ねたのだ。


「勇者様、メアリーです」


 メアリーは、こんこんと扉をノックする。


 だが返答がない。


「勇者様、まだ眠ってらっしゃるのかしら……」


 少し早く来すぎてしまったかと、メアリーは扉から離れる。


 諦めきれずに窓から室内をうかがうが、勇者はいない。


「でも、勇者様は早起きなのよね……」


 なぜか勇者の起床時間を知っているメアリーは、二階を見上げる。


 彼女は嫌な予感じみたものを覚えていた。


 前にも二度程度、こんなふうに勇者を訪ねても、出てきてくれなかったことがある……


 無遠慮すぎるかしら、と心細くなって周囲を見回しつつも、メアリーは二階へ続く外階段に向かう。


 雪で滑らないように注意しながらも、階段を上った。


「勇者様ー……?」


 窓からベッドが見えた。


 そこに寝転がっている勇者は、



 なぜか漆黒の鎧を抱きしめながら眠っていた。



「なんでですかー!?」


 メアリーは窓を叩く。


 勇者は安心しきって、爆睡していた。

 とてもいい笑顔だった。

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