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あたたか魔王  作者: 石山
10/20

6 魔王の飼い犬

 魔王の側近であるロッゼは、玉座の間の前にいた。


 巨大な扉をノックする。


「魔王様、少しお話したいことが……」


 扉を開けると、そこには犬がいた。



「……え」


 しかもただの犬ではない。

 魔犬と呼ばれる、恐ろしく巨大な種族であった。


 城で一番高い天井すら低く、魔犬は頭を下げた状態で座っている。


「ま、魔王様? これは一体……」


 ロッゼは玉座にいるであろう魔王の姿を見るため、移動しようとする。


 だが、魔犬が低いうなり声を上げる。

 魔犬は牙をむき出しにして、ロッゼを威嚇した。


「……邪魔なんですが。あなたのせいで魔王様のお姿が――」

「何の用だロッゼ」


 魔犬の後ろから声がした。

 聞き間違えるはずのない主の声に、ロッゼは背筋を伸ばす。


「魔王様、この犬は――」

「何のことだ」

「え、ですから犬――」

「用件をさっさと言え」

「…………」


 ロッゼは冷や汗を流した。


 ――魔王様は魔犬の存在を完全に無視している。


 ――たぶんどこかから拾ってきたのだろうが、魔王が犬を拾うなんて優しいイメージは、皆無に等しい。言いたくないのだろう。


 ――魔王様の威厳にかけて、魔王様と同じく魔犬を居ないものとして扱わなくては。


 忠誠心が天より高いロッゼは、手を握りしめる。


「かしこまりました。お話というのは、最強の勇者に関してです」

「あの勇者か……」

「はい、勇者は戦わずして戦意喪失の様子、もはや魔王様を楽しませることはできないでしょう」

「ふん、ひさしぶりに少しは力を出せるかと思ったというのに、尻尾を巻いて逃げるとはな」

「ぐっ」


 尻尾という単語を出されて、反応しそうになる自分を必死に抑える。


 尻尾なんて猫にもサルにもついていると、ロッゼは自分に言い聞かせた。



 魔犬は尻尾をゆっくり振った。


「ぐふっ」

「どうした?」

「い、いえなんでもありません。そこですね魔王様。四天王の両者を勇者に差し向けてはいかがでしょ――」


 その時、魔犬が顔をロッゼに近づける。


 身を固くするロッゼに鼻を寄せて、くんくんにおいをかぐ。


 しばらくかいでいると、何の前触れもなしに、魔犬は大きな舌でべろべろ彼をなめ始めた。


「ツーリアゲイトとスリープケインをか? あやつらは一度負けた。勇者の件にはもう関与させん」

「ですうぐっが、勇者が目の前にいるというのに何もしなうわあっ……いわけにも」

「どうせ向こうからやってくるというのに、なぜわざわざ兵を出さなくてはならない。そうするくらいならば、我みずからふもとに下りるわ。逃げ帰った弱者であるが、最強という肩書には魅かれるものがあるしな」

「し、しかしながひいっら、実は勇者がふもとの村にいないという情報もやめっ」

「ロッゼ貴様……その情報を知っていてなお、スリープケインらを向かわせる気だったな? 四天王を使って姑息な真似をしでかしたら、どうなるか分かっているだろうな」

「恐れながもうやめっら申し上げますが、彼は最強の勇者と呼び声高いひうっ。だというのに魔王様との直接対決を避けているのも引っかかっちょっとやめ――!?」


 舌攻撃に耐えていたロッゼを、魔犬はばくりと頭からかぶりつく。ロッゼの上半身が口の中に消えた。


 いわゆる甘噛みである。


 どうやら気に入られたようだ。


「話はそれだけか?」

「――!」


 ロッゼは大慌てで、上半身を引き抜く。


 甘噛みされる前からよだれでべとべとであったが、さらに悪化して、見るも無残な姿となっていた。


「待ってください魔王様! もう少しだけ時間をください!」

「黙れ犬が! 口答えするな!」

「ぐほお」


 犬は目の前にいるじゃないですか!


 ロッゼはそう叫びたかった。


「なんだロッゼ? まだなにか言い足りないのか?」

「は、はい……無礼は承知の上ですが、あの勇者、なにか裏がある気がしてなりません」

「ふん、我は――」


 魔犬が吠えた。大音響が玉座の間に広がる。


 ロッゼは思わず耳を押さえた。


「――というわけだ、ロッゼ」

「!?」


 ロッゼは汗がだらだら流れた。


 聞き逃した。


 ――まずい、完全に聞き逃した。


 ――もし今のことについて意見を求められでもしたら……


「それで、貴様はどう思うのだ、ロッゼ」


 ロッゼは目の前が真っ暗になった。


 求められてしまった。


 ――どうすればいい。


 ――魔王様は何とおっしゃったんだ。


 ――いや、落ち着け。落ち着いて考えれば単純なことだ。


 ――魔王様は反対の立場に立っているのだから、話の内容なんて、なんとなく分かる。


 ――失礼のないように無難なことを言って、合わせればいいだけのこと。


「魔王様のお考えは分かります。ですが――」

「貴様は何を言っているロッゼ?」

「えっ」


 ロッゼは、汗かよだれか分からないものを拭く。


 ――今のでだめって、魔王様は一体何の話をしていたんだ。


 ――考えがおよばない。


 ――どうすれば、どうすればいい。


 ――どうすれば挽回できる。


「も、申し訳ありません魔王様。勇者のことですが、頭の隅にとどめていただければ……それでですね――」


 考えても答えは見つからず、ロッゼは話題を変えることにする。


 だが、


「……は? だから何を言っている?」

「!? ももも申し訳ございません! 失礼します!」


 ロッゼは耐え切れなくなって、玉座の間を飛び出そうとする。


 走りながら、後悔にさいなまれた。


 扉を開けて逃げようとするが、


「な!?」


 目の前に魔物がいた。



 扉をノックしようとしていたらしく、突然開いたことに驚いた顔をしている。



「あ、あなたはたしかラッディジェム!?」


 ロッゼは配下の魔物の名前を叫ぶ。


「ロッゼ様、な、なぜ体がべとべとなのですか……?」


 ラッディジェムは不思議そうに扉のすきまから、玉座の間を見ようとする。


 あわててロッゼはラッディジェムの動きに合わせて動く。魔犬を見せるわけに

はいかなかった。


「そ、そんなことはどうでもいいでしょう? 魔王様に謁見したいのですか?」

「はい、言づけが……」

「今は立て込んでいますから、後にしてください」

「ですが……」

「立て込んでいるんですってば」


 ロッゼはラッディジェムの鼻先で、ぴしゃりと扉を閉めたい誘惑にかられる。


 しかし後ろには魔犬と魔王が控えているのだ。


 戻るわけにもいかない。一旦落ち着きを取り戻したくてたまらないのだ。


「その、立て込んでいるというのは、ロッゼ様の体がべとべとであることと何か関係があるのですか?」

「なっ……」


 ロッゼは目を泳がせる。


 ――意外と鋭いなこいつ。


「プレイだ……」


 ラッディジェムがぼそりと呟いたが、焦っているロッゼの耳はそれを聞き逃す。


「な、なにか言いましたか?」

「い、いえ。お楽しみのところ邪魔をして申し訳ありません」


 ラッディジェムはそそくさと帰っていく。


 お楽しみ? とロッゼは首を傾げたが、考えるよりも逃げることを優先する。


「それでは魔王様、またお伺いします」


 扉をしめようとしたのと、魔犬が玉座のほうに首を動かしたのは、ほとんど同時だった。



 ロッゼは手をとめる。


「な、なんてことを……」


 ――このままでは、魔王様がよだれまみれになってしまう。


 ――そんなこと、許されるはずがない!


 ――もしも勇者が侵入していて、よだれでべとべとになった魔王様を見たら、

威厳が地に堕ちてしまう! 勇者は魔王様を軽視するに違いない。そんなの耐えられない!


「魔王様!」


 ロッゼは扉を開け放つ。


 駆けた。


 魔犬を飛び越えて、玉座の前に着地する。


 顔を上げると、


「魔王さ――ま?」


 玉座には魔王ではなく、水晶玉が乗っかっていた。


「な、これは一体……」


 ロッゼは水晶を持ち上げる。


 水晶に、魔王が映っていた。


「ロッゼか、帰ったのではなかったのか」

「と、遠見の水晶!?」


 ロッゼは魔犬にべろべろなめられながら、口をあんぐり開ける。


 遠見の水晶。これを持っていればどんなに離れていても、同じ水晶を持った者と連絡がとれる。


 魔王の大杖にある水晶にも、これと同じ力が宿っている。もちろんそれだけではないが。



 ロッゼはすべてのなぞがとけた。


 初めから、はめられていたのだ。


 水晶しかない玉座を魔犬で隠すことで、魔王がさもその場にいるように見せられていた。


「魔王様! どこにいるんですか! そこどこですか!」

「休暇だ」

「ちょっと! 今がどんな時か分かっているんですか!? さっさと帰ってきてくださいよ魔王様!」

「存分に満足したら戻る」


 魔王の姿が消える。


「魔王様ああああ!?」


 ただの水晶に戻ってしまったものに、ロッゼは顔を近づける。



 まんまとはめられた。


 魔犬がべろりと彼の顔をなめた。



          ◇



 小鳥が鳴く。


 魔王は川辺に佇んでいた。


 とある南の秘境は、あざやかな緑に包まれている。

 背の高い木々が、川を覆い隠すように生えているのだ。


 葉から通して映し出された緑色の光が川を照らし、地面にひしめいている石にも、ゆらゆらと緑が映っている。


 すべてが優しい緑色だった。



 と、その時茂みが揺れる。


「ん……?」


 魔王がそちらを見た瞬間、小鳥が飛び出してくる。


「待てー!」


 そしてそれを追うように、勇者が飛び出してくる。


「うおおおつかまえたぞ魔王!」


 勇者は両手で小鳥をつかみとる。そのまま川に飛び込んだ。小鳥はちゃんと水にぬれないよう手を上げている。


「…………」

「まったく苦労させて……お前は俺のものなんだから逃げ――」


 顔を上げた勇者は、突っ立っている魔王を見つける。


「…………」

「…………」


 両者はしばらく無言で見つめ合っていた。

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