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あたたか魔王  作者: 石山
1/20

1 対峙

 俺は剣を抜く。

 昨夜念入りに手入れをほどこした剣は、くもり一つなくまるで鏡のようだった。

 俺の金髪と碧眼が、剣に映っている。

 朝日が反射して、刀身がきらりと光った。


「よし」


 気合を入れて、歩き出す。


 その道中、この村で知り合った少女――メアリーが駆け寄ってきた。茶色のくせっ毛がふわふわと揺れている。


「勇者様、これを」


 メアリーの手には、小さな白い花の冠があった。

 俺は驚いて、白い息を吐く。


「この花はどうしたんだ? 花なんて……」


 俺は周囲を見渡す。

 家も道もなにもかも、雪で覆われている一面の銀世界。

 このあたりは、夏になっても雪が解けることのない極寒の地だ。

 地面なんて見ることもできないのに、花が咲くはずない。


「商人さんに無理を言って、花を摘んできてもらったんです」

「なるほど……」


 行商が寒冷地に咲く花を摘んできたのだろう。まだ白い花はみずみずしかった。


「ありがとう、大切にするよ」


 俺が身をかがめると、メアリーはほほえみながら俺の頭に花冠をかぶせた。


「いえ、第一にお体を大切にしてください。花冠なんて、また作ればいいだけですから」


 よく見ると、メアリーの目に涙が浮かんでいた。


「必ず帰ってきてください、勇者様」

「……ああ! もちろんだ!」


 俺は村の外にそびえ立つ山を見上げた。

 ここからでは雲にはばまれて見えないが、あの山の頂上に魔王城がある。

 あそこに行き、世界征服を企む魔王を倒すんだ。


「あ、そういえば勇者様……」

「ん、なんだ?」

 メアリーは目をこすって涙をふく。

「魔王はその……男色家といううわさもあるので、気をつけてくださいね」

「え」


 だんしょく……? え、男色……? 

 俺はこの寒い中、汗が流れるのが分かった。


「は、初耳なんだが……なんでそんな重要なことを今まで教えてくれなかったんだ?」

「申し訳ありません……ただでさえ大変そうですのに、嘘か本当かもしれないうわさで心配の種を増やしたくなくて」

「そ、そうだったのか。で、でもさ。なんで魔王がそうなんだってうわさが流れたんだ?」

「村の男が魔物に連れ去られて……」

「でもそれだけじゃまだ決まったわけ――」

「しかも顔立ちが整っている男ばかりを……」

「…………」


 そういえば、この村には容姿のいい男が、あまりいない気がする。

 顔がいい男だけをいけにえにする魔法なんて知らないし、売り飛ばすだけなら女の人だってまきぞえにされるだろう。村人がそういう考えにたどり着くのも、おかしな話ではない。


 だ、だがまあ、うわさはうわさだ。

 明確な証拠はない。

 俺は魔王を倒すために旅を続けてきたんだ。

 こんなささいなこと、気にもならない。


 にこりと俺は白い歯を見せて笑うと、メアリーも笑顔を返した。


「勇者様、うわさなんて気にせず、精一杯戦ってください。でも、負けそうになったら、自分の体を一番に考えてくださいね」

「ああ、安心してくれメアリー」

「はい!」


 メアリーはとても嬉しそうだ。

 寒いからか、頬や鼻先が真っ赤になっている。


 かわいいなあ、やっぱり。


 こうも応援されると、素直に頑張らなきゃと思えてくる。

 魔王が男色であろうがなかろうが、なんだというのだ。

 俺はメアリーの頭をなぜ、彼女を安心させるために口を開いた。


「大丈夫だメアリー、俺にそっちの気はないから」

「わ、私はそちらのことを心配しているわけでは……」

「もしもの時は自爆魔法で相打ちさ」

「だめですよ!? それのどこが体を大切にしているんですか!?」

「ふっ……」

 俺は遠くを見る。


「あれは俺がまだ何も知らない子供だった時……」

「ど、どうしていきなり昔話を……!?」


 メアリーはびっくりするが、俺は気にせず話を続ける。

「俺は勇者育成学校に通っていたんだ……」

「そ、そんなところがあるんですか?」

「ああ、あるんだ……そこで俺は勇者になるための勉強をしていたんだが、やっぱり戦うってこともあって、男が圧倒的に多い」

「勇者様……あの、魔王討伐……」

「親友のクリスはそんな劣悪環境でも、かすかな希望を見失わない男だった……数少ない女勇者候補にアタックする毎日……俺は何度振られても立ち上がるあいつが眩しかった」

「勇者様が完全に自分語りに入っちゃってます……」

「そんなクリスの背中を追いかけるように、俺も憧れの先輩に告白することにした。先輩の名前はサクロ、勉強を教えてくれた優しい人だった……」

「は、はあ……そ、それで、結果はどうだったんですか?」

「サクロ先輩は、俺に微笑を投げかけてこう言ったんだ。『僕は男ですし、あなたの友達のクリス君と付き合ってますよ?』って……」


 俺は剣を雪に突き立てた。


「俺はその時二つの意味で裏切られた! とりあえずクリスとは卒業まで口をきかなかった! 先輩もまぎらわしいすぎるだろう! 男なのに銀髪を腰まで伸ばすとかするか普通!?」

「ゆ、勇者様落ち着いてください! 村人たちが不審者を見る目で見ています!」


 俺は息を整える。

 少し熱くなりすぎた。

 何事かとこちらの様子をうかがっている村人に、手を振って安心させると、メアリーに向き直る。


「じゃあ行ってくる。魔王はしっかりと念入りに息の根を止めるから、安心して待っているんだぞ?」

「これほど張り切っている勇者様を見るのは初めてです……」


 俺は不安そうな面持ちのメアリーに手を振ると、村の外へ向かっていった。


          ◇


 俺は雪山をずんずん進んだ。

 今まで旅をしてきて強くなったことを裏づけるかのように、襲いかかってくる魔物をばったばたとなぎ倒す。


 吹雪の中、しっかりと片手で頭を押さえつけていたはずなのだが、花冠がいつの間にかなくなっていた。

 帰ったら、メアリーに謝らなくてはならない。ますます、打倒魔王の意欲が高まる。


 俺は雪を踏みしめて、立ち止まる。


「ここが魔王城か……」


 目の前に、巨大な城があった。

 城の外壁は氷に覆われており、つららがあちこちに垂れ下がって、これ以上進むことを拒むような雰囲気がただよっていた。


 俺は気にせず入城し、向かってきた魔物を切り捨てながら、魔王がいるであろう最上階を目指す。

 階段を駆け上がって、長い廊下を突き進み、奥にある大きな扉を開け放つと、


「!」


 広い空間が目の前に広がる。

 これほど広い部屋は、初めて見た。全身の毛が総立ちする。

 深紅のじゅうたんが伸びる先に目をやると、何者かが玉座に腰を下ろしている。

 あまりに遠く、薄暗いせいもあって、どんな姿なのかよく分からない。人のように見えるが……

 

 だが、俺は玉座に座る人物を視界におさめた瞬間、血が沸騰し、じゅうたんを駆け抜けていた。


「魔王! 一撃のもとに葬り去ってやる!」


 近づき、魔王の姿をはっきりと視界にとらえた。


「勇者よ、我がじきじきにうち滅ぼしてくれよう」

「なっ……」


 魔王は、人間で言えば青年と呼ばれるであろう外見をしており、一言で表すなら美男子だった。

 真っ赤な瞳と、頭についている二本の角。死人のように白い肌を覆っている、漆黒の鎧と豪華なマント。

 それはいいのだが、


 魔王は銀色の髪を腰のところまで伸ばしていた。




「なんてことをしているんだお前は!」


 俺は絶叫した。

 魔王が銀髪だなんて思いもしなかった。まったく想定していなかった。

 サクロ先輩との思い出がよみがえってくる。

 俺は倒れかけた体を、剣でなんとか支える。

 魔王は鼻で笑った。

 馬鹿よせサクロ先輩の笑顔が重なるからやめるんだ。


「人間風情に何をしようが、我の勝手だ」


 しかもこいつにはあっちの気がある! 人間( おとこ)に一体何をしたのか、想像に難くない!


 俺は全身が震えた。


 魔王は足を組み替えて、頬杖をつく。

 俺を品定めしているのか……!?


「ふん、今までやってきた中でも、一番弱そうな勇者よ。せめて我を楽しませよ」

「誰が楽しませるか! 俺にそっちの気はないぞ!」

「……? つまらんな。すでに逃げ腰ではないか」

「なんで腰に注目しているんだよ!?」

「は……?」


 魔王を見れば見るほど、あの頃の思い出が頭に浮かんでくる。

 血のにじむような訓練、クリスとの馬鹿騒ぎ、そしてサクロ先輩との甘酸っぱい思い出……

 懐かしい、楽しかった、まさしく、青春だった。


 感動が押し寄せて、なんだか変な気持ちになってきた。


 目の前にいる魔王は、銀髪以外はサクロ先輩と似ていないのに。

 サクロ先輩はどちらかといえばたれ目がちで、あんな鋭い眼差しなんかしていない。

 それなのに、なぜあの頃に逆戻りしたかのような気持ちになるんだろう。


「よく分からぬが、まあよい。来い勇者よ、遊んでやろう」

「あ、遊ぶとか言うなよ馬鹿……! 俺は本気(で魔王を倒したいん)だぞ……!」


 顔がかあっと熱くなる。

 何なんだこの気持ちは。


「ならば我を本気にさせてみせよ」


 魔王は立ち上がると、矛を宙から出現させる。真ん中に水晶があり、大杖としての役割も果たすのだろう。


 俺は火照った体を無理やり動かし、剣を構える。


 こいつは男色家! ついでに魔王だ! 人の気持ちなんてわかっちゃいないのだろう。

 俺の気も知らないで、あんなことを言っているのだ。


「ほ、本気にさせろだと!? お前が言ったということは、つまりあっちの意味だと受け取っていいんだな!? ふん! たわごとはよせ! 俺とお前は勇者と魔王だ! そういう関係になれる訳ないだろ!」

「……? だからこそ、であろう?」

「なんでそんな乗り気なんだよ!? お前あれか! 禁断の関係とか好きなやつか!」

「さっきから何をごちゃごちゃと……貴様、まことに我を前にして怖気づいたのか?」


 俺ははっとする。

 何をしているんだ俺は。


 俺は魔王を倒すためにここまで来たんだ。こんなことをしている場合じゃない。

 私情を捨てて、世界の平和のために俺は戦う。

 そう決めたじゃないか。


 俺は剣を構え直した。


「ほう、やっとやる気になったか」


 魔王は氷のように冷たい冷笑を俺に投げかける。

 人を完全に見下した目をしていた。


 おのれ魔王、世界征服という馬鹿げた野望のために、どれだけの人が犠牲になったことか!

 俺が生まれる前から、魔王の暴虐は続いていた。

 俺は怒りを抱きながらも、ずっとそれを見ているだけだった。


 だが、今はもう無力な俺じゃない!


「魔王! 俺は子供の頃からずっとお前を倒すことだけを夢見てきた! 今、それを実現する時だ!」

「夢は夢で終わるものだ。叶うことはない」

「そんなことはない! 夢は見続ければいつか必ず叶う! 俺はずっと魔王だけを見続けてきた! お前に

会うためだけに生きてきたといっても過言ではない!」


 俺は興奮で顔を赤らめながら、腹の底から叫ぶ。


「ふん、さわぐな。人風情が粋がりおって」

 魔王は目を細めた。


 俺の熱い心が、魔王には届かないのか……!?


「大げさなんかじゃないんだ魔王……! 俺が子供の頃、勇者ごっこの時は何が何でも勇者役になって魔王役の子をこてんぱんにした! 魔王役の子にはすごく泣かれて罪悪感で苦しんだ!」

「おい、なにを語って――」

「名門魔法学校の推薦を断わり、過酷すぎると悪名高い勇者育成学校に進んだ! 魔王の元へ行くために、何度も死にかけるような思いをしながら旅をした! 俺の人生はすべてお前にささげてきたと言ってもいい!」

「そ、そうか」


 なぜか魔王は少しだけ俺から距離をとった。

 珍獣を見るかのような目で俺を眺める魔王だが、ふいに大杖で床を叩く。


「こざかしい……貴様ごときの半生を語られても、何の情もわかぬ」

「そうか、それなら……それでいい」


 俺は目の前にいる魔王を見据えていた。


「だが、俺の魔王への思いは変わらない!」

「……ならばさっさと来い。我みずからが相手をしてやろう。うち滅ぼ――」

「相手!? 相手ってその!? なっ――馬鹿……! 俺達は敵同士だって言ってるだろ!?」


 俺は、自分がゆでだこのように赤面しているのが分かった。

 相手って、相手っておま……お、俺にそっちの気はないぞっ、魔王の馬鹿!

 胸がどきどきする。顔から火が出そうだった。


 もうだめだ。今の状態じゃ魔王と戦えない……!


「ち、ちくしょう!」


 俺は全速力で逃走した。

 敵前逃亡なんて、俺の馬鹿……!


          ◇


「……あれは一体なんだったのだ?」


 魔王は口をあんぐり開けて、逃げていく勇者を見送っていた。

次回は魔王側です

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