第3話 チラシの山 2月最後の日曜日(夜)
第2話から数時間後のお話です。
どうも、フシミです。
ご両親とケンカしたタケルですが、夕方になったら何やら大量の紙束を抱えて帰ってきました。
う~む、タケルもまだまだですね。
あれだけケンカしたならば、2~3日帰ってこないというのも、けっこう良い手なんですよ。
私も時々、福山の家で人間たちとケンカ………と言いますか、意見の相違があった時など、数日は帰らないで、人間たちを心配させる作戦を取っています。
パソコンという温かい箱にマーキングした時など、人間たち……特にアカリは凄い怒り様でした。
私としては、誰も陣取っていない箱の上に、マーキングをしただけなのに、あんなに怒られるのは心外でした。
そんなに怒るくらいなら、先にマーキングするか、自分のテリトリーだと主張して座っていればいいのに…と、今でも思っています。
そんな時はプチ家出です。
2日も家を空ければ、人間たちの態度も変わってきます。
無実の私を、30㎝モノサシという、ぶっそうな凶器で追い回していたアカリも、私の帰宅に歓喜し、優しく抱き上げたり上等なネコ缶を差し出したりするものです。
そんな高度な作戦をとれないタケルは、その日の夕方に帰るという愚策を披露するばかりか、先述のように紙束まで抱えています。
ダメですね。ケンカした後に帰宅する時は、まず手ぶらであるべきです。
”悪い事なんてしていない”感を演出するためにも、ネズミやスズメなど獲物は持ち帰らず、手ぶらにスマートに凱旋しなければなりませんのに。
そんな紙束を、タケルはドサリと、少しばかり乱暴に部屋の中央に積み上げました。まだ感情が落ち着いていないのでしょうか?
それにしても、なかなか量がありますね。私が隠れる事が出来るくらいの高でしょうか。
普段見かけない物体だけに、ついつい近寄ってしまい、すんすんと臭いを嗅いでしまいます。
鼻腔をくすぐるインクの揮発臭と、安い紙のしめった臭い。
住宅情報誌、そう呼ばれるモノだそうです。
先日タケルが車に隠していたゼ○シィの様な、分厚く写真のたっぷりモノから、チープを通り越し貧相と呼ぶべき折り込みチラシの様なモノまで、様々な紙が混じっています。
私が警戒しつつ、その山を前足でつついていると、
「こらフシミ、イタズラしないの」
アカリによって抱きあげられてしまいました。別に私は、イタズラしている訳ではございませんのに。
むー、少し不満です。ついつい、しっぽをビタビタと振ってしまいますの。
けれど、無駄に量の多い情報誌の山を、不安げ眺めるアカリの姿を見てしまうと、大人しくするのは仕方ないと思ってしまいます。
結婚を決意して、タケルの親御さんに受け入れてもらおうと挑んだのに、初めの一歩から予想外の障害に阻まれてしまった
どれだけ不安でしょう。
……しかも、たよりのタケルはキレ気味に席を立ってしまい、ほとんど勢いで情報誌をかき集めてくる始末。
読み切れなさそうな大量の紙束だけでなく、パソコンという四角い画面を眺めて唸ってばかりです。
「どうなのタケルさん? 家とかアパートとか良いのあるかな?」
「そうだね、藍川とか旗中洲のほうまで範囲を広げれば、そこそこの物件数があるね。
賃貸にしても、中古の一軒家にしても結構良いのがあるかも?」
人間も住みかを探すに、なかなか苦労をかけるみたいです。
私達ネコだって、ひとたび人間の庇護を離れてしまえば、自分一匹で住みかを見つけなければなりません。
けれど、まずは身体ひとつ守れれば、ある程度の快適性は犠牲にしてもかまわないくらいのモノです。
一方、アカリ達をみている限り人間は、“お金”というネコにとっては不思議なモノがかかわってきます。
他にも、身体よりも何倍も大きな道具や荷物を必要としていますし、“手続き”という、ネコの私には判らないどころか、人間たち自身もよくわかっていないモノが沢山あるそうです。
「う~ん、でも不動産屋で言っていた通り、賃貸の空き具合は読めなさそうだね。
ほら、ここのサイトにも書いてあるけど、四月の異動や引っ越しが決まり出して、今は一番出入りが激しい時期みたい」
「引っ越しシーズンって訳ね。じゃあ私たちも、一緒に暮らしだすとしたら四月なのかな?」
「に、なるかな? 特にどの季節からがいいとかあるかい? なければ、俺は早い方がい良いな」
結婚を決めて、一緒に暮らすと決めていた2人ですが、具体的に何時からとは決めていませんでした。
まぁ、特に遅くする理由もないみたいですし、住みかに合わせるのが無難ではないでしょうか?
2人は“結婚式”という、ネコの私には想像もできない、人間特有の慣わしも省くらしいですし。
なんでも人間の中には、“結婚式”を取り行ってからでないと、一緒に暮さないというタイプもいるそうです。
「とりあえず、今現在の物件情報をいくつかまとめてみたよ。けどこれは、また調べないとダメっぽいね。転勤や引っ越しシーズンだから、常に物件数が増えたり減ったりするんだって」
「じゃあ、来週の土日にまた相談しようよ。タケルさんがマラソン大会に出る週以外となると、けっこう限られるんだよね。それと……」
何かを言いかけたアカリの視線が、一枚の黄色い紙へ向けられていました。
ザラついた質の悪い紙です。黄色い紙に焦げ茶の印刷で、何かのリストと地図が描かれています。
「うん、補助の出る市営住宅ってのも、ちょっと調べてみたいしね。ごめんね、やっぱり収入の事かんがえると……」
親心から別居を勧める両親と、収入面での不安を感じてしまう若い2人。
きっとこれは、タケルやアカリ達だけでなく、多くのカップルが悩んでいることなんでしょうか?




