表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第3話  チラシの山  2月最後の日曜日(夜)

第2話から数時間後のお話です。





 どうも、フシミです。


 ご両親とケンカしたタケルですが、夕方になったら何やら大量の紙束を抱えて帰ってきました。


 う~む、タケルもまだまだですね。

 あれだけケンカしたならば、2~3日帰ってこないというのも、けっこう良い手なんですよ。

 私も時々、福山の家で人間たちとケンカ………と言いますか、意見の相違があった時など、数日は帰らないで、人間たちを心配させる作戦を取っています。


 パソコンという温かい箱にマーキングした時など、人間たち……特にアカリは凄い怒り様でした。

 私としては、誰も陣取っていない箱の上に、マーキングをしただけなのに、あんなに怒られるのは心外でした。

 そんなに怒るくらいなら、先にマーキングするか、自分のテリトリーだと主張して座っていればいいのに…と、今でも思っています。

 そんな時はプチ家出です。

 2日も家を空ければ、人間たちの態度も変わってきます。

 無実の私を、30㎝モノサシという、ぶっそうな凶器で追い回していたアカリも、私の帰宅に歓喜し、優しく抱き上げたり上等なネコ缶を差し出したりするものです。


 そんな高度な作戦をとれないタケルは、その日の夕方に帰るという愚策を披露するばかりか、先述のように紙束まで抱えています。

 ダメですね。ケンカした後に帰宅する時は、まず手ぶらであるべきです。

 ”悪い事なんてしていない”感を演出するためにも、ネズミやスズメなど獲物は持ち帰らず、手ぶらにスマートに凱旋しなければなりませんのに。


 そんな紙束を、タケルはドサリと、少しばかり乱暴に部屋の中央に積み上げました。まだ感情が落ち着いていないのでしょうか?

 それにしても、なかなか量がありますね。私が隠れる事が出来るくらいの高でしょうか。

 普段見かけない物体だけに、ついつい近寄ってしまい、すんすんと臭いを嗅いでしまいます。

 鼻腔をくすぐるインクの揮発臭と、安い紙のしめった臭い。

 住宅情報誌、そう呼ばれるモノだそうです。

 先日タケルが車に隠していたゼ○シィの様な、分厚く写真のたっぷりモノから、チープを通り越し貧相と呼ぶべき折り込みチラシの様なモノまで、様々な紙が混じっています。


 私が警戒しつつ、その山を前足でつついていると、



「こらフシミ、イタズラしないの」



 アカリによって抱きあげられてしまいました。別に私は、イタズラしている訳ではございませんのに。

 むー、少し不満です。ついつい、しっぽをビタビタと振ってしまいますの。

 けれど、無駄に量の多い情報誌の山を、不安げ眺めるアカリの姿を見てしまうと、大人しくするのは仕方ないと思ってしまいます。

 結婚を決意して、タケルの親御さんに受け入れてもらおうと挑んだのに、初めの一歩から予想外の障害に阻まれてしまった

 どれだけ不安でしょう。

 ……しかも、たよりのタケルはキレ気味に席を立ってしまい、ほとんど勢いで情報誌をかき集めてくる始末。

 読み切れなさそうな大量の紙束だけでなく、パソコンという四角い画面を眺めて唸ってばかりです。



「どうなのタケルさん? 家とかアパートとか良いのあるかな?」

「そうだね、藍川とか旗中洲のほうまで範囲を広げれば、そこそこの物件数があるね。

 賃貸にしても、中古の一軒家にしても結構良いのがあるかも?」



 人間も住みかを探すに、なかなか苦労をかけるみたいです。

 私達ネコだって、ひとたび人間の庇護を離れてしまえば、自分一匹で住みかを見つけなければなりません。

 けれど、まずは身体ひとつ守れれば、ある程度の快適性は犠牲にしてもかまわないくらいのモノです。

 一方、アカリ達をみている限り人間は、“お金”というネコにとっては不思議なモノがかかわってきます。

 他にも、身体よりも何倍も大きな道具や荷物を必要としていますし、“手続き”という、ネコの私には判らないどころか、人間たち自身もよくわかっていないモノが沢山あるそうです。



「う~ん、でも不動産屋で言っていた通り、賃貸の空き具合は読めなさそうだね。

 ほら、ここのサイトにも書いてあるけど、四月の異動や引っ越しが決まり出して、今は一番出入りが激しい時期みたい」

「引っ越しシーズンって訳ね。じゃあ私たちも、一緒に暮らしだすとしたら四月なのかな?」

「に、なるかな? 特にどの季節からがいいとかあるかい? なければ、俺は早い方がい良いな」


 結婚を決めて、一緒に暮らすと決めていた2人ですが、具体的に何時からとは決めていませんでした。

 まぁ、特に遅くする理由もないみたいですし、住みかに合わせるのが無難ではないでしょうか?

 2人は“結婚式”という、ネコの私には想像もできない、人間特有の慣わしも省くらしいですし。

 なんでも人間の中には、“結婚式”を取り行ってからでないと、一緒に暮さないというタイプもいるそうです。



「とりあえず、今現在の物件情報をいくつかまとめてみたよ。けどこれは、また調べないとダメっぽいね。転勤や引っ越しシーズンだから、常に物件数が増えたり減ったりするんだって」

「じゃあ、来週の土日にまた相談しようよ。タケルさんがマラソン大会に出る週以外となると、けっこう限られるんだよね。それと……」



 何かを言いかけたアカリの視線が、一枚の黄色い紙へ向けられていました。

 ザラついた質の悪い紙です。黄色い紙に焦げ茶の印刷で、何かのリストと地図が描かれています。



「うん、補助の出る市営住宅ってのも、ちょっと調べてみたいしね。ごめんね、やっぱり収入の事かんがえると……」



 親心から別居を勧める両親と、収入面での不安を感じてしまう若い2人。

 きっとこれは、タケルやアカリ達だけでなく、多くのカップルが悩んでいることなんでしょうか?







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ