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第2話  ごあいさつ  2月最後の日曜日(昼間)

登場する地名は架空のモノです、たぶん。

 



 どうもフシミです。



 ランナーズハイ…そう呼ばれる興奮状態が、人間にはあるそうです。

 そういう状態なのか、助手席に座るタケルは先ほどからしきりに、今日のレースが良いレースだったと、身振り手振り付きで語っています。



「いやぁ、今日は良かったよ。寒かったおかげで、関節が熱を持つのも遅かったから、

 最初のオーバーペースも、結果として後半のタイムを貯金しとく形になったからね。

 本当、5㎞あたりまで速く走りすぎて焦っていたんだよ。

 でも良かったぁ、そのおかげでタイム縮んだんだから。やっと1時間45分の壁を乗り越えたよ」




 それにしても、ウザいですね。


 …何で人間は、好き好んであんなに長い距離を走るのでしょうか?

 私たち猫の縄張りが、ぐるりと回って2kmと呼ばれる程の距離らしいのですが、その十倍の距離をずっと駆け回っているなんて気がしれません。

 もっと気がしれないのは…タケルの格好です。

 緑髪のツインテールのカツラをかぶった上に、ネギもって走るなんて、本当に気がしれません。

 いくらネギの産地でもある福屋市でのマラソン大会だからと言って、その格好は……ダメだと思います。



「でも、それでもキナコさん達には10㎞あたりでぬかされたけどね。

 今回はキナコさん、ミニスカポリスのコスプレしてて、一緒に走っていた人は囚人服きていたよ。

 相変わらずすげーよな、あんな格好でハーフを1時間30分きっちゃうんだから。」



 他にもダメな格好の人たちがいたご様子です。



「そ、そうなんだ…。は、ははは…」

「俺も四月の埴輪マラソンは、甲冑でも着て走ろうかな」



 運転中のアカリ。

 助手席に座る結婚相手や、話題にた共通の友人の、他人のふりをしたくなるレベルの奇行に、少しヒキ気味ながらも安全運転を心がけます。

 それでも、まったく運転に集中できません。心配する事があるのです。



「でも大丈夫かな? 私がタケルさんと結婚だなんて、お義父さんお義母さん達は、許してくれるかな?」

「ああ、大丈夫だよ。アカリちゃんだから大丈夫だよ。もう何度も会ってるし。

 あと、前にも話した通り、同居だろうから、部屋の割り振りとか配置換えとか、少しずつ決めていこうか。」

「うん。でも心配だね、同居って大変だろうし、ご迷惑をかけてしまいそうで」

「ごめんね。本当にアカリちゃんには苦労をかけるよ。

 親父の病気のけんもあるし、俺の方こそ、アカリちゃんに苦労も迷惑もかけてしまうよ」

「いいよ、タケルさんと一緒なら何処だって。だから苦労なんて言わないで、その、だ、だ…旦那さま♪」



 歯の浮くようなセリフが、私いる後部座席のゲージまでだだ漏れてきます。


 もともと、今日のマラソン大会の後には、アカリの運転でタケルをひろって自宅まで送り届ける予定でした。

 もちろんアカリは、マラソン大会に出場なんてしていませんよ。

 むしろ会場のテント村で、 “煮ぼうとう”や“ゼリーフライ”など、この近辺のB級グルメを、

 緊張から過食症にでもなったかのように貪り食べて、過剰にカロリーを摂取していました。

 そんな予定に加えて、先日のプロポーズが加わったため、早速タケルのご両親に結婚の挨拶をしようという事になったのです。

 ちなみに、アカリ側の両親への挨拶は、来週は都合が悪いとの事で、再来週に行うとこと。

 なんでも、ミヤギという場所へ、ご親戚の結婚式へ出席されるとの事でした。



「はぁー、でもやっぱりドキドキするなぁ。ハンドル握る手まで震えてくるよ」

「じゃ俺が運転するよ、次にコンビニがあったら交代するから」

「いいのいいの、タケルさんはハーフマラソン走った後だから、ここは私が運転するから」



 健気ですねアカリ。マラソン大会の会場で待っている時から、ずっと緊張しっぱなしだったというのに…。

 アカリが懸命に安全運転する軽自動車は、まだ芽吹きだしたばかり緑が、ひと冬をこえた枯れ草にまばらに混じる風景の中、国道を東へ東へ進んでいきます。







 そんな、タケルのご両親との同居を覚悟していた二人。一通りの挨拶をした後に、ご両親から出た一言は…



「へ? 同居? 何で同居する前提で話が進んでいるの?」



 と言うものでした。

 それは二人にとって完全に予想外。



「ちょっとまってよ母さん、確か半年くらい前に、割と具体的に、俺が結婚したら改築して同居っていっていたよね」

「そんな事言ってたっけ?…ああ、確かに言ったわね」



 無駄に長身のタケルと違い、やや小柄なお母さん。一度否定しつつも、直ぐに言った事を思いだされてました。



「でもあの時は、タケルが結婚するだなんて、ちっとも思ってなくてね。

 でも、アカリちゃんを家に連れてきたのも、そう言えば、あの時期ね」

「それに親父の病気の時も、大宮の病院の行き帰りで似たような話しを散々していたし、

 墓とか八幡さまのお札とか、家の行事めいたものは、昔から兄貴じゃなくて俺がしていたじゃないか」

「それはそうだけど、別にだからって同居という話じゃないでしょ」

「…あのね母さん、あの時母さんが、“だからタケルに家を継いでほしい”とかいってたんだよ」



 話をまとめるとこうです。

 数年前まで、東京という場所で独り暮らしをしていたタケル。…蓮宮から、電車で1時間ほどの、ゴミゴミした場所らしいです。

 タケルのお父さんが、脊髄に関係する“難病指定の病気”にかかり、入院を余儀なくされた時期と同時期に、転職と引っ越しをして実家へと戻ってきました。

 遠方の病院へのお見舞いや退院後の介護などは、タケルのおかげでどうにかなったとの事らしいです。

 お兄さんがいらっしゃるそうなんですが、そちらは既に結婚して県南部で家庭を築いているとのこと。

 手助けしたくても、なかなかできない状況だったので、一切合財をタケルに任せているらしいのです。

 ここまでならばご両親も、タケルの同居を特に問題なく受け入れる…もしくは必要としたかもしれません。


 しかし、問題…ではないのでしょうけれども、予想外の事が起きたのです。


 お父さんの病状が、奇跡的に回復…はしていないのですが、病気の進行を止めることができたのです。

 もともと原因も治療方法も研究段階だから、“難病指定の病気”なのだそうで、

 医者の行った実験的な手術がどこまで効果があるなんて、誰も解らなかったそうです。…手術した医者自身も。

 そんな半分モルモット状態のお父さんでしたが、手術もリハビリもうまく行き、

 寝たきりか車椅子かと言われていた予想が外れ、杖をついて歩いたり、調子のいい時は自転車にも乗れるくらいになりました。

 それでも、手足の神経の所々が麻痺・断線気味なのだそうなです。


 タケルの両親、特にお母さんのほうは、タケルの兄夫婦に生まれた孫が成長するにつれ、外に生活基盤を作った長男よりも、タケルの方を不安な時は頼りにしている。

 そういう気持ちもあり、半年前のちょっとした話の時、同居を考えていると言っていたそうです。

 もちろん、それ以前から、なんとなくではありますが、タケルが家を継ぐ様な雰囲気ではあったそうです。

 そんな流れで、同居という方向に進みそうな家族会議ですが、今まで発言少なく聞いていたお父さんが、静かに一言だけいいました。



「タケル、おまえは同居する事をあてにして、結婚するのか?」



 言いたい事は、ネコの私にも解ります。

 タケル達人間は、私たちネコと違い、結婚という形式で“群れ”を作る人間です。ならばオスなのだから、自らの群れを作り自立しろ…そういうお話なのでしょう。

 その一言に、普段はアホな大型犬の様に温厚なタケルが、明らかに苛立ちました。



「あてになんてねぇよっ!! …話が違うっていってんだよ」

「そんなにお前は、同居がしたいのか?」

「したいとか、したくないとか、そういう話じゃないんだよ。さんざんそっちの希望を磨り込みみたいに言っておきながら、

 急に手のひら返した事に、今までこっちが真面目に質問しても、ちゃんと答えてくれてなかったことに、……俺はおこってんだよ」



 左手で後頭部をわしわしと掻きながら、本気で苛立ち、しかもそれを隠そうともしないタケル。

 四人の向かい合って座る座卓。そちらを叩いたりしないあたりは、タケルらしいと言えるかもしれませんが、子供っぽい仕草ではありますね。



「良いかタケル、普通は結婚するってことは――――」

「結婚することの、“心構え”だ“普通”なんて関係ないっ!! 第一“普通”とか言っても、統計とってもいない父さんの主観だろ。今は必要ない」



 父親として、人生の先輩として、語るように喋りだしたお父さんの言葉を、タケルはぶったぎって完全否定。後頭部を掻く動作に、自傷行為じみた圧力を加えながら、さらに声を荒げていきます



「今回のこれは“1回目の意見交換”だよね。こっちの予定と意見は言った。父さん達の意見も聞いた。後は無理なすり合わせとかしないで、資料を集めて再度“2回目の意見交換”に臨む。…ただそれだけだよね」



 タケルの発した単語は、家族相手に使う単語ではなく、会社とか企業とか、人間が家族以外で作る群れで飛び交う単語が、無理して並んでいました。

 でもそれは、

 より冷静になろう。

 より感情を抑えよう。

 そう考えたタケルが選んだ、家族への思いやりなんでしょう。



「じゃ、ちょっと出かけようかアカリちゃん」



 タケルは立ち上がり、この場での議論はもう不要と態度で示すかのように、アカリの手をとると外出にさそいます。

 誘われたアカリは、どうしたらいいのか迷っている様子。それでも、ひっぱりあげるタケルの手が強かったのか、

 複雑な顔で頷くお母さんに後押しされたのか、タケルに続いて部屋をでていきました。





 残されたのは、この日が来たことを嬉しくもさびしくも思うご両親。

 自分たちにとっては何気ない一言でも、息子は真剣に悩んでいたり、行動を決めていたりするのだと、…未だに、子供から教えられることもあるのだなぁ。そんな事をかみしめていたりするのでしょうか?



「行っちゃいましたね。同居、どうしましょうか?」

「ああ、2人に任せるよ。でも、やっぱり別居がいいと思う。お前もお袋と同居で苦労したろ」

「そうね。あなたに言うのもなんだけど、お義母さんには苦労したから、アカリちゃんに苦労かけたくないし、私も良いお姑さんでいたいもの」

「子供が出来たなら、もう二人の時間なんて出来ないしな」



 別居を勧めるのもまた、やっぱり親心だったと言う訳ですか。私たち猫も、親子や子育ては大変ですが、人間の親子というのも、いろいろ大変なんですね。



 ………で、私は置き去りですか?

 私は部屋の隅でゲージに入れられたまま、荷物のごとく放置されています。

 今日アカリは、このままタケルのお宅でお泊りの予定ですので、夜までには戻ってくる筈です。言い換えれば、夜まで戻ってこない可能性が高いってことですか?



「あと、このネコちゃんもどうしましょう? 私はゲージから出して抱っことかしたのですが…、あなたって確かネコはダメでしたよね」

「ああ、ネコは嫌いだし、アレルギーだしな。今も鼻がムズムズしてたまらんよ」



 アカリ達とタケルのご両親の同居は、まだまだ決定していませんが、私とご両親の別居は、既に決定しているご様子です。






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