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第1話  プロポーズ  2月前半の日曜日

プロローグから、少し時間軸が戻ります。

二月前半の頃のお話になります。

 第1話  プロポーズ  2月前半の日曜日  




 どうも、フシミです。

 とっても暇です。

 今にも雪が舞い降りて来そうな、湿った冬の曇り空。

 そんな空をフロントウィンドウ越し見上げながら、私は一匹寂しく車の中で寝転んでいました。

 アカリとタケルは、数日早めのヴァレンタインデート。車内に私を残して、デザートバイキングなるモノに“参戦”しています。

 それが何なのか私には解りませんが、アカリの背中くには、何やら戦うモノの覚悟がにじみ出ていました。

 良く分かりませんがヴァレンタインって、プレゼントを送る日で、別に決戦に挑む日ではなかったと思うのですが?


 それにしても、寒いですね。


 エンジンが切れて1時間以上がたちます。車内の温度はだいぶ下がってきました。

 こんな天気の日だというのに、デートにネコである私を、イヌの様にリードでつないで連れ回すのはどうかと思います。

 湯たんぽと毛布の入ったゲージを、車内に残していく位の配慮はあるみたいですが、彼ら二人にはもう少し指導が必要かもしれません。

 特にタケルです。せっかく私が、タケルの無駄に広くて犬臭い車の各所に、丹念に身体を擦り付け、匂いや毛を付けたというに、次回のデートの時には、匂いも毛もすっかり落としてしまっています。困ったものです。

 だから今回は、入念に身体を擦りつけておきました。

 ふむ、匂い付けはこれくらいで充分でしょう。そろそろ後部座席のゲージに戻りますか。


 一仕事終えた私がゲージに戻ろうとしたその時、あるものに気づいてしまいました。

 …後部座席の座布団の下に、何やら雑誌? の様なモノが隠してあったのです。

 ははぁん…タケルもオスと言うか、男の子ですね、まったく。こんな解りやすい所に隠しておいて、不用心ですね。

 何となくの予想を立てて、私は座布団を鼻先で押しのけます。人間のオスが、布団の下に隠すモノ…そんなもの決まっています。Hな雑誌でしょう。ほらやっぱり、文字の読めない私でも、直ぐに解ってしまう内容でした。


 私が鼻先で座布団下から掘り出した雑誌は2冊。

 ひとつは、どのページもカラー写真がふんだんに使われたモノ。厚みもありますが、写真を多く使うためか、重量感の凄い雑誌です。もしかしたら、私の体重と同じくらいかもしれません。

 中身の特徴としては、多くのページで、とにかく豪奢で日常的ではない衣装を着た女性が映っていいます。基本は白をベースとした、ふわふわと生地の多いドレスの様です。

 …そういえば、タケルは特定の衣装に萌えるとか言っていましたね。“馬車道”とか“ハイカラさん”と呼ばれる衣装に萌えるらしいですが、これがその“馬車道”なのでしょうか?…以前に聞いていた紫色を主体とした衣装とは、ちょっと違う気がするのですが???


 もう一冊は写真が多いとはいえ、先ほどの雑誌に比べればまだ少ない。けれどその少ない写真はもちろん、イラストなどが破壊力抜群です。

 だって…ボテ腹なんですもの。

 タケルが、…そんなニッチな趣味をしているなんて…特定の衣装に萌えて、しかもボテ腹フェチとは…アカリがあんまりです。彼氏がこんな変態趣味の上に、隠すのが下手なんて…これは、二人の付き合いは考え直さねばなりません。

 飼い猫として、飼い主が不幸になる姿は見たくありません。どうにかしなければ……


 私が今後の対策やアカリに対するフォローとかを、猫なりに考えようとしていたところに、はやくも二人が戻ってきてしまいました。



「ふぃ、沢山たべたねぇ。もうしばらくは甘いモノはいらないかも。」

「だねぇ。とくにアカリちゃんは、何度もケーキのお代わりしていた上に、最後の方にピラフとかカレーとか、食事系まで手をだしてたしね。もちろん最後のシメは焼きそばだったけど」

「いいじゃない、焼きそば好きなんだから。甘いモノだけじゃなくて、しょっぱいモノも欲しくなっちゃうのよ」

「まぁ、それには俺も同意するね。結局俺も、甘いのもしょっぱいのも食べていたしね」



 二人は車の外。車のすぐそばで何やら話しこんでいます。

 タケルの抱える荷物を後部座席に置こうとしているのか、運転席と助手席に別れず、ふたりして助手席側後ろのドアの前に来ています。



「タケルさんだって、沢山食べていたし、アウトレットのバームクーヘンをこんなに買い込んで、こんなに食べて再来週のマラソンに影響ないの?」

「う~ん、このところしっかり走り込んでるし、まぁ大丈夫だよ。それに安かったんだもの。ほら、端っこがちょこっとカケているだけで、こんなに安いんだよ」

「それでもここのバームクーヘンとか焼き菓子全般、賞味期限が短いし、まとめ買いするのはどうかと思う」

「ふっふっふっ、大丈夫っ! 冷凍しとくんだよ。で、食べたい時に食べたいだけ薄切りにして、トースターでパリっと焼き上げると、これがうまいんだ」

「バームクーヘンを焼いちゃうの?」

「そう。多層構造のバームクーヘンは再加熱しても風味が飛びにくいし、パイ生地と同じくサクっとパリパリの食感になるんだ。そのまま食べてもいいし、蜂蜜やジャムはもちろん、リッツ感覚でオードブルを乗せてもいけるんだよ」



 またタケルがウンチクを垂れています。このすきに、なんとかこのHな雑誌を隠してしまわねば。…無理です、思いです。ネコの私には動かせられません。特に写真の多い方、爪を立てようにも、ツルツルと滑る写真素材の表紙が、邪魔立てをしくります。なんですか? この無駄に高級感のある表紙はっ!!

 焦る私に対して、無慈悲にもドアロックの解放を告げる電子音。そのまま、ボタン一つで自動開閉するという、後部座席のスライドドアがゆっくりと開いてゆきます。

 あああ、もうダメです。物陰に隠す事なんか不可能です。はわわ、どうすれば、どうすればいいのですかっ?!

 とっさの行動でした。開きだしたスライドドアが半分も開く前に、私は雑誌の上にダイブ。腹ばいになって全身を広げ、より多くの面積を隠せるように伸びをしました。

 そうです。私の身体を使って雑誌を隠したのです。どうです、この我が身を投げ出して飼い主を守ろうという、飼い猫の鏡の様な姿。中々いませんよ。



「フシミ、いい子にしてた? また車のなかにマーキングしてなかったでしょうね?」



 いい子にしてましたとも。それも今、現在進行形でもっといい子にしています。 

 解放されたドアから、氷付くような冷たい外気が入り込んでも、私はぐっと我慢して雑誌の上で伸び続けます。



「いつもデートに振り回してごめんね。ほら、抱っこしてモフモフあげるから」



 べっ、別に抱っことか結構です。今抱っこされたら隠した雑誌が見えてしまいます。しかも、私が身体で隠してしまったから、私の身体がどいて雑誌が発見されたならば、かえって強調されてしまう形。ダメです。ここは何としても抱っこされてはなりません。

 私は四肢に力を込め、両前足後足の爪を後部座席に食い込ませ……食い込ませられませんっ!!

 新素材繊維とか防汚れ撥水加工とか、そんな感じの後部座席。特殊な生地で作られたシートは、汚れや水だけでなく私の爪もはねのけてしまいました。



「ほーら、お留守番ありがとうね」



 はわわ、アカリの温かな両手が、私の身体の下に優しく差し込まれました。ダメですアカリ、今抱っこしてはいけません。ああぁぁ―――



「よいしょっと。…ふぇ? あれ、この雑誌って…“ゼクシィ”? それに“たまひよ”? これって―――」

「ああああっ!! いや、これはっ!! その、あれだ、その。…なんで、隠しておいたのに、なんでっ!!」



 見つかってしまいました。私を抱き上げながら後部座席を覗きこんだアカリ。私が隠していた雑誌を、まじまじと観察して首をかしげています。

 一方タケルは、周囲に響く大声をあげて動揺しています。抱えていたバームクーヘンの袋を、ぎゅうと潰してしまう程の動揺です。



「これってタケルさん…そのやっぱり…あれなの?」



 タケルの方を振り返ることなく、首をかしげたままアカリが問いたてます。…修羅場ですか? 年上彼女の貫録をみせて笑ってすますのですか? はたまたドン引きなのですかっ!?

 抱かれた私には、アカリの鼓動がどんどんと加速しているの伝わります。私を抱き上げる両手にも、じっとりと汗をかきつつ、余分な力と震えが加わってきています。



「えっと…その、あれってのが何なのか判らないけろ、すの、あの、えぇっと、判んないけろすの――――」



 ああ無残ですね。

 隠していた雑誌が見つかってしまい、もはや緊張が限界超えたのか、普段から舌っ足らず気味のタケルのかつぜつが更に悪化。“けど”と言えず“けろ”に、“その”が“すの”となってしまっています。

 …生まれも育ちも埼玉県なのに、どこか別の地方の出身者の様な訛りが出てきています。 

 あまりに哀れに思っていたら、タケルが大きく息を吸い込む音が聞こえてきました。…一瞬、過呼吸ですか? と思いましたが違いました。

 深呼吸で呼吸をいくばくか整えたタケルは、出来る限り落ち着いた口調で、



「…うん。あれってのが、アカリちゃんとの結婚を意識しているってんなら、その通りだよ」



 動揺や緊張、震える声は隠し切れていませんでしたが、ゆっくり言葉を紡ぎ出しまし…何故か、結婚とかほざき出しました。

 ……はい、結婚?  Hな雑誌で、なんで結婚?



「そのゼクシィとたまひよは、予習と言うか何というか、結婚を申し込むのに知識も準備もないのに申し込むのって、無責任かなって思ってね。先月買ったんだよ。今度さ、雰囲気の良い場所でプロポーズしようと思ってね」



 タケルのとんちきな発言と呼応するように、アカリの鼓動は更に加速。私を少しきつい位抱きかかえ、少しうつむくように震えだします。

 これは、泣き虫のアカリがいつも泣く前に見せるしぐさ。…そうですねアカリ、お泣きなさい。彼氏が特定の衣装に執着して、ボテ腹フェチというニッチな趣味で、緊張のあまり結婚とかほざきだしたなら、乙女は泣いても構わないと思います。さあ、私の胸でお泣きなさい。…私の方が胸に抱かれていますが…



「…いいよ、そんなの…予習とか場所とか…、予習とかしなくても、何時でも良かったのに…」

「それっ…て、…OKって………こと?」

「…っ、…うん」



 何で、何でですか? こんなシチュエーションで、なんで結婚の申し込みを受けているのですか?

 状況を理解できない私をよそに、二人は突き進みます。

 今まで抱きかかえていたバームクーヘンの袋を、地面に放り出したタケル。



「ありがとう」



 一言だけ言うと、アカリを背後から強く抱き締めます。もう彼に震えや動揺なんてなくなっていて、ただただ優しくアカリを包み込もうとしています。

 それでも緊張や不安、自身がさして力のない存在だということ、“勢い”なのかもしれないという危うさは自覚しているみたいです。それを自覚したうえで、タケルはアカリを抱きしめていました。


 本当に何でですのか? なんでこんな展開になるのですか? アカリはどうして結婚を受け入れたりなどしたのですか?

 そして、どうして泣いているのですか?

 そんな、嬉しそうな切なそうな、それでいて力が抜けたような笑顔をしながら泣いているのですか?

 彼女が抱きしめる力が緩み、私は身をよじり見上げます。見上げたアカリの顔からは、涙がいくつも零れ落ちてきました。



「ごめんね、また泣かせて。前にアカリを泣かさないって言ったのに…もう泣かしたくない、とか言っていたのに」

「っひく、いいの。…っひ、今日のは、…ぇぐ、…っ…今日のは泣いても、いいんだよ。フシミもそう言ってるし」

「言ってないよ、そんな事」

「…っく、ぇぐ…ぅ、言ってるもの、ねフシミ」



 零れる涙を拭おうともせず、アカリは私に問いかけてきます。…そうですね、今日くらい泣いたっていいと思います。

 だから私は、にゃーと答えてあげました。

 二人に、私の言葉は通じませんが、それでも何かが伝わってくれるような気がして、声をだすのでした。








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