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6/11

-4- あいたくなかった

話し言葉の部分は敬称をつけているけれど、そうでない文章の時につけるべきかどうか悩みます。

前の内容で霞の森⇔蒼碧 間の駅数を4から2にしました。

隣り町なのに4駅も離れているのはどうかとおもったので。

わたしが青柳の実家に帰ってから2週間後。

卒業式で3年生を送り、在校生はその年度最後の期末試験を終えた。


学生たちはテストも終わり晴れやかな気持ちで春休みを待つのみの3月の終わり。


今日は終業式の当日の朝。


わたしはいつものように学校にくると国語研究室に鞄を置いてから、職員室に向かった。


霞の森学園の教師たちの机は、職員室と研究室と呼ばれる部屋にそれぞれある。

研究室とは言っても教師一人一人の個室があるというのではなく、各科目の教師がひとまとめにその部屋にいるという形である。


国語教師であるわたしの机は職員室と国語研究室にある。


職員たちは朝は職員室に一度集まって朝のミーティングをし、その後はそれぞれの研究室にいることが多い。


音楽研究室は音楽室の隣り、理科研究室は理科室・科学室・実験室の近くといった感じに配置されている。

わたしの国語研究室は国語資料室の隣で建物の端っこの方にある。

他の研究室に比べて職員室から遠いのだが、国語研究室には利点がある。

それは、国語研究室専用の少し広めのベランダがあるということである。


歴代の国語教師たちがそのベランダが過ごしやすいよういろいろなものを持ち込んで置いていた。

外用の椅子、パラソル、そしてなぜか野菜の苗……。


3月の今はホウレンソウ・ネギが元気に大きくなっている。

そして、ラディッシュ・レタスの芽が出ている。

ちゃんとプランツプレートに『ラディッシュ』『レタス』と書いてあるので何の芽かがわかりやすい。

ベランダの柵が高く向かいの校舎からも見えないためいろいろとやりたい放題である。


わたしのお気に入りはパラソルの側にある椅子である。いつか、ハンモックを持ち込みたいものだ。




……話がずれた。終業式の当日の朝の話である。



職員室に行くと、すでにほとんどの職員が集まっていた。

終業式をするための体育館の準備は昨日のうちにほぼ終えているので、今日は最終点検と式の流れを確認するというのが朝の会議の内容になるのだろう。


わたしは自分の席に行って会議が始まるのを待った。


いつもよりも少し早い時間から会議が始まった。終業式の流れ等を確認して、あとはそれぞれの準備をというときに校長から話があるとうことで、校長が理事長と共に前に出てきた。


霞の森学園の理事長は外国の方で60過ぎのナイスミドルである。

微笑みの素敵なおじさまという印象だったのだが、その理事長が今年度で理事長を辞めて新しい理事長を迎えるという話だった。


新しい理事長が紹介された。

新しい理事長の名前はホリー・ショウ・トウシェク。

わたしはその名前と姿を見て血の気が引いていくの感じた。


金髪碧眼のイケメン新理事長サマは、こないだ我が家に押しかけてきたあのセレブつんけん男でした。


ちなみに、ナイスミドルな前理事長の名前がフィン・トウシェク。


この間ホリーから『トウシェク』という名前を聞いてどこか聞き覚えがあると思っていたら、霞の森学園の理事長のファミリーネームでした。理事長って、世襲制だったのですね。



わたしは頭を抱えたくなった。

新理事長に対して、わたしは結構な暴言を吐いてしまった気がする。

あの時は知らなかったとはいえ、新理事長に対して自分の名前を名乗らないから「ゴンベイと呼んでもよろしいですか?」なんて失礼なことを言ってしまっていた気がする。


どうしようと悩みつつ、とりあえずできるだけホリーと顔が合わない位置に立って校長の話を聞く。


これまで、いらないいらないと言っていた()()()がとうとう起こってしまった……。

しかも、さんざん「面倒事持ってこないで」と言っていた従兄弟たちが原因でなく、自分自身がやらかしたことが原因で……。

完全なる自業自得な面倒事だった。


わたしが他の先生方を盾にするようにジワジワと移動をしている中、ホリーは良い声で自己紹介をしている。

ようやくホリーと目の合わない位置に移動してホッとした瞬間、盾にしていた先生が横にずれて、たまたまこっちを向いていたホリーと目が合ってしまいました。


ちょうど話し終えたホリーは少し驚いたような顔をして、校長に何かを話しかけて校長もわたしと目が合いました。


 ホリー理事長サマ、校長先生に何を言ったのですかね……。いや、知りたくないです。とっても知りたくないです。


校長がホリーとフィン前理事長と職員室を出ていきホッとしていると、あとで校長先生に呼ばれました。


校長曰く「終業式の後で理事長室に行くように。」



 お説教ですか、それとも解雇ですか、わたしお仕事干されちゃいますか……?



理事長室に呼び出しを喰らった朝の職員会議のあと、職員室の机に頭をついて唸っているとわたしを呼ぶ声が聞こえて振り返った。


「あ・お・や・ぎ・せーんせっ。今日、お暇ですか?」


にっこりと微笑みながら声をかけてきたのは、公民の斉賀(さいが)先生だった。

とても親しみやすく、わたしにもよく声をかけてくれる先生である。

さばさばとしていて、頼れる先生でもあった。


「えぇと、終業式の後は理事長室に行く用事はありますが、そのあとなら。」


わたしはさっきの衝撃からどうにか気持ちを立て直しながら答える。


「おお、じゃあ飲みに行きましょう。」


まさか終業式の後の合コンとかするのだろうかと思い、そうであった場合は断ろうと思って確認をする。


この世界だと美人な部類に確実に入らないわたしはせいぜい引き立て役にしかならないだろうし。

すでに恋人だの旦那だのを作るのは諦めている。婚活をする気もない。

駿河家だと弟がいたのでよかったが、青柳家では一人娘だというのに、孫を見せてあげられないというのは両親に申し訳なくは思う。

駿河家の娘の味唯はもういないのだから、あとは弟の黎に任せるしかない。


 お父さんとお母さんに孫を見せる役は黎に頼むとして。

 パパとママには……、まぁ諦めてもらうしかないだろう。


「えぇと、他のメンバーは?」


まき先生と、井尻いじり先生と~、まぁ女子会ですよ、女子会!」


「はい、それならぜひ」


女性ばかりの会なら行って交流を深めたい。

同僚とも仲良く、そして楽しく穏便に暮らしたいです。


「やったぁ。青柳先生ここのところずっと飲みに誘ってもなかなかOKくれなかったから、彼氏でもできたのかなぁって話してたんですよー。久しぶりに一緒に飲めますね!」


そう言って斉賀先生はニコニコと終業式の準備に行った。



斉賀先生と話をしながら、わたしは心のどこかに引っ掛かりを感じていた。

わたしは深咲になってから、斉賀先生・槙先生・井尻先生から飲みに誘われた記憶がない。

それ以前の数か月前の深咲の記憶では女子会に参加していたという記憶がある。

ただ、11月頃からは飲みに行っていなかったように思う。


 何故誘われただろう飲み会に、私は参加していなかったのだろうか。

 深咲は、彼女たちの誘いに乗らずに何をしていたんだろうか。


わたしがこの場所に来たあの時に感じた、違和感。それが、関係している気がする。

わたしがあの時リビングで目が覚めた時に感じたイメージ、そして不自然に欠けた記憶。


 そう、実はわたしには深咲の一部の記憶がない。


わたしは深咲としてこの生活をしていると、仕事を終えたあとの夕方は暇を持て余している。

今はお休みの日もわたしが興味あることを見つけてしているし、茶京さんのお店にタダになるお茶を一杯飲みに出かける。

授業をするための準備はもちろんしているが、なぜか時間が余る。


 深咲はこの時間を何に利用していたのか。


斉賀先生が先ほど言った言葉が頭の中で再びよみがえってくる。


「彼氏でもできたのかと」


もしかしたら、

深咲には彼氏がいたのかもしれない。

コルクボードには彼氏との写真が貼られていたのかもしれない。

送信メールフォルダや受信メールフォルダから何かが消されたような気がすると思ったのは、その相手との記録だったのかもしれない。


一番気になっていたことが、リビングで目覚める直前の記憶が一切(いっさい)無いこと。

目覚める前24時間ほどの記憶がない。


深咲の記憶を思い出す前に感じた部屋の印象が「立つ鳥跡を濁さず」だったこと。


深咲は、死のうとしていたんじゃないだろうか?

その直前の記憶がないのは、それを味唯であるわたしに見られたくなかった?

見られたくない記憶だった?


推理小説好き、サスペンス小説好きな味唯の悪い癖かもしれない、でもそれが事実かもしれない。


そんな考えに没頭しているのは、ただ単に目の前の現実…解雇の恐れ…から目をそらしたいだけ、なのかもしれない。





終業式が終わった。

生徒たちは春休みへの解放感と、一つ学年が上がることへの不安や期待を持ちながら下校していった。


それを見送ったあとのわたしは(解雇・離職・来年度からプータロー・ハローワーク・職探し)という言葉が頭の上にクルクルと回っていた。


ずーんとした気持ちを抱えつつ、重い足取りで理事長室に向かった。



理事長室の重厚なドアを開けると、そこには前理事長と現理事長がいた。

前理事長のフィンはニコニコと人のいい顔で深咲を見て、現理事長のホリーは困った顔で深咲を見ている。


「しつれいします。校長から理事長室に来るように言われた青柳です。」


前理事長の顔は知っていたし名前も聞いたことはあったが、理事長と関わることはこれまでなかったので、話すのは初めてである。

ほぼ初対面のフィン前理事長は笑顔で、衝撃的な出会い(?)をしたホリー現理事長は少し居心地が悪そうな面持ちで話し始めた。


「青柳深咲くんだったね?わたしはショウイチ・フィン・トウシェクという。ホリーの父です。」


「…あらためて、ホリー・ショウ・トウシェク。このたび理事長に就任しました。」


「あ、はぁ。えぇと、よろしくお願いします。」


何故改めて自己紹介をしてくるのだろうか、先ほど職員室で挨拶をしていたので名前はわかっている。

それとも、わたしを辞めさせる前の挨拶というものなのだろうか?


 ん?前理事長さん今、ショウイチ・フィン・トウシェクって言った?

 フィン・トウシェクだと思ってたんだけど。


ぼうっと考えていると、ホリーがきれいな髪をさらさらとさせながら頭を下げていた。


「この間は、大変申し訳ないことをしました。祖母の手紙を読みました。

 祖母に大変良くしてくださった方に、なんていう暴言を……すみませんでした。」


わたしは先ほどまとは違った意味で、顔を真っ青にしていた。


 いや、やめて。一般ピープルな教師に理事長サマが頭を下げるものじゃないでしょ!?


「息子のホリーが失礼なことをしたようで、申し訳ない。」


 いや、やめて。理事長のお父様の前理事長サマまで頭を下げるとか、どういう拷問ですか……。


「ややややややや、やめてください。そんな、頭上げて下さい。

 そりゃ、あの時はわたしも頭に血が上ってちょっと怒ってましたけど。

 わたしも相当失礼な言動しましたし、お互いさまということで頭を下げるのはやめてください!!」


わたしの必死のお願いでようやくわたしは お偉いさんからのごめんなさい祭 から解放された。



その後、わたしはお断りしたのだけど、中々に強引なトウシェク親子に席を勧められしぶしぶ理事長室の豪奢なカウチに座った。

非常によい座り心地で庶民のわたしは汚さないようにしないといけないという強迫観念にとらわれた。


現理事長手ずから淹れてくれたのは、紅茶でも珈琲でもなくほうじ茶だった。

2人とも金髪碧眼の外国人な外見だというのに、まさかの日本茶。

そういえば、日本語もペラペラだ。


そのお茶が玉露とかの高級茶だとさらに心臓に悪い展開だったが、懐かしい味のするほうじ茶だったので少しほっと一息を入れることができた。


「これ、あきさんが飲んでいたのと同じお茶、同じ淹れ方……?」


あきさんが遺していた中にほうじ茶の缶もあったが、自身で淹れてもあきが淹れてくれたような味にはならなかった。

あきさんが亡くなってから3年間飲む事が出来なかった味に目が潤む。


「そのお茶の淹れ方は、私が覚えている母の味だ。母に教えてもらった大事な私の記憶でもある。

 なので、自分で淹れられなくなっても飲めるように、息子のホリーにも淹れられるようビシバシ鍛えたんだ。

 これでボケても、体が動かなくなっても、母の味が飲めるので心配ない。いいだろう?」


わたしが懐かしみながら飲んでいると、前理事長がそう教えてくれた。


「そう、か。貴方があきさんの息子の……晶一(しょういち)さん、なのですね。」


とあきさんから聞いていた息子の名前を確認すると、前理事長が目を少し大きくする。そして、にぃっと微笑んだ。


「あぁ、しょういち……その響き、懐かしいな。

 トウシェク家に入ってから、周りからはセカンドネームのフィンの名でばかり呼ばれていたからな。

 母がつけてくれた名前を呼ぶ人はいなくてなぁ。」


「あきさんが“息子の晶一の晶の字は、自分の(あき)から取っている”とおっしゃっていました。

 あきさんの名前は戸籍上は 誉 あき ですが、あきさんのご両親は晶という漢字を当てていらっしゃったらしくて……。」


わたしの話をうんうんと嬉しそうに聞く前理事長と、初めて知ることばかりのことに興味深げに聞くホリー。


わたしも普段は入ることのない理事長室で緊張をしていたが、大好きなあきの話をたくさんできてとても嬉しかった。

3年前に亡くなってから、あきさんについて話すことは少なかった。

近所の方とかは話をすることができるけど、仕事をしているとなかなか話す機会もなかったから。


喜びに自然と笑みを浮かべていると、前理事長がずっと保っていた“人のよさそうな笑み”から、“悪巧みをしている笑み”に変わっていた。


「深咲さんとお呼びしてもよろしいかな?」


「え、えぇ…と。苗字の方が良いかと思うのですが。

 りじちょ……いえ、前理事長でいらっしゃる方に下の名前を呼ばれるような仲と思われても……。」


「では、周りに人がいない時の学内と学外では、良いですね?」


「えっ、あ……。はぁ。」


名前を呼ばれることに抵抗はあるが、外国では名前呼びが普通らしいし、何より拒否を許さない目をしている前理事長なので学外では仕方ないかと了承の意を示す。

すると、


「深咲さん。できれば前理事長だなんて呼び方ではなく、名前を呼んでもらえないだろうか?

 私はもう理事長の職を辞したのだからね。」


「えぇと、トウシェクさん…で、しょうか?」


「いやいや、それでは息子を呼んだのか私を呼んだのかがわからない、是非『晶一』と……」


「え、それはさすがに……」


「是非」


さすが理事長だけでなく、大きな会社を総べていた大物である前理事長……いや、晶一さんである。

言葉と表情だけで、従わなければならないような気持ちにさせられる。


「し、晶一…さん。」


深咲が折れた。

今後はあまり晶一さんに関わらないようにしよう、そしてもし話さなければならない時も、できるだけ名前を呼ばないように話すことにしようと決めた。



 どうしてだろう。わたしいはただただ、平和に地味に楽しくこの世界に溶け込んでいきたいだけだというのに。

 どうしてこうも、面倒事になりそうな相手がわたしの側にばかりやってくるのだろうか……。



前理事長を晶一さんと呼ばなければならないと、頭を抱えながら理事長室を退室した。



とりあえず、解雇されなくてよかった。



斉賀先生に誘われた女子会が始まるのは6時半からで、始まるまでに時間がある。

終業式の片づけも終わり、就業時間も過ぎたので一度帰宅して女子会に参加するために着替えをして、早めに家を出て、散歩がてら河川敷を歩くことにした。


この河川敷はジョギングするのに良い場所である。近所の方々が夫婦で歩いていたり、夏には子どもが水遊びをしていたり、屋根のある場所ではお年寄りの方々が将棋をうっていたり、若者がスケボーをする場所があったりと、町民のニーズにこたえた場所である。


そんなゆったりと流れる景色を見ながらため息をつき、人通りの少ない場所に座って川の流れを見る。


「……あの。青柳さん。」


ぼうっと座っていて少し経った頃に名前を呼ばれた。振り返るとそこには金髪碧眼の男性、現理事長がたっていた。


「えっ!?理事長!?」


わたしが思わず立ち上がって声を上げると、理事長は眉を少し寄せた。


「……あー、ここは学外なのでその呼び名はちょっと……。」


理事長にそう言われてわたしは困り、考える。

確かにわたしもプライベートの時に 先生 と呼ばれると仕事モードに入ってしまうというか、営業スマイルを作ってしまいがちではある。

理事長も同じなのだろう。


「えぇと、では。トウシェクさん……?」


そう呟いてから、理事長室での晶一とのやりとりを思い出してしまう。

まさか親子そろって……。


「できれば、ホリーと……。」


 そのまさかでした。


「う……ホリー…さん。こんなところで、何をしていらっしゃるんですか?」


従兄弟である奏也くん・耀也くん・茶京さんはともかく、他人のイケメン・ナイスミドルまで名前呼びをするようになるとは、思いもよらなかった。


「あそこから貴女の姿が見えたので……。」


ホリーが指さす方を見ると、川の対岸に学校の駐車場が見えた。

確かに車で学校に来たのなら、この河川敷の様子は見えるだろう。だが、なんのために……?


「あぁ、ホリーさんは車で学校にいらっしゃったんですねぇ。」


「ええ、青柳さんはこれからどこかに行かれるんですか?」


ホリーはわたしの職場での服装とは違う姿を見て尋ねてきた。


「えぇ、職場の方々と食事に。」


「そうなんですか。」


「はい。」


「…………。」


「…………。」


「………………。」


 な、何をしに来たんですかーーー?


「えぇと。」


「あの日、貴女のお宅にお邪魔した時、久しぶりに霞の森町に来たんです。

 昔、子どもの頃に1度だけ祖母に逢いました。

 ずっと逢っていなくて、逢いたいと思って家に行きました。

 祖母が亡くなっていることを、知りませんでした。」


黙りこくっていたかと思いきや、突然ホリーの語りが始まった。



 その話、6時半までには終わりますか……?



女子会の前に、理事長の語りを聞かねばならないようです。


「トウシェク家のことなのであまり大きな声では言えないことなのですが、実は祖母は父となかばむ……」


「ちょっと待って下さい!それ、他人のわたしが聞いちゃいけないレベルのことじゃないでしょうか?」


語りが始まる前に、わたしは急いで止めに入った。

トウシェク家はただ学園の理事長をしているだけではない。いくつもの会社も経営しているような家だ。

そんなトウシェク家の秘密をトウシェク家とは関わりのないわたしに聞かせるなんておかしな話である。


「……まぁ、確かに情報が漏れると結構大変なことになったりもするかもしれないですが。」


「その話は聞きません。聞きたくないです。そういう秘密は聞きません。」


「青柳さ……」


何故だか悲壮な顔をされたが、お家騒動とかに巻き込まれるのは勘弁です。


「あきさんは、わたしのおばあちゃんみたいな人です。

 血のつながりのある祖母よりもわたしのおばあちゃんです。

 そんなあきさんがわたしは大好きです。

 あきさんはわたしには家族のこと話してくれましたけど、大事なことは言いませんでした。

 わたしはなんでだろうとは思いましたけど、息子さんの育った環境が特殊だからなのだと思います。

 告げる必要がないと思ったのだと思います。だから、貴方もわたしにその話をする必要はないです。

 あきさんが話さなかったことを、他の誰の口からもわたしは聞くつもりはありません。

 あきさんもその話をわたしが聞くことを良しとしてないのだと思うので。

 もし、あきさんのことを話すなら別のことにしましょう。

 貴方があきさんのことを知らないというなら、わたしが知っていることはお話します。

 あれだけ勢い込んで家にいらっしゃった貴方のことです。

 きっと、一度しか会ったことなくても、あきさんが好きだったのでしょう?

 なら、あきさんのこと……好きな者同士でお話をしましょう。」


ホリーの語りを聞かねばならないと思っていたのに、なぜだかわたしの語りになっていた。

それもこれもトウシェク家のあれやこれに巻き込まれないため。

それでなくても、前理事長を晶一さん、現理事長をホリーさんと呼ばねばならない状況に陥ってしまったというのに、これ以上の面倒事になりそうな話を聞きたくはない。

それよりも、あきさんについて語る方がいい。


……できれば一緒にいることを変に勘ぐるような人のいない場所で。


ホリーはわたしの勢いに押されて、若干顔をひきつらせながら頷いてくれた。

深咲よりは年上であるホリーだが、まだまだ晶一よりも人生経験が浅い分、丸め込みやすいようで良かった。


ふと気づいて、携帯電話を出して時間を確認する。


【6時20分】


「あぁっ、待ち合わせ場所まで10分じゃ歩いて行けない……。」


「待ち合わせ場所はどこですか?」


わたしがうなだれて、斉賀先生に連絡を入れようとしていると、ホリーが聞いてきた。


「駅前の桜兎(さくらうさぎ)の前です。……うぅ、久しぶりの参加なのに遅刻だなんて。」


「送ります。来てください。」


わたしは連絡をするために取り出した携帯電話を片手に持ったまま、呆けながら金髪碧眼のイケメンににっこり微笑みかけられながら手を引かれた。



 ……あれ?なんか流されてる自分がいるけど、こういう展開って面倒事に巻き込まれるんじゃ……。

なぜだろうか。

この物語に出てくる深咲の同世代の男たちが、ダメンズに見える気がする。


……き、きっと気のせい……?

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