-1- 目が覚めるとそこは……
短編のと一緒。
便宜上 前世の自分を「わたし」、現世の自分を「私」という一人称にしています。
30歳、結婚歴なしの独身、彼氏なし。好きな人なし。
仕事に疲れて帰りの電車でコクリコクリと舟をこいでいたら事故に遭ってしまいました。
電車の外から変な音が聞こえてきて、目を覚ましたら窓の外には大型トラックが向かってくるが見えました。
(こういう時、スローモーションに見えるって本当なんだなぁ。)
聞こえてきた変な音は踏切を突き破った音。
そしてわたしの目に映ったのは居眠り運転をしている大型トラックの運転手の顔でした。
(毎日お仕事、忙しいんだろうけど、居眠り運転はやめてほしいなぁ。)
電車に大型トラックがぶつかってきて、運転手を守るためにエアバックが出てきました。
(この走馬灯の具合から言うと、わたしは死ぬんだろうなぁ。あぁ、仕事の引継ぎとか、溜まった書類が……。)
大型トラックはまるでわたしに目がけるように迫ってくる。
(……この車両にはわたししかいなかった気がする…な。大事故にはならないといいんだけど……。)
そう思った瞬間、トラックは目の前にありました。
そこからわたしの意識は完全に途切れました……。
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チュンチュンチュン
なんとも、平和な鳥の鳴き声が聞こえてきてわたしは目を覚ましました。
「え、何。夢オチ!?」
つい言葉に出して言ってしまう。
ばかばかしい……と呟いてから、周りを見回すとそこは、見覚えのない部屋でした。
「ここ、どこ。」
しかも、寝ていたのはリビングと思しき場所の机で転寝していたかのような状態で、柔らかなベッドの上ではない。
部屋の家具はシンプルなものが多く、壁に飾られたコルクボードには何かが貼られていたような跡はあるが、今は何もない。
とりあえず、その部屋を歩き回ってみる。
女性の部屋のようで、可愛らしい香水の瓶が並んでいたり、おしゃれなバッグがかかっていたり、少し派手な服も置いてあった。他には、布で作られたウサギの人形や糸を巻いて作られた手鞠も飾られている。
女性らしい可愛い部屋なのだが、何故か違和感を感じる。
この部屋の状況に何か言葉を当てはめるとしたら…。
「立つ鳥跡を濁さず……?いや、なんで…?」
自分で言っていて意味が分からない。
人の姿を見た気がして振り返るとそこにはスタンドミラーが置いてあった。
シンプルなデザインであったはずのそのミラーは花や石がつけられて可愛らしくデコレーションされていた。
ふと、鏡に映った自分を見る。
「誰、これ。」
鏡に映るはずの自分の姿は、見たことのない女性になっていました。
その姿を見た途端、ガンっと頭を殴られたような痛みを感じてうずくまる。そして、『記憶』が頭の中に流れてきました。
わたしはまた意識を失ったのでした。
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倒れてからの時間は十数分だったようです。
再び目を覚ましたわたしはその『記憶』と部屋の様子をもとに状況を整理してみました。
『私』は青柳 深咲 30歳 霞の学園の国語教師。
趣味はおしゃれすること。香水を集める事。女子力を高める事。
彼氏は(どうやら)いない。ここは少し曖昧。メール履歴を見ると最大メール保存数よりも少なく、いくつかのメールが消されているような気がした。
そして、この町は【花霞郡 霞の森町】。
この地名、「わたし」の記憶に間違いなければ、実在しないはずの町である。
だけど、聞き覚えがあるどころか、一度は住んでみたいと思ったことのある地名。
わたしが「わたし」である5年前にプレイした唯一の乙女ゲームの中の舞台…。
そう、わたしは乙女ゲームの世界にやってきたようです。
(わたしの体感では)さっき遭遇した事故でわたしは死んで、ここに転生したというものらしい。
輪廻転生って本当にあるのね。でも、なんで乙女ゲームなのかしら。
ここで普通なら「キャー、わたしってばヒロインになっちゃった!?イケメンを攻略しちゃおう!」とか「逆ハーレムは乙女の夢よねぇ。」とか「ヒロインじゃなかったけど、略奪愛(笑)」とかになるらしい。
でも、転生先の「私」は乙女ゲームのヒロインポジションではなく「わたし」は逆ハーレムに夢は持っていない。
さらに、イケメンは見るのは嫌いじゃないがヒロインから奪ってまで側に置きたいものでもない。
わたしは乙女ゲームというのものは一つしかプレイしたことなくこの世界の舞台のゲームしか知らない。
というか、このゲームは一人だけ大人(担任の先生)がいたはずだが、あとの攻略対象は子ども(学生)が主である学園がモチーフの乙女ゲーム。
30歳の深咲の恋愛対象にはならない。
はっきり言おう「わたし」も「深咲」も未成年に興味はない。
冷静に考えて、わたしは年相応に30歳前後の男性がいい。
っていうか、カレンダーを見るとわたしの知ってる乙女ゲームの中での期間を終えているのよね……。
そうそう。深咲の記憶の渦から無事生還したあと、外に出かけたり深咲の持っていたアルバムなんかを見たんだけど。
ここに存在する人たちは老若男女がイケメンと美人なのよね。「私」以外……。
どうやら「私」はこの乙女ゲームの世界では、ぶちゃいくと呼ばれる範囲内の顔のような気がするのです。そして、深咲はその事を小さいころからずっと悩んでいたようで……。
「わたし」からすると、平凡だと思う顔立ちなのだけど、この世界は存在している人間の全体的な美のランクが高いから、「わたし」の世界では平凡な顔立ちは、「私」の世界ではぶちゃいくになってしまうような気がするのです。
さて、ここまで状況判断をしたところで紅茶を入れて一息入れていると深咲の携帯電話に電話がかかってきました。画面を見ると【ママ】と書かれてた。
わたしは母親に対しては「お母さん」と呼んでいたのに、深咲は「ママ」だったのね。不思議と今得たばかりの記憶なのにその記憶はわたしの中に驚くほどしっくりときて…。
「わたし」と「深咲」の意識はきれいに一つになっていた。
少し考えてから、通話ボタンを押す。
「もしもし?ママ、久しぶり。どうしたの?」
深咲の記憶もあるためちゃんと深咲らしく話すことができる。
「あ、深咲ちゃん?来週末はお暇?久しぶりにこっちに帰ってらっしゃい。話したいこととがあるのよ。」
来週末…に予定は特になかったな。
そう思って、了解ということを知らせて電話を切った。
次の日から職場である霞の森学園ではちゃんと仕事に行ってこなしていた。「わたし」は職場で毎日忙しく働いていたけれど、深咲の職場はそれに比べると(学校の先生だというのに)ゆったりと過ごすことができる。「わたし」としては違う職種ということもあって楽しいくらいだ。
ところで、深咲の手持ちの服が「わたし」からすると結構派手でしかも深咲に似合わないと感じていた。
だから仕事帰りにちょこちょこ「わたし」好みで深咲に似合う服を買いそろえていった。
深咲のアルバムの写真を見ていると、服に負けずメイクもかなり派手であまり深咲には似合わない。
趣味がオシャレでファッションに気を遣っている割に、自分に合ったものを選んでないあたりが……なんだかな。この美人ばかりの世界に近づこうとして空回りしていた感じが我ながらいたたまれない…。
そんな風に少しずつ「深咲」と違う自分を出しながら、深咲として第2の人生を歩んでいくことにしたのだ。
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そして、深咲の実家に帰る日がやってきた。深咲は車の免許を持っているが車を所持しておらず、電車に乗って実家へと帰った。
深咲の実家はおしゃれな洋風の家だった。
ちなみに深咲が現在住んでいる家は見ていて癒される庭のついた純和風の平屋一戸建てだ。
派手な装いを好んで身につけていた女性である割に、そういう家に住んでいるのにはいろいろとわけがあるが、今それは関係ない……。
実家の家の鍵は持っているが、もう何年も帰っていない家なのでチャイムを押すと、中から深咲の母親とは思えないくらい美人なママが出迎えてくれた。
久しぶりの帰宅にもかかわらず、笑顔……。
そう思うくらい長い間実家に帰らなかったのにも深咲なりの理由はある。
まぁ、わたしにはあまり関係ないことだから、実家に帰るのに二の足を踏むこともないな。
わたしは笑顔で実家に帰ってきた。
リビングに入ると、ソファに男の子が二人座っていた。二人ともイケメンな男の子だ。
「深咲ちゃん、覚えてる?奏也くんと耀也くんよ。」
そう紹介されて、もう一度二人の顔を見る。深咲の記憶から従弟で懐かしいなと思うのと同時にもう一つの記憶が別の情報を取り出してきた。
夕凪 奏也……。あれ、この子ってば乙女ゲームの攻略対象の子だわ。わたしの知るあの乙女ゲームの世界から少し成長した雰囲気がある……。
「わぁ、久しぶりだねぇ。奏也くん、耀也くん。大きくなったね、今何年生だっけ?」
2人とも深咲の従弟だ。まさかこんなところで乙女ゲームの攻略対象に会うとは思わなかった。
「お久しぶりです、深咲さん。僕は今年から大学3年になります。耀は今年高校生になります。」
奏也くんはにっこり微笑みながら教えてくれた。
「久しぶりぃ、深咲さん。耀也だよ。ぼくのこと、ちゃんと覚えてる?」
少しからかうような雰囲気で耀也くんもにっこりと無邪気に微笑んだ。
2人ともイケメンくんに育っちゃって…と思いつつわたしも答える。
「何言ってるのよ、かわいい従弟の事を忘れるわけないでしょ?2人ともおむつを替えてあげた仲じゃない。」
そう返すと、2人は「そんな昔のことを…」と頬を赤らめて恥ずかしそうに言う。
うーん、かわいいなぁ、この子たちは。あの人たちと違ってとてもいい子に、そして素直な可愛い子になったなぁ。
2人とも深咲が二十歳の頃まではよく面倒を見ていたものだ。私が10歳の時に兄の奏也くんが産まれて、15歳の時に弟の耀也くんが産まれたばかりという年の差のある従姉弟。
しかも、深咲は親戚との仲がうまくいかないことが原因で、一人暮らしを始めてからは実家にも寄り付かなくなった。
大きくなってからはほとんど会うこともなかったから、むしろこの子たちの方がわたしのことを覚えていないと思っていたが……、こんな風に反応してもらえると嬉しいものである。
「それで、ママ今日は何のお話なの?」
従弟たちとの話はさておき、ママの要件を聞くことにした。
「あぁ、話しって言うのはね。この二人の事なのよ。」
そういって話し出したママの言い出したのは…。まぁ、要約すると。
『4月からこの従弟の耀也くんがわたしの職場に入学するので、よろしく面倒見てあげてね。』
ということだった。
ちなみに、兄の奏也くんは霞の森高校の隣の敷地にある大学に通っているそうだ。
あぁ、そういえば。ゲームの中で夕凪奏也は別の高校に通っていたけど、大学はヒロインと同じ霞の森の大学に入学するっていう設定だったな……。
そう思い出してから、わたしは二人に笑いかけた。
「そかそか。耀也くんはうちの学校にくるんだね。まぁ、テストの内容とかは教えてあげられないけど、生活面とかテスト期間外の勉強になら少しは付き合ってあげるよ。」
素直で可愛い従弟にはそれくらいの特典くらいはかまわないだろう。まぁ、あまり特別扱いもしたら他の生徒たちに悪いので、そのあたりの境界は作るつもりだけど……。
「わぁっ、ありがとう!」
「あまりご迷惑はかけないように気を付けますね?よろしくお願いします。」
弟の耀也くんは素直に手放しに喜び、兄の奏也くんは一歩下がって丁寧にそう答えた。2人の性格の差が垣間見えた気がした。
それで話は終わったようなので、実家生活を満喫するために話題転換をしようとしたのだが……。
「あら、深咲ちゃんてば、ダメじゃない。面倒を見てあげるのなら連絡先くらいは交換しておかないと相談もできないでしょ!」
ママはニコニコとそんなことを言いだした。
そんなわけで、わたしは乙女ゲームの攻略対象キャラでイケメン現役大学生と、4月から高校生になるイケメン兄弟二人のメールアドレスと携帯番号、さらに二人が住んでる家の住所まで携帯電話の電話帳に登録させられた。
もちろん、2人の携帯電話にもわたしの連絡先が登録されてしまった。
かわいい従弟たちだけど、面倒事には巻き込まれやしないだろうか……。
少し悩んでしまう。
そんな悩みを心の隅に置きつつも、パパとママとわたし、それから奏也くんと耀也くんと仲良く夕食を取って久しぶりの実家の部屋でぐっすりと眠りについた。
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翌日である日曜日の朝ダンディな深咲のパパが朝食のパンとハムエッグを優雅に食べていた。パパは年相応のかっこよさを醸し出している。うん、ナイスミドル。
ちなみにわたしのお父さんは年相応の雰囲気がもっさりと醸し出されており…。まぁ、ぶっちゃけていうとそこらにいそうなおっちゃんだ。
お母さんも近所のおばちゃんたちと井戸端会議を毎日開催して、世間話にワハハと豪快に笑う立派なおばちゃん。
その二人の娘であるわたしも三十路を越えたあたりから、「オバサン」と呼びかけられてもムッとすることもなく「はいはい、何ですかね。おばちゃんに何かご用ですかね?」と笑顔で対応することもできるので、年相応にオバサンだと思っている。
深咲のパパは素敵なナイスミドル、そんなパパがにこやかにわたしに話しかけてきた。
「そういえば、深咲の従兄が深咲の住んでる町でカフェを経営しているんだ。行ってみてやってくれ。」
そう言われて、ふと乙女ゲームの事を思い出した。
ゲームの中でヒロインがアルバイトをするのだが、バイト先の一つにカフェがあった。そこのカフェの人がとてもかっこよくて、なんで攻略対象じゃないのだろうと思っていたのだ。
パパの話を聞いていると、どうやらその従兄のカフェはわたしの思い浮かべたゲームのヒロインのアルバイト先の店名と一致した。
世間は狭いものだな。苦笑気味にそう思う。
そんなことをぼんやりと思っていると、そのあとに聞いた従兄の名前に、深咲の記憶が反応した。
青柳 茶京
それが、カフェを経営している深咲の従兄の名前なのだが……。
その茶京という人は小さい頃に深咲をいじめていた相手だった。
年が5つ離れているが、親戚の中では一番年齢が近かったために親戚の集まりの時は一緒に過ごすことが多かった。
親戚の中で深咲の存在は浮いていた。
それは見た目によるものだった。ママは美人、パパもイケメン、そしてその娘というにはあまりにも違和感を抱かせる容姿の深咲。
両祖父母や親戚らからつねに陰口の対象になっていた。
曰く「あの子はトロルの取り替え子なのではないだろうか。」というおとぎ話じみたものから、「なかなか子どもができないからって橋の下から拾ってきたんじゃない?」という両親に対してもひどい言い方であったり、両親を擁護〈しているつもり〉の意見でも「病院で取り違えられたのでは?」というものまで。
深咲に聞こえないようにしゃべっているのだが、その雰囲気や目線は深咲の幼心をひどく傷つけてきた。
そして、そんな親戚たちの言葉を真に受けた従兄の茶京は、その言葉の暴力を深咲に直接向けていた。
「おまえはもらわれっこなんだろ。」
「トロルの取り替え子の話し知ってる?おまえはそれなんだろ?正体あらわせよ。」
「おまえなんかが、あの人の娘なわけないだろ!?あの人に優しくされるなんておかしい!」
そのため、深咲は茶京をひどく怖がり、避けていた。
ふるりと肩を震わせる、わたしの体験ではなく深咲としての記憶だったが、そのいじめのトラウマは体に刻み込まれているようだった。
わたしは昔のことを思い出しているというように考える顔をしつつ、目をつむり10数える。
大丈夫、私の昔の話。わたしは全然怖くない。怖がってどうするの。そんなの無駄な事よ。わたしにはなんの関係もない……。
ふっと息を吐いた後、にっこりをパパに微笑みかける。
「ああっ、あの茶京さんかぁ。そうなの?茶京さんてばそういう特技があったのね!知らなかったよ。」
そう答えた時、パパは一瞬だけ辛そうな、そして安堵したような顔を見せたが、わたしはそれに気付かなかった。
「まぁ時間のある時にでも行ってみるね。」
そう伝えて朝食をとったあと、わたしは明日の準備のあるからと昼前には実家を後にすることにした。
パパは、昔深咲が茶京さんのことを苦手だと気づいていただろうか。
帰り際そのわたしの考えはあっさり否定された気がした。
パパは深咲が昔茶京を苦手だったことを知らなかったのだろうと思った。
なぜかというと…。
「あぁ、深咲。これ、茶京くんの連絡先な。」
え、と思う間もなく一枚の紙を渡された。
そこには
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青柳 茶京
花霞郡 霞の森町 井竹2-5トロアいたけ 301
▼○□-□◆△△-××○×
Sakyou.Hauyn@………ne.jp
カフェ アウィライト
花霞郡 霞の森町 志民5‐20 佐川ビル1F
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カフェの地図、電話番号までしっかり書かれていた……。
ちょっと待って。そこまで詳細な個人情報いらないよ…!
「あ、えーと…。あ、ありが…とう…?でも、ここまで詳しくは……」
『こんな情報は知らなくていいし、このメモはいらない』と、返そうとしたときわたしの携帯電話がメールが届いたことを知らせた。
知らないアドレスからのメール。だが、タイトルには【茶京です】の文字。
眩暈を感じてしまったのは、仕方のないことではないだろうか……。
パパ、勝手に娘のメールアドレスをばらまかないで……。
これから深咲として生きていくのに、大きな不安材料を抱え込んでしまった気がする。
でも、でもね。
わたしはこの第2の人生をこれからをまったり、自分らしく生きていこうと思います。
神様、お願いだから、いろんな障害なんて……いらないからね?必要ないからね?
わたしは深咲として、生きていきます!!!