Bonus track (お題外)
塔の遥か下の回廊を通る禿頭を眺めやって、ふんと口を尖らせる。
一国の姫にあるまじき仕草に、隣の貴婦人が小さく笑った。
「なあに、あれが気に入らないのかしら?」
図星を指され、行儀悪く玻璃を爪で弾く。
「腹の底まで真っ黒なくせに、面の皮だけ善人のふりをする輩が一番気に喰わぬ。悪党は悪党なりの矜持を持つなら、まだ褒めてやろうに」
「まあ、そう切り捨てるものではなくてよ。本人はあれで巧く化けているつもりでしょうし」
絶世をこえて生身の人間には思えぬほどの美姫が、つくりものめいた口元を扇で覆い妹に微笑みかける。
「追うて済むのは野兎くらい。狐を獲るには知恵と罠、狼を狩るには腕と時間が要るでしょう。時を待たねば首を刈り損ねるやも知れぬし、小物ばかり捕らえたとて、頭領を逃がせば何の意味もなくなるわ」
若い女にははなはだ似つかわしくない例えだが、妹は素直に頷いた。
経験者の言葉は実に重みがある。
かつて、この傾国の美女が真っ黒な狼を鞍に吊るして猟から帰ってきたときは、さしもの父親でさえ褒めるべきか慄くべきか迷ったものだった。
「姉上や父上のように気が長ければ、こんな腹の立つ思いもせぬものを、この気短は誰に似たのやら」
珍しく愚痴る妹に、銀の姉姫が鈴を振るような声で笑った。
「妾や父上では、あなたのように果断はできなくてよ。気短が政に障ると思うのなら、気の長い殿方を夫にお持ちあそばせ」
案外近くにいるかもしれなくてよ、という囁きは、扇に遮られて金の妹姫には届かなかったようである。