気まぐれな君
フォーテの王宮の奥深く。
このところ妹姫の寵を受けているのは、栗毛の少年従者ではなく、雪白の仔猫だそうな。
首に薔薇色のジョーゼットを結び、はずむ毬を追いかける小さな白いかたまりに、数人の侍女がきゃっきゃとまとわりついている。
「なんてかわいらしいんでしょ」
「まあごらんになって、このちいさな手!」
「しっぽがこんなにふくらんで!」
「まるで綿毛のようじゃございませんこと?」
仔猫が跳ねるたび転がるたびに、皇女のサロンに黄色い歓声の花が咲く。
部屋の主はと言うと、ひとり取り残される形で窓際のカウチに寝そべっている。
「よくもああ、飽きもせずかまえるのう」
「今が一番可愛い頃ですからね」
適当にあしらいながら、少年は皇女の指先に注意深く脱脂綿を押し付けた。
所作は十分に丁寧であるものの、浸けてあるのが侍医謹製の消毒薬ではその忠義もあまり役には立たないわけで。
「しみる、痛い」
「仕方ないでしょう、こんなに引っかき傷まみれなんですから」
眉をしかめるさますら美しい皇女の美貌に動揺もせず、臨時の侍医見習いは手際よく包帯を巻きながら、主の苦情に無感動で返した。
「好きで作ったわけでないわ」
「いやがる猫にむやみとちょっかいだした姫がいけないんです」
指先ほども心配していなそうな少年を、皇女が睨む。
「ちょっかいではない。遊んだだけじゃ」
「猫には迷惑だったんでしょうよ」
猫とは元来気まぐれなもの。それは仔猫だろうと成猫だろうとかわらないらしい。
自分がかまって欲しいときは時も都合も構わず遊べとねだるが、気が向かなければうんでもすんでもない。
どこかの誰かによっく似ているとは、さすがに言えない少年である。
口にしたが最後、どう遊ばれるか考えるだに恐ろしい。
飼い猫に手を焼く姫。
主に手を焼く自分。
笑えない堂々巡り。
「たまには振り回されてください」
多少は振り回される側の気持ちもわかるでしょうよ。
おまけの一言は、喉の奥でとめた。