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縮衣節食(しゅくいせっしょく)

貧困生活を送る二人が関わる事になった事件とは

「もう死ぬかもしれません」

 弱々しい言葉を吐く翔瑠。

「人間そう簡単にしなない。水さえ飲めば一週間ぐらいは、もつさ」

 俺もそう答えるしかなかった。

 俺と翔瑠が一緒に溜息を吐く。

 単純な話で、金欠なのだ。

 翔瑠は、生活費を本に変えてしまって。

 俺は、色々と出費が重なった結果。

 摂り合えず、給料日までの一週間、どうにか少ない残金で生きていかなければいけない。

「公務員って高給取りだと思っていました」

 翔瑠の言葉に俺が遠い目をする。

「色々と減俸されてるんだよ。半分は、お前の責任だからな」

 口を膨らませる翔瑠。

「酷い。あちきは、何も悪い事してませんよ!」

 怒る翔瑠を見ながら、サムスカーと再び遭遇したあの事件を思い出す。

 サムスカーが狙っている『XX』のMAを持つ事が知れた以上、何れ直接対決は、避けられないが、今は、そんな事より、当面の食糧問題を解決しなければいけない。

「因みに、お前は、料理は、得意か?」

 翔瑠は、短い沈黙の後、呟く。

「ご飯は、炊けるよ」

「おいおい、せめて味噌汁くらい作れないのか?」

 落胆する俺を睨む翔瑠。

「そういう一歩は、どうなの?」

 俺は、胸を張って答える。

「味噌汁も作れるぞ」

 御互いの間に流れる長い沈黙の後、翔瑠が質問を続ける。

「それ以外は?」

 俺は、空を見ながら答える。

「この国の男子だったら、ご飯と味噌汁があれば生きていけるんだよ」

 舌打ちする翔瑠。

「これで、自炊という選択は、難しくなったな」

 俺の言葉に翔瑠が頷き安売りのチラシを拡げる。

「ここでインスタントラーメンの安売りをやっているからそれを買いだめすれば、給料日まで持つかも」

「それしか無いか」

 俺もその案に乗ることにした。

「あんた達、もう少し栄養バランスって物を考えなさいよ」

 いつの間にかに薫が来ていた。

「今度は、何だ? すまないが、こっちは、死活の問題なんだ」

 呆れた顔する薫。

「前回のサムスカーに連れ去られた男についての詳細がわかったから資料を持ってきたの。要らないの?」

「ありがたい」

 手を差し出す俺に薫が資料を遠ざける。

「何のつもりだ?」

「タダで渡すと思ったの?」

 薫のこの顔は、学生時代に何度か見た事がある。

「おいおい、今は、本気で金欠で、とてもじゃないが奢れないぞ」

 薫が深い溜息を吐く。

「今度の給料日、ちゃんとしたレストランでのディナーで手をうってあげるわよ」

 かなりの出費だが、仕方ないだろう。

「解ったから、資料をくれ」

 薫は、資料を渡しながら言う。

「それより、翔瑠ちゃんと一緒って事は、何かの仕事の最中なの?」

 俺が頷く。

「そうだ、これを知っているだろう?」

 俺は、雑誌の記事を見せる。

「ええ、何でもMAが使える様になるってパチモン商品ね。確か、捜査第二課が調査をしていたわね」

 薫の答えに俺が頷く。

「その被害者のその後の確認調査だ」

 薫が長い思考の後、眉を寄せて言う。

「何その、問題が無い事が解りきった無意味な調査」

 俺は、リストを見せながら言う。

「万が一って事もあるからな。念のためだ」

「万が一も無いわよ。そんな物でMAが使える様になったら、あたし達の仕事が増え過ぎて困るわよ」

 薫が呆れきった顔をした時、爆発が起こった。

「まさかと思うけど?」

 薫の呟きに翔瑠が頷く。

「これから確認に行こうとした家だよ」

 俺と翔瑠をジト目で見る薫。

「本気で、なんでもない仕事を大事にするのが得意ね」

「そんな事より、今は、現場に急がなければ」

 俺の言葉に薫が近くに止めていた車に指差す。

「急いで乗って!」



 事故処理が終り、俺達は、薫に同行して警視庁に来ていた。

「今回の件は、息子銀行口座の異常な引き落としに気付いた母親が問い詰めた事で通販のMAが使える様になる装置を購入した事が発覚し、母親が警察に通報して、詐欺事件として処理されていたわ」

 俺が頷く。

「そうだろうな。そうでなければ、専門機関が動いて、被害者は、全員調査機関行きだな」

「現在進行形でその動きがとられているわ。怪我人も出た事から傷害事件だって捜査第一課まで出てきて大騒ぎよ」

 薫が疲れた顔で言う。

「問題の販売元は、押えたのか?」

 俺の質問に薫が納得いっていない顔をした。

「一応、販売元の会社は、押えたけど、問題の機械を作った男は、まだ確保されていないわ」

 薫が資料を見せてくる。

「元々は、政府の研究機関に居た研究者だったらしいけど、その研究が何だったのかが、極秘扱いで開示されないのよ」

「意思能力監査官に開示されない情報? 本来ならありえない話だぞ」

 俺の指摘に薫が忌々しげな顔をする。

「それが出来るのが政府って奴よ」

 俺は、男の経歴を追っているうちにある名前にたどりついた。

「おい、この九巣武クスブって男、天地研究所に所属していたのか?」

 翔瑠が驚く。

「お父さんやお母さんと一緒に研究していた人なんですか?」

 薫もあわてて資料を見直す。

「それじゃ、まさか、極秘扱いされている研究って……」

 薫が翔瑠を見た。



 警察が動いていると言うのに九巣武は、発見できない。

 その痕跡すら追えていない。

「おかしい。いくらなんでもこんな事は、あり得ない」

 薫がそういうのも理解出来た。

 日本の警察は、優秀だ。

 その警察が、足取り一つ掴めないなんて異常事態なのだ。

「薫、もしかして、握りつぶされているって可能性は、無いか?」

「そんな事があるわけ……」

 無いと言いかけて、薫が口を噤む。

「もしも、あれに関わる事なら可能性がある筈だ」

 俺の指摘に薫が悔しげに告げる。

「確かにそうだけど、そうなると、警察での追跡は、困難よ」

 その大本の政府が隠ぺいしようとしているのだから当然だ。

 俺は、携帯電話を取り出し、唯一の有効手段の番号を凝視する。

「一歩、まさか……」

 薫にも俺が誰を頼ろうとしているのか解ったみたいだ。

 正直、気が乗らないのは、確かだが、これは、この一件だけじゃない、翔瑠の未来にもかかわる事だ。

 覚悟を決めて、通信ボタンを押し、しばらくして相手に繋がる。

「久しぶりです、父さん。少し、お力を貸してほしい事がありまして連絡しました」

 余り聞きたくない声が返ってくる。

『久しぶりだな。とりあえず言ってみろ』

 傲慢な声に苛立ちがこみ上げるが、堪えて告げる。

「今、九巣武という男の行方を知りたいのですが、御調べ頂けませんか?」

『お前が気にかけている娘の実験の関係者だな。政府の極秘施設に匿っているぞ』

 やっぱりそうだったのか。

 しかし、そんな事より気になる事を言っていた。

「天地翔瑠の事を知っているのですか?」

『当然だ、それは、わしの命令で始まった研究だ。正直、あの事故で喪失して居たと思っていたが、まだその力が残っていたのだな』

 嬉しげな言葉、こいつは、いつもそうだ。

 こいつにとって大切なのは、自分の道具になるかどうか。

 俺が母親を亡くした俺を引き取ったのも、何かの道具になるかもという打算だった。

「その場所を教えて貰えませんか?」

 怒りを堪えながら問い掛けた。

『良いだろう。お前が居るとあの娘の力の解放に近づくみたいだからな。上手くいけば我が国は、核を超える兵器を手に入れられる』

 我慢の限界だった。

「ふざけるのも大概にしろ! 翔瑠は、お前の道具じゃないぞ!」

『道具だ。お前と同じな。施設の場所は、メールしておくぞ』

 切断された携帯を俺は、振り上げる。

「落ち着いて! 今は、九巣武の確保が最優先でしょ!」

 薫が俺を止めてくれた。

「すまなかった」

 俺達は、送られてきたメールの住所に向かうのであった。



「ここが政府の極秘施設なんですか?」

 何処にでもある様な街工場の外見に翔瑠が不思議そうにする。

 翔瑠を連れて来たくは、無かったが、メールにも翔瑠を同行しなければ面会すら叶わないと一文が入っていたのだ。

「ところでお前は、どうして付いてきたんだ? 下手すれば出世に響くぞ」

 薫が睨んで来る。

「あたしが偉くなるだけに為に意思能力監査官になった訳じゃないわ! 明確な犯罪者をほっておける訳がないでしょ!」

「お前も出世出来ないな」

 苦笑する俺に薫がそっぽを向く。

「一歩程じゃないわよ」

 俺達は、中に入るとそこは、外見と一変して近代的な施設だった。

「轟先生のご紹介と言う事で、特別なのです。本来ならここには、限られた人間しか入れない決まりになっています」

 案内人の言葉に俺がうなずく。

「解っている。それより、問題の九巣武は、今も居るんだな?」

 案内人が頷く。

「はい。九巣武博士は、例の現場のデータ解析をお願いしています」

 案内された先には、写真で見た、何処か病んでいるような細身の男、九巣武が居た。

 九巣武がこっち、正確に言うと翔瑠を見て駆け寄ってくる。

「ようやく、僕のリクエストにこたえてくれる気になったんですね。やっぱり、実験体がいなければ研究が進みませんからね」

 俺は、翔瑠の前に立ちはだかって告げる。

「翔瑠を実験につき合わせるつもりは、無い。それよりもお前には、いくつか聞きたい事がある」

 舌打ちする九巣武。

「君には、これの力の重要性が解っていない。どんな物質も敵わず、どんな強力なMAをもってしても防げない最強の力。これを我が国がもつという事は、大国への強力なアドバンテージを持つ事に……」

 俺が睨み、黙らせる。

「この人、何を言っているの?」

 首を傾げる翔瑠に薫が笑顔で誤魔化す。

「翔瑠ちゃんは、気にしなくて良いのよ。このおじさんは、犯罪者だから、あまり口を聞かないようにね」

 納得しきれない顔をする翔瑠を置いておいて俺が詰問を始める。

「まずは、お前が開発し、売っていた装置だ。あれは、なんなんだ?」

 九巣武は、つまらなそうな顔をする。

「あれかい? あれは、あの力の開発中に考えられた装置の応用だよ。MAは、必要性から生まれる。だから生命の危機を感じさせる特殊な刺激を恒常的に与え続ければ、生存本能からMAに覚醒するって仕組みさ。まあ、恒常的に危機感を持たせる事で使用者に疑心暗鬼から生まれる精神障害が発病させるから正式採用されなかった装置だけどね」

「あんたそんな装置を売らせていたの?」

 戸惑いながら薫が尋ねると肩をすくめる九巣武。

「僕だってそんな失敗作を売りたくなかったさ。でも研究費を稼ぐためには、仕方なかったんだよ」

 こいつは、自分の作った装置で他人がどうなろうと気にしていない。

 嫌がっているのも失敗作って事でだけで、人としての倫理を持たない最低の研究者だ。

「薫、事件の件は、良いな? 少し翔瑠を連れて離れててくれないか?」

「解った。でも、あたしは、あいつを見逃す気は、無いわよ」

 薫は、拳を握りしめて告げて、翔瑠を連れて離れてくれた。

「それでは、聞きたい。XXって言うのは、何なんだ?」

 九巣武が楽しげに語る。

「最強のMAさ。轟万膳マンゼンの指揮の元、MAによる兵器開発が行われた。その中で生み出された世界を否定させる意思から生まれた消失のMA『ワールドクラッシュ』だ。あれを生み出すために、あれには、この世の地獄を味あわせた」

 そういって九巣武が見せて来た映像は、人間としての最低の行いの記録だった。

「お前等、こんな事が許されると本気で思っているのか?」

 肩をすくめる九巣武。

「それの親、天地博士が許可したんだ、構わないだろう」

 俺は、反射的に殴っていた。

「何をするんだ! 俺は、その研究のサポートをしていただけだ! もしも責任があるんだったら、死んだ天地博士だろ!」

 胸元をつかみ上げた。

「ふざけるのも大概にしろ! 無垢な子供にこんな事をするのを黙って見てれば同罪だ!」

 爆笑する九巣武。

「無垢? 知っているかあの娘は、本当の絶望を味あわせるために実の父親に……」

 頬を握りしめる。

「それ以上言ってみろ、二度としゃべれない体にしてやるぞ!」

 俺の激怒に蒼白になる九巣武。

 俺が解放すると直ぐに電話をとる。

「助けてくれ! こいつは、僕を殺そうとしている! 早く助けに来てくれ!」

 警備員が集まると薫達も戻ってくる。

「そこまでよ。意思能力監査官の特別権限で、九巣武を確保します」

「そんな事が出来ると思っているのか?」

 九巣武の言葉に俺が言ってやる。

「これは、MAの危険性から認められている法律だ。ここからお前を連れだせば十分に可能な事だ」

「残念だが、それは、させないぞ」

 警備員が突っ込んでくる。

 俺達が避けるとなんと壁に破壊した。

「僕が発現させたREのMA『バイソンスタンピート』だ! この人数相手に、三人で勝てると思うなよ!」

 高笑いをあげる九巣武に俺は、呆れた顔をする。

「馬鹿が、これでお前の罪状が増えた。薫!」

 俺の言葉に薫も頷き、スタンガンで次々に警備兵を痺れさせていく。

 やられる前にと襲ってくる警備員だったが、その前に翔瑠が立ちふさがる。

『PA』

 本来ならデコピン程の力だが、元々暴走気味の力で動いていた警備員は、こけて頭を床に埋める事になる。

 短い戦いは、終わって、九巣武は、薫の手で連行された。



 一連の報告書を見て海原所長が言う。

「轟万膳の力を使ったんだな? それが何を意味しているか解って居るな?」

「はい、私が轟万膳の息子だって事が知れ渡りました」

 俺の回答に海原所長が背を向ける。

「解って居れば良い」

「そんな事より、あの研究に轟万膳が関わっていたいうのは、本当ですか?」

 俺が詰め寄ると海原所長が頷いた。

「そうだ。轟万膳は、大国に対する軍事カードを手に入れたがっていた。その為に、当時過激な研究で学会を半ば追放されていた天地博士、翔瑠の父親に接触した。そしてあの事故が起き、翔瑠は、その当時の事をきれいに忘れていた。残って居たのは、母親が書き残した『ワンダメージ』に関する注意書きだけだった」

「もしかして、あの事故は、母親が翔瑠の事を思い、起こしたのでは?」

 俺の考察に海原所長が遠い眼をする。

「本人が居なくなった今、真実は、闇の中だ。ただ、母親の親友だった、御影祈祷が翔瑠を引きとって育てているそれだけが今確かに言える事だ」

 御影さんが翔瑠をMA研究に関わらせたくない理由が解った。

 あんな事をする父親の後を追わせるなんて真似は、俺だってさせたくない。

 俺は、重い気持ちのまま意思能力問題対策室を出た時、翔瑠がエコバックを見せてくる。

「一歩の分もインスタントラーメンを買っておいたよ。立て替えたお金払って!」

 インスタントラーメン生活をしてまで続けた勉強の先があんな事をする父親の後を継ぐだという事実が俺が切なかった。

「お前、もっと楽しい事をしたくないのか?」

「今も楽しいよ。そりゃあ、毎日インスタントラーメンは、飽きちゃうかもしれないけど、毎日毎日新しい事を覚えていくって楽しいんだから!」

 迷いのない笑顔、俺は、この笑顔を護らないといけないと思いながらインタスタントラーメンを受け取る。

「ところでどうして味噌ラーメンが無いんだ」

「味噌なんて邪道だよ。ラーメンって言ったら醤油か塩に決まってるでしょ!」

 翔瑠の主張に俺が反論する。

「馬鹿を言うな、確かに醤油と塩も美味しいが、味噌を外したら、ローテーションが一日交代になるだろうが!」

 この後、味噌ラーメンの必然性について激しく討論しあうのであった。

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