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孟母三遷(もうぼさんせん)

本来の担当と違う問題に対応します

「一歩、どうにもならないの?」

 翔瑠が問題の資料を見せてくる。

「少し時間をくれ」

 俺は、問題の資料を受け取り、調査に入る。



 事の起こりは、普段と少し違った。

 以前の事件で知り合ったMA持ちの少女、大河原兎麻里と翔瑠が俺のところに相談に来たのだ。

「今、あたしは、施設に居るのは、知っていますよね?」

 兎麻里ちゃんの言葉に頷く。

「説明する必要は、無いよ」

 彼女の両親は、今だ、実の娘にすら畏怖し、彼女を施設に預けて会いにもこないらしい。

「施設の先輩の一人に、妊娠した人が居るんですが、堕胎を強制されそうなんです」

「堕胎を強制されているだって?」

 疑問符を付けたが、実は、十分に考えられる話だ。

 施設に居ると言う事は、未成年、それも保護者からは、切り離された状態。

 その状態で妊娠すれば、堕胎を強要されるのは、必然だ。

 だから先に確認しないといけない。

「その相手の男性は、どんな人なんだい?」

 兎麻里ちゃんが俯く。

「それが、その先輩、無理やりそういう事をされて妊娠しちゃったらしいんです」

 かなり重い話だ。

「それでも本人は、出産を望んでいると言うんだね?」

 翔瑠が頷く。

「その人、孤児なんだって。それで、家族が出来るんだったら、父親は、誰かなんて関係ないって」

 本人の気持ちは、解らなくも無い。

 しかし、はっきりさせないといけない事がある。

「念の為に聞くが、彼女に独立するだけの経済力があるのかい?」

「まだ高校二年なんだよ、そんなのあるわけないじゃん」

 翔瑠の答えに俺は、深い溜息を吐く。

「正直、俺は、その施設の人間の判断に賛成だ。その様な状態で、出産しても母子共に不幸になるだけだ」

「何で、そんな事を言うの!」

 いきりたつ翔瑠に俺が冷静に説明する。

「シングルマザーが子供を育てるというのは、とても大変な事だ。俺の母親もそれに近かったからその苦労をいくらか知っている」

 俺が気付けた苦労なんてほんの一部だろうがな。

「だけど、その人は、本当に生みたがっているの!」

 翔瑠が強固に主張する。

「どうにかなりませんか?」

 兎麻里ちゃんも縋る様に見てくる。

「とにかく、本人に一度会ってみるか」

 こうして俺は、問題の少女に会うことにした。



「迷惑かけてすまない」

 相手は、短髪の何処かボーイッシュの高校二年の少女、古泉コイズミ涼実スズミがお茶を出す。

「こういうのも意思能力監査官の仕事の一つだ。実際問題、君が堕胎を強要される原因の一つは、そのMAからだろ?」

 苦笑する古泉さん。

「そうかもな。あたいの『シンパシーハート』何て、ただ、相手に自分の感情を相手に同調させるのが精一杯だって言うのにな」

 MA持ちは、MAが遺伝するなんて俗説の所為で妊娠一つでも問題になる。

 特に精神干渉系のMAに関しての風当たりは、あまり良くないのが現状だ。

「君は、どうしてもお腹の子供を産みたいのかい?」

 俺は、確認すると古泉さんは、強く頷いた。

「ああ、俺は、小さい頃に両親が死んでな。家族が欲しかったんだ。こんな形でも家族が出来るんだったら欲しいんだよ」

 お腹を優しく撫でる古泉さんに俺は、厳しい言葉を投げつける。

「口でするほど甘い事じゃない。子供を育てるとなれば施設には、居られなくなる。そうなれば、自活する必要があるが、MA持ちでまだ高校生の君には、まともな働き口も無い。そんな状態で子供を育てられるとは、思えない」

「難しいって事なんて解っているよ。でも一人は、嫌なんだ。誰かと繋がって居たいんだ」

 悲痛な思いが伝わってくる。

「君の思いは、解った。施設の人と話そう」

 古泉さんは、頭を下げてくる。

「頼む、どうかあたいにこの子を産ませてくれ!」

 俺は、そのまま、施設の人間と話す。

「普段の彼女は、どの様な子ですか?」

 少し考えていたが、施設の責任者の女性が言う。

「門限破りの常連で、不純異性交遊も行っているという噂です。今回の事も自業自得かと思われます。ここは、直ぐにも堕胎をして、もっと厳しい施設に移すべきだと思います」

 完璧な責任転嫁に持っていこうとする流れだ。

「噂と言いますが、そこの確認は、なされていないのですか?」

 俺の確認に責任者の女性が慌てる。

「プライベートの事までは、踏み込まない方針で」

「未成年者の異性間の交友関係に関しては、常に確認をしておくのが保護施設の決まりになっている筈ですが?」

 俺は、被保護者の人権蹂躪だと思っているルールを敢えてだす。

「それは、あくまで建前の条例で……」

 言葉に詰まる責任者の女性を更に追及する。

「そうですね。こんな事が起こらないという前提なら、それも許されたでしょうが、実際に妊娠している状況で、不純異性交遊があるかのうせいがあるとなれば、話別ですよ。当然、この施設の管理責任も問われる状況です」

 慌てる責任者の女性。

「そんな、あの子、個人の問題でしょう!」

 俺は、軽く睨む。

「相手は、未成年の子供です。その責任は、完全に保護者にあります。当然のこの場合は、この施設の指導者、その責任者である貴女です」

 口を噤む責任者の女性に尻目に隣に居た女性職員に尋ねる。

「本当の所は、どうなのですか?」

 女性職員は、責任者の女性の顔色を気にしながらも答える。

「古泉さんは、門限破りをしていると言ってもアルバイトでです。下の子供たちの世話もきっちりしています。正直、今回の事件は、私達にとっても凄く悲しい事なんです」

 本当に悲しそうに言う中、隣の男性職員が声を荒げる。

「涼実は、本当にいい子なんです! だから、こんな事で人生を台無しにしたくないんです。どうか、今回は、内密に処理して頂けませんか!」

 俺は、小さく溜息を吐く。

「当然、公にならないように努力しますし、もしも堕胎するとなれば、母体に影響が出ないように十分な配慮を行える病院も紹介させてもらいます。しかし、我が国の法律では、本人の承諾がない堕胎は、行えません。それは、貴方達も承知していてください」

 そこに至り責任者の女性が復活する。

「産ませられる訳いかないに決まっているじゃないですか! そんな事をすれば、この施設の評判が……」

 言ってから失言と気付いたのか口を押させるが全て手遅れだろう。

 俺は、施設を後にした。



「今回の件は、堕胎させるのが正解だと思うわよ」

 古泉さんの強姦事件の資料を持ってきてくれた薫の言葉に俺も頷く。

「そうだろうな。しかし、本人が納得していない。男の俺には、解らないが、やっぱりお腹に居る子供ってそんなに大切な物なのか?」

 薫も複雑な顔をする。

「あたしにも解らないわ。でも、子供が大切な物だって事は、同じ女として解る。それでも、父親が解らない子供を産んで育てるには、彼女は、若過ぎるわ」

 俺は、事件の資料を見ながら言う。

「なんで、彼女は、MAを使わなかったんだろな?」

 不思議そうな顔をする薫。

「彼女のMAは、攻撃能力が無いでしょ?」

 俺は、彼女の資料を見せながら言う。

「彼女の『シンパシーハート』は、相手に自分の感情を伝える物だ。レイプされている時の感情を相手に伝えたら、大抵の男なら続けられるとは、思えない」

「彼女がその事に気付かなかっただけじゃないの?」

 薫の指摘に俺が手を横に振る。

「それは、無いな。彼女がこのMAに気付いたのは、痴漢にあっている時に相手がその嫌悪感でのた打ち回った時だ。今回だって同じ結果に成る事は、想定できただろう」

 薫が少し思案する。

「逆にそれがトラウマになって、行使する事が出来なかったって線は、無い?」

「可能性は、低い。お前だって知っているだろう、MAは、本能的な物だ。本人が意識して無くっても出てしまうときがある。レイプされているなんて状況では、逆に出て当然の筈だ」

 俺の言葉に薫が頷く。

「それもそうね。でもそうしたら……」

 その時点で薫も俺が考えているレイプ犯に気付いただろう。

「さて、この事件をどうするかだ?」

 薫が真剣な顔で言う。

「あたしは、きっちり解決させるわよ」

 俺が頬をかく。

「そうなるよな」



 数日後、あの施設の男性職員が警察に連行された。

 俺は、古泉さんと二人きりであった。

「あの男は、初犯じゃないだろう?」

「年端のいかない女の子に手を出そうとしていた。だからあたいが体を張って止めていたんだ」

 古泉さんの言葉に俺が言う。

「何故、施設の人間に言わなかった?」

 古泉さんは、悲しそうな顔をして言う。

「施設職員の人数って何時も不足しているって話しっているか?」

 俺は、脳裏に浮かぶ、慢性的な職員不足の問題に苦虫を噛んだ顔になる。

「それでもそんな奴は、居ないほうが増しだろう?」

 古泉さんが首を横に振る。

「職員の人数による施設の保護人数の制限があるんだ。あんな男でも居なければその制限に引っかかって、施設から出て行かなければいけない奴が出てくる」

 不味い行政のツケがこんな所で払わしているのか。

「最後にもう一度聞く、お腹の中の子供は、本当に育てるのか? あの男は、認知をしないと言っているんだぞ?」

 古泉さんは、微笑み頷く。

「あたいの子供だからな」

 俺は、一枚の書類を差し出す。

「それに必要な所を記入しろ。そうすれば、あの施設の特別職員として働ける。給料も出るし、住む所にも困らない」

 驚いた顔をする古泉さん。

「そんな事が出来るのか!」

 俺が肩をすくめる。

「特例だ。今回、イレギュラーの形で欠員が出たその為の緊急処置として認められる、法の抜け道だ。施設の責任者の承認が必要なんだが、今回の事があるのに拒否できる訳無いな」

 苦笑する古泉さん。

「意外と、悪なんだな」

 俺も笑みを浮べた。



「今回もまた、派手に越権行為して来たな」

 海原室長の言葉に俺が顔を引きつらせる。

「そうですかね?」

 海原室長が一枚の出張届けを差し出す。

「他の部署の仕事もしたいんだろう。北の施設の状況確認の仕事だ。頑張れ」

「この季節にですか!」

 俺の叫びは、完全に無視され、俺は、この寒い季節に極寒の地に出張に行く事になるのであった。

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