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清廉潔白(せいれんけっぱく)

格闘大会に観戦するだけの筈が

「もうギブアップ?」

 翔瑠の言葉に俺は、立ち上がろうともがくが、足に力が入らない。

「情けないな。まだたった二十ラウンド目だよ」

 翔瑠が勝敗表を指差す。

 そこには、今日の勝ち負けの数が書かれていて、翔瑠の方に二十と書かれている。

「中学生の女子に一勝も出来ないなんて、情けないわね」

 薫の言葉に俺が怒鳴る。

「五月蝿い! そこまで言うならお前も一度対戦してみろ!」

 薫は、あらぬ方向を見る。

「あたしは、射撃がメインだから。大体、何時までも翔瑠ちゃんだけに格闘戦をやらせておけないって、言い出したのは、一歩じゃない」

 そうだ、どうしても交戦になると翔瑠が格闘戦をする事が多くなってしまう。

 まだ中学生の女子に危険な格闘戦を任せっきりにするのは、いけないとトレーニングをして、模擬戦をしているのだが、ものの見事に勝てない。

 俺は、大の字になって言う。

「体力トレーニングは、欠かしてなかったんだがな?」

 翔瑠が指を横に振る。

「ノンノン。格闘戦に必要なのは、間合いを計るセンスだよ。どんな強力な攻撃も当たらなければ意味がないからね」

「当たらなければ意味が無いか」

 確かに俺の攻撃は、何時もすかされて疲れた所に翔瑠の一撃が決まる。

「どうすれば早く強く成れるんだろうな」

「強さに近道なし。猛さんは、何時も言っている言葉で、下手に何かに集中して強くなろうとしても、疎かにした部分が弱点になる。強くなるって事は、どれだけその弱点を減らせるかって事なんだって」

 翔瑠がしたり顔で言ってくる。

「近道は、無いか」

 その通りなのかもしれない。

「それじゃ、もう一本いくか!」

 力を振る絞り立ち上がる。



「それで、今日は、筋肉痛なのか?」

 海原室長の視線が痛い。

「大丈夫です。ちゃんと仕事は、やります!」

 筋肉痛に耐えながら俺が返事をすると事務の立花さんが眉を顰める。

「でもね、そんなシップ臭いまま居られても、こっちが困るのよね」

 周りを見るとパートの人達が嫌そうな顔をしている。

「今日は、ここの監視にでも行って来い」

 海原室長が二枚のチケットを渡してきた。

「MA格闘技選手権?」

 それが受け取ったチケットに書かれていたイベント名だった。



「簡単に言うと、MA持ち格闘技者の格闘技イベントなんだよ」

 例の如く一緒に行く事になった翔瑠がそのイベントの事を知っていた。

「しかし、MA持ちは、そういった競技には、参加が制限されている筈だが?」

 翔瑠が頷く。

「だかららしいよ。MA持ちだけど優秀な格闘技選手をこのまま眠らせておけないって。一応試合中のMA使用は、禁止。MAコーラーが鳴った時点で反則負けになるルールで、ガチバトルやるんだって」

 頬をかく。

「確かに、才能を無駄にするよりは、良いと思うが、何か不自然じゃないか?」

 翔瑠が眉を寄せる。

「時々、MAコーラーが鳴って反則負けになる人が居るけど、それ以外は、普通の試合だと思うんだけど、猛さん曰く、かなりのやらせだって言うんだよ」

 やらせ、その可能性は、かなり高い。

 プロレスなんかが有名だが、ショーである以上、ある程度のやらせは、許容範囲だと思うが、何かが引っかかる。

「でも、どうして意思能力問題対策室にチケットがあったの?」

 翔瑠の素朴な疑問に俺が苦笑する。

「お流れさ。MAに関わるイベントには、政府機関の承認が居る。そういった際に主催者側からチケットが流れてくる事があるんだ」

「貰った人たちは、行かないの?」

 翔瑠の当然の質問に俺が肩をすくめる。

「お役所のお偉いさんは、こういった野蛮なイベントは、あまりお好きじゃないらしいからな」

 そうこういっている間に会場に着く。

「意外と大きな会場だな」

 俺が意外な事にリング傍の席のチケットに驚きながらも席に着き、試合が始まる。

 トーナメント制で、一回戦が全部終わった所で翔瑠が断言する。

「優勝は、大空斗武トブさんだね。他の選手とは、技の熟練度がダンチだよ!」

 翔瑠が断言するのもわかる。

 大空選手は、素人の俺の目から見てもどの技を練習して完成させられているのがわかる。

 何より、そのこのトーナメントにかける意気込みが凄かった。

 途中の質問に次の様に答えていた。

『MA持ちは、MAの危険性からこういった大会には、出られません。それでも格闘技を極めたいという人間が居ると思います。俺は、その希望になりたいんです』

 嘘偽りの無い、素晴らしいコメントだった。

 トーナメントも進み、決勝戦まで来た。

「大空斗武さんの相手は、前回の優勝者だっていうけど、そんなに強そうには、見えないけどな」

 翔瑠が悩む。

「全身に筋肉があってパワーがありそうじゃないか?」

 俺の指摘に翔瑠が首を横に振る。

「あれってボディービルダーの筋肉。格闘家は、あそこまで無駄に筋肉を肥大化させないよ」

 前回優勝者、大地波卯ハウ選手の筋肉は、確かにボディービルダーの様だ。

 そんな俺達の予想の中、試合は、大空選手ペースで進む。

 大空選手のローキックが大地選手の足を崩した。

 そこに大空選手の必殺の正拳が突き出される。

『QC』

 MAコーラーの音声が響き渡った。

 そして審判が選手の間にはいる。

『大空斗武選手のMA使用による反則負けです!』

 会場がざわめく。

「馬鹿を言うな、俺は、MAなんて使ってない!」

 必死に抗議する大空選手だったが、審判は、取り合わない。

 そして勝ったことになっている大地選手が残念そうな顔をする。

「悔しいぜ。これから鮮やかな逆転勝利を見せるところだったのによ」

 大空選手にブーイングが上がる中、俺は、周りに気付かれないように携帯メールを送った。

「あれって絶対に偽物だよ」

 抗議しようと席を立とうとする翔瑠を宥める。

「今は、タイミングが悪い。機会を待て」

「でも……」

 翔瑠が辛そう顔で向くリングの上では、大空選手に向って物が投げられ始めていた。

『やめてください! やめて下さい』

 空々しい声で制止する審判。

 大空選手が天を仰ぎ叫ぶ。

「俺は、本当に自分の力を試したかったんだ!」

 その一言で翔瑠が制止を振り切る。

「大空選手の言うとおりだよ。さっきのMAコーラーの音は、おかしいよ!」

 いきなり登場に、誰もが途惑う中、翔瑠は、続ける。

「MAコーラーは、発生点が明確に解るように全体的に広がるように作られてるの。だけど今のMAコーラーの音は、普通のスピーカーから出た様な、指向性がある音だった!」

 大会関係者の体が反応した事からも、大会その物が八百長をしていたって事が解る。

「いちゃもんつけているんじゃねえ!」

 主催者側からの参加選手の筋肉馬鹿達が一斉に翔瑠に襲い掛かる。

 隣の席に居た客が驚く。

「貴方の妹さんが、大変よ。早く止めないと!」

「アレくらいでどうにかなるんだったら、俺が連敗しない」

 俺が携帯を軽く確認してタイミングを見計らっているとMAコーラーの音が聞こえてくる。

『PA』

 翔瑠のワンダメージで先頭の筋肉馬鹿がこけたところに頭に飛び乗り、翔瑠が二人目の筋肉馬鹿の顎につま先蹴りを入れ、平衡感覚を潰してダウンさせる。

「やりやがったな!」

 翔瑠に不要に掴んだ男は、足払いを喰らって頭からリングに落ちる。

「あれは、獣王戦技、それもかなりの使い手」

 大空選手だけが翔瑠が只者でない事に気付くが、筋肉馬鹿達は、見た目に騙される。

「こんなガキ、間合いの外から攻めれば大丈夫だ!」

 翔瑠のリーチを遥に超える足での蹴りだが、根本的な間違いがある。

 蹴りを当てるという事は、翔瑠の間合いに足を突き出すって事で、軽くしゃがみ、足の踵に肘を打ち込まれ、加速させられた挙句にこけてリングに頭を打ち付ける。

「舐めやがって!」

 口では、大きな事を言いながらパイプ椅子をもって攻撃しようとする筋肉馬鹿。

 残念な事に獣王戦技は、格闘技では、無い。

 翔瑠が撃ち下ろされたパイプ椅子を踏みつける。

 何も考えず持ち上げようとしたパイプ椅子は、開く形になって男のバランスを崩す。

 そこに蹴り上げられたパイプ椅子を顔面に喰らう羽目になる。

「何なのあの子?」

 さっき忠告してくれたお客に俺が答える。

「あいつが習得している獣王戦技って技は、実戦形式の技が多く、翔瑠やその先生は、素手で戦う事が多いですが、武器を使った攻防にも通じています。格闘技しかしらない筋肉馬鹿が凶器を持ち出したくらいでは、逆効果ですよ」

 俺の言葉を証明するように、パイプ椅子をリーチの伸ばす道具にして筋肉馬鹿を叩きのめしていく翔瑠であったが携帯が震えたので、俺は、リングに上がる。

「そこまでだ。私は、意思能力監査官の轟一歩。今回の事について政府の正式な回答を行う。大空選手が言った様に、彼のMAの記録は、無い。この会場で使われたMAは、さっきのこいつが使った一回限りだ」

 俺がメールで送られてきたデータを見せるとざわめきが起こる中、大会関係者が慌てて上がってくる。

「これは、政府の御方でしたか。詳しい話は、奥で致しませんか?」

 俺が苦笑する。

「私は、構いませんが、そんな余裕がありますか?」

 怒りに打ち震える客席を視線で示す。

「これは、違うんです!」

 必死に言い訳をしようとする関係者達だったが、観客の更なる怒りに晒される羽目になるのであった。



「あいつが目立ったら駄目だって理解しているな」

 海原室長の顔がかなり強張っていた。

「理解しているつもりです」

 そう答えるしかない俺に海原室長は、スポーツ新聞の一面を見せてくる。

 そこには、あの大会で、筋肉馬鹿達を叩きのめした翔瑠の記事が載って居る。

「大きな所は、あの大会の関係者との利害関係もあって自粛させたが、三流紙までは、手が届いていないぞ」

「今回の事で例の事と関連付ける人間は、居ないと思いますが」

 我ながら情けない言い訳を海原室長が容赦なく切ってくる。

「これを切掛けに素性を細かく探られたら問題になるだろうな」

 返す言葉も無い俺にぶ厚いファイルを渡す海原室長。

「あの大会の関係者から金を受け取っていたお偉方からの嫌がらせの意味の無い調査依頼だ。来週の頭までに終わらせておけ」

 中身を確認して慌てる俺。

「これだと、土日も出てこなければ終わりそうもないのですが?」

「このご時世、休出手当てや残業代は、出ないぞ」

 終業のチャイムが鳴り、海原室長が立ち上がってタイムカードを押す。

 俺が溜息を吐く中、コートを羽織った海原室長が振り返った。

「始末書も忘れるなよ」

「頑張らせてもらいます」

 俺は、土日の予定を全てキャンセルする事になるのであった。

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