再三再四(さいさんさいし)
今回から通常回、予知夢の類です
「一歩、今回こそ普通に終わると良いね」
いつの間にか、俺を呼ぶ時にさん付けが無くなった。
そういう俺も。
「翔瑠。違う違うと思いたかったんだが、お前が原因なんじゃないか?」
名前で呼ぶようになっていた。
「あちきだってここまで酷くないもん。薫さんも一歩がトラブルメーカーだって言ってたよ!」
何故か、薫と仲が良いんだよな。
翔瑠を補佐官として一緒に行動するようになって暫く経つが、当初の予定通り仕事で終わった例が無い。
海原室長には、散々言われた。
「何で一番事件から遠い筈の意思能力問題対策室に居るお前が新規意思能力監査官の中で最速で重大事件解決数を二桁にするんだ?」
返す言葉も無い。
その上、様々な問題から始末書を書いている所為で、上からやたら目をつけられている。
「今回こそ、普通の問題対策だ」
それに対して翔瑠が今回の事件の資料を見て呟く。
「それ以前にこれってMAトラブル? MAを使って襲われる夢を見続けるからどうにかして欲しいって、完全に普通の相談事だと思う」
翔瑠の指摘は、実は、的確だった。
「それは、それ。MAに深い知識をつかって夢の矛盾点を指摘して、その夢に何の根拠が無い事を証明する必要があるって事だ」
「何かこじつけな気もする」
首を傾げる翔瑠。
「とにかく、人の為に役に立っているんだから問題ない」
そんな話をしている間に問題の女性の家に到着する。
『どちらさまですか?』
インターホンからの声に俺がこたえる。
「電話も何度か相談を受けた意思能力監査官の轟一歩です。本日は、直接相談に乗る為に来ました。当然一人では、ありません」
俺は、玄関カメラに翔瑠を映す。
「あちきって何かMA以外の用途使われる事が多い気がするのは、気のせい?」
「気にしたら負けだ」
俺達が小声で囁きあっている間にドアが開く。
「態々すいません。お上がり下さい」
「お邪魔します」
こうして俺達は、MA被害の夢を見続ける女性、星野美照さんと対面した。
「大したものは、ありませんが」
星野さんを差し出されたクッキーを嬉しそうに食べ始める翔瑠から気を逸らすために俺が話しかける。
「夢の話の概要は、何度か聞かせていただきましたが、今日は、具体的な内容をお聞かせてください」
「解りました」
そういって、話し始める星野さん。
大枠は、電話で聞いていた通り、E、エレクトリックのMAを使って襲われるという夢だったが、その詳細の内容を聞くうちに嫌な予感を覚え始めた。
「確認するのですが、相手が能力を使った時に機械の音声を聞いたのですね?」
星野さんが恐る恐る頷く。
「はい。確かに機械の音声で『ED』と」
矛盾が無さ過ぎる。
夢の話の中で何一つ不合理性がない。
敢えてあげるとしたら、若干の相手の見え方の違い。
「お姉さん、一度、MA検査を受けてみない?」
翔瑠の言葉に星野さんが驚く。
「いきなりなんですか?」
翔瑠も同じ事を考えたみたいだ。
「私からもそうする事をお勧めします。貴女が見ているのは、ただの夢じゃない可能性があります」
「それじゃ、まさか予知夢って奴で本当にあたしが襲われるって事……」
青褪める星野さんに俺は、首を横に振る。
「いえ、貴女が襲われる事を暗示している訳では、ありません。しかし、有る意味もっと厄介な状態です。少しでも早く検査をするべきです」
「解りました」
震える星野さんをそのまま専門機関に連れていって検査を受けてもらった。
「本気で、何でこんなに当たりを引くのかしらね。彼女は、間違いなくJ、ジャックのMA持ちよ。そして、彼女が行っている生体操作は、他人の五感を借り受ける物ね。彼女の証言する事件内容が実際の事件と酷似している事からもそれは、間違いないわね」
薫が呆れながら、関連事件の資料を見せてくる。
「今回も駄目だったね」
力を落とす翔瑠の頭を撫でながら薫が言う。
「解っていると思うけど、こっからは、あたし達が事件を担当するわ。彼女は、もう連続強姦事件の重要な証人なんですからね」
「解ってる。しかし、こんなに連続して犯行を起こして犯人が見付からず済んだな」
悔しそうな顔をする薫。
「『ED』クラスのMAだったら使用者が大量に居る上、犯行場所が不定で、犯人の特定に至らなかったのよ。でも彼女の証言から犯人も特定出来たから直ぐにも確保出来る筈よ」
その時、電灯が消えた。
「どうしたの!」
慌てる翔瑠の肩を掴み薫が落ち着かせるように言う。
「直ぐに非常電源に切り替わる筈よ」
その言葉が終わる前に明るくなる。
しかし、俺と薫は、視線で確認する。
「翔瑠ちゃんは、ここで待機していてね」
「えー、あちきも行く!」
クレームをあげる翔瑠に俺が釘を刺す。
「ここを全員離れたら誰が星野さんを護るんだ?」
「解ったよ」
渋々受け入れた翔瑠を残して俺と薫は、出入り口に向う。
するとそこには、星野さんの証言とそっくりな男が居た。
「ここに居るんだろ? ずっと俺を見ていた女が。解るんだよ。あっちがこっちを見ていた時、その視線がきっちり伝わって来たんだよ!」
MA持ち同士は、違う種類のMAでも感覚的に察知する事が出来ると言うが、今回は、それが悪い方向に働いたみたいだ。
「大人しくしなさい。ここには、多くのMA持ちが居ます。痛い思いをする前に降伏しなさい」
スタンガンを構える薫の言葉は、ハッタリだ。
ここは、あくまで検査施設で、実戦能力が高いMA持ちは、多くない。
何より厄介なのが、相手がE、エレクトリック系のMAを使う事。
俺達の武器、スタンガンを無効化される可能性が高い。
「そんなおもちゃは、俺には、通じないぜ!」
「本当にそうかしら!」
薫が威嚇を籠めて撃つ。
『ED』
相手のMAコーラーから音声が聞こえて電気が本来の進む方向と逆、薫に向っていく。
薫は、咄嗟にスタンガンを放りなげて直撃を避けたが、掠った事で動きが鈍くなって、これ以上の戦闘は、無理だろう。
「どうだい、俺のMA『リバーススパーク』の味は?」
なるほど、『ED』で停電を起こせたのは、電気を逆流させる事に特化したMAだからだったのか。
そうなるとスタンガンは、完全な逆効果になってしまう。
MA持ち相手に素手で戦う事になったのは、かなりきつい。
「邪魔をするんじゃねえよ!」
『ED』
触れた壁から電気が逆流して周囲に火花を散らせる。
『FF』
MAコーラーの音声と共に炎が巻き起こった。
「すいません!」
声の主は、なんと兎麻里ちゃんだった。
「どうして君がこんなところに?」
俺の質問にMAを暴走させて混乱する兎麻里ちゃんが涙目で説明を開始する。
「えーと、どこまでMAをコントロールできる様になったか検査する為に着たんですが……」
「その様子だと、まだまだみたいね?」
薫の指摘に俯く兎麻里ちゃんだったが、これは、良い方向に動いた。
「今のを見ただろう。彼女みたいなMA持ちは、まだ居る。それでもやるつもりか?」
さっきのハッタリを補強する状況に流石に男の顔にも焦りの色が出る。
「一歩、その人を止めて!」
翔瑠の声に振り返ると星野さんが走って来た。
「やっぱり! その人です!」
男を指差す星野さん。
MAで男の存在を察知して、自分の能力を確認したかったんだろうが、今このタイミングでは、男を暴走させるだけだ。
「そいつか!」
『ED』
MAをどんどん発動させる。
近代の建物では、電気が通っていない場所は、無いと言っても良い。
その状況でそんな事されたら、大変な事になる。
『PA』
翔瑠が『ワンダメージ』を連続して放って電流の暴走から俺たちを護った。
「薫、星野さんを頼む」
薫が頷くといきなりの展開に固まっている星野さんの手を引っ張り、逃げ出す。
「待ちやがれ!」
追いかけようとする男の前に俺が立ち塞がる。
「残念だが、こっから先は、行かせないぞ!」
「退きやがれ!」
『ED』
再び来る電流、俺は、それを敢えて受けた。
体が痺れ、その場に倒れる。
そんな俺を飛び越えて追撃しようとした男。
『PA』
空中に浮かんだ男の肩に『ワンダメージ』が決まる。
それに合わせる様に翔瑠が男の腕を引き下げる。
空中で回転して背中から床に激突する男。
すぐさま、翔瑠が寝技を決める。
「こんなガキに押さえ込まれるかよ!」
もがく男の認識は、間違っている。
翔瑠は、獣王戦技の使い手、寝技も一通り使える。
そんな人間相手に素人が力差だけで跳ね除ける事など出来やしない。
直ぐに体力を使い果たして動けなくなる。
俺は、非常用に持っている特殊手錠で手を封じてから、MAを使用する為の意識集中を阻害する音を出すMAプロテクトと呼ばれるイヤホンをつける。
これで無力化出来た筈だ。
「連続強姦事件の犯人を捕まえるなんて本気で何か憑いてるんじゃないの?」
戻ってきた薫の言葉に俺が溜息を吐く。
「言わないでくれ」
そんな中、翔瑠が袖を引っ張ってくる。
「どうしたんだ?」
翔瑠が無言で男との戦闘をした廊下を指差す。
「ゲェ!」
俺が思わず叫んでしまうと薫が朗らかな笑顔で告げる。
「管轄外の人間が犯罪者逮捕しようとしたんだから始末書は、覚悟してよね」
俺は、被害額とそこから算出される減俸額を考えて頭が痛くなるのであった。