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星火燎原(せいかりょうげん)

突如発火能力に目覚めた少女の両親は?

「緊張してるの?」

 天地ちゃんが心配そうに声を掛けてくる。

「そんな事は、無いぞ」

 俺は、強がって見せた。

 しかし、今回は、特別な仕事なので同行してくれた海原室長が淡々と言う。

「緊張しろ。事は、人一人の人生に関わる話だぞ」

 その言葉の重みに頭を下げる。

「すいません。強がりました。今にも逃げ出しそうなほど緊張しています」

「当然だ。俺達の対応次第では、相手の一生を台無しにするのだからな」

 初めて見るかもしれない海原室長の真剣な顔。

 俺達は、普段とかなり違う相談に答える為に相手の家に来ていた。

「お邪魔するぞ」

 海原室長がチャイムを鳴らし、家の人に案内され、家の中に入る。

 相手は、銀行の支店長を務める父親とその家族。

「態々すいません」

 母親は、頭を下げてくるが、父親は、不機嫌そうな顔をしたままだった。

「こうやって顔を合わせるのは、初めてになりますね? 私は、意思能力問題対策室室長、海原行脚と申します」

 海原室長が名刺を差し出した後、俺も名刺を差し出す。

「同所属の意思能力監査官の轟一歩です」

 名刺を確認した後、その父親が天地ちゃんを見る。

「お二人の事は、解りましたが、その娘さんは?」

「彼女は、お嬢さんと同じ、MA持ちという事で助言できるかと思い連れてきました」

 海原室長が紹介すると天地ちゃんが頭を下げる。

「天地翔瑠です」

 冷たい視線を向ける父親。

「それで、どうすれば、娘からMAを無くせるのかね?」

 いきなり本題に入ってきた。

 今回の相談は、この家の一人娘、大河原オオガワラ兎麻里トマリちゃんが目覚めてしまったMA能力についての物だった。

 こういった相談の多くは、専門機関を紹介して終わるのが常なのだが、中には、かなり問題がある場合がある。

 今回のケースがそれだ。

「現在の所、MAを完全に消失させる事は、出来ないと言われています」

 それに対して、兎麻里ちゃんの父親は、机を叩く。

「それでは、娘の額にあんな醜いものをずっとつけさせておけというのか!」

 俺は、横目で天地ちゃんを見るが、気にした様子は、無い。

「MA持ちなんてばれたら、結婚も出来ないのでしょ?」

 風評を口にする兎麻里ちゃんの母親に俺が慌ててフォローする。

「そのような物は、一部の人間が勝手に言っているだけです。婚姻率にMAが関係しているという確かな数値は、どんな機関も出していません」

「平等という建前上、公表できないだけだろう」

 兎麻里ちゃんの父親の性悪説的な言葉に苛立ちを覚える中、海原室長が説得を続ける。

「問題は、娘さんのMAです。娘さんは、まだMAをコントロールする術を習得していません。急ぎ、専門機関で習得して頂き、通常の社会に戻れるようにするのが最善の方法です」

 その内容に不快感を示す兎麻里ちゃんの両親。

「そうだ、脳手術でMAを無くす事が出来るって前にテレビでやっていたのを見ました。それでしたら……」

 兎麻里ちゃんの母親の言葉を俺が遮る。

「あれは、まだ正式に認定された方法では、ありません。それ以前にあの手術には、多大なリスクが伴います。手術後、脳に何らかの障害が発生するケースも多く、とても現状では、勧められる物では、ありません!」

「だからと言って、私の娘がMA持ちのままで良い訳がない!」

 兎麻里ちゃんの父親の言葉には、明らかなMA持ちへの差別意識があった。

 それがなくならないうちは、この問題は、解決しない。

 その後も海原室長と二人、説得を重ねたが、兎麻里ちゃんの両親の態度は、頑なであった。

「またお邪魔します」

 玄関先で海原室長が頭を下げるのに合わせて俺も頭を下げ、ドアが閉まった所で頭を上げた時、天地ちゃんが二階を見上げていた。

 その視線の先には、問題の兎麻里ちゃんが居た。

 MAコーラーがついている筈の額には、包帯が巻きつけられていた。

「家から出してもらえないんだよね?」

 天地ちゃんの悲しそうな言葉に俺が頭をかきながら答える。

「絶対に普通の生活に戻してみせる」

「偉そうな事を言うな。本当に彼女を普通の世界に戻す為に努力するのは、多くのMA持ち育成機関だ。俺達が出来るのは、こうやって親を説得する為に言葉を並べるだけだ。それすら満足に出来ていないのが現状だ」

 海原室長の指摘が正確すぎる。

「しかし、MA持ちに対する強い偏見は、まだまだ根深いものなのですね」

 海原室長が歩き出しながら答える。

「MAに限らず常人と異なる力を持つ人間を恐怖するのは、人間として当然の感情だ。しかし、人間は、それと折り合いをつけて生活してきた。必ず、納得してもらえる筈だ」

 俺が頷く。

「でも、あの子のMAって確かF、ファイアーだったよね。あれって強いストレスが要因になるって聞いた事あるけど、そんなにストレス溜めていたのかな?」

 天地ちゃんが言う話は、学術的にも立証されている事だ。

「人体自然発火なんていわれていた時代もある程、昔からあるMAだ。このMAの特徴は、内部に怒りを溜め込んだ人間が発現しやすい事だな」

 海原室長の言葉に俺は、MAの事を再度確認する。

 MA、意思能力は、人の願望に強く作用される。

 種別に現象が多いのは、MAの大半が人の望みから発生した物だからである。

「解放を求めているとしたら、何から解放を求めているのかだな?」

「一度発現したMAが完全に消える事は、皆無な以上、そこを考えるのは、後だ。今は、両親を説得して専門施設に入れさせてもらう事が先だ」

 海原室長の言うとおりだった。

 それでも俺は、兎麻里ちゃんがMAに目覚めてしまった切掛けが気になってしまう。



 あの後、何度か説得に赴き、今回も良い返事が返ってこなかった。

「どうして、MA育成施設に入れる事をあんなに嫌がってるの?」

 説得に同行してくれている天地ちゃんの疑問に今日は、海原室長が他の用事があった為、一人で来た俺が答える。

「一度施設に入ってしまえばその事が個人情報に登録されてしまう。そうなる事を恐れているんだろう?」

 MA持ちの大半の履歴書には、どこそこの施設出と明記されているが、施設の知名度が低いと安定度が低いと敬遠される事があるらしい。

 そんな中、天地ちゃんが首を傾げる。

「今日は、居ないのかな?」

「誰の事だ?」

 俺が聞き返すと天地ちゃんが二階の窓を指差して言う。

「何時もだったら兎麻里ちゃんがあそこの窓から見てるの、どっか出かけたのかな?」

 それは、有り得ない話だった。

 そして先ほどの話し合いで母親が居なかった事を考慮すると嫌な予感がした。

 慌てて携帯を取り出す。

「薫、お前の所で掴んでいるMA除去手術を行っているだろう病院を教えてくれ!」



 俺と天地ちゃんは、病院の廊下を全力疾走する。

 そして、兎麻里ちゃんの母親が待機している手術室の扉を開けるとそこには、手術台の上に麻酔で眠らされた兎麻里ちゃんが居た。

「そこまでだ! このMA除去手術には、事前の申請がされていない。今すぐ中止しろ!」

 正にメスを入れようとしていた医者の手が止まる。

「邪魔しないで下さい! 娘は、病気なんです。それを直すだけです!」

 抗議してくる兎麻里ちゃんの母親を俺が睨む。

「本当に病気だとしたら、その原因は、何だ! MA持ちの大半は、それを必要とする強い意志があるからMAを発言させる。兎麻里ちゃんがどうしてMAを発現させた!」

「それは、解りませんが……」

 言葉をにごらす兎麻里ちゃんの母親。

「そんな事は、関係有りません。娘の病気を治すのは、親の務めです」

 さっきまで話していた兎麻里ちゃんの父親がやって来た。

「原因が解らないまま手術をした所でその病気は、再発するものです!」

「兎麻里も直ぐに大人になる」

 兎麻里ちゃんの父親が言いたいのは、MAの発現の多くが子供の事が多い事をさしているんだろう。

 天地ちゃんと同じ年の兎麻里ちゃんだったら確かに次に発現する可能性は、統計的には、低い。

「MAの発現には、明確なメカニズムが解っていません。楽観は、危険です」

「明確なメカニズムが解っていないのなら原因を探すなどナンセンスじゃないか?」

 兎麻里ちゃんの父親は、少しも引かない。

 ここは、法令を盾に強制的に中止させるしかない。

「とにかく、事前に申請がないMA除去手術は、法令違反です。中止していただきます」

「確かその法令には、拘束力が無かった筈だが?」

 兎麻里ちゃんの父親が痛いところを突いて来た。

 確かに、罰則等がある法令じゃない。

 しかし、病院側も法令を無視するリスクを犯すとは、思えない。

「先生、この病院への融資額をお忘れなく」

 兎麻里ちゃんの父親がとんでもない隠し玉を出してきた。

 かなり不味い展開、医者の手が再び動き出そうとした時、MAコーラーの音声が鳴り響く。

『FF』

 炎が巻き起こった。

 医者が慌てて飛びのく。

「何が起こったのだ!」

 途惑う兎麻里ちゃんの父親に俺が告げる。

「医者は、教えて居なかったのですか? MA除去手術には、こういったMAの暴走事故が起こりやすいと」

「そんな話は、聞いていません!」

 兎麻里ちゃんの母親が動揺する。

「何度も説明していますが、MAは、本人の必要性から発現する物です。詰り、必要とされた能力、それを奪われようとすると強い反発が発生するのは、当然でしょう」

 病院側もそれを心得ていたのか、避難が早い。

 しかし問題は、麻酔で眠らされた兎麻里ちゃんだ。

「貴方、兎麻里を助けに行って!」

 旦那に縋り付く兎麻里ちゃんの母親。

「しかし、あの炎の中に入るのは……」

 二の足を踏む兎麻里ちゃんの父親を無視して俺が手術室の中に駆け込む。

 しかし、兎麻里ちゃんからは、未だに炎が噴出し、その炎圧で触れる事も出来ない。

 その時、天地ちゃんが叫ぶ。

「蘇生の準備をしておいて。一歩さん、奥の手を使うから直ぐに回収して!」

『PA』

 後方からMAコーラーの音声が聞こえた直後、炎が消えた。

 俺は、すぐさま兎麻里ちゃんを炎の中から担ぎ上げて後方に下がるが、兎麻里ちゃんの心臓は、動いていなかった。

 安全圏に移動するとすぐさま、医者が心臓マッサージを開始し、心臓が再び動き出す。

 安堵の息を吐く一同。

「何をしたんだ?」

 俺の質問に天地ちゃんが俯く。

「心臓に直接『ワンダメージ』を当てたの。当たり所が悪ければ、そのまま心臓が動かない事もあるんで普段は、絶対にしないんだけど」

「娘を殺す気だったのか! やっぱりMAは、危険だ、直ぐにもMA除去手術をしなければ!」

 喚き、天地ちゃんを責める兎麻里ちゃんの父親を俺は、殴っていた。

「ふざけるな! 天地ちゃんがそうしなければあんたの娘は、焼け死んでいたんだぞ!」

「殴ったな! 貴様も訴えてやる!」

 怒り狂う兎麻里ちゃんの父親の背中から薫が声を掛ける。

「その前に、貴方には、MA暴走の責任をとってもらわないといけませんよ」

「責任だと?」

 途惑う兎麻里ちゃんの父親に薫が淡々と語る。

「行政からの度重なる施設教育通告の拒否、その上でのMA暴走事故は、保護者である貴方の責任になります」

「あれをやったのは、娘で私では、無い!」

 兎麻里ちゃんの父親の無責任な発言に俺が再び拳を握り締めた時、再びMAコーラーの音声が聞こえる。

『FF』

 燃え上がる兎麻里ちゃんの父親。

「誰か助けてくれ!」

 すぐさま消火器で炎が消されるが、兎麻里ちゃんの父親は、娘に化け物を見る様な目を向けて叫ぶ。

「こんな化け物は、もう娘でも何でもない! 施設でも何処にでも連れて行け!」

 麻酔で眠っている筈の兎麻里ちゃんの頬に光る物を見たのは、気のせいでない筈だ。



「また始末書なの?」

 意思能力問題対策室近くの喫茶店で始末書を書く俺に天地ちゃんが話しかけて来た。

「当然よ。民間人を殴って始末書で済めば良い方よね」

 MA暴走事故の件で来ていた薫がコーヒーを飲みながら失笑する。

「うるさい。それより、こんな所で何をしているんだ?」

 天地ちゃんは、レジのショーケースを指差す。

「寮付きの施設に入ってる兎麻里ちゃんの所に行くんでここのケーキを買うんだ」

「そうか、これで自分の分も買って二人で食べな」

 俺がお金を渡すと嬉しそうに受け取りレジに向う天地ちゃん。

「ありがとう!」

 天地ちゃんが離れた所で薫が言う。

「始末書の原因の一つが、天地ちゃんの死の危険性があるMA使用だって事は、教えなくて良いの?」

「あの状況じゃ仕方なかった。褒める事があっても責める必要は、ないさ」

 俺が答えて始末書の続きを書く。

「それにしても、あの子のMAっておかしな能力よね?」

 薫の指摘に俺も頷く。

「本来、人間に関わらず、生物の体内に直接干渉するMA、特に死に直結するそれは、相手の意思で無効化される」

「人の体内に直接影響与えられるMAとなると最低でもK以上のランクが必要な筈。それをAランクのMAでした。明らかに不自然よね?」

 薫の怪訝そうな顔をするが俺は、肩をすくめる。

「それでも、天地ちゃんだったら間違った使い方をしないさ。それよりも俺は、親に見捨てられた兎麻里ちゃんの方が心配だ」

 薫が苦笑する。

「女の子は、そんなに弱くないわ。親からのプレッシャーからのストレスで発現したMA『ストレスバーニング』も親から離れれば落ち着くでしょうしね」

「無事に成長してくれる事を祈るよ」

 俺は、そう思いながら始末書の残りを書き続けるのであった。

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