塗装屋
気分転換に更新。短いです。
夕暮れ、赤く染まる雲はまるでハラワタのうようだ。ディズは窓辺に立ち目を細め尊いものでも見るように空を見つめる。
キィ…と蝶番が高い鳴き声を上げた。開いた扉から赤い髪に赤い瞳の長身で整った顔の男が出てくる。
「相変わらず進展はなし」
男は両手を軽く上げ首を竦めた。
「お疲れ様でした。塗装屋さん」
彼は塗装屋。記憶を塗り替えたり消したりする事を生業としている。
「分からないままですか」
塗装屋は一ヶ月に一回、ディズの家に訪れてサクに催眠術を掛けている。催眠術で記憶を遡りサクに過去を思い出させるためだ。
あの研究所での事、それ以前の事をサクは覚えていない。名前、年齢、家族、誕生日、彼は全て忘れてしまっている。『サク』と言う名前だって研究所で39と言う番号が付いていたからだ。
「サクは僕の言葉を聞かないからね。催眠にかからない。君がいいならサクの頭を開いて脳に直接電流を流してみてもいいんだけど」
本当なのか嘘なのか分からない調子で塗装屋は言う。
「やめておきます。其処までして知りたいわけじゃない」
興味はある。結局彼の能力は化学なのか魔法なのか分からない。しかしサクの能力は人殺しが趣味で人殺しが生業のディズにはありがたかった。側に置いているのはそう言う理由だ。最近ではディズの仕事よりもサクを借りたいと言う依頼の方が多いぐらいだ。
しかし、仕組みの分からない力は怖い。何かあった時に対処が出来ない。塗装屋に頼んでサクの記憶を思い出させようとしてみているものの、未だ進展はしていない。
「いっそ、君が彼を催眠術にかけたらいいと思うよ」
塗装屋の提案にディズは首を振った。
自分は昔も今も人殺し以外は何も出来ないという自負がある。ろくでなしの自覚はあるのだ。この頭のネジが何本も欠如し、思考回路の配線が滅茶苦茶になってしまっている事も、自覚し分かっているからこそ上辺だけは人を装い生きていけている。
分からないなら分からないでいい。そう思っているのに、それでも毎月彼を呼び試してみるのは何故だろう。
「サクは本当に君の言う事しか、聞かないんだね」
ため息交じりの言葉に覚えたのは優越感。
「お疲れ様でした。塗装屋さん……良かったらディナーをご一緒していきませんか?」
案外、その言葉が聞きたいだけなのかもしれない。
「遠慮しておくよ。僕はベジタリアンなんだ。それに、恋人が家で夕食を作って待っているんでね」
ため息交じりに塗装屋が言う。
「それは素晴らしい。きっと、ドレッシングは血の味がするんでしょうね」
と言ったら酷く苦い顔をされた。
狂ったこんな自分の側にサクだけが逃げずに側に居てくれる。
あの日、あの研究所で、音の無い世界で
「 」
空白の言葉と、
握られた掌の熱さを未だ忘れられない。