そっと星を抱きしめて
『そっと星を抱きしめて』
1.月が消える夜
そうた君は小学一年生です。今、山の中の露天ぶろに入っています。
まわりはごつごつした岩にかこまれ、夜空には、きらきら光る星と、ゆりかごのような形の月が浮かんでいます。
となりでは、父さんが気もちよさそうに目をつぶっています。毎日いそがしく働いていて、本当にひさしぶりの家族旅行です。
「ん? へんだぞ」
空を見あげていたそうた君は、おかしなことに気がつきました。
「ねえ、月がさっきより細くなっているみたい」
「ふえー……そういえば、ニュースで今夜は月食があるって言っていた。よく見ておくんだよ。めったに見られないからね」
父さんは、ねぼけた声で言いました。
「月食って?」
「うむ…それは、月が地球のかげにかくれてしまうことだよ」
「へえ…」
そうた君は、じっと月を見まもりました。
やがて月は、お椀のふちのように細くなり、しまいに見えなくなってしまいました。
「どこに行っちゃったんだろ」
首をまわしてさがしていると……
「あれっ、あそこ、光ってる」
森とのさかい目、大きな岩のうしろから、金色の服を着た女の人が出てきました。歩くたびに、服がすうっとすけていきます。
チャプリ…… かすかな音をたてて、おふろに入ってきました。
『服がなくなっちゃった。でも、からだが光ってる。もしかして、あの人は月が変身したものなのかも』
そうた君は、父さんにそっとささやきました。
「ねえ、とてもきれいな女の人が来たよ。それでね、からだが光ってるんだ」
「こらこら、ほかの人のことをあれこれ言ってはだめだよ」
「でも、あの人、きっとお月さまの化身なんだよ」
「しーっ」
父さんはちらりとも見ず、ざぶりと顔にお湯をかけました。
やがて女の人はおふろを出ました。
「お月さま……」
そうた君がそっと呼ぶと、女の人はふりかえって、にっこりしました。
『やっぱり、お月さまだ。なんてやさしそう…』
その先には、金色の服を着た二ひきのウサギが立っています。
そうた君は、目をつぶったままの父さんをおいて、こっそりとおふろを出ました。
はだかなんて気にせずに森へ向かうと……
「ややー、なにこれ!」
いつのまにか、そうた君もお月さまたちと同じ、からだにぴったりの金色の服を着ていました。
2.月の宇宙船
大きな岩をまわると、大きな玉がありました。
運動会でころがす大玉よりずっと大きく、まぶしいほどに光っています。ふくらんだり、ちぢんだり…まるで息をしているみたいです。
その前に、お月さまと二ひきのウサギが立っていました。
「名まえをよんでくれてありがとう。あなたのお名まえは?」
「ぼく、そうたっていいます」
「そうた君ね。よかったら、宇宙船の中をのぞいてみませんか」
『宇宙船……ということは、この玉がぼくらの見ている月?でも、まちがいなくお月さまはこれに乗っているんだ』
そうた君は胸がどくんとふるえました。
お月さまが玉にそっと手をふれると、トンネルのような穴が、ぽっかりとひらきました。
「さあ、どうぞ」
「でも……」
知らない人の乗り物には乗ってはいけない……そうた君は、幼稚園の時の先生の言葉を思い出しました。
「心配いりませんよ」
ウサギたちが声をそろえて言いました。
そのまじめな顔があまりにもかわいらしくて、そうた君は思わずクスッと笑ってしまいました。
だいたい、まじめな顔をして話をするウサギをかっている悪い人なんているでしょうか。それに、これはみんなが知っている“月”の宇宙船なのです。
「じゃあ、お言葉にあまえて」
そうた君は、にっこりとうなずきました。
中に入ったそうた君は、目を丸くしました。
かべじゅうに、砂時計の筒のようなものがずらりと並び、 天井近くには、いろんな大きさの光る石がふわふわと浮かんでいます。
大きな窓の前にはりっぱなイス。 床からは、両手でにぎれる∪字のアメ色のぼうがつき出ています。
「あそこが操縦席で……じゃあ、これは?」
金色に光るウスのようなものに、白いかたまりが入っています。二本のキネがたてかけられています。
「こんなところで、おモチをつくの?」
そうた君がきくと、ウサギたちは楽しそうに笑いました。
「もちろんです。でも、食べるおモチではありません。宇宙でいちばん速い“お月さま号”のエンジンの燃料をつくのです」
その時……
「ピピピピ! 宇宙かんしセンターから、お月さま特別隊員へ、緊急連絡。
天の川ダムがあふれそうです。すぐに向かってください!」
かべのどこからか、びりびりとふるえる声がとび出しました。
「りょうかい!」
お月さまはきりっと返事をし、そうた君のほうを向きました。
「わたしたちは、これから天の川ダムに行かなくてはなりません。できれば、いっしょに来て手伝ってほしいのだけど……」
その顔は、とても真剣でした。
ここでことわるわけにはいきません。なんといっても、お月さまのたのみごとです。父さんだって、きっと賛成してくれるにちがいありません。
「もちろん!」
そうた君は胸をはってこたえました。
「ありがとう。今から、そうた君も特別隊員の一人よ」
お月さまは、頭をそっとなで、自分たちの服にもついている流星マークのバッジをそうた君の服につけてくれました。
「では、飛び立つところが見られないように、この世界の時間を少し止めて……」
操縦席に座ったお月さまは、砂時計のつつのようなレバーを、カチリと横にひねりました。
3.宇宙へ、出発!
「それでは出発します。エンジン、始動!」
「アイアイサー!」
操縦かんをぐっとひいたお月さまに、ウサギたちが元気よく返事をしました。
テッテンチコ テッテンチコ
ウサギたちはキネをかついで、リズムよく燃料をつきはじめました。
「そうた君は、燃料をこねてください。そうすると、宇宙船のスピードがずっと速くなるのです」
お月さまは前を向いたまま、やさしく言いました。
そうた君はびっくりしましたが、すぐに胸をはって返事をしました。
「りょうかいしました!」
おもちつきなら、幼稚園の時にしたことがあります。先生に「おもちをこねるの、とても上手」とほめられたことだってあります。
そうた君は白いかたまりに手をのばしました。
「あちち……」
おもち燃料はほくほくと熱かったけれど、がまんしてこねました。
テッテンチコ ペタ テッテンチコ ペタ
ウスの底にあいた小さな穴から、燃料が少しずつ流れこんでいきます。
シュー サササー
さざ波のような音をたてて、宇宙船は空へ飛びあがりました。
窓からちらりと露天ぶろが見えました。
父さんは目をつぶったまま、ざぶりと顔にお湯をかけようとしたところで止まっています。宙に浮かんだお湯が、ダイヤモンドのように光っていました。
テッテンチコ ペタ テッテンチコ ペタ
宇宙船はものすごいスピードで飛んでいきます。 いろんな色の星が見えたと思ったら、すぐにうしろへ流れていきました。
やがて、窓の外に光るものが近づいてきました。
白いクジラです。宇宙船よりずっと大きく、背中からきらきら光る氷のかけらをふきあげています。
「お月さま、そんなに急いでどこへ?」
大きな口をぴったりと窓につけて話しかけてきました。
「ほうき星のクジラさん。これから天の川ダムに行くの。ダムがたいへんらしいの」
「ならば、わしも手つだいましょうか?ほかのすいせいクジラたちにも伝えましょうか?」
クジラがきくと、お月さまはやさしく首をふりました。
「いいえ。あなたは、きまった道を泳いでいって。宇宙の子どもたちは、あなたたちがやってくるのを楽しみにまっているのだから」
クジラはこっくりとうなずき、ヒレで窓をそっとなでて去っていきました。
大きなからだのうしろには、ふきあげた氷のかけらが、光のじゅうたんのようにのびていました。
「みんな、お月さまのことを大切に思っているんだ……」
そうた君は、遠ざかるクジラを見ながら感心しました。
「よそ見をしていてはだめですよ」
ウサギたちが言いました。
「ごめんごめん」
そうた君はぺちんとほっぺをたたき、また、おもち燃料に手をのばしました。
テッテンチコ ペタ テッテンチコ ペタ
宇宙船はぐんぐん飛んでいきます。でも、そうた君の手はもうくたくた……ウサギたちのキネにつかれないように、ひらひらと動かしているだけです。
その時、お月さまが言いました。
「さあ、天の川ダムにとうちゃくよ」
4.宇宙のダム
そうた君たちは、外に出ました。
「うはー、すごい……」
そこは、頭がクラクラしてしまうほどに巨大なダムの上でした。
ダムは、すりガラスのように半分すけていて、おとぎ話に出てくるお城のへいのようにも見えます。右にも左にも、ずいずいーっとのびていて、ずっとむこうは星の海にかすんでいます。歩いていったら、どれほどかかるのでしょう。一生かかっても、はしにはつきそうにありません。
下をのぞくと、うすい雲のような川が流れ出ていました。虹色の魚たちが、ひらひらと泳いでいます。
「これが天の川……こんなに近くで見られるなんて。 でも、なんだかへん。水が少なくて、魚たちがくるしそう」
反対側を見てみると……たいへんです。もくもくとたれこめる霧のような水が、あふれそうなほどたまっています。どこからか、ギリギリッとへんな音がひびいています。
「もう少しでダムがこわれてしまう。そうしたら、宇宙が星の砂つぶでできた水におおわれてしまうわ」
お月さまが言いました。
その時……
「お月さま、あれをごらんください!」
ウサギたちが、うれしそうにとびはねました。
見上げれば、紺色の空の奥から、光のしずくのようなロケットが、流れ星のシャワーのように降りてきていました。
シュー タン…… シュー タン…… シュー タン…… ……
次々とダムにおりたロケットから、星型のバックルのベルトをしめたペンギンたちが、きびきびと並び出てきました。
「お月さま。宇宙ぼうえいペンギン隊、ただいまとうちゃくしました!」
そう言うと、合図とともに、あふれそうな星の砂つぶの水へ一斉に飛びこみました。
「心づよい仲間が来てくれたわ。わたしたちも行きましょう」
お月さまも、ウサギたちといっしょに水の中へ飛びこみました。
そうた君は、あまり泳げないのでこわくなりました。でも、お月さまやウサギたちだって行ったのです。
「せーの!」
そうた君は勇気を出して、星の砂つぶの水へ飛びこみました。
5.悲しみのかたまり
星の砂つぶでできたダムの水は、ふしぎなほどに温かでした。それに、息ができるのです。
「これなら、だいじょうぶ……」
そうた君は、ぐいぐいと暗い水の底へもぐっていきました。
下へ行くほどに、水は冷たくなっていきます。そして、たどりついた先……ダムの底には、青白く光る小さなかたまりが、山のように積もっていました。
「あのかたまりはなんなの?」
そうた君がきくと、お月さまは静かに答えました。
「あれは、この宇宙に住む人たちの悲しみのかたまりなの。心の底にかためてしまった悲しい気もちが、いつのまにか、このダムへやってくるのよ。
でもね、やがて、星の砂つぶにまじって流れ、夜空をかざるの。星を見ていると、気もちがスーッとしたり、胸が温かくなるでしょう? それは、わすれてしまっていた悲しみが、輝く星に生まれかわったのを見ているからなの。
それにしても……こんなにたまってしまうなんて」
みんなは、青白いかたまりをどんどんダムの上へ運んでいきました。それはとてもかたく、氷のように冷たいものでした。
そうた君が、奥にあったかたまりの山へ手をのばした時……一つのかたまりが、じぶんからすぅーっと手の中へはいってきました。
「なんなの、これ……」
つぶやいた瞬間、心の中に、二年前になくなった母さんの顔がふっと浮かびました。
おこってばかりだったけれど、いつもいっしょにいてくれた母さん。さびしい時に、そっとだきしめてくれた母さん。
「これ……ぼくの悲しみの気もちなんだ。ぼくにわすれられてしまっていて、こんなところに来ていたんだ」
となりに寄ってきたお月さまが、やさしくうなずきました。
「でも、会えたのね。ずっとまっていた人の手につつまれて、よろこんでいるみたい」
そうた君が耳に近づけると、鈴をふるような音が、小さくきこえました。
「さあ、もうだいじょうぶ。水が流れはじめたわ。上に行きましょう」
6.輝く星
ダムの上は、悲しみのかたまりでいっぱいでした。
「これ、どうするの?」
手にもっていたかたまりをそっとおいて、そうた君はききました。
「よく見てて。とてもすてきなことよ」
お月さまはにっこりとわらい、うでを大きく広げて言いはなちました。
「ダムの底にわすれられし悲しみの気もちよ。流れいで、宇宙をてらす光となれ!」
言葉がおわったとたん、かたまりは次々と流れ星のように飛んでいきました。ずっと先のほうで、白く光りはじめています。
最後のかたまりが飛んでいった時、 そうた君の胸が、痛いほどに熱くなりました。
それは、そうた君の悲しみの気もちでした。
目の奥でこおっていたものが、とけだしたよう……、ぽたぽたと涙がこぼれました。
かたまりが飛んでいった先には、
キラッ、キラリ。
語りかけるようにまたたく星が生まれました。
そうた君の胸の熱さは、だんだんとやわらぎ、 ほんのりと温かくなっていきました。
お月さまはうなずきながら、やさしく手をにぎってくれていました。
ダムの上のかたまりは、あっという間になくなってしまいました。
「お月さま、またお会いしましょう」
ペンギン隊は一列に並んで敬礼すると、光の尾をひいて、紺色の空へ帰っていきました。
「それでは、わたしたちも」
お月さまは、そうた君のおでこにそっとキスをして言いました。
「手つだってくれて、本当にありがとう。帰りはべつの道を行かなくてはなりません。 さあ、天の川にからだをひたして。川は、時の流れをこえ、やさしくあなたを運んでくれるわ」
そうた君はさびしくなりました。 でも、泣きませんでした。
「宇宙船に乗せてくれて、ありがとう」
しっかりとお礼を言ってから、天の川に飛びこみました。
スススー サササー。
まわりに魚たちが集まってきました。虹色のうろこをきらめかせながら、おどっています。
「よかったね、みんな」
そうた君は、そっとほほえみました。
星の砂つぶでできた川は、お日さまに当たったわたぶとんのように、からだをつつんでくれています。
時々、ちらちらとまじっている青白いかたまりが、なでるようにさわっては遠ざかっていきました。
氷のような冷たさは、もうありません。きっと、だれかの瞳の中で、やさしく輝こうとしているのでしょう。
「ふぁー……ゆったり、ゆったり……」
そうた君は、なんだかねむたくなってきました。
「そうたや……」
どこかで、きいたような声がしました。
「これこれ、ねむってはだめだよ」
はっと目をあけると、もとのおふろにもどっていました。空には、細いからだをあらわした月がうかんでいます。
「そうた、月がきえるところ、見てたか。
ふっほー、月が出てきたのに、星がふえたみたいに見えるぞ。 おや、あの星……」
子どものように はしゃいでいた父さんでしたが、急にだまって空の一点を見つめました。
そうた君は、とてもうれしくなりました。
じっと見つめる目にうつっているのは、 父さんの気もちがつまった大切な星にちがいありません。
「あのね、父さん……」
そうた君は、星のことや、お月さまの宇宙船に乗ったことを話そうとしました。
ですが……
……そうた君、それはないしょのこと……
空のかなたから、かすかな声がきこえました。あわい月の光の中に、やさしいお月さまの顔が見えたような気がしました。
「父さん、きっと、またここに来ようね」
そうた君は、元気な声で言いました。
「もちろんだとも」
父さんは、顔をくしゃくしゃにしてわらいました。
おわり




