第五話 共鳴
竜騎士の国リトレギア王国に伝わる風の竜を倒す旅に出たアリアは途中、異国の少年リュウトに出会い、仲間に加える。
しかし風の竜がいると伝えられてきた山頂にその姿はなかった。ただの飛竜に襲われて足を踏み外したアリアを何の躊躇もなく助けに飛び込んだリュウトを、訝しみながらも感謝するのだった。
「本当に、ありがとう。リュウトさん。もしあのまま一人で行っていたら、わたしは死んでしまっていた! 二度と家に帰れなかった」
「もういいって。照れるよ、そんなに何度も感謝されちゃ、恥ずかしいよ!」
騎士の鎧ってかなり丈夫なんだなあと、リュウトは身体をさすっていた。改めて見てみると、騎士の鎧なんか着たことないから、カッコ良くてテンションが上がる。RPGが好きだから、ゲームのキャラクターになったようでウキウキする。
と、浮かれていると、背後からヒョオオオオオ……と風の音が聞こえてきた。
「え……か、風? 風って、あの風?」
風のような音のする方を見ると、今登って落ちてきた山の壁に穿たれている、洞窟が見える。洞窟は先が見えない。ヒョオオ……という風の音は、どうやらそこからしているらしかった。
二人は同時に唾を飲み込んだ。気配がする。それはもちろん言うまでもなくーー風の竜がいる気配だ。
「あのさ、アリア……。多分、この先だね、風の竜がいるというのは……。ねえ、本当に、行くの? まだ、まだ、引き返せるよ」
「…………」
アリアは悩んだ。命懸けで自分を守ってくれたリュウトは今、腕に怪我をしている。ドラゴンを倒す力もない二人が暗い洞窟の中を進んでいって、目的のドラゴンに辿り着いたとしても……結果は明白だ。次こそは本当に死んでしまう。
「…………」
目を閉じて考える。考える時間があるのも、失礼な話だったか。
「……リュウトさん、ここまで来たけど……。……もう、帰りましょう。城には、怪我を治す薬師がいます。本当は回復魔法を使える魔法使いがいたらはやかったのだけど。でもきっとその怪我なら、薬を塗って二、三日待てば治ります。……これまでわたしのワガママに付き合わせて、ごめんなさい……」
「アリア……」
可哀想にアリア。とても悲しそうな顔をしている。そうだ、こんな広い森をたった一人で歩いてきて、目的も果たせずに帰るなんて骨折り損もいいところだ。なんとか彼女には笑顔になってほしい。奇妙な出会いではじまったけど、なんだかんだ、少しずつ仲良くなってきていると思っている。――友だちにはやっぱり笑顔でいてほしいな。友だちだ。話したことあったら全員友だち。
そんなリュウトの思いを邪魔するかのように、二人を滑落させた後、上空をぐるぐる飛んでいたさっきの飛竜が森まで急降下して、襲いかかってきた。
「!! ダメだアリア、帰るの中止! こっちだ! 逃げるぞ!」
リュウトはアリアの腕を強引に掴むと、あの風の音が地下から響き渡ってくる洞窟の中へと逃げ込んだ。飛竜も二人を追いかけて飛んで来たが、例のヒョオオと風が鳴る洞窟を前にして、怯えたような咆哮を一つ放って飛んでいってしまった。
飛竜が飛び去ったことにまだ気付いていないリュウトは、アリアの腕を掴みながら洞窟の奥へと奥へとがむしゃらに走った。洞窟は下り坂になって、地下へと繋がっている。洞穴入り口の光が届かないところまで来ていたが、洞穴内は何故か薄明るく、闇ではなかった。そのせいで、びっしりと壁や天井に張り付いている蝙蝠型のモンスターもしっかりと肉眼で捉えることができた。眠たそうにモゾモゾと蠢いている。蝙蝠は苦手だ。よくみたら可愛いんだろうけど、黒くて数が多いと本能的にこわいと思ってしまう。できればこんな光景は、見たくなかった。
リュウトは唐突に立ち止まった。反動でアリアがリュウトにぶつかる。
「いったぁい! なんで急に止まったの?!」
洞窟内が薄明るい理由がわかった。
「……腕、痛い……」
「えっ!? あ、ご、ごめん……! 夢中で走ってきちゃった!」
パッと手を離した。
マジマジと眺めてしまう。
見惚れてしまう。
まるで深海で光る魚や、蛍のような燐光を発している。アリアの身体が。
「ねえ、アリア。それ、何? なんかアリア、身体、光ってるよ」
「えっ? ええ? ……本当だ。私、光ってる。なんで? なんでわたし光ってるの……?」
「なんでって……あれ。魔法を使って洞窟内を照らしているのかと思った。魔法を使ってるんじゃないの? その光、魔法みたいな光だよ」
そしてさらに。光源はアリア一つではないことがわかった。洞窟の奥からも、薄明るく光が放たれていることに気が付いた。アリアから出ている光が、洞窟の中の奥の光とまるで呼応し合う形で穏やかに点滅していた。光には不気味さはなく、神聖なもののように感じる。
「……。アリア、この奥に絶対何かある! 行こう!」
さっきまで帰りたがっていたのに、今は冒険心の方が強く疼いているらしい。リュウトも男の子なのだ。
「ねえ、リュウトさん。怪我の方は……大丈夫なの? さっきあんなに高い山から落ちたのに、こんなに急に動いて大丈夫? 目眩とか、してない?」
「え? 怪我とかしたっけ?」
腕に巻いた布をとって怪我をみると、もう傷が塞がっていた。まるで回復魔法を使ったかのように、跡一つ残さず綺麗に消え去っている。服が破けているだけだ。
なんて、治りが早いのだろう。普通の人間なら、薬なしではすぐに治ることはない。異国の人は、人間のでき方も違うのかしら、とアリアは一人驚嘆した。
でも、元気そうな姿を見るとホッとした。こんな子を巻き込んで死なせたら、寝覚めが悪い。一生引き摺るだろう。
二人はさらに奥へと進んでいった。呼応する光の正体を、はやく突き止めたかった。薄々光の主の想像はついていた。だが今は、恐怖よりも好奇心が勝っていた。
細長く巨大な蛇の寝床のようだった洞窟の道を進み切ると、広い空間に出た。
そこには光の主が、いた。山頂にはいなかったのに。何故か洞窟の地下にいる。
「あれだ……」
声を抑えて言う。
アリアが今まで探し求めていた、伝説の風を操るとされる竜が、洞窟の地下の広い空間の真ん中に佇んでいるのだった。
竜はアリアの共鳴する光を身体から放ちながら、静かに眠っていた。身体は飛竜より一回り小さく、風の竜という名にピッタリの光沢のあるエメラルドグリーンをしている。
「あれが……風の…………竜!」
だが、風の竜の様子は少し、おかしかった。
風の竜は、眠りながらもこちらの存在に気付いていた。しかしこちらに敵意を向ける様子はなかった。呼吸が荒く、なんだか苦しそうだ。
「ねえ、アリア。この竜、多分……」
ーーこの竜、手負だ。傷は見えないが、だいぶ弱っている。
竜は、寝返りのためにゆっくりと起き上がった。全長がみえてもやはり小さく、発している燐光がエメラルドの鱗に反射して、キラキラと神秘的に輝いている。息を飲むほど美しい。
「あなたが、この山の主の……風の竜?」
アリアが一歩近付くと、目の前の竜は威嚇するようにキュイーという甲高い咆哮をあげた。外にいる飛竜の獰猛そうな鳴き声とは違う。か細い声だ。調子を悪そうしているのも関係しているかもしれない。
「アリア、ドラゴンに話しかけても、言葉が返ってくるわけないよ」
風の竜は、アリアに向き直った。
『――いかにも。私が古代竜エンシェント•ドラゴンの一体、風を操る古竜、風竜――』
「え! しゃ、しゃべった! ドラゴンがしゃべった!」
竜の声と思しき音波が、脳内に直接響いて来た。声はゆったりとした落ち着いた女性の声で聞こえた。小柄だから、本当にメスなのかも。
「わ、わたしは」
アリアは腰の剣に手をかけると、
「竜騎士の国、リトレギア王国第一王女、アレーティア。あなたを倒しにここへ参りました」
鞘から抜き、風竜に対して構えた。震えてはいない。
……ん? 王女? アレーティア? リュウトが今まで吐かれていた嘘に気付いたときには、アリアは既に飛び出していた。
「覚悟!!」
しかし、剣が竜に届くことはなく、アリアの小さな身体は空中に持ち上げられた。なるほど、風竜が周りの微量な空気を操って風を起こしたのだ。風を操れるというのは便利なものだとリュウトは側から感心した。
感心している場合ではない。アリアは攻撃を受けている。
「く、苦しい……た、助け……」
「って、何ぼうっとしてるんだオレ! アリアがピンチなんだよ! アリア! 大丈夫か!」
風竜は風を操るのをやめた。アリアはその場で、どさりと落とされた。
「アリア!」
『お前たち、悪いことは言わん。ここからはやく立ち去れ』
「ねえあの、風竜……? さん」
今度はリュウトが前に出た。
「あのさ、風竜さん。なんか多分、弱ってるよね? 気のせいではないよね?」
『……』
風竜は地上の方向を見上げた。
『……お前たち、逃げるのが遅かったな。……奴が帰ってきた』
洞窟入り口の蝙蝠がバサバサと音を立ててこの行き止まりの広場に入ってくる。外からの巨大な侵入者に押し出されたのだ。
「え!? や、奴? 奴って……」
ゾクリ。二人は同じタイミングで背後に気配を感じ取った。ゆっくりとそれは近付いてくる。嫌な空気だ。
ちろちろと舌を出してはしまう音、ザリザリと地面を擦って進んでくる音、シューシューと息を吐く音が、背後から聞こえてくる。
アリアを連れて走った山の中の洞窟内部の道は、まるで蛇が通った跡のようなだと思っていたが、まさか本当に、例えたその通りだったとは。
背後からそれは、やってきた。
おそるおそる振り返る。眼前には、毒々しい紫色の巨大蛇が、現れた。何メートルあるだろう。身体のすべてがこの洞窟最奥の広間に入りきれておらず、走ってきた道を完全に封鎖している。
蛇はチロチロと舌を動かして、巨大な口の間からシューシューと音を立てている。
しかもこいつ、蛇の癖に表情豊かだ。いや蛇って表情豊かか? 飼ったことないからわからない! そんなことはさておき、……こいつ今、笑っている。餌が増えたと喜んでいる顔をしている。
巨大蛇を前にした二人は、同時に叫んだ。
「キャーーーーーーッ!」
「ギャーーーーーーッ!」
なんて禍々しい巨大蛇のモンスターだ。こんな巨大な蛇のモンスターまでいるとは、リトレギア王国、なんて国なんだ。爬虫類好きには天国かもしれないね。などと思っている暇はない!
『来たか――』
「風竜、こいつは何!?」
リュウトの問いかけに風竜が答える。
『この邪悪な巨大蛇は、闇の魔法使いが出した幻影のモンスターだ。本来の力があれば彼奴を倒すことなど造作もないが。……この有様でな。弱っていたところを襲われ、毒牙にかかってしまった。あいつは時々ああやって、様子を見にくる。わたしがじわじわ弱って行く姿を、嘲笑しに来ているのだ――』
「そ、そんなぁ! どうしてそんなことが!? って聞いてる場合じゃないよな。敵は、風竜じゃない。まずはあの大蛇をなんとかするのが、最優先事項だっ!」
まずはあの闇の幻影の大蛇をなんとかしたい。しかし、どうやって!? おそらく大蛇は空を舞っていた飛竜よりも強い。RPGで例えるなら、最序盤のレベル1の二人がストーリー後半の中ボスと対峙している感じ?
「アリア、なんとか魔法を使えない?」
「……でもわたしに使える攻撃魔法は一つもない……」
伝説のドラゴンを倒すことよりも想定外のことが起きてしまった。たった一つの出入り口は蛇が塞いでいるので、逃げ場はどこにもない。絶対絶対、大ピンチ。三人まとめて餌になったら、巨大蛇は超巨大蛇になってしまう! 伝説のドラゴンと若い人間が二人だなんて、栄養満点、絶品のご馳走じゃないか。
「……急に魔法が使えるようになる魔法なんて、ないわ……。魔法を使えるようになるには、魔法の書をこころで理解して詠唱しないとダメなの。……ああっ! 私たちここで死ぬんだわ!」
絶望で目に涙を浮かべている。出会ったときは凛としていた少女が、巨大なモンスターを前に弱気になっている。
「だっ! ダメだ、ダメだアリア! 諦めるな。絶対に生き残るんだ! 諦めるんじゃないぞ! オレは諦めない。オレ一人だったら別にここで死んでもいいと思ってたかもしんないけど、アリアには家族がいるんだから!」
そう叫ぶとリュウトは急にアリアの腰をいそいそと触り出した。
「きゃああーーーっ!? 何!? 何!? リュウトさん、え、えっち!?」
「えっちなもんか!」
武器をまとめているアリアの腰の装備を、勝手に剥ぎ取った。今戦意喪失しているアリアが武器を持っていても意味がない。
オレが戦う。戦って、この子と、弱っている風竜を助ける。
リュウトは短剣を、巨大蛇にかざす。
――もし本当に、『運命』があってこの世界に呼ばれたのなら。
アリアを守る。それが、オレがここに来た意味だ!
さらに左手には鞭をとった。めちゃくちゃな構えだ。真剣なんて今まで持ったことなんてない。短剣ではあるのに、想像よりも重かった。明日の右手はダルくて持ち上がらないだろうな。ただでさえ重い鎧を着ているのに、剣も重くて、こんなもの、長く振り回せそうにない。
ーーいいぞ、オレ。明日の腕のことを心配してる。オレ、どうやら、勝つ気でいるらしい。頭の中に一つも策が無いってのにな!
巨大蛇はじわりじわりと左右に揺れ、様子を窺っている。
「アリア、今のうちに逃げろ! 俺が囮になるから、その間に逃げてくれ!」
「ダメ! リュウトさん! 逃げられないわ! 出入り口は塞がってるし……それに、戦いに巻き添えにしたのはわたしなのに! あなたを囮になんて……見殺しになんてできないわ!」
蛇は長い舌を操り、リュウトの身体を絡め取った。一瞬の出来事だった。
長い舌で絡め取られたリュウトは、そのまま持ち上げられて、大蛇の口に飲み込まれる。
「!? うおおおおおおおおおっ!?」
ここで終わりだ。呆気なさすぎる。
ところで人は危険な状況に陥り死を感じると、周りのスピードがゆっくりに感じることがある。
そういうのを、『タキサイキア現象』というらしい。
リュウトは蛇に食われる直前に、その、『タキサイキア現象』になった。
周りのスピードが、遅い。ゆっくりと大蛇の口の中に吸い込まれる。蛇に丸呑みにされたら、一巻の終わりだ。この本文は第一巻の予定だから、言葉通りになってしまう。
「うおおおおああああああああーーーーっ!!」
そういえば動物園に行ったとき、蛇の展示を見て知った知識がある。
蛇の口の中には、穴がある。
これはシュノーケルのような役割を果たす。食べ物を丸呑みにした際にも呼吸ができるように、口の中に穴があるらしかった。
スローモーションの世界の中で、リュウトは蛇の口の構造に着目していた。
ふぅん、幻影っていってたけど、ちゃんと本物っぽい蛇なんだな。なんて悠長なことを考えていたら――そのまま丸呑みにされた。
「!? リュ……!? リュウトさーーーーん!」
リュウトは蛇に丸呑みにされてしまった。
山の上ではじめて出会ったとき、全裸だった。
全裸で泣きじゃくる姿をみて、とんでもない変質者かと思ったけれど、話してみたらおしゃべりで、無邪気で、明るくて、真っ直ぐで、いい子だった。
自分の命を顧みず人を救いに飛び込めるほどの、普通ではない、おかしな子だった。
こんなところで、戦いの巻き添えにして、死んでしまった! ああ、帰りたいと言っていたあのときに、強情なんて張らずに素直に帰っていたら、あの子は死ななかった!
アリアの絶望と共に、
ザクリ。蛇の身体を剣が貫く音がする。
「ギャーーーーーーアアアア」
巨大蛇は唸り声を上げて地面につっ伏した。リュウトが蛇の口の中の、あのシュノーケルの穴を塞ぐように、剣で刺したのだ。
倒れた蛇の口が開いた。口の中から、舌に巻かれたリュウトが見える。
「ねえ、アリアって、本当の名前ってアレーティアって言うの!?」
「!? そ、そうよ」
「そうなんだ! でももうアリアって覚えちゃったからさ、アリアって呼び続けても、いいかな!?」
「え、え!?」
「ところでさ、世界がスローモーションになるの、オレ、二度目なんだ。だから、わかった! こいつの倒し方! まだ、こいつを倒せてないよ! 少し怯ませただけだ。オレの代わりに倒してくれ、アリア! こいつを、受け取ってくれ!」
リュウトは蛇の口の中から、あらん力であるものを投げつけた。
巨大蛇も穴に剣を刺されたくらいでは死なない。
蛇は起き上がって口を閉じ、リュウトはそのまま丸呑みにされてしまった。
「!?」
飲み込まれてしまったリュウトは蛇の胃の中だ! 直に消化がはじまり、あとかたもなくなるだろう! 一巻の終わりだ。作者のあとがきまであるのだろうか!
リュウトが投げたあるものを、アリアは落とさずしっかりと受け取った。
受け取ったものは――オカリナだった。
洞窟の中で風竜に反応して光り輝いていたのはアリアではなく、腰の袋にしまっていたオカリナだった。
「これを…………これをどうしろと…………!?」
どうすればいいのか、自然とわかる。
「……! そうね、そういうことね。ありがとうリュウトさん。これは、亡き母様の形見の……聖鳩琴と呼ばれていた不思議な楽器。出発の前に、兄様が持たせてくれた……」
アリアはこの聖鳩琴で奏でるべき旋律を思い出す。
幼き日に、兄が一度だけ吹いてくれた。一度聴いたら忘れられない、どこか哀愁があって、されども優しい旋律。
「信じます……! リュウトさん! このオカリナ……聖鳩琴の力を!」
アリアは吹いた。
思い出の楽器で、思い出のメロディを。
聖鳩琴から奏でられる旋律は、光の魔法となった。
闇属性の大蛇は怯み、風竜はみるみる毒が癒やされていく。
回復した風竜は風の刃を生み出し、蛇に向かって放った。完全回復した風竜の風の攻撃は、蛇の硬い鱗すらも裂いた。あっという間に蛇は輪切りにされ、死んだ。
輪切りになった蛇の身体から、体液でべとべとになったリュウトが出て来た。消化ははじまっておらず、元気そうだ。
「うぉっへ、きもちわるっ! ってかこいつ、くっさぁ!」
「リュウトさん!」
アリアは一直線に駆け寄る。
「えへへ、アリア。やったな……」
「……やったのは風竜。私は、オカリナを吹いただけ」
喜び合うアリアたちの元に、風竜も飛んで来た。
『楽器を吹いただけではないーーあれは聖なるこころがなければ発動しなかった光の魔法だ。神聖なる祈りが、聖鳩琴に力をもたらしたのだ。王女アレーティア。貴女は古竜の主に相応しい。わたしは貴女と契約を結ぼう』
風竜はアリアに傅くように頭を垂れた。小さな掌が、風竜を撫でた。
「神秘的な光景だ」
光の小さな魔法使いと、忠義を示す風の竜。思わず見惚れてしまう、美しい光と風の魔法の世界だ。
「リュウトさんも、本当にありがとう」
もう一度駆け寄ってきたアリアは、体液でべとべとなままのらリュウトを、関係なくそのままハグした。
女の子にハグされるなんて、はじめてだ。緊張で心臓がバクバクいっている。こんなに距離が近いと、相手に聞こえるんじゃないか。緊張してることを知られたら、恥ずかしい。
「でもリュウトさん。お願い、無理に戦おうとしないで。死んじゃダメ。わたしの前では絶対に死なないで。約束して。お願い……」
「約束……」
今、ハグをされてるいるけど……抱き返した方がいいのかな? こういうとき、どうするのが正解かわからない。
脳裏には過去の様々なことが浮かんでいて、ハグを返すことは、できなかった。
「うん。約束……するよ」
輪切りになった蛇は、ボロボロと風化していった。本当に、幻影だけの存在だったのだ……。
「ねえ、そういえば、アリアって、偽名なの?」
「…………ご、ごめんなさい。嘘を吐きたくて吐いたわけでは、ないの……」
「ふーん、何でもいいけど……オレ、これからもアリアって呼んでいい?」
「え?」
「アリアの方が呼びやすいし、好きなんだ!」
「…………。わ、私も、できたら、アリアって呼んで欲しい…………かな?」
「え? そうなの?」
アリアの本名はアレーティアという。しかし会ったことない母親は、親しみを込めて『アリア』と呼んでいたらしい。
だから咄嗟に、アリアという偽名を思い付いた。
本当は、アレーティアという名前よりアリアと呼ばれる方が好きだ。
友だちからニックネームで呼ばれることがなかったから。
「これからも、アリアって、呼んで欲しいな…………」
「うん! わかった。よろしくね、アリア」
「…………」




