第四十二話 渦潮
金竜が暴れた翌日の夜明け。
マリンと、土の中に眠るじいやに別れを告げ、それぞれの竜に乗り込んだリュウトとアリアの新しい旅ははじまった。
日の出が登ってゆくのを感じながら、西方へ飛んでいく。薄紫の空は徐々に青みがかり、新しい旅のはじまりに相応しい朝の色へ変化していく。
この大陸は中心に巨大帝国、グラン帝国がある。竜騎士の国リトレギア王国は帝国から南西に位置し、帝国から北西に水の国、帝国から北東に魔法の国、火の国、砂漠の国、そして南東に闇の国がある。
魔法の国へ行くには、帝国を通過するのが一番はやいが、二人はなるべく目立たないように西方の海から大陸を時計回りに大きく回って行くことにした。
魔法の国へ行く途中で水の国にも寄れるので、二人は塔で話した約束を叶えようと思っていた。
シリウスと風竜は風に乗ってゆるやかに進んでいく。
「日が登って行く…………オレ…………マジックアワーが一番好きって言ったけど…………朝日と夕日の違いって…………そんなわからないもんだね…………でも、ドラゴンに乗って、ドラゴンの背中からみる空は、すべてが思い出になるね………………ね、アリア」
「…………? そうなのね」
旅の途中で、湖を見つけて竜から降りた。
返り血がついた身体や服の汚れを落とそうと思った。
父王が殺されたときに付いた血。
一日経ってしまったので、汚れは黒く固まって落ちなくなっていた。
「リュウトさん、今から水浴びタイムだから、ぜっ〜たいにこっち見たらヤダからね!?」
「わかったよ。見ないよ。人の嫌がることを好んでしたくないよ」
「うふふ、ありがとう! じゃ、風竜も、水浴びしよう」
リュウトは木に腰を下ろし、湖で水浴びをしているアリアと風竜のことをなるべく考えないようにした。
「風竜……風……風を操る…………」
ひらめいた。思い付いたら、即行動だ!
「ねえアリア! いいこと思い付いた! えっ!?」
「きゃーーーーーーーーっ! えっち! 変態! 嘘吐き! 見ないでって言ったのに見に来たわね!? 信じられないっ! サイテー!!」
「うぅ……」
アリアは湖の中に頭だけ残して潜って隠れる。
ぽたぽたと鼻血が落ちる。見てしまった。アリアの裸。
「ご、ご、ごめ゛ん゛な゛ざい゛っ!!」
「きゃーーーーっ!? 鼻血出てる!? 大丈夫!? でもあっち言ってーーーーっ!?」
「ごめ゛ん゛な゛ざい゛っ!! でもいい事思い付いたんだ! う゛っ……! ね、風竜に風を操ってもらって上から水を降らせて、シャワーにするのはどう? 気持ちよさそうでしょ?゛」
「えっ、シャワー? それはいいわね。やってみる! ねえ本当にいつまで見てるの、お願いだからあっち行って!」
「う゛……………………」
「な、何………………?」
「ふざけるなよ…………」
「えっ………………!?」
「………………先に裸を見たのはそっちだろ。あのとき結構長くじろじろ見てたじゃないか! お返しだ! 引き分けだ! おあいこだ! 痛み分けだーーーーーーっ!!」
「ぎゃ、逆ギレ…………!?」
「ふはあはははあはあはあ!」
「………………」
「…………あの、本当にすみませんでじだ…………鼻血が落ち着くまであっち行ってま゛ず…………」
「うん…………私もごめんなさい…………」
リュウトの思い付きの風竜のシャワーは功を制した。
「リュウトさーーん、鼻血まだ終わらないーー?」
湖の方からアリアの声が聞こえる。湖近くの木に腰をかけて鼻血と格闘していた。
「…………終わりかけてるよー」
「ねえ、はやく見に来て!」
「み、見に来て…………!? は、裸を見せる気になっちゃったの……? ダメだよ、そんなの鼻血止まんなくなっちゃうよ〜…………」
「ねえ、はやくして!」
「え、本当に!? 本当だったらどうかしてる!」
「あーーー終わっちゃう! 早くしてーーーっ!」
「やれやれ……なんなんだあのお姫様は! あっ!」
ドヤ顔の王女は既に服に着替え終わっていた。
「虹だ!」
湖に大きな虹が掛かっている。
「風竜が水を操って虹を作って見ました。どう?」
「あはははは、はあ、いいね。楽しいね、素敵だね」
「よかった」
「てっきり……裸を見て欲しいのかと勘違いしたじゃないか……そんなわけないのに……いや、なんでもない……」
「? またえっちなこと考えてたら許さないからね!」
「なんでそうなるんだよ……まあいいや。キレイだね、虹」
「そうね……」
水浴びを終えた二人は西に飛び続け、リトレギアの国境を超える手前に来た。
ここから先は北へ飛び、水の国を目指す。途中島々が点々とあるが、荒れ狂う海を乗り越えていかなければならない。
「…………リトレギアを、出る………………」
「アリア?」
「わたし、リトレギアを出たことがないの」
「うん」
「きっとリトレギアを出ることになるときは、グラン帝国へ嫁ぐことになると思ってたわ。でも違った」
「うん」
「あれこれ一生懸命頭の中で考えていても、人生は、想像もつかない方向にしか、いかないのね…………自分の意思なんて関係なく、大きなものに絡め取られて、巻き込まれて…………最後は自分が目指したい場所に、行けるのかしら…………」
「うん…………」
「………………」
「自分が目指したい場所へは…………行けるかわからないけど………………人生は想像通りにはならないけど………………でも、自分で辿り着きたい場所に行く努力をやめたくないな……!」
「………………」
「何年かかるかわからない。辿り着けないかもしれない。でも、自分は自分の行きたい場所を目指してもがいたことが、振り返れば大部分になるのだから、行きたいと思う場所があるならとりあえず目指してみればいいと思うよ…………悲惨なことが待ち受けてるかわからないけど、想像を超える幸せなことだって、待ち受けてるかもしれないからね! 未来のことなんて今考えたってわからないよ。そのときになったら考えればいいよ。楽観的すぎて、本当にごめんだけど…………」
「…………。明日のことは、明日のわたしたちに任せようってことで?」
「そう。明日のオレたちが、昨日のオレたちを憎むことになるかもしれないけど……!」
「ねえ、新しい旅のはじまりに、そんなこと言わないでよ!」
「あはは、ああ、ごめん、ごめん」
「じゃあ、お別れを、言いましょう」
「…………」
「最後のお別れじゃないわ。また必ず会いましょうっていうお別れの言葉。『またね』って言うと、なんだか会えなくなるような気がするから……」
「フラグを立てるって奴だものね」
「? ……またね、じゃなくて、さようならにしましょう。でもまた必ず再び相見えますように、さようなら。さようなら、リトレギア王国!」
「さようなら…………」
リュウトは、この街で出会った友人らの顔を思い出していた。
結局、学校は一ヶ月で中退かあ。
あんなに頑張りたいって思ってたのに。
人生、想像通りには何もいかないな。
でも想像通りに行くよりは、面白いのかも?
「さようなら、リトレギア! さようなら、さようなら、さようなら…………」
「…………」
「…………やばい。一つ思い出した…………」
「…………? 何を?」
「あの、プレゼントの、代金…………。友だちにお金を借りたんだった………………ま、まだ返してない…………」
「え!? どうするの!?」
「よし、未来、必ず戻って来よう! うっわー、あちゃー、何やってんだろう、オレ………………ごめんよ、シェーン」
「お友だちの名前?」
「うん。そう」
「ふふふ、なんだか、らしく終わったわね」
「らしいって。オレらしい、か……。なんだか格好がつかないんだよなあ……カッコよくなりたいよ……」
「じゃあ、絶対にまた戻って来ないと。お金も貯めて」
「利息どれくらいかな、倍返しはしないとなあ」
「あはははは…………」
二人は荒ぶ海面の上を渡って行く。眼下には渦潮が発生している。
「うわー徳島県」
「トクシマケンって何?」
「日本人は渦潮をみるとそういう呪文を唱えたくなるんだよ。実際にまだ見たことないんだよなあ。いいな、日本に戻ったら、お金貯めて、渦潮を見に行こう」
「日本に……帰る……? やっぱり、帰りたい?」
「うん。オレ、日本に帰るよ。いつかね。アリアも一緒に行こうよ。ゴジラ岩、案内するよ。ああでも、地元のは有名な奴じゃなくて、オレが勝手にそう呼んでるだけのしょぼい奴なんだけど……どうかな? 魔法の国で勉強したら、転移魔法で二人で日本旅だ! そうだ、お遍路巡りしない? それもドラゴンに乗ってさ! 楽しそうだろ」
「リュウトさん……。また言ってる意味がわからない……でも。いいわね、もちろん行くわ! エイガにも、ソーイウセッテイにも、行ける?」
「うぇえ!? 映画には行けるけど、そーいう設定には行けないよ! ああ、映画を観るのもいいね。もちろんゴジラだ。あーあ、つくづくゴジラのことしか考えてないよオレ」
「ねえ。ゴジラって女の子……?」
「えっ!? だいたいオスだと思うよ!?」
「……それもそれでなんだか複雑……」
「えっ、どういうこと!?」
「ゴジラにやきもちよ」
「えっ! ええっ! ゴジラにやきもち? 急に?! あーあ、そんなこと言ってたらお腹空いてきたよ……」
「ふふふ、あはは。どうでもいい話!」
「え、どうでもいい!?」
「うん。どうでもいい話じゃない? どうでもいい話を、たくさんしたかった!」
「! ああ、そうだね……オレ的には結構真剣だったんだけどなぁ……でもアリアが笑ってくれたから、いいや! よかった。本当によかった」
二人は渦潮の上を進んでいく。
高く飛んでいるのに水飛沫がかかる。
絶景だ。
世界にはまだ見ぬ絶景が広がっているんだろう。
これからは竜に乗って二人でどこまでも見にいくことができる。
どこまでも、どこまでも……。
――どこに行くの?
「え…………?」
リュウトは振り返った。
波でできた巨大な手が、海の中から出現した。
そして、シリウスもろとも捕まってしまった。
「ぐっあ……ヤバいっ…………息が……………………っ!?」
波で出来た手はシリウスごとリュウトを掴むと、海の中へ引き摺り込んでしまった。
――ヤバい……!? アリア、気付いてくれ! た、助けてくれーーーーーーっ!
背後でリュウトが巨大な手の化け物に襲われているとはつゆ知らず、アリアは先に行ってしまった。
――そ、そんなァ!? アリアーーッ!?
手に掴まれたリュウトはどんどん海底へ引き摺り込まれて行く。
もう、息が続かない。
――何が…………起こって…………いるんだ…………。
深海、暗闇の中で。
――どこへ行こうと言うの、リュウトくん。
聞いたことがある声。
――わたしを置いてどこへ行くの。
そうだ。この声は……。
マリンさんが言っていた。
「まだ呪いは溶けていない」って。
まだ、女神の呪いは、溶けていない。
「ぐぁはっ…………………………っ!」
リュウトは海底深く、息が続かず溺れてしまった。
【第二部へ続く】




