第四十話 旅立
金竜がアリアを咥えて女神の塔を一部破壊したときに、ソラリスは全軍を撤退させていた。
金竜はどうにかなると見通したのか、深追いすることはなかった。
城都では、金竜の脅威が去ったことと、国王は名誉の戦死を遂げ、新しい国王が迎え入れられたことでパレードが行われていた。
じいやの遺体を埋葬後、これからの話を三人でした。
「リュウトさんとアリアさんは、この国から出た方がいいわ。できるだけはやく、遠く、女神の意思が届かない場所へ逃げた方がいいわ」
そういえば運命の女神はリュウトを金竜に変えた後、全く出てこなかった。金竜に変えて力を使い果たしたのか、それとも……?
「マリンさん、具体的には、どこに行けばいいの?」
「そうね……。水の国か、魔法の国。火の国や砂漠の国でもいいけれど、ここからだと少し遠いわね」
「わたし、魔法の国へ行く」
アリアが進み出た。
「魔法を勉強して、兄様を倒す。……父様の仇を討つの」
「アリア……」
「アリアさん……」
「わたしは王女よ。自国を、あんな人の好き勝手にさせちゃいけない。確かに、復讐をする理由はあったかもしれない。でも、復讐に手を染める決断をする人では、優しい国は絶対に作れない。兄様は、わたしがこの手で必ず倒す。倒せるようになったらこの国に戻ってくるわ……」
沈黙が続いた。
リュウトは思った。
それじゃ完全に、ブーメランじゃないか。
やっぱり、アリアがポンコツというのは本当にそうかもしれない。そんなの、復讐の連鎖が続くだけだ。そんなことは、させない。それもまた、『守ること』だ。
復讐をさせてはいけない。
なんとかして、和解の道を探さなくては。
また、同じ食卓を囲んで、わだかまりが溶けて、笑い合えるような兄妹に戻れるようにする。
それが正々堂々たる騎士の、使命で、望みだ。
「わたしは、このリトレギアに残るわ」
「えっ!?」
「えっ!? マリンさん、残るの!?」
「まだ、運命の女神の塔の謎を調べ終わってないし。他にもやることがあるから、ね」
「そんな、でも、この国は危険じゃない! 助けてくれたマリンさんが、危ない目に遭うのはイヤよ!?」
「わたしは大丈夫。万が一死んでも、神の天命を受け入れるわ。大丈夫よ、わたしは強いから。ただじゃ終わらないわ」
マリンは強い。そこに異論はないけれど。
「本当に、この国に残るの……?」
「ええ」
「…………」
「…………」
「絶対に、生き延びてね。またどこかで、会えるよね、マリンさん。わたし、あなたのことを本当のお姉さんのように思ってた。謝らなくちゃいけないこともあった……」
「ふふ、もういいのよ。ありがとう、アリアさん。わたしも、民族虐殺のあと、ずっとひとりぼっちで生きてきた。だから、あなたの存在に、救われていたのよ……妹のような存在のあなたに……!」
「マリンさん……。ごめんなさい、本当にごめんなさい」
マリンはリュウトに話しかける。
「リュウトさん。あなたは、女神の塔で運命の女神に会ったわね」
「…………!」
「運命の女神は、どんな風だった?」
「……ワガママ姫だ。アリアの比にならないくらい。めちゃくちゃで、自分勝手で、オレはあいつを許せない!」
「どうして、それが『運命の女神』だったんだと思う?」
「え? え……そんなのわかんないよ。あんな奴、女神なんかじゃない。禍々しい物を閉じ込めてあったんだ、この塔は。モンスターなんだあいつは!」
「……あなたの運命の呪いはまだ解けていないわ。でもきっと解ける。あなたが運命の意味を理解したときに、きっと。呪いが解けるときに、旅は終わる」
「それは……占い……?」
「そう。あなたが眠っている間、占いをしたらそう出たの。運命はあなたが生きている間は必ず着いてくるわ。だって運命というのですものね。でも大丈夫。あなたのような真っ直ぐな気持ちがある子は、きっと大丈夫」
「絶対じゃなくて、きっとなの?」
ニコリと微笑み返す。
「さあ、そろそろ出発をした方がいいわ。王子の命令で、竜騎士団に殺されてしまわないうちに。この国から飛び立ちなさい!」
「はい!」
「うん、マリンさん、元気でね。どこにいても、どんなに離れても、仲間だよ」
「ええ……」
そろそろ、飛び立とう。しかし、気になることがあった。まだ、土を見続けるシリウスのことである。
「シリウス…………本当に、ごめん。オレのせいなんだ…………じいやが死んだのは」
シリウスはリュウトに反応しない。ただひたすら土を眺めている。
シリウスはじいやと五十年連れ添った。
じいやには家族がいなかった。
家族を作らず、王家に忠誠を誓っていた。
悠久の時を生きるドラゴンにとって、五十年は僅かな時間だ。
されど、シリウスがじいやのことを忘れることはないだろう。
「…………シリウス、よかったら、一緒に来ないか。オレがダメダメすぎたら、取って食っていいからさ。じいやにはまだ全部教わってなかった。でもシリウスは知ってるだろ、じいやのこと、一番良く。だからさ、パートナーになって欲しいんだ。じいやが大事にしてたこと、オレに教えてよ。シリウスの中で生きてるじいやを、オレにも分けてよ。………………ダメかな………………」
シリウスは、尻尾でリュウトを小突いた。
「! …………ありがとう、シリウス…………」
リュウトは次はアリアの方へ歩いた。
「あの……出発前に…………話しておきたいことがあって…………」
「なあに?」
ポケットの中にしまっていたものを取り出す。竜になったりしたのに、破れていなくて本当によかった。
「これを……あげたくて…………」
「えっ、これは…………」
リュウトはアリアに、ピンク色の新しい手巾を手渡した。
「ほら……オレのせいで、ダメになっちゃったじゃん。怪我したとき、腕に巻いてもらって……それをずっと返したくて…………でもどうせなら、サプライズで渡したかったんだ…………だから街の人に色々聞いて回ってたんだ。アリアが喜んでくれそうなの…………」
「そう…………だったの………………!?」
愕然とする。
嫉妬でみじめな思いをしていたときでさえ、リュウトは自分のことを考えていてくれたのだ。
こころが離れていく感覚があったのは、自分だけだったのだ。
「リュウトさん………………ごめんなさい、わたし、わたし…………あなたのこと、もっとちゃんと知ろうとしなくて…………ごめんなさいっ…………!」
「えっ、えっ? なんで泣くの!? センス、ダメだったかなぁ……」
「ううん、そうじゃない。そうじゃないの……嬉しいの、本当に。あなたに会えて本当によかった」
アリアは抱き付いた。
最初に出会った日と同じだ。
あの日は、ハグを返すことができなかった。
今回は。
アリアの背中に、手を掛けようとする。
しかし。
できなかった。
まだ何も、問題は解決していない。
運命の女神のことも、ソラリスのことも。
それに自分なんかでは、王女を幸せにすることができない。自分勝手な人間であることが自分でよくわかっていた。自分は騎士だ。騎士見習いだ。
王女のパートナーにはならない。なれない。
王女がいつか相応しいパートナーと出会えるそのときまで、守り抜く。
それだけでいい。
だから、ハグは返さなかった。
二人は、それぞれの竜に乗り込み、魔法の国を目指して飛び立っていった。
女神の塔の下で、マリンは二人を見送った。
「生きるのよ……二人とも。生き延びるのよ……」




