第三十九話 歌唱
暗闇の中から、目覚める。
オカリナを吹くために、海で一生懸命練習したクラシックの曲を思い出した。
ファーーーーー♪
シソミレドレドーーシラーーーー♪
誰もが知ってる曲。
「…………G線上の、アリアだ…………」
リュウトは、目を覚ました。
人間の姿で、マリンの膝枕で寝ている。
「ええっ! マ、マリンさん……!? なんで!? なんで!? うっわー恥ずかしいなー、な、なんでマリンさんがオレに膝枕してるの……?」
顔が真っ赤になる。目を覚ましたとき、視界がほぼ胸だった。この人、スタイルが良すぎる。
慌てて自分の身体を確認する。
服を着ている、ちゃんと。
変なことにも、なってない。
よかった。
「あなたのことをよろしくって、言われたから……」
「よろしく…………言われた…………? 誰に……? あ」
「ふふ……」
「……………………G線上のアリア!?」
「そう」
「アリアは!? アリアはどこにいるの……?」
「あそこよ……」
マリンは、女神の塔の壁際を指差した。
じいやとアリアが並んで横たわり、動かない。
「残念でしたね………………」
「そんな…………? えぁ…………嘘だろ…………?」
次第に、記憶が鮮明になっていく。
運命の女神に唆されたこと。
国王が死んだこと。
アリアが泣いて嫌がっていたこと。
じいやを噛み殺してしまったこと。
光魔法が痛かったこと。
暗闇の中で音楽が聴こえたこと。
これまで傷の治りがやけに早かったのは、自分が金竜の器だったからだ。
異変を見て見ぬふりをした結果がこれだ。
暗闇の中から救いだしてくれたのは、アリアだった。
横たわった二人は、動かない。
「………………ああああああっ………………! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
這いつくばって、二人の元へ行く。
じいやには、もう二度と蘇生不可能なレベルのぽっかり穴が胴体に空いている。ちょうど金竜の牙のサイズ。
アリアはボロボロで、聖鳩琴も手放している。
「リュウトさん、あなたも休んで…………」
「間に合わなかった……? のか……? オレが……オレが全部……めちゃくちゃにした……? 元の世界も、この世界も……」
「ごめんなさいね、少し強引だけど……こうさせてもらうわね」
マリンはそう言うと、リュウトを手刀で気絶させた。
そして回復魔法を使う。人間の姿に戻った後なら、もう回復魔法を使ってもいい。
――身体、動かない。でもじわじわと体力が戻っていくのがわかる。身体は動かないけど、口は動く。本当に、おしゃべりなんだなぁ。家では無口だった。しゃべる相手がいなかったから。そういう反動もあるのかなぁ。
「マリンさん……これから話すこと、ほとんど意味わかんないと思うけど、聞いてほしい……。オレ、妹がいてさ。ミクっていう名前なんだ。十個歳が離れてて、生まれたばかりはすげー可愛かったんだ。でもよく不安になって泣く子だった。その泣き声を聞いてるとさ、オレまで不安になってきちゃうの。赤ちゃんの泣き声ってなんであんななんだろうね。毎日聞いてたらノイローゼになるよ。で、オレ、どうしてもミクを泣き止ませたくてさ、買いに行ったんだ。ミクを泣き止ませられるおもちゃ。百均に行ってさ、おもちゃを選んでるうちに、ミクのことなんかどうでもよくなってきちゃって、そうだ、自分がほしいものを買っちゃえって、思ったの。で、買おうとしたの、オカリナ。楽器が吹きたかったんだ。音楽の授業が、本当は一番好きなんだ。でも男の子だから、そういうの恥ずかしくて、表に出せなかったんだ。百均でみている内に、こんなチャチなガラスのものじゃなくて、もっとちゃんとした、陶器か木のオカリナが欲しくなったの。隣の店を覗いたら千円くらいでいいのがあってさ。でもお金足りなくて。結局どっちも買えずに手ぶらで帰って……二兎を追うものは一兎も得ずって奴だよね。……そういえばさ、『と』で思い出したんだけど、リュウトって名前なんだけど、漢字で描くと、竜に、人、じゃないんだ。竜に、音なんだ。『竜音』でリュウト。リュウトって、変な名前なんだよ、本当に。みんなに変な名前って言われてたの、あながち間違いじゃなかったんだよね。オレの本当の親、死んじゃってるんだけど、生きてたら多分バカだったんだと思う。オレも頭良くないしね。でも、運命の女神がオレを選んだのは、オレが『竜音』だったからなんだと思う……。あ、それで、お小遣いがたまって、オカリナを買いに行ったんだ。もちろん千円の方ね。オカリナを買ったその日から……夏休みだった……チャリに乗って、海に行って、いっぱい練習したんだ、紙に音階を書いて。音楽の授業は好きだったんだけど、音楽記号は全然わからなくてさ。シャープの意味がわからなくて、いつもどうしても音が違ったんだ。それからよく、ト音記号の形が好きで、しょっちゅうノートにト音記号を書いていた。あれ絶妙に上手く書けなくない
? ふふ。そんなことないかな? ト音記号って長くて、くるくるしてて、なんかさ、ドラゴンっぽくない? でも、もっと大事なことは、ト音記号の意味で、ト音記号は何を表してるかというと、『ソ』の音を表しているんだ。ドラゴンが、『ソ』を守ってる形に見えない? それが、そのときから運命のはじまりだったんだね……。一曲でもいいから吹けるようになりたくて、これだと思うクラシック曲を探したんだ。みんなが知ってて、みんなが好きな曲……」
完全に回復したリュウトは起き上がった。そして横たわるアリアの頬を撫でた。
「G線上の、アリア……。G線上のGは、『ソ』の音を意味するんだよ。グラヴィティのGじゃ、ないんだよ。うふふふふ、ふふふ」
頬を触れた手には、生きた人間のぬくもりが伝わってくる。
「アリア、ねえもう起きる時間だよ。オレいつも早起きすぎて、勝手に街へ出かけちゃってて、ごめん。きっともう、勝手にいなくなることは、しないよ……だから、起きてよ………………」
アリアはスヤスヤと寝息を立てている。
「ふーん、じゃ、いいよ、寝てて。いっぱい寝てね……。こころが疲れちゃったときは、寝るのが一番だよ。……それで、二兎を追うものは一兎も得なかったオレは、オカリナを買えなかったオレは、帰ってみてもやっぱりミクは泣き止んでなくてさ、もうしょうがないから、子守唄を歌ったんだ。適当にその場で考えた曲。今まで考えても見なかったけど、環境が整ったら、音楽を作ってみるのもいいかもね。なんかオレ、勉強とか運動とかは得意とは言えなかったけど、別のことは意外と才能あったりしてたから、やってみたらうまく行くかもね。やってみようと思ったらやってみちゃえばいいだけなんだよね。別に人より上手くやらなくちゃいけないとか下手ではいけないとか、そういう決まりなんかないんだよね。自分がやりたいと思ったことを気ままにやる。純粋な子どもの頃の気持ちでやるのが、一番いい」
リュウトは手櫛で、寝ているアリアの前髪を整える。小さいミクにも、こうしてやったことがある。
「えー、それじゃ、オホン。じゃあ、今から、歌を歌います。……流石にあのときオレが適当に作曲した歌は覚えてないから、別の曲で。歌う曲は、皆さんご存知……ははは、この世界の人は知らない……でもオレの国じゃ大抵の人は知ってる。G線上のアリアを歌います。アリアがぐっすり眠れるように、歌います。子守唄」
♪〜
ファーーーーー♪
シソミレドレドーーシラーーーー
ラーーーーーー♪
ファドシミレラソソーーーー
ミシラレドソファファーーーー
ソラレー
レミミファミミレドシシドシラーーーー…………
♪〜
「……ご清聴、ありがとうございました。あはははは、うふふふふふ、えへへへへへへ……いひひ」
「んん……」
アリアの両瞼が、ゆっくりと開く。
「うわ、子守唄を歌ったのに、逆に起きちゃった!」
「…………歌、上手なんだね……」
「うぇへへへへへへ、意外だろ〜」
「……正直言うとね、意外」
「もっと褒めていいよ」
「……じゃあ、音痴なのは、わたしだけかあ……」
「アリアは音痴なんだ。今度聴かせてよ」
「やだよー」
「いいじゃん」
「やだったらやだ。わたしは、楽器担当」
「えっ、オレも自分の楽器欲しいなあ!」
「あるじゃない」
「え?」
「水の国は、色んな楽器があるのよ。異世界人がこの世界にもたらしたもの。確か、リュートって楽器も、あるよ。それを弾けるようになったらいいんじゃない」
「へー、いいね、それ。それ、いいね! 二人でセッションしよう」
「歌が歌えるなら、弾き語りもできるかもね」
「ああ、ああ。すごくいい。考えるとこころが楽になるね。音楽はいいよね……こころが癒されていくよ……」
「二人でセッションして、届けようよ……ね、リュウトさん……いいでしょ……」
「うん……そうだね。亡くなった人々の魂のために……音楽を届けよう………………」
回復魔法に癒されて、体力が戻った。
リュウトは軽くて固くなったじいやを背負い、女神の塔の階段を下り、外に出た。
黎明の空が薄紫に染まっている。
金竜になってから半日以上経過した。
辺りの森は焼け、騎士たちもいなくなっている。
回復した風竜とシリウスが、リュウトたちの頭上を飛び交う。
一時は倒されていたが、女神の塔から聞こえた聖鳩琴の音色で復活したのだ。
塔の近くの土を掘り、そこにじいやの遺体を埋めた。
風竜は悼むように辺り上空を飛ぶ。
シリウスは土を無言で見続けていた。
ドラゴンにも、人の死の意味がわかるのだ。
「……祈りましょう。じいやさんの魂が、楽園へ行けるように……」
マリンが祈りの詠唱をする。みんなで、手を組み、祈った。
今回の騒動で、リトレギア騎士数十名と、近隣の村人、国王、じいやが亡くなった。
人は死ぬと無になるとソラリスは言った。
しかしそれは違うことが、魔法を通じて理解していた。
転移魔法で聖鳩琴を呼び寄せることができたことが、何よりの証拠だ。
人は死んでも無にならない。
今生きている人の近くにいる。
見えなくても、見守っている。
魔法でそのことがわかった。
愛の魔法だ。
今生きている自分たちができること。それは、
亡くなった人のことを想うのと同様、生きているものは生きることを想うのだ。
未来を切り開いていくのは、生きているものだけができるから。




