第三十七話 旋律
運命の女神の塔の途中階。
金竜に咥えられて連れ去られたアリアとじいやは、そこで降ろされた。
じいやは、金竜に咥えられたときに当たりどころが悪く、噛み殺されて死んでしまった。
金竜は微動だにしない。
塔の内部は、冷気と静寂に包まれている。
運命の女神の塔周辺に突然、古竜である金竜が出現した。何者かが、金竜を目覚めさせたのだと思った。
「じいや…………死んでしまった………………!」
アリアは呟く。
何も出来なかった。
国王が死に、じいやが死に、ソラリスはいつからあんな悪魔になっていたのか? 途中から悪魔になったのではなく、最初から悪魔だったのか?
ずっと同じ城で暮らしてきたというのに、見抜けなかった。
許せない。
悔しい。
だが、事情を聞いてしまった上では、父を殺された恨みを純粋にぶつけることも敵わない。
憎しみの理由は、理解できてしまう。
自分はどこまで、ポンコツなのだ。
何をやっても空回り。
誰の力にもなれない。何も止められない。
どれくらいはやく気付いてあげられていたら、この状況は回避できたのか。
生まれてから十年間、何をやっていたのだろう。
自分がポンコツなせいで、考えうる限り最悪の状況になってしまった。
「…………リュウトさん…………」
依然、微動だにしない金竜を撫でて、話しかける。
「…………あなた、リュウトさんよね……」
金竜は何も言わない。眠っているのか。
「リュウトさん……わたしを、助けようとしてくれたのね……。あなたは出会ったときから、人間の姿ではなくなってしまった今でも、いつも、いつも迷わずわたしを助けてくれたわね…………」
静寂。
「…………今度は、わたしがあなたを助ける番だわ。ねえリュウトさん、どうしたらいい? わたしはどうしたらあなたを助けられる? お願い、人間の姿に戻って! いつもみたいに、くだらないことをいっぱい話してよ……。あなたのおしゃべりが、本当に楽しみだった! 楽しそうにおしゃべりするあなたの姿が好きだった……」
すると突然、金の竜は目覚めて暴れ出した。
「コロス……アリア……コロス……アリアコロス……グアアアアアアアッ……!!」
「危ないアリアさん!」
女神の塔をのぼってきたマリンは、金竜に襲われそうになっているアリアを見た。
咄嗟に、光魔法を放って助ける。
「グギャアアアアアアアッ!! アアアアアアッ!!」
光魔法が弱点の金竜はダメージを負った。
「ああっ! リュウトさん! リュウトさんが!」
「えっ、リュウトさん!? あれはどう見ても金の竜よ!どういうことなの、アリアさん!」
「マリンさん! あの金の竜は、リュウトさんなんです! わたしにはわかる、あの人は絶対にリュウトさんよ、だってわたしを守ろうとしているの、でも、さっき触ってわかった。あの子、命の火が尽きようとしている……!!」
「…………なんてこと…………」
「ねえ、マリンさん、助けて! リュウトさんを助けてあげて! 本当はわたしが救いたい……あの人はわたしを救ってくれたの……何度も、何度も! でもわたしにはできない! わたしには何の力もない! わたしは役に立たない! いつも! いつもそうなの……! 大事な人が苦しんでいるのに、いつも気付かない、助けられない! いつもわたしはっ! わたしはっ! うっ、うわぁぁああああ……ああああああああああっ!!!」
マリンにしがみつき、崩れ落ちるアリア。
「お願い、マリンさんは光魔法の使い手でしょ、リュウトさんを殺さないで……回復魔法を使って、助けてあげて……! お願い、お願いだから金竜を殺さないで……!」
「コロス……アリア……コロス……アリア……コロ…………」
金竜は狂っている。
人間の意識はもうないだろう。
この国を守るためには、金竜を倒すしかない。
しかし金竜が本当にリュウトだとしたら、このまま金竜を倒してしまっても、金竜がアリアを殺してしまっても、本当に取り返しがつかなくなる。
だが金竜を放置しておくわけには行かない。
倒さなければならない。
「ごめんなさい、アリアさん……。金竜に、回復魔法は使えないわ。わたしは金竜を倒す。これ以上、この国の犠牲者を出さないためにも…………」
「マリンさん……どうして……? あの子はリュウトさんなのに、どうして助けてくれないのよ!! 光魔法が使えるのはマリンさんだけなの! どうして力があるのに助けてくれないの!? わたしは助けたくても助けられないのよ! どうして、どうして…………助けてよ…………っ!」
わかる。マリンは正しい。
金竜が暴れたせいで、森は焼け、村は焼け、戦いに出た竜騎士が亡くなっていった。
はやく金竜を倒して、被害を最小限に食い止めなければならない。
「ごめんなさいね、アリアさん……」
「…………」
「わたしは、できないわ。でもね」
「…………?」
「あなたなら、できる」
「………………? ? ? ? ?」
「あなたがリュウトさんを救うのよ。あなたの力で。もうわかるでしょう? あなたは二つ、魔法が使えるのよ。それで十分、あの子を救えるでしょ?」
二つ……?
二つ魔法が、使える……?
アリアが今使えるのは、転移魔法のみだ。
後一つは?
マリンは言った。もうわかるでしょう、と。
ゆっくりと頷く。
わか…………………………る。
「………………うまくできるかわからない……けど……」
マリンはニコリと微笑んだ。
「わたしは、わたしは自分を信じる! これまで、どうして自分を信じてあげなかったんだろう! リュウトさんを救うには、自分が自分を信じなきゃダメじゃない……!」
「……よかった、アリアさん……あなたは強いわ。きっと大丈夫」
ーーマリンさん、ごめんなさい。
女神の塔の門が開いたとき、一瞬マリンを疑った。
黒幕はマリンだったのだと思った。
しかし違った。
信じるという口癖の浅はかさが身に沁みる。
しかし今は、マリンの言葉を信じる。
自分の力を信じる。
「ふぅ……。よし、やるわ、わたし。わたしを信じてね、リュウトさん! はあっ! うまく行く、うまく行く、絶対にうまく行く……っ!」
『うまく行きますように』と三回唱えたはじめての転移魔法のときとは、違う。
「コロス…………アリア…………コロス…………アリア……ッ!!」
金竜は低くうなっている。
低くうなっているが紛れもなくリュウトの声だ。
マリンの光魔法のダメージを受けて、怯んで動けずにいる。
今が、チャンスだ!
杖は手元にない。
なくてもできる。
自分を信じれば、できる!
「…………わたしに、力を…………!」
まず使うのは、転移魔法だ。
転移魔法の条件は、二つ。
一つ、転移したいものを具体的にイメージできること。
二つ、転移したいものの所有者が自分に近しいこと。
「……我が手に出でよ……! ――――聖鳩琴っ!!」
アリアは転移魔法で聖鳩琴を転移させようと試みた。
部屋の机の中にしまってあった聖鳩琴。
近しいものなら、いる。
「母様の形見の聖鳩琴! 母様は、わたしのことを見守っててくれるから、転移魔法も有効!! 兄様は、母様は無になったと言った。でも、違う。母様はいつでもわたしのそばにいたのっ!!」
ガタガタと周りが震え出す。
――――来た!
アリアの頭上に、光に包まれて聖鳩琴が届く。それを両手で掴みとる。
そして使う、もう一つの魔法はーー。
「リュウトさん、今、あなたを救うわ……。わたしが、この手で……!」
聖鳩琴の吹き口に唇を当てる。
そして、メロディを奏でる。
風竜の傷を癒したときと同じ、母から兄へ、そして自分へ受け継いだメロディを。
「♪〜」
塔の中を、優しい旋律が駆け巡る。
「グギャ……………………ア……リ……ア………………ッ………………? アリ………………………………ア、あああアアアアアアッ!!」
――お願い。戻ってきて!




