第三十三話 悪魔、復讐、接吻、楽園、正体
「兄様ーーーーーーっ!」
金竜と戦うソラリスの元へ、アリアは駆け付けた。
王国竜騎士団も、アルディナンド国王も、国を守るため、金竜を倒そうと必死だ。
「兄様、アレーティアです! 加勢します!」
城で待機していろと命令したはずの妹が、戦場へ来たのでソラリスは驚いた。
「アレーティア!? 何故来た! ……しかし、ちょうどいいか……」
「はい! 風竜の風の魔法で援護します!」
「ああ……! 助かるよ、アレーティア!」
風竜に命じて、魔法で風を刃に変えてぶつける。しかし、金竜にはまったく効いていない。
同じ古竜にしても、力の差がありすぎる。伝説の竜を記録した書は、もう少し詳細に正しく書いておくべきだった。話と全然違う。金竜のパワーは圧倒的だ。
こいつが暴れ回ったら、大陸が沈むレベルだ!
金竜は炎を吐き続ける。焼け野原だ。
金竜に攻撃の手を休めずに、リュウトを探す。
しかしどうしてもいない。本当に、潰されるか燃えるか、はたまた女神の塔の中で一人怯えているのか。
怯えている気がする。
全裸で泣いていたあのときのように。
「もう、どこにいるのよ、リュウトさん!」
「アレーティア様! 見ましたか!?」
「えっ、何を……?」
「運命の女神の塔への入り口が、開いておりました! 固く閉ざされたはずの門が! あの門の鍵は、王城の秘密の部屋に、大切にしまわれていたはずなのです。国王と、ソラリス様しか知らないはずなのです!」
「え……?」
「金竜は突然現れたのではありません! 女神の塔の門をわざと開き、この世界に再び金竜を呼び寄せた、黒幕がいるということです! それもすぐ近くに!」
「え、え……?」
黒幕……? 突然、じいやは、何を言っているのだ。
アリアは混乱する。
国王とソラリスしかしらないはずの秘密を知り、運命の女神の塔の門を開いた人物。
「黒幕だなんて、そんな人、いないわ!」
はじめて会ったとき、運命の女神の塔へ行きたがっていたマリン。そして今そのマリンは、いなくなった。
「黒幕だなんて、いないわよ!! それが答え! わたし、信じてるもの!」
アリアの絶叫と共に、金竜が激しく回転する。その回転の勢いに、アルディナンド国王が吹き飛ばされ、数キロ先の森の中に落ちた。
「キャアアアアアッ!! 父様ァッ!! 父様ァッ!!」
アリアは金竜を通り過ぎ、全速力で駆け抜ける。アルディナンド王が、吹き飛ばされた!
「風竜! 飛ばして! 全速力よ!!」
王の元へと着くと、風竜から飛び降りて、父の元へと駆け寄った。
よかった、まだ、息はある!
「父様、父様! アレーティアです、しっかりして! 父様!」
「アレーティア……ここは危険じゃ……」
「はい、でも、でもっ!」
アルディナンド王が吹き飛ばされるのをみて、ソラリスも追いかけて来た。飛竜から降りて王のそばによる。ソラリスが駆け付けてきてくれたことに安堵し、アリアは振り返り言う。
「兄様、父様が……! 父様が、重症なの!」
「ああ、そうだな。それならはやく、楽にしてやらなくてはな」
「!? えっ……?」
一瞬の視界に映る世界。風竜がいつのまにか倒されていて――。ソラリスは剣を引き抜き、刺した。アルディナンド国王の心臓を、一片の躊躇もなく。
王は喀血し、
「ぐおおおおおおおおっ! ソラリス……お前……は……やはり……闇の……子……ああ……アレーティア……逃げろ……お前だけでも…………」
「え……? え……?」
身体から勢いよく血飛沫が溢れ出す。
突然のことに、脳が理解できていない。
ソラリスは国王を剣で刺し、何度も何度も刺し、原型がわからなくなるほど刺し続けた。
溢れた血は雨で流され辺りに薄く広がっていく。
アリアの服にも、国王の返り血が付いていた。しかしそんなことはどうでもいい。アリアは見てしまったのだ。
雷鳴が轟く大嵐の中、赤い瞳を輝かせて父を殺す悪魔の姿を。
アリアは腰が抜けて、呆然と見ていることしかできなかった。
「ちょ、え、待って……何これ、何で? 何で? 何で兄様が、父様を、父様を!?」
何で兄様が父様を殺しているの?
「ふぅ……気持ちいいな、アレーティア。復讐を遂げるというのは」
復讐……!?
国王の返り血を顔にべったりと付け、黒く長い髪をかきあげて言う。
左耳だけに付けた耳飾り。
愛する人を守る誓いのために片耳に着ける風習がこの国にはある。
そして、闇夜に輝く赤い瞳。
悪魔の瞳だ。
悪夢の瞳が、今度は嬉しそうにアリアを見据えている。
優しかった兄の面影は、もうどこにもない。
「な、んで………………」
「ふふ、城に残っていればよかったな。城に残ってさえいれば、お前だけは生かしてやってもよかった」
「何を……言って……?」
さっきの、墓地での会話は何だったんだ?
あの悲しい口調で死を悼む兄様は?
あの優しく微笑む兄様は?
「どこへ……どこへ行ったの……兄様……?」
「ふふふ……ははは……! ショックか、アレーティア? 今日この日、必ずアルディナンドを殺して、復讐を遂げると誓っていた! どうだ、金の竜までが俺を祝福してくれるじゃないか! 新しい国王の誕生の日を!」
国王とソラリスしか知らない塔の門の鍵。
一瞬、マリンのことを疑ってしまった。
金の竜をわざと呼び出したのは……。
「も、門の鍵は、兄様が……?」
「門の鍵……?」
ソラリスはしゃがみこんで立ち上がれないアリアを前から優しく抱きしめた。小さいアリアはすっぽりと包まれてしまう。
「これが俺の、お前への復讐だ」
「……!」
口調は優しかった。
計画的な復讐は、怒りや悲しみの次元を越すのかもしれない。
抱きしめられ、身体がこわばって、動けない。
しかし復讐とは、何を言っているのだ。アリアにはこころあたりがまるでない。
「なんで……なんで……父様を!?」
「正々堂々と戦うことが竜騎士としての極意だと教えてくれたのはアルディナンド本人だった。両親をはやく亡くした……いや、殺された俺にとって、アルディナンドは本当の父のようだった。正々堂々と戦え、だと。バカだった俺は律儀にその教えを守っていたよ。かのアルディナンド自身が、正々堂々とは戦っていなかったのにな!」
「……え…………一体…………何の……話を…………?」
「俺の両親を殺したのは、やはり噂に言われる通り、アルディナンドだったのだ! ……証拠を掴んだのは十年前。お前が生まれたばかりの頃だ。陰謀論などではなかったのだ。あいつは、俺の両親を嵌めて南方の砂漠に誘い出し、盗賊に殺されたように見せかけた。実際にはあいつは竜騎士団に命じて二人を殺したんだ。両親が何故モンスター一匹寄らない危険な砂漠に向かったか。俺をダシにしたんだ。赤ん坊の俺が砂漠へ連れ去られたと嘘をでっち上げて。両親の殺害に関わった竜騎士たちは皆精神を病むか自殺した。いや、これも他殺されたのかもしれないな。だがこれだけははっきり言える。俺の両親の死は間違いなくアルディナンドが関与している。お前の父親がな!」
「……あ、ありえないわ……あの優しい父様が……そんなこと……」
「優しい? あいつのどこが優しいというんだ。あいつの行動は全て見栄のため。虚栄心と猜疑心に満ち溢れたクズ。おまけに頭も悪かった。王がそれでは犠牲になる末端の数が増える。あいつはそんなこと気にしないだろうがな。あいつが王になってからどれだけの国民が無駄に死んでいったか。無駄なんだ、命が。完全な無だった。蹂躙された村々をこの目で見に行ったとき、愕然としたよ。何のためにこの人々は生まれたのだろう、残忍に殺されるためか? 殺されるために生まれてきたのか? 両親は、国民は!? ……だったら、あいつにも相応の報いを受けてもらわねばならんと思ってな」
「……ぁ……」
「ふん……声が出ないか。お前の父親の悪行の数々を、実の娘のお前が受け止める義務があるだろう? なあ、アレーティア……」
「…………」
信じられない。
アルディナンド国王は本当に優しかった。
たくさん甘やかされた。
リュウトのことも快く受け入れてくれた。
そんな悪魔みたいな一面があったなんて、にわかには信じられない。
ソラリスが嘘を吐いているのか?
しかしここまでの復讐心が育ち切るには、やはり事実なのだろう。
「両親のことはまあいい。……あいつはな、それ以上の大事なものを俺から奪った。だから今日この日、必ず殺してやろうと思っていた。今日でなくてはダメだった。……………………アリシアの命日。アルディナンドの血を引くお前なんかを産んだせいで死んでいった……哀れな奴隷女」
ソラリスはアリアの顎を鷲掴んで持ち上げた。雨が顔に当たる。
「アレーティア……。こうして近くで見てもやっぱり可愛いな。生き写しじゃないか。あの奴隷女を最初に見たときは、なんて薄汚い女がこの国にやってきたもんだと思ったよ。痩せてて、髪はボサボサで、唇がボロボロで……。なあ……お前、俺のこと好きだっただろう? 俺もずっと、同じお前と気持ちだった。俺だけのものにできたらいいのにと、どれだけ思っていたことか……。ふふふ、知らなかっただろう?」
嘘だ。そんなはっきりとわかる嘘を平然と吐く悪魔。
「よ……よくも堂々とそんな嘘を吐くのね! この、嘘吐き! 悪魔! ケダモノ!!」
「信じてくれないのか、この兄を」
ソラリスは笑いながら鷲掴んでいたアリアの顎をさらに絞めた。
「がっ……ふっ!」
息が出来ない。
最大限の力を振り絞って暴れるが、抱え込まれて振り解けない。
二十歳の男性と十歳の少女では、体格差がありすぎる。
「ああっ……ぐ……あっ……」
「しかしアルディナンドがあの見窄らしい女を連れてきた理由はすぐにわかった。あれは天才だった。水の国の伝統の舞を踊る彼女は、どんな美女よりも美しかった。いいやあれだけが本物の女だ。あとは全部紛い物だ。少年だった俺はあれだけが欲しかった。あれだけを手に入れられるのなら他には何も要らなかった。だが奪われた。アレーティア、お前にな……アルディナンドだけでなく、親子揃って俺から大事なものを奪った」
力がさらに強くなる。このままでは顎の骨が折れるだろう。
「聞きたかったんだろう、母親の話。彼女の話ならいくらでも出来るんだが、お前にこれ以上聞かせても無意味だな」
顎を解放されたかと思うと、頭を支えられて無理やり唇を奪われた。
「!?」
全身の力が抜けた。
もう抵抗する力は残っていない。
人は悲しみの限界を迎えると、まるで自分の身体が自分のものじゃないように感じるのだ。
一歩遠くから下がって自分の身体を見つめているような。
「げほっ、げほっ……がはっ…………ハァッ……!?」
むせると、支えられていた頭は解放された。
ただ、唇を奪われただけではなかった。
喉の奥が痛い。
何かを、飲まされた!?
「げほっ、げほっ、げえええっ……おげええええ……」
吐き出さないと。
きっと毒だ、毒殺されるのだ。
無理やり、こんな……こんなことってないよ。こんなものは、こんなものはキスなんかじゃない!
ファーストキスは、いつか結婚する素敵な人と、ロマンチックなシチュエーションですることを思い描いていた。だがその少女の夢は潰えた。父を殺した悪魔に奪われた。
「最期に思い出ができたな。どうだ、痛いか、こわいか……? アリシアは俺のものにすることはできなかったが……瓜二つの娘のお前は、俺のことだけを考えてくれ。そして死んでくれ」
ソラリスは剣をアリアの喉元に突き立てる。国王を殺した血塗れの剣で。
「……!」
殺される!
「国民には、アレーティア王女は名誉ある戦死をしたのだと説明しておこう。そして母子仲良く、墓を並べてやるからな」
誰か……誰か……。
「アレーティア。もう一度聞こう。人間の魂は死んだ後、どこへいくと思う?」
助け……て……。
「無だ。この世にも死んだ後も、楽園などない。どこにもな!」
じいや…………。リュウトさん…………。
「だが……俺も死んだことがあるわけではないから本当のところはわからん。だから見てきてくれないか。楽園が本当にあったら、俺を迎えにきてくれ。俺は楽園へ行けるんだろう?」
剣先が傾く。
一振りで真っ二つになるだろう。
恐怖ですくんで動けない。
――やめて!
そのとき、アリアの視野には、悪魔の赤い目をしたソラリスと、その頭上、天空から金の竜が飛び込んでくるのが見えた。
「あれは!」
金の竜の姿が、あのときと、ダブってみえた。
風竜を倒すためにのぼった山から転落して、迷わず飛び込んで追いかけてきた――リュウトの姿と、ダブってみえた。
「りっ…………リュウトさぁああーーーーーーんっ!」
ハッとして、ソラリスはかわし、自身の竜に飛び乗った。
金の竜が頭から突っ込んできた。地面は裂け、衝撃波にアリアは吹き飛ばされる。
「アレーティアさまぁあぁっ!!」
じいやが飛んで来る。
「じいや……! きゃああっ!」
「ぐおっ…………!」
金の竜が、アリアとじいやを口の中に咥えて、飛び去る。
「ぐおおおおおおおお!?」
金の竜は二人を口に咥えたまま、女神の塔に突っ込んだ。女神の塔の壁が破壊され、崩れ落ちていく。
「ぐああああああああ!」
じいやの悲痛な叫び声が響き渡る。
壮絶な声だ。
金の竜は目から涙を流していた。
「じいや!!」
女神の塔の途中の階に突っ込んだ金竜の口から、じいやとアリアは降ろされた。金竜は口から降ろすと、動かなくなってしまった。
「アレーティア様……申し訳ございません……わしは……ここまでの……ようです…………」
腹に大きな穴が空いている。
金竜の牙がじいやの腹を噛み砕いたのだ。当たりどころが致命傷だった。
じいやはまもなく、死ぬ。
「アレーティア様! 生きてください。生きて強くなってください……。そして、ワガママをいって笑って過ごして……幸せになってください……それが……じいの……一番の……望みです…………」
「いや! じいや! 死んではダメ! 父様も死んでしまった! じいやも死んでしまうなんて……そんなのダメ! 許さないわ! 命令です、死なないでじいや! お願いだから死なないで! 美味しいお茶を飲んでくれるって、約束だったじゃない! あの約束はどうなるの!? やめて、わたしを、一人にしないで……お願い……お願いよ……」
じいやは死んだ。
金の竜に噛み切られて。
女神の塔に突き刺さったまま動かない金の竜は、静かに目から涙を流している。
「金の竜……が、じいやを……噛み殺した……」
金竜の大きな口は動かないまま、奥の方から声が聞こえた。人間の声だ。よく聞いた声。おしゃべりなあの声。
「アリア、コロス……アリア、コロス……アリア……コロセバ…………カエレル…………モトノ……セカイ…………グオオオオオオオオアッ!!」
『アレーティア』をアリアと呼ぶのは、リュウトとマリンの二人しかいない。
アリアは立ち上がり、金の竜の側へとふらふらと近寄る。
「……リュウトさん、だよね。……金の竜は……リュウトさん……」
金の竜の大きな目から流れる涙は止まらなかった。
大雨は止んだ。
金竜討伐作戦に出ていた竜騎士たちは突然引き返して行った。




