第二十八話 出発
光の魔法使いでアスセナ族のマリンは、国王の直属の侍女として迎え入れられ、城に住んでいた。
マリンは高度な光魔法を使いこなせるだけではなく、家事、薬の調合、占い、何にでも精通していた。
彼女の部屋の前を通ると、機織りの音が聞こえていた。リズミカルな、良い音。この音を聞いていると、もし母親が生きていたら、と想いを馳せてしまう。
アリアはしょっちゅう、マリンの部屋へ遊びに来ていた。マリンは本当に色んなことを知っていた。
光の魔法が使えるようになったのは、幼い頃民族が大虐殺され、ひとり生き残ってしまったところを、助けてくれた神父に洗礼を受けたからだという。
マリンは美しい。
透き通る肌に、長くウェーブがかかった髪、女性らしいボディライン。それにエメラルドグリーンの、ソラリスとは対照的な優しげな瞳。あまりにも美しいので、そばにいることを気後れせずにはいられなかった。
自分がもう少しでも美しく生まれていたら、違う人生だったのかも、と思う。人は顔じゃないと言う人は多いが、美しい者が優遇されることを誰もがわかっている。
最近は特に、ポンコツの性質が顔に出てしまっているような気がする。
どうやったら、マリンみたいに、落ち着いた女性になれるだろう? アリアにとってマリンは、姉のような存在で、なりたい女性像そのものだった。
アリアはマリンに光魔法の使い方を教えてもらおうと懇願したことがあった。しかし、マリンは断った。マリンの使う魔法は、彼女自身に憑いた精霊の加護が由来のもので、人に教えて魔法が使えるようになる類いのものではないから、と。しかし同時に、魔法の国へ行って学べば、アリアならきっと光の魔法を習得できるとも言ってくれた。
そこでアリアにも、新しい目標ができた。
魔法の国の、魔法学校に行こう。
そこで、光の魔法を習得して来よう。
そうすればまた、認めてもらえるし、強くなったら、居場所ができる。
しかし魔法の国は遠すぎる。グラン帝国を縦断してなお、その先にある。
国王やじいやは、なんて言うだろう?
聞くまでもない。絶対に止められる。
しかし反対されても、何としても行くと決めた。
リュウトだって頑張っているのだから。
しかしリュウトにはなんて言おう?
リュウトを誘ったら、一緒に来てくれるだろうか。
今、頑張りはじめたばかりのリュウトを誘ったら……。
待っている時間はない。直接聞きに行こう。
今日はじいやから、竜騎士学校が久しぶりに休みと聞いた。もう直接、会いに行っちゃおう。うじうじ考え過ぎる癖を、思い付いたときに直して行こう。強くなるためには、日頃のメンタリティから変えていかなければ。
アリアは街へ走った。服はそのままで、フードを被って。すれ違う街の人々は、花売りに変装した少女を王女とは気付かなかった。つくづく、王女の威厳がないのだなあと思わされる。
いた!
竜騎士学校の出入り口で、この前街で出会ったときよりもさらに多くの友だちに囲まれながら、大声で笑っている。リュウトを中心に人だかりができており、すっかり学校生活に馴染んでいることがわかる。リュウトは、いわゆるおもしれー奴枠で、人気なのだ。
アリアは、声を掛けられなかった。大声で話す若い青年たちが苦手であったし、また、友だちがいない自分がみじめに思えてきてしまった。
そして、決めた。リュウトにも何も話さないで出発する。置き手紙を置いて、出発しよう。
しばらくさようなら、リトレギア。
でもその前に、アリアには行くべき場所があった。




