第一話 邂逅
第一章
急勾配の山を少女が一人、登って行く。肩のラインに合わせて真っ直ぐに整えられた髪は淡い桜色で、端正な顔立ちは覚悟と不安の入り混ざった表情をしていた。
腰には短剣と鞭、少しばかりの冒険に必要な装備品を入れた袋をベルトにまとめて提げ、右手にはしっかりと杖を握りしめていた。杖は登山用のものではなく、武器だった。この国に古くから伝わる神聖な生き物を倒すため、少女は魔法の杖を片手に旅をしている最中だった。
旅ははじめてだった。家族にも誰にも何も告げず城を出てきた。話せば反対されることが目に見えていたし、この旅は一人で行かなければ意味がないと思っていた。
旅を無事に終えて戻ったら、きっとみんな、私のことを認めてくれる、褒めてくれる。
いつも厳しい父様やじいや。影で悪口を言ってくる侍女や同世代の貴族の令嬢のあの子たち。そして、きっと。きっと兄様だって――少女がそう考えた途端、ぎゃあぎゃあと汚い鳴き声を上げながら背後から何かが身体を掠めて飛んでいった。
「! ……ビックリした……。ただの鳥ね」
少女を驚かせた鳥は山の麓に広がる森の上空を飛んでいった。
鳥がぶつかり、飛んでいった。ただ、それだけ。それだけのことで、手が震えている。怯えている。
「はぁ……。大丈夫、大丈夫……」
この旅は運が良かった。これまで超えてきた森や山は、この国を象徴すると言って良い大型モンスターの大陸一の生息地で、それ以外にも危険なモンスターたちが潜伏している。だが、旅の途中、一度も襲われることなく目的の山まで来られた。この山の頂に、目的の生き物はいる。
額にかいた汗を清潔な布で拭き取り、深呼吸してから、また歩き出す。だがすぐ、少女は違和感に気が付いた。
山の上の方から、何かが、微かに聞こえくる。
喋り声のような、鳴き声のような、奇妙な音が聞こえる。よく耳をすませてみる。
やはり、何かがいる。間違いなく生き物の気配だ。何らかの生き物が、すぐそばにいる。
山はつづらおりになっていて、気配の主は道を曲がってみなければ姿は見えない。もしかしたら、山頂に棲む生き物が、狩りの時間等でここまで降りてきているのかもしれない。
ーーこわい。だけど。
勇気を出すしかない。いざというときに魔法で対処できるよう、杖をしっかり握りしめて……。
少女は勇気を出し、勢い付けて道を曲がった。そこで目にしたのは、想像外のものだった。
「!? えっ……?」
急勾配の、荒れた岩肌の山のつづらを曲がった先にいたのは――件の、目的の生き物ではなかった。
生き物ではある。姿はヒト、人間。
少女より少し年上の、しかしまだあどけなさが残る少年がいた。膝を抱え込んで小さくなって座っている。目には涙を浮かべながら、身体を震わせて、まるで魔法の詠唱のように泣き言を呟き続けていた。
「……どうしてっ!? どうしてオレがこんな目に、こんな目にィィィっ!? こんな仕打ちってないよ。オレ、何か悪いことしたかなあ? もし悪いことをしてたなら、神様仏様女神様ァッ! こころから謝りますから家に帰らせてくださああい!!」
自身の絶叫と共に顔をあげた少年は、ハッとした。情けない姿を人に見られていることに気が付いたからだ。
少年と少女。
二人は、目が合った。
若干の沈黙。それから、少年がおもむろに立ち上がった。
「ひっ!」
「ひ?」
「ひっ、人だあっ! よかった! よかったあああ! た、助けてください! あの、ここってどこですか!? あのオレ、なんか遭難しちゃったみたいなんです!!」
少女の目に映るワンシーン。震えながら膝を抱えて泣いていた少年が、少女をみるやいなやこちらに振り向き、安堵の笑みを浮かべて立ち上がる。それに伴い面積が広がるペールオレンジ。
頭の理解が追いつかないまま、絶叫した。
「イ、イヤーーーーーーッ! へ、変態ぃーーーーーーっ!!」
立ち上がった少年は、全裸だったのだ。




