第二十三話 友人
リトレギア王国を数日襲った嵐はようやく過ぎ去り、アリアは用事を思い出してリュウトの部屋を久しぶりに訪ねていた。嵐の間、リュウトは調子を崩していたようで、お見舞いに来たのだった。
アリアがリュウトの部屋を覗くと、以前と同じように、部屋はもぬけの空だった。
「また!? リュウトさん……!? どこに行っちゃったの!?」
アリアはすぐさまじいやを呼びに行った。じいやも、調子を崩していたリュウトには、しばらく会っていなかった。
「何、リュウト殿がまたいなくなったと!」
「そうなの。あの人、どうしていつも何も告げずに行ってしまうのかしら……。ねえ、じいや。まさか、もう帰ってこないなんてこと、ないよね? リュウトさん、いつも通りの笑顔で、また帰ってくるよね?」
「もちろんですとも。どうせまた街をほっつき歩いておるのでしょう。心配なら、じいやが探して参りましょうか」
「ううん、その必要はないわ。ありがとうじいや。わたしが少し、心配性なだけだと思うから……」
じいやと別れた。
アリアは部屋に戻り、出かける準備をした。リュウトを探そう。あの嵐の日以降、なんだか胸騒ぎがする。あんな季節外れの嵐が来るのは、おかしいのだ。闇の魔法は、嵐を起こすこともできる。
長持ちの中に隠してあった庶民用の服を着て、頭巾を被り、柳で出来た取っ手付きのカゴを持った。どこからどうみても王女ではなく、街の花や果物売りの少女だ。
まずは街でリュウトを探そう。そういえば「オレって割とアウトドア派なんだよね〜」なんて言っていた覚えがある。アウトドア派ってなんだろう。街に出て、何を過ごしているのだろう。風竜がいた山の上で出会ってから、自分が一番リュウトのことをよく知っていると思っていたけど、よくよく考えてみたら、あの人のこと、全然知らない。リュウトの故郷の日本の話を聞いても、理解に及ばないところもあるし、能天気な性格をしているけれど、どこまで能天気なのかも全然わからない。まだ知らないリュウトがいたって、おかしくない。
「それじゃあ、行ってきます……。母様」
アリアは机の引き出しにしまった聖鳩琴を見て、呟く。風竜と出会って以降、聖鳩琴を持ち歩くことはなかった。不思議な力を持ったオカリナという楽器。持ち歩いてうっかり壊したら大変だ。母の形見でもあるから、こうして大切にしまっておく。
アリアは城を行き来する召使いに紛れて城を出て、街に出た。リトレギア城下町は平和が続いて、警備が少し緩くなっているところがある。想像はしたくないけれど、いつか平和が破れ危機が訪れたときに、この人たちは仕事をするのだろうか。
街は活気付いていた。大通りには、専門店が集まっている。西側には肉屋、魚屋、パン屋に野菜、果物屋。酒屋や薬屋。東側には仕立て屋、靴屋。鍛冶屋や大工の店が集う。見ていて、飽きない。街の人々は元気に声を張り出して特売を宣伝したり、逆に値切ったりと、騒がしく暮らしている。いつでも喧騒に包まれていて、ここに来ると疲れるが、元気を貰える一面もある。
こんな人々が平和の中に暮らせるように守っていくのが、王族として生まれた使命なのだ。
「……さてと、リュウトさんを探さないと。リュウトさんが行きそうな場所ってどこだろう? よく食べるから、ご飯屋さん? 竜騎士になりたいって言ってたから、武具屋さん? ダメだわ、全然わからんない。一個ずつ当たっていくしかないわね」
引き続き、街を巡った。城下町は広い。大通りから裏通まで歩いてみる。一日歩き切ると、日が暮れてしまう。しかしいくら歩いてもリュウトを見つけることができなかった。
「はあ……これだけ探していないとなると、街にはいないのかもしれないわ。一度城に戻って、風竜に乗って空から探してみた方が、はやいかも!」
アリアは城に戻ろうとした……ら、いた!
大通りの真ん中で、リュウトがまっすぐこちらに歩いてきている。リュウトの両サイドには彼と同世代の青年たちがいて、肩を組んで大きな声を出して笑い合っている。
「あら、もう、友だちができたの!?」
それもそうだと腑に落ちた。リュウトは、しょっちゅう弱音を吐くタイプではあるが、コミュニケーション能力は高く、誰とでも仲良くなれる力があった。勝手に街に出て、勝手に街の人々と仲良くなっていたのだ。
心配して損した。でも無事でよかった。嫌な予感がしていたけれど、気のせいだったのだ。
「あの、リュ……」
「おっとごめんよ!」
リュウトを呼ぼうと声を上げる途中で後ろから、魚屋の中年男性がアリアにぶつかった。鮮度が命の魚屋はせかせかしていて、一言だけ謝って走り去ってしまった。ぶつかられたアリアは体勢を崩し、膝が地面につく。
「あはははははは」
「それでさー」
「えーー!? マジかよ」
膝をついたアリアの横を、リュウトは気付かず通り過ぎていってしまった。友だちとの会話に夢中で、花売りの少女がこけたことに一切気付いていなかった。
「……リュウトさん……」
地面に手をついてて、なんだか、みじめになってきた。
アリアは友だちができないタイプだった。人々の関心は常にソラリスに向いていたし、同世代の少女からは、妹だからといってソラリスのそばにいられるアリアに、憚らず嫉妬心を向けてきた。
例え性格のいい子に出会ったとしても、自分から話しかけることは、難しかった。というのは、嫌われたくないという思いが強すぎた。友だちが出来て嫌われたら、一回認められた上で見放されるということは、今のアリアの最大の悩みである、『居場所がない』ことを強く後押しすることになる。だったら最初から、友だちはいない方が気が楽だ。縁が出来て、自分のせいでまた縁がなくなってしまうのは、嫌だ。堪えられない。
そんなネガティブ思考を持ち続けたせいで、殊更悪循環に陥っている。
「…………」
立ち上がり、膝についた泥を払った。
帰って洗濯をしないと。汚れが固まったら、落とすのが大変だ。
今日、こっそり街に出たことは、誰にも話さないでおこう。
アリアはリュウトに出会っていないし、リュウトの方でもアリアには出会っていない。それでいい、それで。
城下町の喧騒は、夜になっても落ち着くことはなかった。




