第二十話 恋心
「おーーい! すみませーーん!」
リュウトの呼び声に、光魔法を放って野生の飛竜を倒していた女性の手が止まった。
リュウトは、女性の前に出た。
「ハァ、ハァ……。あの、そこで、何をしているんですか?」
リュウトを追いかけてきたじいやとアリアも到着する。
「リュウト殿、そんな聞き方があるか!」
「え? だってじいや。直接聞いた方がはやいでしょ?」
女性は、フードを下ろした。隠れていて見えなかった顔が顕になる。フードを脱いだ拍子に、オレンジ色の長い髪が揺れる。毛先は水色にグラデーションになっており、ピンク髪のアリアをみたときも驚いたが、この人はもっと、なんていうか、アニメ的だ。しかしそんな奇抜な髪色よりも、もっと驚くことがあった。この女性。
「あなた、この国の人ではないですね?」
アリアが女性に尋ねる。
「……ええ」
「どうして、こんな森の中にいるんですか?」
「……」
美女は困惑した。正直に話すかどうか迷っているみたいだ。
「じいや、この女性の瞳、見て……」
「ええ、わしも気付いております」
この女性、瞳の色がソラリスと一緒だ。
今はまだ太陽が差し込んでいるから、エメラルドグリーンに輝いているが、夜になれば、きっとルビー色に変わるだろう。アスセナ族の、闇の瞳。
「あなた……。アスセナ族の……生き残りですね……?」
女性はこくりと頷く。ローブの上からでも女性の曲線美がわかるスタイルの良さと、仕草は洗練され表情は気品に溢れている。瞳はソラリスより冷たさを感じない。同じ色の瞳でも切れ長のソラリスと柔らかくアーチを描いた瞼のこの女性とでは印象が変わってくるのか。優しげで、悪い人には思えないが……。
「ええ、そうです」
三人は女性に聞かれないように、ひそひそ話をした。
「ねえねえ、兄様に報告すべきよね?」
「アレーティア様。わしはこのおなご、怪しいと思いますじゃ」
「わたしもそう思う」
「でもあの人、優しそうな顔してるよ」
「魔法使いよ、しかも手練れの! もし敵だったら、まんまと城に敵を連れ込むことになるわ!?」
三人の後ろで、女性が口を開いた。
「あの……。お尋ねしてもよろしいかしら。わたし、女神の塔に行きたいのですが、こちらであっていますか……?」
「な、な、な、なんと!? 女神の塔に行きたいですと!?」
三人はまた女性に聞こえないようにひそひそ話をした。
「やっぱりあのおなご、怪しいですぞ!!」
「なんであの人、女神の塔に行きたいのかしら?」
「やはり、敵なのかもしれませぬなあ」
「ここでうだうだ話してても仕方ないよ。直接聞いてみるのが一番はやいよ!」
「えっ!? って、ええ!? リュウトさん!?」
リュウトが単刀直入に女性に聞く。
美しく輝く瞳を見ながら話すと、思わず幻惑されるような錯覚をする。って、よくないよくない。ちゃんと話をしよう。
「あの、なぜ、女神の塔に……行きたいんですか?」
女性は膝を折り、スカートを軽く持ち上げ一礼した。
「申し遅れました。わたくし、カドシュ寺院のマリンと申します。光の魔法の使い手です」
「あ……はい、マリンさんね。オレはリュート。こっちの女の子がアリアで、こっちのおじいちゃんはじいや」
言っていて、三人とも、何故か本当の名前を名乗ってないことに気付いた。もしかしてオレたちの方が怪しい?
「何故、女神の塔に行きたいんですか?」
リュウトは繰り返した。
「女神の塔には、わたくしたちの光の神がいると聞いたもので。居ても立っても居られなくなり、寺院を飛び出して参りました……。信仰上の理由で、どうしても行きたくて」
できればその信仰上の理由とやらを具体的に話して欲しかったのだが。もしかして……わざとはぐらかした?
「……マリン殿、といったかな。運命の女神の塔。あそこは聖域でな。国の人間も近付いてはいけないことになっている。諦めて帰ってくだされ」
「そうですか。しかし、寺院にはもう帰れません。わたしを保護してくれた教主さまを裏切って出てきてしまったので……。行くあてがなくて、困っているのです」
三人は、三度目のひそひそ話をした。
「ねえ、マリンさん、困ってるんだって! やっぱり城に連れていこうよ」
「だから、敵だったらどうするんじゃ。ドラゴンは光と闇の魔法に特に弱い。攻撃を受けたらひとたまりもないぞ!」
日が沈み出した。モンスターの鳴き声がぎゃあぎゃあと辺りにこだまする。この周辺は人間の女性の肉を好む醜悪なモンスターが棲息している。
「もうすぐ夜になる。女性をほっぽいて自分らだけ帰るなんて、できないよ」
「アレーティア様は?」
「……。わたしも、リュウトさんに賛成。一旦、信じてみたい。問題があったら、そのときはそのときで。城には兄様がいるから大丈夫だと思う」
「はあ、お人よしですなあ、二人とも。では、仕方ありますまい」
三人はひそひそ話を終えると、マリンに言った。
「あの、マリンさん。オレたち、リトレギア王城から来たんです。帰る場所がないなら、一緒に行きませんか?」
「リトレギア王城から……!? はい、願ってもないことですわ! これも女神のお導きかしら……。よろしくお願いしますわ、皆様」
マリンは微笑んだ。美女の微笑みにリュウトはドキリとする。アリアがジト目でリュウトを睨む。
「それでは、出発!」
アリアとリュウトが二人で風竜に乗り、じいやと後ろにマリンが飛竜に乗って、四人はリトレギア王城へ向かった。
ソラリス、同じ部族の生き残りの人が見つかって、どういう反応するんだろう。
「マリンさんって光の魔法使いなのよね。わたしの魔法の師匠になってもらえないかしら?」
風竜の上での、アリアとリュウトの会話。
「なってもらえるんじゃない? マリンさん、やさしそうだし。ねえ、魔法ってさ、オレも使えるようになれる? やっぱり異世界に来たらさ、魔法の一つや二つは使えるようになるの、夢だよね!」
「うーん……。魔法は、生まれ持った才能として使える人もいるけど、普通は、教会で洗礼を受けてからでないと、使えないわ。だから、魔法の教会がないこの国には魔法を使える人はほとんどいないのよ。洗礼を受けても、魔法が使えるようになるには、魔法の書物を読み込まないといけないし、精霊の加護も要るし……」
「へー! そうなんだ。あれ? アリアはなんで転移魔法が使えるの?」
「わたしが誕生したときに、聖堂から神父さんを呼び寄せて、洗礼をしてもらったから。転移魔法は、城の図書室に誰も入らない部屋があって。そこで転移魔法の書を偶然見つけたの。あんまりうまく使えないのは、正しく勉強したわけじゃないから……ね」
「ふーん。そうなんだ。ねえでも考えてみたら、ドラゴンに乗って魔法が使えたら最強じゃない? 竜騎士の弱点が魔法なら、魔法を使えるようになったら、無敵じゃないか!」
「リュウトさんは、最強に興味があるの?」
「一応あるよ! 男の子だもん。強くなりたいのは、男の子全員の夢だよ!」
「……強くなってどうするの?」
「え!? 強くなってどうするの!? うーん、そうだな…………」
ふと浮かんだ言葉は、『アリアを守りたい』だった。
山から落ちていくアリアを見たときに、自分の命はどうなってもいいからこの子だけは守りたいと、何故か思った。
何故だったんだろう。言葉にはできない。
でも『アリアを守りたい』だなんて、まだそんな間柄じゃないから、今そんなこと言ったら、キショいだけだ。
「……。どうするとかないよ。強くなることが目的。オレはソラリスみたいになりたいんだ!」
「ソラリス兄様……はね。洗礼を受けてないの。だけど、魔法が使える」
「えっ、あの人、魔法も使えるのかよ! やっぱり何でもできる人なんだなあ」
「……。生まれながら魔法が使えたけど、闇の魔法だったの。だから、兄様はあまり使わないようにしてる。お父様はそこが気に入ってない。洗礼も受けずに闇の魔法を使えるなんて、生まれ持った『悪』という証明に他ならないから……」
「えっ、生まれ持った、悪って……? どういうこと……?」
「闇の魔法は、悪いこころがないと使えないの。だから闇の魔法使いたちは迫害されてきた……」
「うお! ソラリス、設定もりもりやん!」
「でもわたし、ソラリス兄様が生まれながらの悪い人だとは思わない! 昔は、本当に優しかったのよ。クールな性格になのかしら、あまり口を聞いてはくれないけれど……。兄様はいい人。私、信じてる!」
「……」
「いつか、わたしも強くなって、兄様をサポートできるようになったら、そしたら……」
アリアは赤くなってうつむく。
リュウトの位置からアリアの表情は読めない。でもこの国でもいとこ同士なら結婚できるんだもんなあ。
「ふーーん。ねえアリアは、ソラリスのこと好きなの?」
「…………」
下を向いたままだ。
「そ、そんなの、思うだけでも烏滸がましいわ。わたしは、兄様の力になりたい。ただ、それだけでいい。でも、きっと、その夢は叶わない……。わたしはきっと、ううん、わたしだけじゃない。リトレギア王族はきっと、政略結婚させられる。今の情勢を考えると、帝国との小競り合いを終わらせるために、わたしはきっと帝国のどこかに嫁ぐことになるんだわ……。父様、きっと今そういうこと考えてると思う。……王族は、自由じゃない」
「え……やだよやだよそんなのやだよ!」
「!?」
「そんなの、ダメだよ! アリアまだ十歳だろ! 結婚で人生を諦めるなんて、ダメだよ」
「……」
「結婚は、好きな人とした方が、いいよ……。いやオレも、女の子と付き合ったことないからわかんないけど」
「……わたし、強くなりたいの。この国から必要とされるくらい強くなる必要があるの。今のままでは、居場所がない……必要とされていなければ、遠い国へ送り出されて終わり。誰からも忘れられてひとりぼっちで生きていくしかない……」
「アリア…………」
リュウトは回想する。
そんな。たかが十歳の女の子が背負うべき運命じゃ、ないよ絶対。貴族、王族の人々にも生きにくい事情があるもんだ。
オレが十歳のとき、何があったっけ。そうだ、妹のミクが生まれた! 丸くて可愛くて、バカみたいに喜んだっけ。
それにしてもアリアはソラリスのこと、本当に好きなんだなあ。よ、よかった〜。さっき、アリアのこと守りたいなんて言わなくて。ソラリスを好きになるような女の子にそんなこと言ったら、キモがられるだけだった!
でも、理想的すぎる相手を好きになると、自己肯定感さがるよな。アリアの気持ちを尊重しないわけじゃないけど、オレが女の子ならカッコよすぎる人を好きになったりしないよ。ああ、でも、好きってそんな、頭で選べるようなことじゃないか。感情で、魂で惹かれたら、もうどうしようもないもんな。
ぐるぐる考えて、一言ポツリと呟く。
「……そこまで誰かを想えるのってすごいよ」
「…………?」
よく考えたら、今まで誰にも恋愛感情を持ったことなかった。でも高校一年生の男子、当たり前か。クラスメイトの女子をそういう目で見られないというか……。でもクラスメイトは、誰が誰を好きだとか、そういう話で盛り上がったりしてたなあ。あんまりよくわからない感情というか、価値観というか。
実際、人から好きになられても迷惑だ。恋愛より、ゲームがしたい。人付き合いが増えてゲームする時間がなくなるなんて真っ平ごめんだ。
でも、誰かを想う気持ち。きっとそういう感情がある方が、人としてはいいのだろうな。そういう気持ちがあることを、バカにはできないよ。
また、頭の中でぐるぐると考え事をしている内に、二匹の竜は王城へと辿り着いていた。




