第十二話 真名
ソラリスの部屋に招かれたリュウトは、ノックして、入って行く。人に緊張するタイプではないが、あの涼やかな王子に緊張しないのは無理だろう。
「お邪魔しま〜す……」
広い。第一王子の部屋だから、立派で当たり前か。しかし生活に必要な最低限のものしか置いてない。ここには、あまり帰ってきてないのかもしれない。多忙そうだし。
絨毯がふかふかで歩いていて気持ちいい。ふざけてピョンピョンと飛び跳ねたくなるが、この人の前ではやめておこう。そういうことして許される雰囲気が、ない。
ソラリスは王族用の豪華かつ瀟洒な椅子に腰を掛けていた。向かい合わせになる位置に置かれた同じ椅子に、リュウトも座るよう促された。言われるまま、失礼します、と言ってから座った。ふかふかの椅子で、尻が気持ちいい。人がいなかったら絶対にピョンピョンしてた。
人ンチの椅子で。よくないよな。
「まずは……そうだな。リュウトという名前はこの国では目立つ。名前を変えてもらう。かつてこの国にも『真の名』の慣習があってな。今はもう知る者は少ないが、せっかくこの国に来たんだ。この国らしい響きの真名を君に与えたいと思う」
「えっ。いきなり話が難しい。何それ! オレの名前、この国ではやっぱり相当変ってこと!? まあでも昨日散々言われたしな〜。オレの国では普通なんだけどね。でも外国語でリュウトはウンチって意味とかだったらやだよな。いいよ、いいよ! ニックネームつけてよ!」
「すまない、異世界人とバレると面倒なことになりかねんからな」
「え、そうなんだ……気を付けよっと」
ソラリスは机の上に置いてあったペンを取り、紙にすらすらと文字を書いた。
「これからは『リュート』の方がいいだろう」
「?」
リュウトは紙を覗き込んだ。日本語ではない。英語でもない。なのに、読める。意味がわかる。
「リュウト」と「リュート」は、綴りと、この国の発声で音も違う。
わかりやすくいえば、ウンチという意味ではなくなったのかも。
「あの、ソラリスさん。オレが異世界人ってバレると何でよくないの?」
「そうだな。諸外国は自国が優位に立てるよう特別な知識を求めている。かつて異世界人を求めて戦争も起こった。リュートも戦争はイヤだろう? だから、なるべく隠して生活してもらいたい」
「戦争が……。……せ、責任重大だね。でも、あんまり関係ないかも! オレもうすぐ帰るつもりだよ、日本に。方法はわかんないけど。帰れる方法、あるよね?」
ここにじいやがいたら話し方に礼儀がなっていないとかで、多分怒られていた。しかし緊張をしているから逆に敬語が話せない。怒っている様子もなさそうなので、続けた。
しかし、日本へ帰る方法を聞き出す順番が前後してしまった。本当は国王に聞くつもりでいたのに。でもいいか、ソラリスでも。知っているなら教えてくれるだろう。
「異世界人が元の世界へ帰れたという記録は残っていない」
「え゛っ!?」
「これまで発見された異世界人は、人質にされ獄中で死んだか、病死に見せかけて毒殺されたか、裁判で死刑になったか、誰もが皆、非業の死を遂げている」
広がる、絶望。
「え、え!? えっーーーーーー!? そそそ、そんなぁ!? い、いやだよオレ! 日本に帰れなくて死ぬなんて、イヤだからね!?」
「わかっている。オレも無策で君を失うヘマはしたくはない。国の総力をもって君を守ろう。……その代わり、リュート。このリトレギア王国のために力を貸してくれないか。もちろん、君のできる範囲で構わない」
ソラリスの耳飾りが揺れる。左耳にだけ、貴石が埋め込まれた耳飾りをしていた。
ヤバいぞ。なんだかこの人、オレへの評価がだいぶ高いかもしれないぞ。話が大きいことになってきた。
「あ、ありがとうソラリス……さん。そこまで言ってくれて。でも、オレが役に立てることなんてあんまりないよ。学校じゃ、勉強とか苦手だったし、運動も特別に優れてるわけじゃなかったし。世界を変えるような知識なんて、オレにはないから、あんまり期待しないでね。ガッカリしないでね!」
自信なげに答えると、ソラリスはリュウトの肩を掴んだ。
「いいや、君は選ばれたから異世界からこの国へ来たのだと思うよ。仮に異世界に飛べる人間と飛べない人間がいるとしたら、両者の違いはなんだと思う?」
「えっ……。う、運? 偶然じゃないかな」
「ふっ……それでもいいがな。俺は、異世界を渡れる人間は、他のそれとは魂が異なるのだと思う。特別に選ばれた魂を持った人間。リュートは疑問に感じたことはないか。一口に人間といっても、神の如く神聖なこころを持つ者と、吐き気を催す程のクズの、両極端がいるのは何故か、と。消えるべき後者の人間に限って何故、こんなにも数が多いのかと。異世界人というのは、神に選ばれた特別な魂を持っている。だからこの世界に来られる。神の意思が働いているからだ。リュート、君はそう、選ばれた少年なんだ。特別なスキルがなくたっていい。特別な知識がなくたっていい。その魂が今ここにあることに、意味がある」
ソラリスの冷たい瞳が、リュウトを真っ直ぐ捉えている。
ごくりとリュウトは唾を飲み込んだ。
似てる。
この人。
オレと、考えてることが。似てる。
だだっ広いソラリスの部屋は、光が入らず薄暗くなっていた。暗い部屋の中で、ソラリスのエメラルドグリーンの瞳の色が、鮮血のように赤くなっていることに気が付いた。
「ソラリス……さん、瞳の色が……変わった……?」
「ああ、これか……。こわがらせたのならすまないな。ちょっとした、体質なんだ」
ソラリスは、深く腰を掛け直し、自分の出自を語ってくれた。
アルディナンド国王がアリアを一人娘と言っていた意味がここでようやくわかった。
ソラリスの父親はアルディナンド国王の弟で、母親はアスセナ族の女性だった。
アスセナ族というのは、大陸南東の闇の国の近くに住む少数民族で、その特徴は瞳の色にあった。この一族の血を引く者の瞳は、昼はエメラルドグリーンに輝き、夜になると今度はルビーのように赤くなるという。この瞳を狙って一族の大量虐殺が起こり、今では絶滅した……と言われていた。しかし、世界を巡る旅に出ていた王弟が、そんなアスセナ族の女性を妻に迎え入れて帰ってきたのだ。長い黒髪に輝く瞳。特別な美貌を持つ彼女は、リトレギアで数ヶ月過ごした後、息子を一人産んだ。
アスセナ族の九割は女性として生まれ、男性が生まれても特徴的な瞳を持って生まれることはほぼないという。
王弟と妻は、生まれたばかりの一人息子を残して、死んだ。旅先で盗賊に殺されていたのだ。
元ドランディオーソのメンバーだった竜騎士の王弟が、盗賊ごときに敗北することがあり得るのかとしばらく国民の噂の的になったが、やがてそれは陰謀論として片付けられた。
両親を一度になくした一人息子ソラリスは、アルディナンド王の養子に迎え入れられた。人気のあった王弟を越す勢いで成長し、次期国王の座に着くことが確定した。
そんな最中、国王と妾の間にアレーティア王女が生まれた。
王に相応しい才知に富むソラリス王子か、王の直系の血を引くアレーティア王女か、どちらが王の座に就くのか、その決断はアルディナンド王の判断に委ねられていた。
アレーティアはまだ少女で、戦う力もほとんどない。洗礼は受けているが魔法も使いこなせない。対してソラリスは国民からの絶大な人気がある。
女王が誕生したところで、名ばかりの女王になるのは目に見えていた。
アリアはあんなに、努力してるのに。
「……アレキサンドライトだよね、それ」
リュウトは、子どもの頃図書館で、鉱石の図鑑を読んで知ったことを思い出した。
「アレキサンドライトって宝石。昼は緑なんだけど、夜は赤く輝く宝石があるんだ。それに似てる。ってか、それだよね。たしかすごく希少で、宝石言葉はたしか……あれ、ど忘れした。なんだったかなあ。ま、いいや」
「リュートが異世界に帰る方法はわからない。だがこちらでも探してみるつもりだ。それまでの間、仲良くしてくれ」
ソラリスに差し出された手を、リュウトは握った。一回りも大きい手だ。じいやより乾燥していない。って、若さが違うか。
「あの、ありがとう、ソラリスさん」
「これからは友人なのだから、呼び捨てで構わない」
「え゛!? じゃ、じゃあ、ソラリスって呼ぶからね。あの、その、ソラリス。ありがとう。力にはなれなさそうだけど、オレもオレなりにできることをするよ」
「……リュートは面白いな。久しぶりに楽しい話ができた」
リュウトは、はははと乾いた笑い声を出した。
アリアのお兄さん、想像とは全然違っていた。真っ黒だし、なんかこわいし、美しすぎるから、気難しい人かと思った。しかし意外と話しやすい感じだ。話し方や内容は一部厳しかったけど、間違ってることは言ってない。
ああやって人々を納得させる力が、カリスマ性という奴なんだろう。この人がいるとどんな状況でもなんとかなるような気持ちにさせるというか。
少し話しただけで、この高揚感。前の世界では褒めてくれる人なんていなかったのに、こんな超絶美形に褒められるなんて、信じられない。
存在価値を認められるのは、人のこころを動かすものだ。きっと、アリアもそうだったんだろう。そうだ、アリア今頃どうしているだろう。
「リュート、今から時間あるか?」
「え?」
「これから、一緒に飛ぼう」
「えっ、飛ぶって……?」




