小さなギモン
薄暗い灰色の空気が都市を覆い、そこには感情を示す鮮やかな色彩は一切存在しなかった。
完璧な秩序、完璧な平和、そして完璧な無関心。
これが「至福の都市」オルドスだ。
人々は皆、同じ機能的な灰色の制服を着て、決められた時間に決められた場所で働き、決められた時間に眠る。
彼らには「希望」という概念がなかった。
システムがすべての未来予測を計算し尽くし、予期せぬ出来事や失望の余地を完全に排除していたからだ。
主人公のエリオットは、都市の機能的な一歯車として生きていた。
彼の役割は、感情制御センターのモニターを監視すること。
都市が「非効率的感情」と分類する、歴史的遺物である過去の芸術作品や文献を分析し、社会から完全に隔離・抹消するためのデータを提供する仕事だった。
ある日、エリオットは古いデータバンクの片隅で、奇妙な日記の断片を見つけた。
それは、都市が現在の管理体制になる直前の時代のものだった。
「今日、私は空を見上げて、きっと、明日は今日よりも良い日になるんだ、と感じた。私は希望が初めて見えたんだ。」
エリオットはその未知の言葉に困惑した。
「希望」?
それはシステム辞書には存在しない言葉だった。
彼は周囲の同僚に尋ねてみたが、誰もが首を傾げるだけだった。
「非効率的感情コードXJ-493」と分類されたその言葉に、エリオットは奇妙な胸騒ぎを覚えた。
システムが完璧に機能し、未来が保証されているこの世界で、なぜ「明日が今日より良くなる」ことを願う必要があるのだろうか?
オルドスでは、明日は常に今日と同じく完璧だった。
エリオットは密かに日記の続きを読み進めた。
そこには、希望を持つことで生まれる高揚感、希望が打ち砕かれた時の深い悲しみ、そしてそれらすべてを乗り越えて生きる人々の姿が描かれていた。
彼らにとって、希望は苦痛と表裏一体でありながら、生きるための推進力だったのだ。
エリオットは初めて、自分の世界の「完璧さ」が、どれほど空虚なものであるかに気づき始めた。
感情を排除し、安全と秩序と引き換えに、人間らしさの根幹をなす「未来への期待」を手放してしまったのではないか?
彼は日記の最後のページにたどり着いた。そこには震える手で、しかし力強くこう記されていた。
「もし希望が不必要になった世界が来るとすれば、それは人間が人間であることをやめた時だ。」
エリオットはモニターから目を離し、都市の灰色の空を見上げた。
彼の心臓が、システムが許容しない速度で鼓動した。
彼は初めて、明日が今日と同じではないかもしれない、という予感を抱いた。
それは不確実で、少し恐ろしく、しかし同時に、抗いがたいほど魅力的な、希望の萌芽だった。
もしかしたら、この完璧な世界こそが間違いで、「希望」は不必要などころか、最も必要なものだったのではないか、と。
彼の静かな反抗が、ここから始まった。




