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「先日、タカシ=サンが留守の間に花街を訪問させていただきました。その際は多くの娼婦に大変親切にしていただき、改めて感謝申し上げます。主人に報告したところ、タカシ=サンが信頼されている証だと喜んでおりました」
突然の訪問にも関わらずリネルの使用人、イリスは俺を丁重に扱い、あのベッドのある客間に通してくれた。
初めて訪問した前回と違うのは、挨拶がてら使用人が少し話をしたこと、俺がアリアもセレスティアも連れていないこと。
それに客間を少し模様替えしたのだろうか。キャビネットが置かれ、その上の花瓶に花が生けてある。
エルフは森の住人と呼ばれるが、リネルにとっても木や花は大切なものだろう。王都にそれは少ないが。
「どうぞ、椅子ではなくベッドでお待ちください。それでは主人を呼んでまります。少しの間、お待ち下さい」
俺たちの事情を知らない使用人だから勘違いしているのだろうが、俺だけがリネルに会いに来たのはそれが目的じゃない。
前回の帰り際にリネルがささやいたエルフ特有の匂いのことは気になるが、そんなスケベ心は置いてきた。
アリアとセレスティアを置いて俺1人で来たのはリネルとスケベするためじゃない。2人に話せば必ず反対するからだ。
リネルには予定通り花街に来てもらう。
そうなればリネルを囲っているヴェランス公爵が何かしら妨害してくるだろが、なんとかして乗り越える。
公爵という立場を使いどんな妨害でもしてくるだろうが、花街の娼婦たちの顔に期待があふれていたんだ、俺はそれを裏切れない。
公爵が納得するかわからないが、策は用意した。
――コンコン
「主人が参りました」
使用人がドアを開けると同時、まるで飛びつくんじゃないかと思うくらいの勢いでリネルが近寄ってきたかと思うと、その勢いのまま握手代わりか俺の両手をギュッと握った。
「ようこそ、タカシ=サン。再会を楽しみにしておりました。こんなに早く来ていただけて大変嬉しく存じます」
「使用人が様子を見に来たらしいな。娼館の完成は1ヶ月後の予定だ。リネルには一番の部屋を用意することにした。部屋に関してなにか注文があれば言ってくれ」
一番広い部屋は閉じ込めておけるようにルナリア用にしようと考えていたが、それはやめた。俺たちの娼館の一番の部屋が相応しいのはリネルだ。
「娼婦たちもリネルが花街に来ることを楽しみにしている」
「よかった。もしかしたら、私に公爵の愛妾だと言わせたいのではないかと心配していたところです」
「ヴェランス公爵との関係で面倒事があるなら、もしかしたら妨害もあるかもしれないが遠慮なく相談してくれ」
「ご配慮いただきありがとうございます。しかしながら、もとより私は公爵の愛妾ではございません。この通り、私は淫らな娼婦です」
リネルは纏っていた薄い衣をスルリとその場に脱ぎ捨て、滑らかな肌と女性らしい肉つきを露わにした。
「今日こそはエルフの香り、堪能していただけますよね」
そう言うとリネルはベッドのヘリに腰掛け、さらにベッドの上に右膝を立てた。エルフ特有の香りを感じて欲しいと言わんばかりに、香りの源泉を俺に向け露出させる。
リネルに伝える目的は果たしたことを一度頭の中で確認すると、俺の理性は一気に吹き飛んだ。
使用人がそこにいることなど気にせず、リネルに飛びつく。
リネルは積極的に貪るように唇を重ねる。背中に回す手はその細さからは想像つかないくらいに力強く俺を抱き寄せる。
高級娼婦の仕事ではなく、女として俺を求てていると重ねた唇を通じてリネルが伝えてくる。
柔らかなエルフの唇は少しずつしたへ降りていき、体中を愛撫する。
――カタッ
小さな物音は使用人のイリスが立てたのだろう。
ベッドの上で俺とリネルの体は転がり上下が入れ替わる。
その時、ベッドとは反対側に置かれたキャビネットから視線を感じた。いや、感じたというよりも視線が交わった。
「タカシ=サン、どうぞお気になさらずに続けてください。主人が欲しがっています」
これまでなかった使用人の不自然な言葉に俺は立ち上がり、両開きのキャビネットの戸を一気に開けた。そこから膝を曲げた男がゴロンと転げ出た。
身なりの整ったその老人の顔には見覚えがあった。
マズイ。この爺さん、ヴェランス公爵じゃねえかよ!
「どうぞ、続けてくれ」
続けてくれって、どうしてだよ。リネルを囲っていた王国ナンバー2の権力者が出てきたら、続けられるわけねえだろ。
「早く続きを私に見せてくれ!」
キャビネットに潜んでいるし、転がり出たまま膝を折ったまま言うことがそれか!?
「10年、いや20年、私はこの時を待っていたんだ。見たいんだよ、リネルが寝取られるところを、目の前で!」
……何言ってるんだ、こいつ。
「私のことは気にしないでくれ。……いや、私に見せつけるように寝取るのも悪くないな。どちらでもいい。よくわからぬうちに魔王まで倒した、ぽっと出の若い男に寝取られるなんて最高なんだ。40年かけても君みたいな間男は想像できなかったなんだよ!」
「先生もああ言っていますから、気になさらずに続けましょう」
リネルも最初から知っていたんだ。
前回なかったキャビネットに潜んでいたんだから、この爺さんの寝取られ願望を知っていて共謀したのかよ。
もしかして、花街に移ることをあっさり了承したのは寝取られるためだったのか?
俺の疑問をよそに、リネルは150年娼婦として培ってきた性技を披露する。まるで公爵の爺さんがそこにいないかのように。
リネルに主導権を取られるとそのまま性技に圧倒され爺さんの視線も忘れてしまう。すっかりリネルに夢中になっていた。
エルフの匂いは確かにヒト属とは違った。
森の住人らしく若草や花のような匂いに包まれると、まるで森の中でする青姦を思わせる。
何度も繰り返し交わった後、リネルとヴェランス公爵と同じテーブルで紅茶を飲んでいた。
俺とリネルが交わっている間、公爵は鼻息を荒くして、目を見開いて、顔を真っ赤にしていたが、怒っているわけじゃない。
他の男の指に嬌声を上げ、痴態を晒すリネルに興奮していた。
「ありがとう、長年の夢が叶ったよ」
まさかNTRの片棒をかつがせられるとはな。
「子供の頃からの夢だったんだ。吟遊詩人の語る寝取られ神話を聞いた時の衝撃が忘れられなくてな。あの時、私の中に火が灯ったのだ」
やな火だな、まったく。
だいたい、この異世界はなんなんだよ。TSした預言者が伝える女の喜びを尊ぶ宗教の次は、神話がNTRとか。
俺の頭がフットーしそうだよっ!
「寝取られの火は消えることなく、それどころか年々大きくなっていった。寝取られたいと思いながらも叶うことがなく、いつの間にかこんな年になってしまった」
「この年になれば、リネルのような女ならすぐに寝取られると思っていたが上手くいかない。私の権力を恐れるのだ。特にアルフレッド、あいつは駄目だ」
「あのお方はフニャチンですね」
「ああ、フニャチンだ。私が何度となくお膳立てしたというのに、何があってもリネルに手を出さなかった。今回だってそうだ。フニャチンだ」
「でもタカシ=サン、君は違う。正直に言えば、魔王を倒したなんて嘘か偶然だと思っていたが、今日その認識を改めた。君こそ、恐れることを知らない真の勇者だ」
「本当です。先生の目の前でも怯むことなく私を何度も神の恵みに導くのですから。あのフニャチンとは大違いです」
イケメン貴族のアルフレッドはいけ好かない奴だが、こう何度もフニャチン呼ばわりされると同情してしまう。
そりゃ、普通の理性があれば王国ナンバー2の愛妾同然の女に手は出せないだろ。
「リネルの部屋はまだ作っているところなんだろ? のぞき穴を作ってくれないか、私が覗く穴だ。どうだリネル、また見せてくれるか?」
「もちろんです♡」
「ちょっと待ってくれよ。さすがにのぞき穴はまずいだろ。娼館のルールは守ってもらう」
「じゃあ、もう二度と目の前で寝取られを見ることはできないっていうのか!?」
王国ナンバー2がこんな情けないこと言っているけど大丈夫なのか? まぁ国王も国王だしな。アリアにパパ活お願いするような国王だし、いいか。
「見たいなら客に了承を取るなりしてくれ」
「それじゃあ、タカシ=サンがリネルと寝てくれ。そこを私に見せてくれ。それならいいだろ」
「……それでいいなら」
あまりにも必死に懇願する爺さんを見たら断れなかった。NTRとはかくも脳を破壊してしまうものなのか。
NTR神話
始まりの時、世界がまだその形を定めぬ頃、広大な虚空には三柱の神がいた。アメンティ、イシエル、セティア。
彼らは生まれながらに互いを深く信頼し合い、世界の調和を創造し、維持する役割を担っていた。
アメンティとイシエルは特に睦まじく、身体を重ねることで世界のあらゆる生命が育まれていると三柱は信じていた。
しかし、永遠にも思える平穏は、ある晩に突然と破綻したのだった。
アメンティが世界の東の果てで新たな光の創造に没頭していた、彼が不在の夜のこと。イシエルは心の奥底に抱えた孤独に苛まれ、その隙間を衝くようにセティアが近づいた。
情熱的で奔放なセティアの誘惑は、イシエルの寂しさを満たし、二人は禁断の抱擁を交わしてしまう。
その瞬間、世界を覆っていた調和は激しく揺らいだ。天空に輝く満月は、みるみるうちに血のような赤色に染まり、地上の生物たちはその異変に恐怖した。
しかしセティアとイシエルは異変にまるで気が付かないかのように、互いを求め合い続ける。
遠く離れた地で世界の調和の乱れを察知したアメンティは、即座に創造の場を離れ、神々が住まうワラスカへと舞い戻った。
ワラスカに辿り着いたアメンティの目に飛び込んできたのは、赤く染まった月と、その下で互いを求め合うように強く抱き合うイシエルとセティアの姿。
怒りに燃えるアメンティは、自らの光を放つ神剣を抜き放ち、セティアに詰め寄った。
「貴様、私からイシエルを盗んだのか!」
セティアは怯むことなく傲然と答えた。
「俺は盗んだわけじゃない。心というものは盗めるものではない。イシエルが俺を選んだのだ」
アメンティはイシエルに視線を向けるとイシエルは顔を伏せ、絞り出すような声で告げた。
「アメンティ様のことは深く愛しています。ですが、セティア様は私の心の孤独を、情熱で満たしてくださったのです」
愛する者の裏切りと、その正直な言葉に、アメンティは膝から崩れ落ちた。彼の心から光が失われ、世界は暗闇に包まれた。
その時、世界の根源たる神、コトノネが天地を揺るがすほどの威厳を伴って降臨した。
乱れた世界の調和を正すため、コトノネ は三柱の神々に裁定を下した。
「アメンティよ、そなたは光を司る者として、今後も永遠に太陽を管理せよ。イシエルよ、そなたは闇を司る者として、夜空を照らす月を管理せよ。そしてセティアよ、そなたは暴風を司る者として、荒ぶる風を管理せよ」
コトノネはさらに続けた。
「イシエルよ、そなたの月は、アメンティの太陽の光を借りてのみ輝くことを許される。しかし、そなたたちは永遠に交わることはできない。アメンティは常に光を放ち、イシエルを照らし続けるが、決して月には近づくことを許されぬ。そしてセティア、そなたの風は時に月を舞い上げ、その真実を暴き、赤く染めるであろう。その時、アメンティはただ、遠くからその様を見るしかできぬだろう」
これ以後、アメンティは決してイシエルに近づくことはなかった。
月が満ち、風が強く吹き荒れる夜、月はあの日のように赤く染まる。
それは、イシエルの内に秘められた情熱と孤独、そしてアメンティの癒えぬ悲しみが顕現しているからだ。