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「タカシ、リネルを花街に呼ぶのは避けるべきです」


「あたしもそう考えています。あのイケメン貴族の策謀に巻き込まれるのは得策とは言えません。あの物件は惜しいですが、今回は諦めましょう」


 朝を迎え王都から戻る道中、アリアとセレスティアが口にすることといえばリネルの対応ばかりだ。


 あれだけ泥酔していたのに、宿に入ればセレスティアは神に祈りを捧げると言って俺を押し倒すし、アリアは抱きついて離れない。

 そのくせ朝が来ればパタリと現実に戻り、足早に歩きながらもひっきりなしにリネルの対応を俺に注文する。


「ヴェランス公爵は王国のヘビと言われるくらい、執念深く冷徹に問題解決を目指す方です。その目が花街に向けば、いずれ取り潰しになることは明らかですよ」


「それでは教会建設の夢が絶たれてしまいます。リネルの口から一言、『私は公爵の愛妾だ』と言わせればいいではありませんか」


 リネルが愛妾だと認めれば、アルフレッドの目の前でそう言ってくれれば問題は全て解決するはずなんだよな。見落としているものがなければ。


「リネルが愛妾だと認めれば、彼女は王国にとどまることもできますし、ヴェランス公爵は娼婦を囲っていたとがを問われることもありません。しかも公爵はリネルとの関係を続けることができます」


 少なくとも、あの爺さんを怒らせることは避けられる。つまり、丸く収まる。


「アリアが言う通り、これ以上はない完璧な解決になると思います」


 公爵の爺さんを怒らせなけりゃ、花街が目をつけられることもないだろうしな。

 あとは、出世のためリネルを囲いたいイケメン貴族のアルフレッドがどう出るのかだ。


「とりあえず、俺たちの娼館が完成するまで、まだ3ヶ月はあるだろう。リネルが花街に来るまでには時間がある。それだけ時間があれば説得くらいできるできるさ」


 最初にアルフレッドが求めていた王国での売春の取り締まりはクリアになるわけだし、心配しすぎてもよくない。

 一番の問題は王国ナンバー2のヴェランス公爵の怒りを買うのは避けて、俺たちの花街を潰させないことだ。


 飲酒と深夜までの交わりで重くなった足でようやく俺たちの島、花街の入口となる門まで来た時だ。「お兄ちゃんっ、なんで朝帰りなの?」ルナリアが手を振りながら叫んだ。


 門をくぐると同時に、俺の帰りを待っていたサキュバスのルナリアは抱きついた。

 食べ物と寝る場所を与えているからか、それとも単にサキュバスのさがなのか、日に日に俺に懐いていく。


 16歳になったルナリアだが母親との約束で18歳になるまでエッチぃことはできない。

 それなのに今すぐにでも押し倒したくなるほどのサキュバスらしい色気を持つようになり、今日みたいに抱きつかれると柔らかな胸の感触に理性が飛びそうになってしまう。


「うちも王都行ってみたいんだけど」


 花街では羽と尻尾を隠せる服を着てバレないようにしているが、いくら隠しても魔族を王国に連れていけるわけがない。

 万が一のリスクが大きすぎるからな。


「あとね、お兄ちゃんのお屋敷を作ってる人たちが探してたよ、相談したいことがあるって」


「きっと、工事の延長ですよ」


「そうですね、アリアが色々と追加の注文をしましたから困っているのでしょう」


 だとすれば、リネル説得の時間が稼げるな。


「おっ、大将! 探しましたよ」


 島を登る一本道に俺たちの姿を認めると職人頭は大きな声で呼びかけた。まだ距離はあるが、頂上付近の建設現場から見下ろすとよく見えるのだろう。


 俺たちの娼館は島の頂上付近、ルナリアが隠れていたやぐらの近くに建築途中だ。

 アリアが主張した俺たちの家とセレスティアが主張した教会の両立が難しいことから、この一等地を娼館にした。


 その代わり、他の娼館を数段上回る豪華な建物になっている。それこそリネルの館に負けないくらいのものだ。


「悪かったな、王都にちょっとした面倒事があって留守にしていた。なにか相談したいことがあるって聞いたが。急いで怪我なんかしたら元も子もない、完成は遅くなっても問題ないぞ」


「いやぁ、それが逆でして」


「逆? 逆っていうのは、つまり完成が早くなる……」


「そうなんですよ。なんででしょうね、あっしらもこんなことは初めてでして。どうもルナリアちゃんが見ていると、みんな頑張っちゃって仕事が捗ったんじゃねえかと言っていて」


 ルナリアから俺がバフされるのは性欲だけなのに、職人は仕事のやる気がバフされるのか……。

 それじゃあ、まるで俺の意欲が性欲以外にないみたいじゃないか。


「うち、工事してるの見るの好き」


 ルナリアの言葉に職人頭はデレるわけではなく、さらに気合が入ったかのように背筋を伸ばした。


「アリア様の追加発注もあわせて、あと一月もあれば完成するんですが、他にも追加の注文があればと思いやして」


 職人頭のハツラツとした表情から充実していることがよくわかる。見ているだけで俺も嬉しくなるようなポジティブな感情があふれでている。

 ただ、今はそれが辛い。本心では3ヶ月くらい休んで欲しいから。


「そ、そうか。それは助かるなぁ。アリアとセレスティアはどうだ?」


 本来ありがたいのに、今の俺たちにとって最悪の報告だ。リネルを説得する前に完成すれば、言い訳が立たない。


「ど、どうかしら。アリアはなにかあるんじゃないでしょうか?」


「え、あの、その、要望はもう全部出し尽くしたので」


 俺だけじゃなくセレスティアもアリアにも、職人頭の輝く目は眩しすぎる。

 その目に見合った感謝の言葉をかけたいのに、リネルの件があって、公爵の爺さんの怒りを買うのが怖くて、口にできない。


「早ければ早い方が商売も始められてよろしいかと思いやすので、もっと早くとおっしゃるならその方向で進めましょうか」


「いやいやいや、それはダメだ。危ないからな。怪我でもしたら大事だ」


「ありがたいお言葉ですが、お気遣いなく。どうしてなのか、ここでの仕事はまるで疲れませんので」


「……わかった。追加発注については数日考えさせてくれ」


「へい、かしこまりやした。いつでもお申し付けを」


 俺たちの気持ちとは裏腹に、職人頭は気合の入った表情を見せ仕事に戻っていった。


 一方の俺たちは、ため息をつきながら登ってきた道をまたすぐに引き返す。


 花街には娼館の他に、俺たちや娼館の建設に携わる職人たちの仮住まいがいくつもある。

 工事が終わればそれらは娼婦相手の商店として貸し出すもので、花街の入口付近にまとまっている。


 つまり島に入るにはまず門を通り、入ってすぐは商店があり、奥へ向かうと道を挟むように娼館が立ち並び、一本道を登った先には俺たちの娼館が構えている。


 頂上からの一本道を下る時、花街全体を見下ろすことができる。

 この一本道を下る度、工事の進捗が手に取るようにわかり、 花街に客が徐々に増えていくのを感じ、日々成長していくようで達成感が得られる。


 本当は気持ちのいい下り道なのに、俺たちのため息は止まらない。達成感が逆に焦りを感じさせる 。


「どうするんですか? このままではすぐに完成してしまいますよ。やる気にあふれたあの目を見ると、一ヶ月もかからない気がします」


 アリアの予想には同意せざるを得ない。

 職人頭も建築工事が進むほど達成感は強くなるだろうし、それは仕事をさらに早めるだろう。


「とりあえず、少しでも遅らせるためにルナリアをあそこの穴蔵に閉じ込めておきましょう」


「やめろよセレスティア。ルナリアに当たってもしょうがないだろ」


「どうしたの? お兄ちゃん、お屋敷完成して欲しくないみたい」


「そんなことはないんだが、いまはタイミングが悪くてな」


「よかった。うちとお兄ちゃんが一緒に寝る部屋早く出来るといいね」


「そんな、いかがわしい部屋を作ったのですか!?」


「別にいかがわしくはないだろ。余ってる部屋をルナリアの部屋にしようってだけだ」


「将来、お兄ちゃんとえっちぃことできるように、ベッドが大っきいんだよね」


「やっぱり、いかがわしい目的じゃないですか」


「一番広い部屋が余ってたから、娼婦だっていないし、余しているくらいなら、じゃあルナリアの部屋でいいかと思って。だいたい、屋敷が大きすぎるんだよ」


 おかげで借金が……。


「タカシだって大きければ大きい方がいいって言ってたではありませんか。あたしのおっぱいを揉みしだきながら、アリアを見下すような目で」


「言ってねえよ」


 少なくともそんな状況で言わねえし、アリアの丁度いいサイズも俺は好きだからな。


「あっ、タカシ=サンいたいた」


 頂上から娼館が並ぶエリアまで戻ると、まるで待ち構えていたかのように娼婦4人に囲まれた。

 1人はこの間の、アリアとセレスティアに乱入された時の女だが、あの時の無礼を怒っている様子はまるでない。


「今度は娼婦と寝る約束ですか」


「してねえよ。お前とセレスティアが強引に入ってきたせいで、約束する暇もなかったんだからな」


「約束するつもりではいたのですね」


 それはそう。


「ねぇ、この前ベッドでした話、ちゃんと聞いてくれてたんだね。男のひとって一回出すとボケっとしてちゃんと話なんて聞いていないでしょ。でもタカシ=サンはやっぱり他の男と違うんだ。惚れ直したよ」


 この前の話ってのは、なんだっけ。


「でも、まささか花街の看板にあのリネルを口説き落とすなんてね。男を出世させる高級娼婦とか呼ばれてさ、いけ好かない女だと思ってたけど、これからはあたしらと同じ、ここで働く娼婦ってことでしょ」


「ちょっと待て、なんでリネルのことを!?」


「あぁ、リネルの使用人やっているって女の子がさ、花街の様子を見に来たんだよ。あの子も可愛いね」


「そうそう、感じのいい子。引っ越しの算段をするとか、部屋の調度品をいまから注文しておくとかさ、高級娼婦ともなるとやることが違うね」


「だって、あたしらにとって伝説だよ。リネルって言ったら」


「そうだね。だからさ、リネル目当てに絶対に金持ちの客が増えるでしょ。どうせ振られるだろうからその男たちを狙って落とせばさ、あたしらだって身請けも狙えるかもしれない。タカシ=サンはそこまで考えてくれたんだよね」


「腕っぷしだけじゃなくって頭も冴えてるんだもんね、タカシ=サン って」


 もっと言ってくれ、もっと。他にも顔がいいとか、テクニックが凄いとか、あるだろそういうの。


「この花街作ってくれて本当にありがとうね、タカシ=サン」


 お世辞でイケメンと言われるよりも、俺の行動に感謝される方がずっと嬉しいな。まだハーレムには程遠いが、花街を作った甲斐がある。


 娼婦たちは言いたいことを言ってしまうと、俺の頬に次々とキスをしてくれて「また見世に上がってよね」と言いながら、嬉しそうにそれぞれの娼館に戻っていった。


「お兄ちゃん、鼻の下伸ばしすぎだよ」


「そうですよ。リネルには断らないといけないのですから」


「花街の看板になる娼婦を呼ぶというのはいいアイデアでしたけれど、別の女性を探せばいいではありませんか」


 そういう考えもあるよな。

 この花街の看板はまだないんだから、リネルじゃなくたっていい。美人は他にもいる。さっきまで俺を囲んでいた娼婦だって美人だ。


 でも本当にそれでいいのか?


 あいつらが期待しているのはリネルだ。

 高級娼婦と呼ばれ、囲うと出世すると噂され、150年も王都で春をひさぎ、もはや伝説の。


 あいつらはにとってリネルは希望じゃないのか?


 俺は国王に見栄を切ったんじゃなかったのか。

 花街の女、全員を幸せにすると。


 俺がすべきことは決まっている。悩むなんてどうかしていた。

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