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「あいつに、まんまと嵌められたみたいだな」
「十中八九、アルフレッドの狙い通りでしょうね」
「あのイケメンが愛妾だと認めなかったことがタカシの頭に残っていたのでしょう。最初に愛妾だと認めるように迫れば話は違ったものになったかもしれません」
イケメンは余計だけど、セレスティアが指摘するように、そこまで計算していたのかもしれない。さすが出世頭だ、顔だけじゃない。
「おかげで、教会として寄進を求める相手がわかりました。さっそくヴェランス公爵と交渉しましょう」
「バカ、待てよ。あの爺さんが囲っていた女を俺たちが取り上げたことになるんだぞ。怒り心頭で寄進なんてするわけないだろ」
「だったらアルフレッドを殴りに行きましょう」
「そうしたいところだが、殴ってどうにかなるもんじゃないだろ」
「気晴らしに丁度いいではありませんか」
「よくねえよ」
よくねえよとは言いながらも、アリアの案内のまま俺たちはアルフレッドが住むという邸宅の前にまで来ていた。
アリアは公爵家の娘で、アルフレッドは公爵から爵位が落ちる伯爵のせいだろう、やけに強気だ。
「私たちをダシに使って出世しようという魂胆ですよ、間違いありません。アルフレッドにガツンと言ってやってください」
「花街は一度舐められたら終わりの渡世。決闘を申し込んでもいいでしょう」
セレスティアは顔色一つ変えずに物騒なことを言ったと思ったら、さらっとドアノッカーを叩いた。
「じゃあ、私とセレスティアはエールハウスで憂さ晴らししながら待っていますので」
「決着は男同士の戦いでつけてください。あたしたちは久しぶりの王都を満喫したいので」
「ちょっと待てよ!」
有史以来、待てと言って待ってくれた者はない。アリアとセレスティアを追いかけてもよかったが、アルフレッドに文句を言いたい気持ちの方がずっと強い。
それに奴の腹の中を知っておきたい。
現れた使用人は怪訝な顔で対応したが、それでも俺を客間へ通してくれた。
リネルの館の倍は大きいだろうか。アリアが言うにはタウンハウスと呼ばれる王都で生活する時の別荘で、領地に構える本宅はこの10倍は大きいだろうと。
庶民には想像もつかない巨大な邸宅だろうが、それでもアリアの実家と比べるとまだまだ小さいらしい。公爵と伯爵が持つ力の差は、俺の想像を遥かに超えている。
「これはこれは花街の領主殿。今日はどういったご要件で?」
イケメン特有の高い自己肯定感に基づく笑顔が鼻につく。
「お前が言ってた高級娼婦に会いにいったんだよ」
「ああ、リネルですね。どうでした、花街に移ると言いましたか?」
「どうでしたじゃねえよ。花街に来るって言ったけど、お前知ってたんだろ!」
「知っていたとは、どういう意味ですか?」
「とぼけるなよ。あいつがヴェランスとかいう公爵の女だと知ってたから、俺を焚き付けたんだろ。何人かいる高級娼婦の中からあいつを選んだのは、それが理由なんだろ」
声を荒げる俺に向かって、イケメンはクサイ演技のとぼけ顔で頭を傾げた。
「私がそれを知っていたかどうかは問題ではありませんよね。王都での売春を禁止する国王陛下の命に協力すると誓ったのはタカシ=サン、あなた自身です。私はその誓いを果たすよう申し上げたまで」
「でも、タカシ=サンから教えていただいて助かりました。ありがとうございます」
「なにがだよ」
「まさかヴェランス公爵閣下が、売春を禁じる王都で娼婦を囲っていたとは。これは大きな問題です」
「ちょっと待てよ。あの女は娼婦じゃなくて愛妾だよ、全然他の男なんて来ないって言ってたからな」
「それでは、なぜリネルは花街に移ると言ったのですか? 娼婦の自覚があるからに違いありません。重婚が可能な以上、愛妾なら私も問題とは考えていません。しかし、花街に移る意思があるということは、愛妾ではなく娼婦だと白状したも同然」
アルフレッドの策に嵌められたと思っていたが、それは間違いだった。こいつの策に俺はまだ嵌められている途中だった。
公爵の爺さんが何を考えているかわからないが、リネルは愛妾ではなく娼婦だと俺たちに話した。
だったら爺さんが王都で禁止されている娼婦を密かに囲っていたと言われても仕方がない。
「これこそヴェランス公爵閣下が王都で禁止された娼婦を囲っていた証拠。違いますか?」
アルフレッドに比べたらあの爺さんの方が権力は強い。長いものには巻かれろじゃないが、一旦ここは爺さんが不利になるようなことは避けるべきだ。
「全然違う」
「は? 違う? そんなわけがあるかっ!」
「リネルは俺に面倒を見て欲しいと言ったんだ。あの爺さんの妾はやめて。だから花街に移るんだよ」
「な、なにを言っているんですか」
俺が策謀に嵌っていると考え、俺の反撃を予想していなかったのだろう。瞬きが増えしきりに眼球が動き、アルフレッドは明らかに狼狽している。
アルフレッドの計画したルートから一歩外れた。
このゲーム俺はまだ負けているが、ゲーム展開は逆転した。ここまで一方的に攻められていたが、ここからは俺が攻めるターンだ。
「リ、リネルがあなたに面倒を見て欲しいなどと言うはずが……」
逆転のきっかけは俺のでまかせ。でまかせは予想しづらいからこそ混乱する。
エリートは事前の予想から外れると途端にアドリブが効かなくなり崩壊する。
「もとからヴェランス公爵のことは見切りをつけて、捨てるつもりだったんだろ。爺さんじゃ物足りなくて、若い男なら誰でもいいから。そこに俺が来た。リネルにとっては都合がいい」
「な、なるほど。確かにそうかもしれません。花街の領主殿にはいいことを教えてもらいました」
どうしてなのか、さっきまでのアルフレットの戸惑いが消えていったのがはっきりと感じられた。
ゲームの流れはまだ奪われていない、まるでそう主張するかのようだ。
「囲っていたリネルを奪われたヴェランス公爵は、どう動くのでしょうか。楽しみが一つ増えました」
イケメン特有の流し目で、蔑むように俺を見ていた。
♡
「というわけだ。あいつは公爵の失脚を狙うだけじゃなく、あの様子だと他にもまだ企みがあるはずだ。あと、公爵の爺さんに復讐される可能性が……」
俺がエールハウスの『熊猫亭』に入った時、既にアリアもセレスティアもだいぶ酔っていて、俺の話など聞いているのか怪しいが、アルフレッド邸のことを一通り伝えた。
計り知れないアルフレッドへの警戒で喉が乾いていたのか、あっという間にエールを空にして追加を注文した。
日没にはもう少し時間があるが、店内はいくつもの小さな宴で賑やかだ。
「その企みぃ、あらし知ってますぅ」
短時間でこんなに呂律回らなくなることあるのかよ。俺が合流するまで、1時間もなかっただろ。
「あの売女ぁとぉ、売女をぉ、囲うとぉ、出世するんだってぇ」
あの売女を、リネルを囲うと出世する?
「ここでぇ聞いちゃったんですぅ、あの女狐のぉ噂を。みいぃんな知ってててぇ。公爵はぁ、だから出世したんだってぇ」
アルフレッドの狙いがその噂を信じてリネルを囲うことだとすれば、リネルを一旦花街に移してから身請けするつもりかもしれない。
それならリネルを独占できる。囲うことができる。
アルフレッドの目的はヴェランス公爵の失脚だけでなく、リネルを囲うこと。恐らくリネルが本命。
そうだとすれば、辻褄があう。恐ろしいほどにピッタリとフィットする。
だからこそアルフレッドは一瞬だけ狼狽した。俺がリネルを囲うかもしれないと考えたんだろう。
もしかするとその先、俺がリネルを囲って王国を乗っ取ることさえ心配したのかもしれない。
魔王を打倒した俺にはその器があるから心配するのは当然。俺なら無限に出世するとおののいたのだろう。
やはり全ての辻褄があう。
「お待たせしました、エール3つでぇぇぇぇ!」
若い娘の店員は叫びながら体を投げ出しジョッキを3つ、俺の頭にぶちまけた。
「んぁあぁ、嬢ちゃん悪いなぁ」
やけに巨体の酔っ払いが足を絡ませ店員にぶつかり、その拍子で俺はエールを浴びたらしい。
「あれぇ、タカシびしょびしょれすぅ。もしかしてぇ、ヴェランス公爵に報復されましたかぁ?」
「やるならアルフレッドれすよぉ」
まさか娼婦1人の扱いで報復や警告されるなんて。いや、そんなはずは。いくらなんでも早すぎるだろ。
だいたいここはエールハウスだ。酔っ払いなんて珍しくない。現に俺の目の前でアリアもセレスティアもグダグダに酔っ払っている。
「お待たせしました、熊猫亭名物熱々おでんでぇぇぇぇぇ!」
お約束のように再び店員は体勢を崩し、おでんの入った土鍋が俺の頭に向かってきた。
俺は咄嗟に木製の鍋敷きを手にし土鍋を下から支えると、もう一方の手で店員を抱き寄せるように転倒を防いだ。
「あ、ありがとうございます。おでんを熱々のままお届けしたくて急いでいたら」
間違いなくおかしい。一度なら偶然でも二度続けば必然。
計算から外れたことを許さないエリートだからこそ、予想外の俺に干渉した可能性は高い。
だとすれば、リネルを囲うな俺に手を引け、というアルフレッドからのメッセージと受け止めるべきだろう。
「ほぅらぁ、あたしがおでん、たべぇさせてぇあげますからねぇ、太くて長ぁいちくわぁですぅ」
「熱っ、熱っ、熱っ、やめろセレスティア、ちくわを押し付けるな! 俺に咥えさせようとするな!」
「熊猫亭はぁ、大根が美味しいぃんでぇすよぉ」
「熱っ、熱っ、熱っ、やめろアリア、無理やり大根を口にねじ込もうとするな! 熱っ」
くそぅアルフレッドめ。それとも公爵の爺さんか!
俺はこの程度の脅しに屈しないぞ。
「熱っ」
リネルは俺のものにしてやるからな。
「熱っ」