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――領土拝領から10ヶ月後


 完成したばかりの娼館の一室には真新しい木の匂いが漂っている。建物や建具だけでなく、寝具も全てが新しい。


 娼婦の仕事道具、ベッドと布団は向こうの世界のものと比べるとかなり劣るけれど、こちらの世界の庶民には手を出せないグレードを用意した。

 娼館は夢を見る場所だから。客にはいい夢を見て欲しい。


 一回戦が終わり、俺の隣でニンマリと満足げな顔つきは、娼婦というよりも一人の女と表現すべきだろう。


 異世界のこの国の宗教は女の喜びを尊ぶが、仕事ではなく女として抱かれた、そんな笑みを見せている。


「すっごくよかった、タカシ=サン♡」


 実感はないが、やっぱり俺は上手くなってきているらしい。


 花街の建設が始まってから、ベッドを共にするのはセレスティアとアリアの2人だけではなくなった。

 もちろんサキュバスのルナリアには(まだ)手を出していない。


 ベッドを共にするのは花街の娼婦とだ。


 花街には新しい館が次々と建ち、完成したのは6棟。さらに5棟が建設途中だ。完成した娼館には王都から娼婦が移ってきて商売を初めている。


 娼婦の様子を伺うために、こうして娼婦とベッドに入り、新生活の様子を聞くことにしている。立ち話ではなく、肌を重ねることで本音が聞き出せるからな。


 客の入りや客の質、花街として改善して欲しいことはないか、それに俺をどう思っているのか。


「タカシ=サン、すっごくよかった。こんなの初めてだもん。ベッドも布団も綺麗だし。この花街ができて、本当によかったよ」


 そっちかよ。

 もちろん、この花街の環境を喜んでくれるのは嬉しいんだけどね。


「タカシ=サンが花街を作ってくれたから、あたしたちも安心して仕事ができるでしょ」


 国王の公認を得るために口をついて出た大言壮語の手前、娼婦の生活が以前よりよいものになることは当たり前だ。

 当たり前だが、それでもこうして面と向かって言われれば素直に嬉しい。それがベッドの中なら余計に嬉しくなる。


「王都の娼館だとね乱暴な客は珍しくなかったけど、ここじゃ暴れる男なんていないもん。見世の外で襲われることもないしね」


 この花街はまるで島のように海に囲まれているから、出入りするには一本道を通らなければいけない。この立地を活かし、花街に入る際は身分を問わず刃物などの武器を預かることになっている。

 暴れたとしても刃物がてくる心配は無用。


 加えて花街は警備の男が常に巡回し、なにかあればすぐに捕まえる。


「魔王を倒したタカシ=サンに腕っぷしで勝てるわけないしね」


 加えて、魔王を倒したという威光も大きい。


 俺一人で倒したわけじゃない、仲間がいた。それに作戦、もちろん運もあった。もう一度やれるかといったら怪しいのだけど、だからといって、その辺のチンピラに喧嘩で負けるわけがない。


「ここなら安心して一杯働けるから。だからね、思ったんだよね。もっともっと客が増えたらいいのにって」


「この花街はまだ建設途中だから、全部完成すれば客も増えるよ。そしたら、もっと働ける。客が余れば女を取り合い、今よりも余計に男たちから金を貰える」


「でもね、客が増えても娼館も娼婦も増えたら同じでしょ」


 寝物語で正論をかましてもらっては困る。娼婦以上に客が欲しいのは俺たちも同じ考えだ。


 娼婦の稼ぎの1割は俺たちのものになる。場所代、みかじめ料みたいなものだ。ただそれは決して中抜きじゃない。正当な対価だ。


 無職の冒険者を雇い開墾し、娼館を建設、それにこの布団も、相応の先行投資をしている。回収しなきゃならない。


 なにせ借金は年利30%。あと2ヶ月もすると返済が始まる。花街建設に時間がかかった1年目は利子の分を返すだけで精一杯だろう。


 借金返済を考えると、娼婦だけでなく俺たちにも、もっと客が必要だ。それは俺だってよくわかっている。


 ただ、客を増やす策がなかった。


「だからね、目玉になる有名な娼婦が花街にいたらいいと思うの。そしたら物見遊山の見物客が来て、有名な娼婦に手が出せなくてもあたしみたいな安い女を買っていくでしょ、おこぼれをもらって娼婦たちの生活もさらに楽になるの。もしかしたら身請けしてくれるいい男も現れるかもでしょ?」


 娼婦はねだるような甘い声で夢を語った。

 身請け、つまり借金を肩代わりして一括返済する男の存在は娼婦なら誰しも夢にする。


 中には既に借金の返済を終えた娼婦もいるが、花街を出たとして帰る家がない。家族もいない。

 そんな女でも、身請けされれば家と家族が生まれる。夢を見るのは当然だ。


 魔王との戦いで疲弊したこの王国で、女が職を得るのはまだまだ難しい。いま求められているのは肉体労働、つまり男ばかりだ。

 産業が活発になり景気が上向き、女手も必要とされるのはもう少し時間が必要だろう。


 そうなれば娼婦になる不幸な女は少なくなる。

 俺もそれまでに借金を完済しないとな。その後はもちろんハーレムだ。


「タカシ=サンの娼館も作ってるんでしょ? 完成したら、そういう娼婦を置いてよ、うんと美人でうんと高い娼婦よ。庶民には、たった一晩でも手が届かないような絶世の美人でさ」


 目玉になる娼婦か、悪くない。むしろナイスアイデア。看板になるような娼婦がいて、しかも庶民にはとても手が届かない。

 花街に咲く一輪の薔薇。


 それって、俺のハーレム要員にぴったりではないのか?


 建設中の俺たちの娼館は花街で一番大きなものになるが、娼婦はまだ一人もいない。スカウトするか。

 それまでは、とりあえずヒロインズのあいつらを娼館に立たせてもいいな。

 ダメだろうな。


「そろそろ時間だけど、延長してくれるよね? どのくらい延長してくれるの?1時間? 3時間?」


「久しぶりに一緒になれたんだ、そんな短いわけないだろ。今日は朝まで一緒だからな」


「やった♡ タカシ=サン大好き♡」


 営業だとわかっていても、裸で抱きしめられれば俺だって鼻の下を伸ばしてしまう。

 大きく柔らかな胸の感触を確かめ、もう一度キスから始めようとした時だった。


「キャッ!」


 不躾に勢いよく、音を立ててドアが開いた。


「一晩中やりたいのなら、あたしのコッ!コッ !使ってもいいのですからね」


 セレスティア、お前は聖職者なんだからそれやめろよ。


「だいたい、今日の朝まで私を抱いていたのに、なんでタカシはそんなに絶倫なんですか?」


 アリアまで、またそれか。


「出た出た、マウントが出ました。でも、あたしの方が一晩でドピュドピュ♡させた回数多いですから」


 この世界の倫理観には未だになれない。一夫多妻はありだし、神の教えは女の喜びだし。聖職者は平気で下ネタを口にする。


 表向きには女を救うための花街だと言いながら、コソコソとハーレムを作ろうとしている俺の倫理観は可愛らしいものだ。


「いやいやいや、なんなんだよお前ら。なにしに来たんだよ。勝手にベッドルームに入るのはマナー違反だぞ」


「そうだ出てけよ! 娼婦でもないただのアバズレのくせに」


 客には聞かせたことがないであろう怒声だ。ここは娼婦の仕事場だ。娼婦にも娼婦なりのプライドってものがある。


「アバズレのどこが悪いというのですか!」


「私はアバズレじゃありません! 私はタカシからお金なんて取らない、タダマンですよ」


 では、こいつらには一体どんなプライドがあるというのだろうか。


「そういうのはいいから。こんなところに乗り込んできて、なんの用なんだよ。俺は忙しいんだ」


「あぁ、すっかり忘れていました。タカシを探しに来たのです。急ぎの用だとかで、連れてきて欲しいと言われましたので」


「急ぎの用だとか?」


「たしか、アルフレッドが探したんですよね?」


「いやいや俺に聞くなよ。だいたいアルフレッドってのは誰だよ」


 花街にいる娼婦の名前を一人でも覚えたいから、男の名前を覚える余裕なんてない。覚えるどころか、男の名前なんて耳にしたくもない。


「アルフレッドは伯爵家の生まれで、若手では出世頭の筆頭と言われる男ですよ」


「顔がいいから女の子が騒いじゃって、大変なんです。早く行ってください」


「ちょっと待て、イケメンで出世頭!?」


 貴族の男が花街に娼婦を買いに来たってことはないよな。身請けならあるか?

 身請けするくらいなら、こっちに移る前にしているよな。だとすれば娼婦ではなく、別の女に。

 でも花街にいる娼婦じゃない女って、この2人?


「あれ? その顔、もしかして、私を奪いに来たとか思っちゃったのですか?」


「悪いかよ」


 建国の四貴族である公爵家の娘であるアリアの結婚相手として相応しいのは本来は貴族だろう。しかも出世頭なら、そのアルフレッドってのがアリアを娶ろうと考えてもおかしくない。


「本気でそんなこと思ったんですか!?」


「私の身体はタカシ一人だけのものです。タカシのタダマンですよ」


 もういいよ、その下品な言い方は。


「じゃあ、なんなんだよ。そのアルフレッドって男の用事ってのは」


「そうでした。とりあえずタカシを呼んでこいというので、探していたんでした」


 やれやれ、用件も知らずにベッドルームに押し入ったのかよ。


「ほら、早くしてください。服なんていいです、いつも見ているのですから。女だって、あたしがいます」


 嬢は冷たい声で「朝までの延長分いれておくんで」と無情にも俺を送り出した。


「花街の領主殿は普段から服は着られないのかな?」


 アルフレッドという名前はさっぱり記憶になかったが、その顔を見てすぐに誰なのかがわかった。


 国王に謁見した時、俺たちが国王に売春の公認を求めた時に繰り返し反対した2人の貴族の若い方だ。

 なるほど。国王の前でやけに意見すると思ったが、出世頭だったのかよ。


「俺には服を着てる暇なんてないんだよ。女の子たちがすぐに脱がすからな。で、どんな女の子が好みなんだよ。年上、年下、背の高いのも低いのもいるし、なんだったらこの2人でもいいぞ」


「確か、ホ別1.5の30倍でしたね」


 貴族の男にっこりと優雅に微笑んだ。


「キモ! この男、私が冗談で言ったこと真に受けて、しかも覚えてるって気持ち悪ぅ」


「もちろん冗談ですよ。領主殿のタダマンには興味がありませんから」


 なんなんだよ、貴族だからってタダマンとか。失礼だろ。


「じゃあ、一体なんの用だっていうんだよ。用がないなら女買ってさっさと帰れよ」


「タカシ=サン、国王陛下とのお約束は覚えていますよね」


「そりゃ覚えてるさ。国王が欲しくなるような、とびっきりの女をこの花街に呼ぶってことだろ」


 いけ好かないこの貴族に言われるまで、すっかり忘れていた。さっきの嬢が話してた看板娘のくだりで思い出せないくらいには忘れていた。

 でも3年の猶予があったよな、確か。


「まあ、それもありますが。もっと大切なことですよ」


 もっと大切なこと?

 俺の表情に呆れたのか、コホンと咳払いをしてから貴族が教えてくれた。


「王都の売春を取り締まることです。忘れたわけではありませんよね?」


「待ってくれ、王都の売春宿は完全に移転してないけど、あっちではやってないんだろ。多少の街娼がいるかもしれないけど、おおっぴらにはやってないって聞いてるぞ」


「それが大っぴらに売春をしている者がいるのですよ」


「誰だよ、そいつは」


 王都での売春を禁ずる法は発令されたし、俺が売春を取り締まることも発布されている。それでも売春をしようっていうのは俺に喧嘩を売るのも同然。

 魔王を打ち倒した勇者だと知ってビビらない輩がまだ王都にいたのか。


「高級娼婦ですよ」


「高級娼婦?」


「ええ、彼女たちはパトロンからの援助で自身の館を持ち、そこに男が通う形で売春を続けています。彼女たちは未だ手つかずで、こちらの花街に館を作る計画もないようですが、どうするお考えですか?」


「どうするって、家まで持っていて男が通うなら、それはもう身請けされた愛妾だろ。そこまで俺が目を光らせなきゃいけないのかよ」


「愛妾なら構いませんが、何人もの男から金を得て寝るのですから売春には違いありません」


 売春みたいな曖昧なものに正論をかますなよな。


「それに、国王陛下との約束を違えるようなことがあれば、この花街での売春公認は取り消す件。忘れたとは言わせませんよ」


「ああ、お前の名前は忘れても、それだけは覚えてるよ」


 売春公認の花街を作ることで王都の治安をよくする、王都での売春禁止の取り締まりを俺がやること。3年の期限内に成果を出さなければ、この花街は取り潰し。

 俺のハーレム計画は潰える。


 つまり、対応しないわけにはいかない。ただ、悪い話ではないよな。


「俺の娼館が建設中だ。この花街で一番立派なものになる。高級娼婦を続けたいっていうなら、そこに入ってもらう。高級娼婦だろうが文句は言わないだろう。それが嫌なら高級娼婦から足を洗って1人だけの愛妾にしてもらうかだ」


「なるほど。対応いただけるのですね」


 高級娼婦って呼ばれるくらいだ、特別な女だろう。客を呼ぶ看板娘にはお誂え向きじゃないか。

 ちょうどいいタイミング。棚からぼた餅とはこのことだ。


「まずは王都で最も有名な高級娼婦、リネルはどうでしょう。最上級のリネルが納得すれば、他の娼婦たちも花街へ移動すると思いますよ」


 下から攻めるよりも、頭を取った方が手っ取り早いのは確かにそうだ。最上級なら男を呼ぶには十分過ぎる看板だ。


「リネルは愛妾にはならないでしょうから」


「なんでそんなことわかるんだよ」


「リネルは娼婦という仕事を愛している、王都の一部では昔からそんな噂が流れているんですよ」


 噂されるほど有名な娼婦か。


 アルフレッドは花街に反対してたからな。無理難題を押し付けてここを潰そうって魂胆かもしれないが、国王との約束には違いない。

 無理難題と知っていても、花街を続けるには避けられないってことだ。


 俺たちはアルフレッドが教えられた、高級娼婦リネルの館を尋ねることにした。

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