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帰還した3人の英雄を囲んで祝宴を設けたいと言われたが、丁重にお断りをして俺たちは街の酒場へ繰り出した。
混み合った店内では誰が何を話しているかなんてわからないはずだが、酒場の話題は魔王討伐のニュースでもちきりなのは明らかだ。
俺たちがその偉業をなした勇者だとは気がついていないが、魔物に怯えない生活を、これからの夢を語り合い、浴びるように酒を飲む町人たちは誰もが喜びで頬を緩ませている。
その笑顔は国王からの労いの言葉よりずっと嬉しかった。
「「「乾杯!」」」
樽を模したような木製のジョッキに注がれたエールは向こうの世界とは違い温いが、かえってホップの風味の爽やかで濃い味がはっきりとわかり悪くない。
「なんだったんだよ、アレは」
ジョッキにはまだまだエールが残る、酔いも回らぬうちから俺は愚痴を口にしていた。いや、誰だって言いたくなるだろ。
「アレとは?」
聖職者のくせに頭の中はピンク色で、酒も嗜むセレスティアはとぼけた声で言う。
「決まってるだろお前たちのアレだよ。ほら、下ネタだよ」
「下ネタ、ですか。そんなこと言いましたか?」
アリアとセレスティアの二人が同時に真顔で俺を見た。いやいやいや、なんで真顔なんだよ。
「下ネタとは具体的にどのような」
まるで口裏を合わせたかのようにアリアがとぼけやがる。
「言っただろ。言ったってより叫んでたじゃねぇか。突然『コ・コ!』 って叫びだしただろ。パンパン股間叩きながら。なんで突然下ネタに走ったんだよ。セレスティアは聖職者なんだろ、一応」
魔王討伐の旅では何度となくヒーラーとしてパーティーを援護したセレスティアのことを聖職者じゃないと疑ったことはなかった。今日までは。
とぼけるような顔でビールを口にするセレスティアを見れば疑いたくもなる。
「あとアリア、お前は『国王も好きなんですよね?』 とか言ったよな。なんであんなこと言ったんだ。俺が強引に言いくるめたからよかったものを、本当なら破談で、さらに出入り禁止だぞ」
重臣の爺さんが言ってたように、王の御前で無礼にも程がある。あまりにも直接的すぎだろ。
アリアは貴族なんだから、雅な言い回しとかするんだろ、知らんけど。
いや、国王からしてパパ活するつもりだったからな。
「ドピュドピュ♡のことですか?」
なんで言うんだよ、直接的過ぎるから俺が言わなかったキーワードを。女のお前が言うなよ、その擬音を。
「なんでって、タカシの説得が上手く行きそうになっかったからに決まってるじゃないですか。それともタカシは私とのドピュドピュ♡好きじゃないんですか?」
「……それは、まあ、好きだけど」
真正面から下ネタを言われるとこっちが恥ずかしくなるわ。
「好きだけど、国王に向かって下ネタを言う意味がわからないんだよ! わざわざ言わなくてもいいだろ。国王をこれから作る花街の客にしようってわけじゃないんだ」
恥ずかしさを誤魔化したくて、思わず声を荒げていた。対照的にセレスティアの声は静かで諭すような、まるで宗教者のようだった。
「あれは決して下ネタではありません。ただ神の教えを説いただけのことです」
「神の教え!? あれが神の教えだっていうのか」
この異世界、どんな神様を信仰してるんだよ。どう考えても下ネタだろ。その信仰、もう聖典じゃなくて性典じゃねえかって、うるせえよ。
「そうでしたね。タカシにはこの世界の真理、アイサの教えをまだ説いていませんでしたね」
アイサってのは確かこの国の宗教、セレスティアが信仰する救世主の名前だったよな。
向こうの世界にだって宗教はあるし、俺は信仰とか特にないけど、ぼんやりとは知っている。少なくとも、下ネタを教義だと言い張る宗教が存在しないことくらいは。
「端的に言えば、アイサは女の喜びを私たちに教えてくれるのですよ」
「は!?」
アリアの声音には一切の恥じらいはなかったし、聖職者のセレスティアも否定しようとしない。
「女の喜びを知ったアイサは、それが神が与えたものだと理解し、私たちにわかりやすく説いてくださるのです」
この異世界では女の喜びを信仰してるっていうのか?
でも考えてみたら、セレスティアは聖職者なのに花街を作ることも反対しなかったんだよな。アリアは名の通った貴族らしいが、やっぱり反対しなかった。
じゃあ、本当にこの異世界は女の喜びを信仰しているってことなのか。
最高だな。
「じゃあ、男はどうなんだ。女を喜ばせれるのが教えなのか?」
でも、女の喜びは神が与えたものって考えなら……。
「間違いではありません。ただ、少し異なります。まずタカシは神がアイサに与えた奇跡を知ることから始めるのがいいでしょう」
「神が与えた奇跡?」
「そうです。アイサは元々男だったのです。神のことなど一顧だにしない、荒れた男でした」
元は男!?
「おかしくないか。さっき、アイサは女の喜びを知ったって」
元男が女の喜びを説くって、それってもしかして……。
宗教についてはセレスティアを認めているのだろう、アリアは静かな声で「最後まで聞いてください」と俺を諌めた。
「ある晩、アイサは己の性欲に負けて、女の顔に無理やりドピュドピュ♡してしまったのです。これが神の怒りに触れ、一夜にして男性から女性になってしまったのです。女性になったアイサは、これまでとは逆の立場となり、多くのことを知ることになります」
やっぱりTSじゃねえか!
ある日突然TSして戸惑いながらも男友達の欲望を受け入れていく……、ってやつだろ。俺は知ってるぞ。
「男たちとのドピュドピュ♡を通じアイサは多くのことを知ります。顔にドピュドピュ♡されると目に入り痛いこと。時にはあの声を出して演技が必要なこと。女が得る深い喜びは男にはなく神が与えたとしか考えられないこと」
「ドピュドピュ♡を何度も繰り返したアイサは女性になった意味を悟るのです。女性となったことで神が言わんとすることを理解し、私たちに神の言葉をやさしく教えてくれます。始めから女ではなかったからこそ、神のご意思を正しく知ることができたのです」
やっぱりそうじゃねえか。この異世界、TSを信仰するとかエッチだ。
「つまり、ドピュドピュ♡が好きと言えることは、信仰の現れなんですよ」
貴族のくせに恥ずかしげもなく、むしろ胸を張り堂々とアリアは言った。♡が好きと言えること、それは貴族の誇りなのかもしれない。
まったく素晴らしい宗教じゃないか。
「俺にもっと詳しく教えてくれ、アイサの教えを」
異世界転移ガチャでアタリを引いたんじゃないか俺は。
この異世界でハーレムを作るべく転移したんだよ、俺は。間違いない。興奮でまだ半分は残るビールを一気に飲み干した。
「ほら、知っておいた方がいいだろ、これからなにをするにも。教会での儀式とかあるんだろ」
アイサが考えた素晴らしい儀式があるんだろ。神が与えた喜びを男女でわかちあうようなやつが。
「よい心がけです、タカシ。よく聞いてくれました」
俺は本職のセレスティアが説明してくれると思ったのに、なぜかアリアが意気揚々と答えた。
「セレスティアは取るに足らない亜流で、王都にはろくに教会もありません。宗教行事なんてないようなものです。気にすることはありませんよ。タカシが帰依すべきは至高派ですからね」
アリアが勧める至高派に思うところがあるのだろう、セレスティアはぐいとビールをあおると目を見開いた。
「大切なことは教会があるかどうかではありません! 信仰する気持ちです。神が与えた喜びを大切にすることです。タカシには私が実践派の教えを説きます」
2人が声を張り上げ言い合いをするくらいだ。根が深そうで面倒だが、今後のハーレム運営、いや花街運営を考えると知らないわけにもいかないだろう。
「じゃあ、宗派によって違いが大きいってことか?」
今のところ実践という言葉に惹かれてしまってるけどな。
「端的な違いはセレスティアの実践派の方がベッドの上が好きってところでしょう」
素晴らしい宗派じゃないか!
「じゃあ、教会じゃなくベッドがあればいいってことか?」
酔いと興奮に飲まれて一体俺は何を言っているんだ。流石にこれは侮辱されたと思われても仕方がない勇み足だ。
「いや、王都にはセレスティアが信仰する方の教会がないってアリアが言ってたから」
あまりに恥ずかしくて、自然と苦し紛れの言い訳をしていた。
「その通りです」
そうなのかよ!ベッドがあればいいって、本当にどんな宗教なんだよ。
「タカシはアイサの教えの本質に近づいています。ベッド一つあれば神に祈り感謝することができます。ベッドがなければ藁でも構いません。背中が痛くてもよければ青姦でも」
バカだろ。
アイサって奴はこの異世界で何を教えようとしているんだよ。
「でも私は教会を作ります! せっかく土地は下賜いただいたのですから、花街で稼いで教会を作り、信仰を広めたいのです!」
セレスティアはまっすぐな目で俺を見つめるが、どうしても目を逸らしてしまう。
あまりにも宗教観が違いすぎる。それって教会が売春を公認しているってことだよな。
いや、だからなのか。
「でも家臣が言ってたよな、花街公認は教会が反発するって」
「至高派こそ本来のアイサ教ですからね。ベッドがなければどこでもいいなんていう、この色欲魔とは違うのですよ」
アイサ教実践派のセレスティアだけじゃなく、至高派のアリアとも魔王討伐の帰りに散々外でドピュドピュ♡したけど……。
魔王軍に荒らされたせいで放棄された村ばかりで、宿なんてないから野宿が基本。岩場にできた洞窟は雨風がしのげて助かったが、アリアの可愛い声がよく響いて……。
いや、いまはそうじゃない。
「あの場に至高派の重鎮がいれば反対していたでしょう。神が与えた喜びをみだらに求めるものではないと」
「じゃあ、国王はなんて花街に公認を」
こういうのって、たいていは教会が権力持ってて国王にも口出しする世界だからな。教会の権力については知っておかなきゃならん。
俺のハーレム、花街を潰しにくるかもしれないんだからな。
「国王の信仰心の強さ故でしょう。国王は至高派と公言されていますが、実践派の教えも大変深く理解されています」
公然とパパ活交渉するくらいだしな。
「あとは、タカシが大見得が効いたのでしょう。カッコよかったですよ」
お世辞ではないことは俺を見つめるアリアの目を見ればわかる。
「タカシが話したように、本当に女性が生きやすくなるのなら確かめてみよう、きっとそう考えられたのでしょう」
そういうことか。
これから作る花街は、俺のハーレムのためだけってわけにはいかないな。それなりに、ちゃんとやらないとな。
「それだけじゃないと思いますよ。女性のことだけでなく、国王陛下のお考えと一致したんですよ」
「国王の考えそうなことと一致してたっていうのか?」
「もう忘れたのですか? タカシが言ったではありませんか。いい女を花街に連れてくると。つまり、国王は私よりいい女が存在するかどうかに興味があるのでしょうね」
そっちかよ!
鼻で笑いながら言うとか、アリアはどんだけ自信あるんだよ。普通に考えて存在はするだろ。
「アリア、それは違います。アリアよりもイイ女は確かに存在します」
「はぁ、どこにいるんですかぁ?」
セレスティアが言わんとすることは、既に口調に現れているアリアだけでなく俺も容易に予想できる。
「ここにいます。あたしです。タカシ、どうですか? 王が望んでいるのはアリアよりもイイ女。つまり、あたしです」
やっぱりな。
「タカシは私よりもイイ女が存在すると思っているのですか!?」
「そんなことより、どうする?」
「どうするって何がですか。誤魔化さないでくださいよ。せめてセレスティアと私のどっちがイイ女かはっきりしてください」
「イイ女というものは、無理やり言わせるものではありません」
「そう、絶対にそう。だから俺は言えないんだよ。だいたい、イイ女って人によって違うだろ。国王が思うイイ女は顔とかじゃなくて、落ち着いていて思慮深くてとか、そういうのあるだろ。髪の色とか、おっぱいが大きいとか、いや小さい方が好きだとか。だからイイ女って誰か一人ってわけじゃなくてな。わかるだろ? それに言葉にはできないイイ女感ってのもあるし」
俺は二人が酔いつぶれるまで、ほぼ朝まで、誤魔化し続けた。