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18年愛  作者: 俊凛美流人
第1章:記憶の狭間編
7/20

第7話:2010年 ミライのメジャーデビューへ


◆未完成の旋律◆


 2010年、東京。

レコーディングスタジオ。

ミライはヘッドフォンをつけ、マイクの前に立っていた。

ガラス越しにはシュン。


「ミライ、もう一度サビから」


音楽が流れ、彼女は歌い出す──。しかし、シュンは手を挙げて演奏を止めた。


「……違う」

「何が?」

「お前の歌から、何かが抜け落ちてる」

「……そんなこと言われても」


シュンは腕を組み、じっと彼女を見つめた。


「お前の歌──まるで望月来人(モチヅキライト)みたいだ」


ミライの胸がざわつく。


「……どういう意味?」

「完璧で美しい。ただ、自由に放ちたいのに、どこか感情が押し込められているようにも感じた」


その言葉を聞いた瞬間、ミライの口から思わず言葉がこぼれる。


「……お父さんみたい」


シュンの目が大きく見開かれた。


「……お父さん?」


ミライははっとして、口を手で押さえた。


「今……なんて?」


シュンの声が震えていた。


「まさかお前……望月来人の娘なのか?」


◆ミライがシュンに惹かれた理由◆

 

 ミライはシュンを見つめた。

彼の音楽にどこか懐かしさを感じた理由が、今はっきりと分かった。


(……そうか。私、最初からこの人の音楽に、お父さんの影を見てたんだ)


思い返せば、シュンのプロデュースした音楽には、どこか父のスタイルに通じるものがあった。


(でも、それを認めたくなくて……ずっと考えないようにしてた)


シュンは信じられないというように、ゆっくりと椅子に座る。


「……ずっと、気になってたの」

「何が?」

「あなたの音楽。どこかお父さんに似てるって、最初に聴いた時から思ってた」


シュンは眉をひそめた。


「俺の音楽が……望月来人に?」


ミライは小さく頷く。


「音の作り方、旋律の流れ、完璧を求める感じ……まるでお父さんみたいだった。でも、何かが違ったの。あなたの音楽には、迷いがある」

「迷い……?」

「うん。お父さんの音楽は、絶対的な正解を持ってた。でも、あなたの音楽は、まるで“正解を探してる”みたいだった」

「だから私は、あなたの音楽に惹かれたのかもしれない。お父さんに似ているのに、違う。正解を探して、迷いながらも音を作ろうとしてる──それが、すごく人間らしくて、心を動かされたの」


シュンはゆっくりと息を吐いた。


「……お前のお父さんが、望月来人だったなんて、知らなかった」

「私も、言うつもりなかった。ずっと、お父さんの名前の影に隠れて生きてきたから……」

「俺は……ずっとあの人の音楽に憧れてた」

「……そうなんだ」

「ガキの頃、初めて望月来人の曲を聴いた時、衝撃を受けた。俺の中で、完璧な音楽っていうのはあの人のスタイルだった」


ミライはそっと目を伏せた。


「私も、お父さんの音楽はすごいと思ってた」

「……だけど、それが呪いになることもある」

「呪い?」

「そう、呪い。お前の歌、たしかにすごいよ。でも、まだ“自由”が足りない」


シュンはじっと彼女を見つめた。


「お前の音楽は、お前自身のものか?」


ミライは言葉を失った。


◆父の書斎——知らなかった想い◆


 シュンとの会話の後、ミライは父の書斎へ足を踏み入れた。

目の前には、長年立ち入りを禁じられていた書斎の扉がある。

深呼吸をして、意を決し、ドアノブに手をかける。

部屋の中は静かで、空気が重かった。

ミライの胸が締めつけられる。

机の上には、父の日記があった。


『ミライが生まれた。こんなに嬉しいことはない。』

『初めてピアノを弾いた。下手くそだったけど、最高に楽しそうだった。』

『いつの間にか、音楽を厳しく教えることが増えてしまった。でも、本当はただ、ミライに音楽を楽しんでほしいだけなのに——。』


ミライは震える手で、カバンから封筒を取り出した。

怖くて開けられなかった父の手紙——。

ゆっくりと、封を切る。

封を切る手が震える。


『ミライへ』


最初の一行を見た瞬間、涙が込み上げた。


『今まで厳しく音楽を教えたのは、自由に音楽をやるためには、本当の音楽を知ることが大事だからだった。だから、必要以上に厳しく当たってしまった。申し訳ない。』


ミライは手を口元に当てた。


『でも、本当はずっとお前の音楽が好きだった。お前の歌が好きだった。だから、もう自分の音楽を自由にやりなさい。』


「……何で、生きてるうちに言ってくれなかったの……」


膝から崩れ落ち、ミライは泣きじゃくった。


(……ずっと、許せなかった。)

(お父さんは、私に完璧を求めた。私の音楽を、私の歌を、全部、お父さんの理想に押し込めた。)

(だから、私はお父さんの音楽を憎んだ。お父さんのことを、憎んだ。)


涙が一筋、頬を伝う。


(……でも、本当は。)

(お父さんも、迷ってたんだ。)

(私に音楽を教えることで、お父さん自身も“正解”を探してたんだ。)


机の上には、埃をかぶった写真立てが置かれている。

写真立てを手に取る。

そこには、小さなミライを抱いて笑う父の姿があった。


「……こんな顔、してたんだね。」

「お父さんも、ただ私に音楽を楽しんでほしかったのかな。」


ミライは優しく語り掛けた。


(お父さん、私は——自由に歌うよ。)

(お父さんの音楽を受け継ぐんじゃなくて、私の音楽を作る。)


「だから……ありがとう。」


涙を拭い、ミライは静かに笑った。


◆シュンのトラウマの解放◆


 翌日。

スタジオのピアノの前に座るシュンの元へ、ミライが来た。


「ねえ、シュン。」

「ん?」

「あなたの音楽も、どこか抑えてる気がするの。」


シュンの指が止まる。


「……。」

「あなたはいつも、“正解”を探してる。でも、音楽に正解なんてないんじゃない?」

シュンは、少し驚いたようにミライを見る。

「……そんなこと、考えたことなかった。」

「お父さんも、ずっと正解を求めてた。でも、最後の手紙には“自由な音楽をやりなさい”って書いてあった。」

「……。」


ミライは微笑む。


「だから、シュンも自由になっていいんじゃない?」


シュンは目を伏せた。


「……俺は、音楽が怖かった。」

「怖い?」

「子供の頃から、ずっと完璧を求められた。音楽は数学みたいに、“正しい答え”があるものだって思い込んでた。」

「親父は官僚で、“音楽なんて娯楽にすぎない”って思ってる人間だった。でも、クラシックだけは“芸術”として認めてた。」

「それで、ピアノは許されたの?」

「ああ。……俺の家では、音楽っていうのはクラシックだけだった。」

「親父は、音楽を“勉強”みたいに扱っててな。正しい演奏、正しい解釈、正しい音色——それ以外は全部価値がないって。」

「そんな中で、どうしてギターを?」


シュンが微かに笑う。


「きっかけは、望月来人の音楽だった。」

「お父さんの?」

「ああ。クラシックだから、聴くのは許された。……でも、初めて聴いたとき、衝撃だったんだ。」

「俺が知ってるクラシックって、もっと整然としてて、厳格で、感情を抑えたものだった。」

「でも、来人のピアノはそれとは全く違った。クラシックなのに、自由で開放感があった。まるで型にはまった道を歩くのではなく、自分のペースで演奏しているようだった。」

「音に命が宿っているようだった。」

「それから、俺はクラシックの“正解”に違和感を覚えるようになった。ある日、思い切ってギターをやりたいって言ったら、“くだらん”の一言で終わりだった。」

「そうなんだ。」

「結局、俺はピアノをやるしかなかった。親父に逆らう勇気もなかったし、それが正しいと思い込もうとしてたんだ。」


◆シュンの回想シーン——幼少期◆


 夜。

静かなシュンの部屋。

母がそっとドアを開け、何かを抱えて入ってくる。


「シュン、ちょっとこっち来て。」


シュンがベッドから降りると、母が布に包まれた細長いものを差し出す。


「……何?」


母は優しく微笑む。


「開けてみなさい。」


シュンが恐る恐る布をほどくと、中から小さなアコースティックギターが現れる。


「えっ……!」


目を輝かせながらギターを抱え、震える指で弦を触る。


「これ……俺に?」

「シー。でも、お父さんには内緒よ。」


母はそっとシュンの肩を抱く。


「あなたが音楽を好きな気持ち、私は知ってるから。」

「……でも、父さんが知ったら……」

「大丈夫。あなたが本当にやりたいことなら、きっといつか分かってもらえる。」

「ありがとう……母さん。」


母はそっとシュンの頭を撫でる。


「さあ、寝る前にちょっとだけ弾いてみなさい。」


シュンは嬉しそうにギターを構え、小さく音を鳴らし始めた——。


——回想空けて——


「だから、俺はピアノの練習をするふりをしながら、影でギターを練習した。自分の音楽を探したかったんだと思う。」

「……。」

「でも、ミライの歌を聴いて思った。音楽に正解なんてないのかもしれないって。」


シュンはそっと目を閉じ、深く息を吸った。


◆レコーディング、二人の音楽の融合◆


 数日後。

レコーディングスタジオのロビー。

シュンはミライを見つめながら、静かに言った。


「完璧な音楽なんて、もう求めなくていい。君が歌いたいように歌え。僕がその音楽を全力でプロデュースする。」


ミライは微笑んだ。


「ありがとう、シュン。わかった!」


静かに息を整えるミライ。

シュンはギターを手に取り、レコーディングブースのドアを開けた。


——数分後、レコーディングスタジオ。


ミライがマイクの前に立つ。

シュンが機材の前に座り、指示を出す。


「ミライ、思いっきり歌え。」

「シュン、正解なんて求めないで演奏してね」


ミライは深く息を吸い込み、目を閉じる。

シュンはその様子を見て集中力を高める。

そして、ミライはゆっくりと歌い始めた。

シュンのギターとミライの声が重なり合う瞬間、空気が弾けたような感覚があった。

誰もが息をのむ「音楽」は、ここにあった。


「……これが、私たちの音。」


ミライが呟く。

シュンが静かに頷いた。


「俺も……自由になってみるよ。」


シュンの中で何かが変わった。

抑制された子供時代の記憶と、歌声をなくしたあの日の悔しさを打ち破り、音に魂が宿った。

今までとは違う——自由な音が広がっていく。

シュンは笑った。


「これだよ!これが俺たちの音楽だ!」


ミライも笑う。


「うん!私たちの音楽!」


こうして、二人の音楽が、ようやく一つに溶け合った。

…… そして、メジャーデビューへの道が、静かに動き出す——。


(第8話へ続く)


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